少数精鋭
装備を返却して帰還すると、俺たちはまっさきにシャワールームへ駆け込んだ。あまりに臭すぎて、鼻がどうにかなりそうだった。
とにかくすべてを洗い流し、談話スペースへ。俺が一番乗りだった。気を落ち着かせるべく茶をすすっていると、シャワーを終えた仲間たちが次々集まってきた。
計四名。ずいぶん数が減った。生存者より、死者の数が多くなってしまった。
俺は紙コップを置き、誰にともなく告げた。
「これからのプランを考えよう。正攻法で行くのか、それとも裏技を使うのか」
するとメガネが不審そうに目を細めた。
「裏技って?」
「前に言ってた、ガイドを人質にとるって方法だよ。いや、もちろん本気じゃない。ただ、このまま腕章を集めるより成功率が高そうなら、選択肢に入れてもいいと思って」
「あまりオススメできませんね」
そう言いながら、ツアーガイドが食堂から出てきた。ベストにスカートといういつもの格好だ。
俺たちは全員が二度見した。いちばん聞かれてはいけない人間に聞かれてしまった。
彼女はしかし穏やかな笑みのままだ。
「第四回のお客さまが、その無謀な計画のために五名ほど命を落とされました。当ツアーは、厳格な警備体制で保護されておりますので、もし危険な行為などがあれば、すぐに自衛プログラムが発動するようになっております。あしからずご了承ください」
俺は震える手で茶をすすった。
「いやだなぁ、冗談ですよ、冗談。ちょっと場を和ませようと思いましてね」
「ふふふ」
つまり彼女は、救助されたとはいえ、過去に人質にされたことがあるということだ。未遂かもしれないが。なのに、こんなに客の近くに来てほほえんでいる。只者じゃない。
メガネが苦い笑みを浮かべた。
「けど、もしそんな精強な部隊を持っているなら、なぜ出さないんです? もしその気になれば、ダンジョンを一掃することも可能なのでは?」
これにガイドは首をかしげた。
「いえ、わたくしどもはモンスターをどうにかしたいとは考えておりませんので。あれはあくまでも、お客さまが楽しむためのアトラクションの一部ですから」
「目的はなんなんです?」
「パンフレットに書かれている以上のことは、わたくしの口からはなんとも」
メガネがだいぶ踏み込んだ問いを投げたが、ご覧のありさまだ。
俺は話題を変えた。
「今日はデカいのを片付けましたよ。代わりにひとり死んじまったけど」
「わたくしも拝見しておりました。被害に遭われたかたは残念でしたね。けれども、クイーンの撃破は大快挙です! 一体につき10ポイント入りますよ! おめでとうございます!」
そうかよ。
これでレベルアップできれば、さらにやりやすくなるはずだ。あとは死者を出さないよう気をつけさえすれば。
今度はメガネが疑問を口にした。
「クイーンが死んだということは、あのモンスターたちはもう増えないということですか?」
「いいえ。次の誰かがクイーンになるはずです。それに、ほかの巣にもクイーンはおりますし。ぜひ見つけ出して撃破してみてくださいね」
たぶんツアーガイドとしてはまともなことを言っている。人の命がかかってるんでなければ。
ただの見回りだったらしく、ガイドはそんな話だけして去っていった。
ともあれ、人質にとるプランはナシだ。前回の犯行で五名死んだらしいから、もしやるならもっと大人数でなければ成功しない。なのに俺たちは四名しかいない。どう考えてもムリだ。
げっそりした顔の三白眼がつぶやいた。
「みんなで逃げるってのは?」
「えっ?」
「ここからさ……。だってもうムリっしょ? あんないっぱいのヤツに囲まれたら、いくら撃っても間に合わないし……。また捕まって殺されるだけだって。そんなんだったら、ここから逃げ出してさ、しばらく山の中とかで暮らして、救援を待ったほうがいいって思うじゃん?」
気持ちは分かる。しかしまったく現実的じゃない。ホテルを出れば、メシだけでなく水道水さえ供給されなくなる。シャワーもランドリーもない。そんな状況でなにを待つというのか。
もし来るとして、次のツアーのフェリーくらいだろう。しかし俺たちが駆けつけたところで乗船を拒否されるのは明白。ムリに乗り込もうとすれば、きっと自衛プログラムとやらで死体にされる。
しかしこれらひとつひとつを述べたところで、三白眼をヘコますだけだ。俺はひとまずあらゆる言葉を飲み込み、軽く流すことにした。
「まあ、最後の手段としてはそうせざるをえないかもね。けど、いまは腕章を集めることを考えましょう。デカいのを仕留めたわけだし、あの付近も捜索できるはず。腕章もひとつかふたつは回収できるかも」
いま俺たちが確保している腕章は、生存している四名のぶんに加え、ダンボールおじさんの遺品が一個。未発見なのは残り四個。
これまでに得た経験をフルに活かし、なおかついっさいミスしなければ、ギリギリ回収可能な気もする。火力はじゅうぶんのはずだ。大勢で囲まれたり挟まれたりしない限りは。そのためには、通路を有効に使う必要がある。
*
夕飯は機械的に済ませた。考え事をしていたせいで、メシの味なんてロクに覚えていない。
仲間が死んだ。それは受け入れるしかない。感傷にひたっている時間はないのだ。うろたえれば死ぬ。冷静でいる以外に選択肢はない。
俺たちはいま、談話スペースに集まって地図を描いていた。
地形を把握しないことには作戦も立てられない。
