表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/57

少数精鋭

 装備を返却して帰還すると、俺たちはまっさきにシャワールームへ駆け込んだ。あまりに臭すぎて、鼻がどうにかなりそうだった。

 とにかくすべてを洗い流し、談話スペースへ。俺が一番乗りだった。気を落ち着かせるべく茶をすすっていると、シャワーを終えた仲間たちが次々集まってきた。

 計四名。ずいぶん数が減った。生存者より、死者の数が多くなってしまった。

 俺は紙コップを置き、誰にともなく告げた。

「これからのプランを考えよう。正攻法で行くのか、それとも裏技を使うのか」

 するとメガネが不審そうに目を細めた。

「裏技って?」

「前に言ってた、ガイドを人質にとるって方法だよ。いや、もちろん本気じゃない。ただ、このまま腕章を集めるより成功率が高そうなら、選択肢に入れてもいいと思って」

「あまりオススメできませんね」

 そう言いながら、ツアーガイドが食堂から出てきた。ベストにスカートといういつもの格好だ。

 俺たちは全員が二度見した。いちばん聞かれてはいけない人間に聞かれてしまった。

 彼女はしかし穏やかな笑みのままだ。

「第四回のお客さまが、その無謀な計画のために五名ほど命を落とされました。当ツアーは、厳格な警備体制で保護されておりますので、もし危険な行為などがあれば、すぐに自衛プログラムが発動するようになっております。あしからずご了承ください」

 俺は震える手で茶をすすった。

「いやだなぁ、冗談ですよ、冗談。ちょっと場を和ませようと思いましてね」

「ふふふ」

 つまり彼女は、救助されたとはいえ、過去に人質にされたことがあるということだ。未遂かもしれないが。なのに、こんなに客の近くに来てほほえんでいる。只者じゃない。

 メガネが苦い笑みを浮かべた。

「けど、もしそんな精強な部隊を持っているなら、なぜ出さないんです? もしその気になれば、ダンジョンを一掃することも可能なのでは?」

 これにガイドは首をかしげた。

「いえ、わたくしどもはモンスターをどうにかしたいとは考えておりませんので。あれはあくまでも、お客さまが楽しむためのアトラクションの一部ですから」

「目的はなんなんです?」

「パンフレットに書かれている以上のことは、わたくしの口からはなんとも」

 メガネがだいぶ踏み込んだ問いを投げたが、ご覧のありさまだ。

 俺は話題を変えた。

「今日はデカいのを片付けましたよ。代わりにひとり死んじまったけど」

「わたくしも拝見しておりました。被害に遭われたかたは残念でしたね。けれども、クイーンの撃破は大快挙です! 一体につき10ポイント入りますよ! おめでとうございます!」

 そうかよ。

 これでレベルアップできれば、さらにやりやすくなるはずだ。あとは死者を出さないよう気をつけさえすれば。

 今度はメガネが疑問を口にした。

「クイーンが死んだということは、あのモンスターたちはもう増えないということですか?」

「いいえ。次の誰かがクイーンになるはずです。それに、ほかの巣にもクイーンはおりますし。ぜひ見つけ出して撃破してみてくださいね」

 たぶんツアーガイドとしてはまともなことを言っている。人の命がかかってるんでなければ。


 ただの見回りだったらしく、ガイドはそんな話だけして去っていった。

 ともあれ、人質にとるプランはナシだ。前回の犯行で五名死んだらしいから、もしやるならもっと大人数でなければ成功しない。なのに俺たちは四名しかいない。どう考えてもムリだ。

 げっそりした顔の三白眼がつぶやいた。

「みんなで逃げるってのは?」

「えっ?」

「ここからさ……。だってもうムリっしょ? あんないっぱいのヤツに囲まれたら、いくら撃っても間に合わないし……。また捕まって殺されるだけだって。そんなんだったら、ここから逃げ出してさ、しばらく山の中とかで暮らして、救援を待ったほうがいいって思うじゃん?」

