巨大な空洞
ゲームとしての殺しが始まった。
動きののろいマネキンを探し出し、一方的に射殺し続けるのだ。見つけては殺し、見つけては殺し、ただそれだけの行為が連日続いた。
はじめは抵抗を見せていた参加者たちも、次第に効率を重視するようになった。ムダ撃ちはしない。最小の弾数でマネキンを殺すようになってきた。しかも複数人で一体を狩ると弾がムダになるから、弾の余っている人間が「やります」と自己申告してからやるようになった。
連携も生まれた。フォーメーションを組んで移動し、正面の担当、左の担当、右の担当などを決める。五名いるから、それをローテーションでやった。
なにか知識があって採用したわけではない。自然とそうなった。
あとで分かったことだが、複数人でダンジョンに入った場合、誰が殺しても全員にポイントが入る仕組みのようだった。運営も、誰の弾が命中したかまではチェックしていられないのだろう。重要なのは死んだマネキンの数だけだ。
十日目には、全員が「レベル5」になった。
連射の効くアサルトライフルが使用可能となり、追加で無線通信用のインカム、タクティカルベスト、懐中電灯などが選べるようになった。
装備の選択にも効率が重視された。皆で弾丸を共有できるよう、俺たちはM4カービンで揃えるようになった。
まるで小さな軍隊だ。
しかしリーダーはいない。というより、ローテーションで正面の担当になったものが一時的にリーダーを務めた。どうせ足ののろいマネキンを殺すだけなのだから、これで事足りるのだ。
*
狩り場はおもに地下三階。奥のシャッターはおりているから、例の脇道から湧いてくるマネキンだけを相手にする。
しかし火力が高くなってくると、今度は物足りなくなってきた。
きっとみんなも同じ気持ちだったのだろう。
「奥、行ってみるか……」
ふと、中年がそんなことを言い出した。
いまはこいつが正面担当。仲間に指示を出してもいい。
俺が左で、メガネが右。残りは控えのポジションとなる。
メガネがいちど振り返ってみんなの表情を見てから、代表してこう応じた。
「お任せします」
そろそろ行ける気はしている。
みんなタクティカルベストを着用している。これは防具じゃない。予備マガジンを突っ込むためのものだ。ポケットがいっぱいついているから便利でいい。
中年はM4カービンにマウントしたライトのスイッチをいれた。LEDの強烈な光が円形に広がり、暗かった脇道が照らされた。
狭いコンクリの通路に、かすかに血痕がある。しかしそれ以外にはなにもない。
ちょっと行くと、すぐに別の通路に出た。ここのライトはオレンジ色ではなく、白色が使われている。眩しいが、もろもろよく見える。
どこかの空調とつながっているのか、上部に通されたダクトからはかすかに空気の流れる音がした。
通路はおもに一本道。メンテナンス用のサブ通路なのだろうか。道幅はあまり広くなく、三人が並んで歩ける程度。ゆるくカーブを描いているのもメイン通路と同じ。右へ行ってもいいし、左へ行ってもいい。
メガネがライトで床を照らした。血痕は右へ流れている。メイン通路で言えば、地下四階へ向かう方向だ。
中年もうなずいた。
「じゃあ右に行くかぁ。控えのメンバーは後ろを警戒して」
人数がいると、後方を確認できるから助かる。
進行方向から見て右側にはドアがある。しかし左側にはなかった。きっとどのドアを開いてもメイン通路につながるはずだ。
進むにつれ、むっと生臭い匂いが強くなってきた。
夏場に汗まみれになったシャツを並べ、その上に生の魚をぶちまけて放置したかのような、どうしようもない匂いだ。はじめはかすかに顔をしかめる程度だったのだが、やがてツンと鼻をつくほど強烈になってきた。アンモニア臭がキツい。
誰からともなく足を止めた。
「これ危なそうだな……」
中年男性が顔を背けながら言った。