出入口から続くメインの通路があり、そこに並走するサブの通路があり、どちらもドーナツ状の空洞につながっている。ゆるやかなカーブは右へ右へと向かっているから、通路はある程度、螺旋状のようになっているのかもしれない。
ああだこうだと案を出していると、ツアーガイドが来た。まだ勤務時間内なのか、ベストにスカートという格好だ。まさか私服ではないだろう。
「こんばんは。精が出ますね」
ふわふわした足取りで入ってきて、にこやかな笑顔を向けてくる。
この殺伐とした雰囲気の中、一服の清涼剤のように錯覚するが。あるいは空気も読めないイラつく女という印象と、あるいは常時笑顔を浮かべている怖い女という印象を抱く。
誰かが余計なことを言い出しそうだったが、メガネが先手を打ってぎこちない笑顔で応じた。
「こんばんは。ガイドさんもまだお仕事ですか?」
「はい。でも休憩中です。わあ、地図描いてるんですね。このドーナツはジオフロントでしょうか。ふふ、かわいい」
酒でも入っているのか、妙なテンションだった。それに、なんだか香水のにおいが強い気がする。
うちのチームの紅一点が能面のような顔で茶をすすっている。
俺は咳払いをした。
「なにか攻略のヒントでもいただけると嬉しいんですが」
茶化しに来ただけなら帰って欲しい、という意味だ。
どうせ教えてくれるわけがない。
彼女はしかし、にこにこしながらこちらを見た。
「ヒントですか? んー、どうしよっかなぁ……」
かわいらしい態度だが、それだけにイライラする。
三白眼が卓上のペンを手にとった。なにか描き足すつもりだろうか。などと見ていると、おもむろに立ち上がり、ツアーガイドの腕をつかんで拘束し始めた。
「おいお前ッ! 殺されたくなかったらとっとと言えよッ! なんか知ってんだろッ!」
ペンを首筋に突き立てている。
ここでもツアーガイドは余裕の笑顔、かと思いきや、目を見開いて「ひっ」と息を呑み、身をちぢこめていた。完全に覚悟してこの場に来たのかと思ったが、単に危機意識がなかっただけらしい。
メガネが慌てて立ち上がった。
「あ、ちょっと、ダメですよそんなこと……」
「うるせぇッ! お前らもお前らだろッ! いつまでもこいつらに好き放題させといてよォ! 殺されるんだぞッ! 全員なッ!」
プレッシャーに耐えられなかったか。
しかし冷静さを欠くのはマズい。
俺も立ち上がった。
「彼女は敵に回すべきじゃない」
「はぁ? なに悠長なこと言ってんだよッ! 俺たちみんな騙されたんだッ! おい女ァ! フェリー呼べ! いますぐだッ!」
ペンを握る手にだいぶ力が入っている。
本当に刺してしまいそうだ。
ガイドの各務も引きつるように呼吸をしている。
「じ、事務所に……」
「事務所!? 事務所行けばいいのか? アァ!?」
「事務所で、交渉しますから……」
「来いオラァ!」
ガイドの首を抱えるようにして後ろ向きのままロビーから出ていこうとしたので、俺たちも急いで追った。
「いやいやいや、やっぱりダメですって。冷静に話し合いましょ? ねっ?」
「うるせぇんだよクソメガネ! ぶっ殺すぞ!」
「モメてもいいことないですから」
「うるせぇっツってんだろ! 黙れよクソメガネ!」
「二回も言った……」
そんなにショックか。
メガネが足を止めてしまったので、代わりに俺が前に出た。
「ちょっと思い出してくれ。前にそんなことした連中がぶっ殺されたって話、聞かされたばかりだろう」
「だったらなんだよッ! 俺はそんなヘマはしねェ! 腰抜けは黙ってろよッ!」
しかし黙ることになったのは三白眼のほうだった。背中でロビーのガラス戸を押し開け、夕闇の中へ踏み出した瞬間、いきなり頭部をぶち抜かれたのだ。
やや遅れて遠方からタァンと発砲音が響いた。
狙撃だ。それもワンショット。
三白眼だったものが崩れ落ちると、巻き込まれてガイドも転倒した。が、俺たちは手を貸せなかった。いま出たら撃たれそうな気がした。
頭の一部を弾き飛ばされた三白眼は、誰がどう見ても即死していた。うんざりするほど大量の血液を垂れ流している。
ガイドは「ひっ」と距離をとった。
それから立ち上がろうとして尻もちをつき、また立ち上がろうとしてロビーのドアにすがりついた。
「大丈夫?」
俺がそう尋ねると、彼女はスイッチが入ったように表情を切り替えた。
「はい! あの、これが例の自衛プログラムとなっております。お客さまも、くれぐれもご注意くださいね。ふふ……」
笑顔だ。しかし目だけは笑えていない。
なかば現実逃避している。あるいはもとから心がぶっ壊れているのかもしれない。
彼女は小さく笑いながら、ふらつく足取りで事務所へ戻っていった。俺たちにはその背を見送ることしかできない。
溜め息をつき、俺は談話スペースへ引き返した。
基礎データを修正する必要がある。確保している腕章の数と、集めるべき腕章の数は変わらない。しかし生存者は三名、死者は六名に変更となった。
俺は椅子に腰をおろし、となりの座席をポンポン叩いてメガネにも座るよう促した。
「もう、このメンバーでやるしかないみたいだ。そういえば、まだ自己紹介してなかったね。俺は二宮渋壱。ふたりは?」
すると女がふっと笑い、こちらを見た。
「円陣薫子」
セミロングの髪の、化粧っ気のない女だ。
メガネも苦い表情でこちらへ来た。
「白坂太一です」
大学生ふうだが、おそらく社会人だろう。はじめは不健康に見えたが、このところの連戦で顔立ちが精悍になってきた。
ともあれ、この三名がチームのフルメンバーだ。せいぜい仲良くやるしかない。
(続く)