 気持ちは分かる。しかしまったく現実的じゃない。ホテルを出れば、メシだけでなく水道水さえ供給されなくなる。シャワーもランドリーもない。そんな状況でなにを待つというのか。

 もし来るとして、次のツアーのフェリーくらいだろう。しかし俺たちが駆けつけたところで乗船を拒否されるのは明白。ムリに乗り込もうとすれば、きっと自衛プログラムとやらで死体にされる。

 しかしこれらひとつひとつを述べたところで、三白眼をヘコますだけだ。俺はひとまずあらゆる言葉を飲み込み、軽く流すことにした。

「まあ、最後の手段としてはそうせざるをえないかもね。けど、いまは腕章を集めることを考えましょう。デカいのを仕留めたわけだし、あの付近も捜索できるはず。腕章もひとつかふたつは回収できるかも」

 いま俺たちが確保している腕章は、生存している四名のぶんに加え、ダンボールおじさんの遺品が一個。未発見なのは残り四個。

 これまでに得た経験をフルに活かし、なおかついっさいミスしなければ、ギリギリ回収可能な気もする。火力はじゅうぶんのはずだ。大勢で囲まれたり挟まれたりしない限りは。そのためには、通路を有効に使う必要がある。


 *


 夕飯は機械的に済ませた。考え事をしていたせいで、メシの味なんてロクに覚えていない。

 仲間が死んだ。それは受け入れるしかない。感傷にひたっている時間はないのだ。うろたえれば死ぬ。冷静でいる以外に選択肢はない。


 俺たちはいま、談話スペースに集まって地図を描いていた。

 地形を把握しないことには作戦も立てられない。

 出入口から続くメインの通路があり、そこに並走するサブの通路があり、どちらもドーナツ状の空洞につながっている。ゆるやかなカーブは右へ右へと向かっているから、通路はある程度、螺旋状のようになっているのかもしれない。


 ああだこうだと案を出していると、ツアーガイドが来た。まだ勤務時間内なのか、ベストにスカートという格好だ。まさか私服ではないだろう。

「こんばんは。精が出ますね」

 ふわふわした足取りで入ってきて、にこやかな笑顔を向けてくる。

 この殺伐とした雰囲気の中、一服の清涼剤のように錯覚するが。あるいは空気も読めないイラつく女という印象と、あるいは常時笑顔を浮かべている怖い女という印象を抱く。

 誰かが余計なことを言い出しそうだったが、メガネが先手を打ってぎこちない笑顔で応じた。

「こんばんは。ガイドさんもまだお仕事ですか?」

「はい。でも休憩中です。わあ、地図描いてるんですね。このドーナツはジオフロントでしょうか。ふふ、かわいい」

 酒でも入っているのか、妙なテンションだった。それに、なんだか香水のにおいが強い気がする。

 うちのチームの紅一点が能面のような顔で茶をすすっている。

 俺は咳払いをした。

「なにか攻略のヒントでもいただけると嬉しいんですが」

 茶化しに来ただけなら帰って欲しい、という意味だ。

 どうせ教えてくれるわけがない。

 彼女はしかし、にこにこしながらこちらを見た。

「ヒントですか? んー、どうしよっかなぁ……」

 かわいらしい態度だが、それだけにイライラする。

 三白眼が卓上のペンを手にとった。なにか描き足すつもりだろうか。などと見ていると、おもむろに立ち上がり、ツアーガイドの腕をつかんで拘束し始めた。

「おいお前ッ! 殺されたくなかったらとっとと言えよッ! なんか知ってんだろッ!」

 ペンを首筋に突き立てている。

 ここでもツアーガイドは余裕の笑顔、かと思いきや、目を見開いて「ひっ」と息を呑み、身をちぢこめていた。完全に覚悟してこの場に来たのかと思ったが、単に危機意識がなかっただけらしい。