見なくても分かる。どう考えても、この先には衛生上よろしくないものが転がっている。もしその中に腕章があるのだとしたら、誰かが手を突っ込んで取り出さなきゃならない。マジックハンドでもなければどうしようもない。
メガネも手で口元を抑えている。
「たしかレベル7でドローンを貸し出していたはずです。それが手に入るまで、この先の探索は延期しませんか?」
「そのほうがよさそうだな」
レベル8なら火炎放射器も手に入る。そういうので一気に焼き払ってもいいだろう。腕章ごと燃える可能性もあるが。
俺たちは引き返し、メイン通路へ出た。
もう匂いはしないはずなのだが、鼻の奥にいつまでも不快感が残った。三白眼は通路に吐いている。
さて、このあとどうするか、という話なのだが。
みんな奥を見つめている。例の「3-A」のシャッターがある場所だ。脇道の調査が延期ということになれば、残りはあっちしかない。たぶん、連れ去られた二名の腕章もある。
誰も言い出さなかったので、俺が代わりに言ってやった。
「じゃあ奥行きましょう」
仮にあの「変なの」が出てきても、いまの装備なら対処できる。一発ずつしか撃てない拳銃と違い、M4カービンなら三点バーストで撃てる。ライフル弾だから拳銃弾より制止能力も高い。
奇襲さえ受けなければ、一方的に射殺できるはずだ。
さて、現場へ戻ってきた。
あいかわらず血痕が残ったまま。もう完全に黒いシミとなっている。金属のシャッターには「3-A」の文字。
中年が深く呼吸をした。
「よし、シャッターを開けよう。飛び出してくるかもしれないから、射撃の準備を忘れずに」
ポジション的に、スイッチを操作するのは右担当のメガネとなった。
俺たちはやや散開し、四名で集中砲火できるよう銃を構えた。
メガネがうなずき、ボタンを押す。
モーター音とともに、ガラガラと音を立ててシャッターが上昇。例の「変なの」は身をかがめているから、シャッターがあがり切る前に飛び出してくる可能性がある。俺は目を凝らし、隙間からなにか飛び出してこないか警戒した。
やがてシャッターがあがりきっても、特になにも飛び出してはこなかった。
ただ階段の奥に血痕が伸びているだけ。
しかし安心はできない。音に反応してなにかが迫っているかもしれないのだ。
階段をおりた先は通路ではなかった。
円形のフロアだ。中央部のくり抜かれた空洞で、いわゆるドーナツ状になっている。日光が差し込んでこないところを見ると、天井だけはふさがっているようだが。穴の深さは不明。
こんな格安ツアーのために建造された設備とは思えないから、やはりもとはなにかの採掘場であったのだろう。
血痕はそれぞれ左右へ伸びている。山分けして巣へ持ち帰ったらしい。
俺はあらためて周囲を見回した。
エリアはかなり広大だ。各所で発光している白色のプレートは通路の位置を示しているのであろうか。だとすれば放射状に通路が伸びていることになる。
あとは、暗がりの中になにかがうごめいているような気もするが、実際になにかいるのか、あるいは目がもやもやしているだけなのか判断がつかない。目を凝らすには暗すぎる。
中央の穴には、落下防止の鉄柵が設けられている。かなり錆びついていて、本来の目的を果たせるか怪しいところだ。
先頭に立っていた中年男性が、こちらへ向き直った。
「あー、そろそろローテーションの時間じゃないか?」
「……」
新たなエリアに踏み込んだはいいが、なにをどう判断したらいいのか分からなくなったのだろう。時計回りになるから、次に正面担当になるのは俺だ。左に女が来て、メガネは控えに回る。
こんな場所で議論などしたくなかったので、俺は承諾した。
「オーケー。交代しましょう」
ここはミーティングをするような場所じゃない。
俺は銃のフラッシュライトで床を照らした。
「まずは左側の血痕から捜索します。控えのメンバーは、背後からの奇襲に注意してください」
壁に沿って移動すると、ひとつめのプレートへ行き当たった。覗き込むと、奥にのぼり階段が見えた。それにうっすらと例のアンモニア臭も。
