其の色、蒼黒く。
「…」
寝ぼけまなこの目を擦る。
まだ早朝だからか、外からは鳥の泣き声が聞こえてきた。
「…んっ、ふぁーあ……あー…」
伸びをすると同時にあくびが出る。眠りすぎて疲れているようだ、少しくらくらする。
「おはよう」
「…おはよう、早いね」
「そう?いつもこんな感じだけどね」
母親が部屋に入ってきて、私の頭を撫でた。
「体調は大丈夫?」
「うん」
「嫌な夢とかは見てない?」
「大丈夫だよ」
「そう、それならいいんだけど」
「お母さん、まだ眠いからもう少し寝てもいい?」
「…いいよ、おやすみ」
「おやすみなさい」
安堵の表情を浮かべ、母親は部屋を出て行った。
母親がいなくなったのを確認し、ベッドの近くにある机からノートと万年筆を取り出す。十二歳の誕生日に買ってもらった、大切な万年筆。因みに吸入式で、インクはブルーブラックだ。
「…もしも、此処から出られるのなら…ぼくは…貴方を愛せなかったことを、後悔…する、だろう…」
まるで本のように厚いノートの三分の一程度を開き、文字を綴る。それは私が一番好きな事。字は特別上手いわけではない。が、しかし、母親の字を真似ていたら「達筆だ」と言われるようにはなった。
無論、それが称賛の言葉であるかどうかは別として。
ある程度描き終えたあたりで読み直す。
「…これじゃハッピーエンドじゃなくなるじゃん」
閃いたストーリーを書き連ねていると、最初に書こうとしていたストーリーを見失う。そんなのはこんなことを始めた時から知っている。それなのにプロットなるものを書かないから飽きる。でも詳細を書きすぎても飽きる。
そして何よりも、私にはそんな事をする時間がない。
だから、避けている。それだけだ。
こんな事ばかりしているから四百ページはあるであろうこのノートにも、一つも完結させたストーリーがない。短編だろうと、長編だろうと。
「うーん…」
眠たくなってきた。
あぁ、また寝てしまう。
眠い。
眠い。
「…『お早う』という言葉に、ぼくの目は…気付けなかった…」
瞼の落ちる音は、誰にも聞こえてはいなかった。