 メガネが慌てて立ち上がった。

「あ、ちょっと、ダメですよそんなこと……」

「うるせぇッ! お前らもお前らだろッ! いつまでもこいつらに好き放題させといてよォ! 殺されるんだぞッ! 全員なッ!」

 プレッシャーに耐えられなかったか。

 しかし冷静さを欠くのはマズい。

 俺も立ち上がった。

「彼女は敵に回すべきじゃない」

「はぁ? なに悠長なこと言ってんだよッ! 俺たちみんな騙されたんだッ! おい女ァ! フェリー呼べ! いますぐだッ!」

 ペンを握る手にだいぶ力が入っている。

 本当に刺してしまいそうだ。

 ガイドの各務も引きつるように呼吸をしている。

「じ、事務所に……」

「事務所!? 事務所行けばいいのか? アァ!?」

「事務所で、交渉しますから……」

「来いオラァ!」

 ガイドの首を抱えるようにして後ろ向きのままロビーから出ていこうとしたので、俺たちも急いで追った。

「いやいやいや、やっぱりダメですって。冷静に話し合いましょ? ねっ?」

「うるせぇんだよクソメガネ! ぶっ殺すぞ!」

「モメてもいいことないですから」

「うるせぇっツってんだろ! 黙れよクソメガネ!」

「二回も言った……」

 そんなにショックか。

 メガネが足を止めてしまったので、代わりに俺が前に出た。

「ちょっと思い出してくれ。前にそんなことした連中がぶっ殺されたって話、聞かされたばかりだろう」

「だったらなんだよッ! 俺はそんなヘマはしねェ! 腰抜けは黙ってろよッ!」

 しかし黙ることになったのは三白眼のほうだった。背中でロビーのガラス戸を押し開け、夕闇の中へ踏み出した瞬間、いきなり頭部をぶち抜かれたのだ。

 やや遅れて遠方からタァンと発砲音が響いた。

 狙撃だ。それもワンショット。

 三白眼だったものが崩れ落ちると、巻き込まれてガイドも転倒した。が、俺たちは手を貸せなかった。いま出たら撃たれそうな気がした。


 頭の一部を弾き飛ばされた三白眼は、誰がどう見ても即死していた。うんざりするほど大量の血液を垂れ流している。

 ガイドは「ひっ」と距離をとった。

 それから立ち上がろうとして尻もちをつき、また立ち上がろうとしてロビーのドアにすがりついた。

「大丈夫?」

 俺がそう尋ねると、彼女はスイッチが入ったように表情を切り替えた。

「はい! あの、これが例の自衛プログラムとなっております。お客さまも、くれぐれもご注意くださいね。ふふ……」

 笑顔だ。しかし目だけは笑えていない。

 なかば現実逃避している。あるいはもとから心がぶっ壊れているのかもしれない。

 彼女は小さく笑いながら、ふらつく足取りで事務所へ戻っていった。俺たちにはその背を見送ることしかできない。


 溜め息をつき、俺は談話スペースへ引き返した。

 基礎データを修正する必要がある。確保している腕章の数と、集めるべき腕章の数は変わらない。しかし生存者は三名、死者は六名に変更となった。


 俺は椅子に腰をおろし、となりの座席をポンポン叩いてメガネにも座るよう促した。

「もう、このメンバーでやるしかないみたいだ。そういえば、まだ自己紹介してなかったね。俺は二宮渋壱。ふたりは?」

 すると女がふっと笑い、こちらを見た。

「円陣薫子」

 セミロングの髪の、化粧っ気のない女だ。

 メガネも苦い表情でこちらへ来た。

「白坂太一です」

 大学生ふうだが、おそらく社会人だろう。はじめは不健康に見えたが、このところの連戦で顔立ちが精悍になってきた。

 ともあれ、この三名がチームのフルメンバーだ。せいぜい仲良くやるしかない。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] これはなかなかエグい。最高です。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