俺は振り返らず告げた。
「あくまで想定ですけど、距離を考えると、さっきのサブ通路につながってるんじゃないですかね。うっすら匂いもしますし」
俺たちが引き返した道の、さらに奥側だ。
するとメガネも顔をしかめた。
「パーカーの人の死体があるところ?」
「たぶん。まあ危険なんで、今回はパスしますけど」
マジックハンドもないことだし。
とはいえ、血痕はそちらへ続いている。おそらくは巣なのだろう。パーカー男のほかにも、腕章が集められているかもしれない。
「いったん引き返して、もう一方の……」
俺は近づいてくるそれに目を奪われ、言葉を続けることができなかった。
通路の奥から、デカいのが出てきた。
とにかく、なんというか、モンスターだ。高さだけでも俺たちの倍はある。
おそらくは例のマネキンの仲間なのだろう。手足が蜘蛛のように長く、腹部をでっぷりと太らせたような個体。動きはのろい。というより、腹が重すぎるらしく、そいつを引きずりながらなんとか這い出しているザマだ。頭部だけは俺たちと同じサイズだから、非情にアンバランスに見える。
「う、撃ちましょう!」
女がそう言いながら、三点バーストで射撃を始めた。
そうだ。ぼうっと眺めている場合じゃない。俺もトリガーを引いた。中年も、メガネも、三白眼も、みんな撃った。
デカい的だ。外すことはない。
弾丸が次々と命中し、モンスターは「あがあが」と声のようなものを発しながらのたうった。痛がっているというよりは、一方的に撃ち込まれて困惑している様子だ。
さらに弾丸を撃ち込むと、ついにその場に崩れ落ちた。血液を垂れ流しながら、ピクピクと痙攣している。が、すぐに動かなくなった。
勝ったのだ、たぶん。デカいだけのザコだった。
しかも臭い。腹から流れ出した濁った液体が、魚の醗酵したような匂いを放っている。
だがこれでハッキリした。ヒトではない。少なくともこの個体は。
しかし派手にやったせいで、あきらかに敵を呼び寄せてしまった。
すでに囲まれている。襲っては来ないが、左右に十体ずつの群れが、距離をとりつつじわじわ迫っているのが見えた。
「おい、挟まれてるぞ!」
中年があせって射撃を始めた。しかし当たっていない。不用意に刺激しただけだ。
音と光にビックリしたマネキンが、のたのた歩きではあるが、あきらかに速度をあげて近づいてきた。
こいつらに威嚇は通用しない。撃てば引き寄せるだけだ。もし撃つなら当てなければ意味がない。
俺は仲間たちへ告げた。
「避難しましょう!」
「どこに!」
「あのデカいのがいた方向にですよ!」
つまりはアンモニア臭の通路に突っ込むということだ。メインに直通する通路にはマネキンが迫っている。空いてる道はこちらしかないのだ。
「早く!」
俺は先陣を切って走り出した。通路に入り込めば、少なくとも左右からの挟撃は避けられる。この通路も危険かもしれないが、一番危なそうなのはさっき殺した。
臭い汚水を蹴立てて、俺は奥へ奥へと突っ込んだ。もちろん怖い。しかしフラッシュライトで進行方向を確認している。
匂いが酷いだけではなかった。
各所から死体が集められているらしく、その残骸までもが散らかっていた。もちろん虫も湧いている。俺はなにも見ないようにしてとにかく突っ切った。なにを踏んだかも分からない。とにかく転びそうになりながらも、全力で駆けた。
向き直ると、涙目になりながら女が駆け込んできた。メガネも来た。しかし残りの二名が来ない。
「ウソだろ……」
俺は思わずつぶやいた。断末魔の叫びが聞こえる。やや遅れて三白眼が来た。言葉より先にゲロが出た。
「ぐげぇ……げほっ……捕まった……あいつ、捕まった!」
きっとそうだろう。
マネキンは追ってこない。いまごろ中年の体をみんなで仲良く分け合っているのだろう。
俺は崩れ落ちそうになった三白眼を立たせ、こう応じた。
「撤収しよう」
(続く)