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事件現場

 俺たちは腰をおろし、言葉さえ失って黙り込んでしまった。

 まさしく「進退きわまった」状況だ。

 事ここへ至っては、もはや文明社会への帰還をあきらめ、森で狩猟採集の暮らしをするしかないのかもしれない。

 などと悲観していると、なぜか腕章のある三名が引き返してきた。浮かない顔をしている。

「どうしたんです?」

 俺たちを笑いに来たわけではなさそうだ。

 というより、いまにも死にそうな顔をしている。

「ダメだった」

「えっ?」

「武器を返却しないとゲートが開かないって……」

「……」

 この中年、どうやら逃げるときに武器を落としてしまったらしい。

 女が口を開いた。

「あのダンボールの人は……?」

「死んだよ。グチャグチャだ」

 気の毒に。だいぶ走りづらい格好をしていたからな。かといって引っ張って逃げる余裕もなかった。

 ともあれ、みんなでゲートを抜けるには「腕章」と「武器」がなければいけない。武器に関しては、自分が借りたものだけ返却すればいいはずだ。少なくとも昨日はそうだった。

 俺はこう提案した。

「じゃあまた中に入るしかないですね」

 腕章も武器もなくした中年男性に全責任を押し付けたいところだが、あまり現実的ではない。丸腰だし、こいつを放り込んでも死体が増えるだけだろう。まあその死体から腕章をぶん取ってやってもいいが。

 計五名。うち一名が武器ナシ。ダンジョン内部は前回より危険度を増している。クソとしか言いようのない状況だ。

 すると三白眼が、誰とも目を合わせずにつぶやいた。

「俺らだけならゲート開くかも」

「……」

 まあ事実だろう。この三白眼とメガネは、腕章も武器も所有している。ホテルにも戻ることができる。わざわざ危険をおかして俺たちに同行する必要はない。

 しかしこれに反論したのはメガネだ。

「まあそうでしょうけど、頭数の揃っているうちに、みんなで行ったほうがいいと思いますよ。契約書の内容、思い出してみてください。このまま三十日が経過したら、ホテルも利用できなくなります。食事も手に入らなくなるんですよ? いまは力を合わせるべきです」

 いいこと言う。

 というより、三十日過ぎたらメシも出さないとか鬼畜すぎるだろ。よく暴動が起きないものだな。いや過去には暴れた連中もいるのかもしれないが。いずれにせよすでに死体となったのは間違いない。

「戦力を確認しましょう。俺はあと七発と、予備マガジンがひとつ。みんなは?」

「……」

 返事がない。

 俺が見たところ、女はベレッタ92コンパクト。一発も撃っていない。おそらく残りは八発。

 メガネはH&KのUSP。撃ってなければ十五発。

 しかし三白眼の使ってる拳銃は、まったく見たことがないものだった。というより、まともな拳銃かどうかも分からない。メリケンサックと拳銃が一体化したような武器だ。

「なんだよ……」

 俺がじろじろ見ていると、彼は不快そうに顔をしかめた。

「いや、珍しい武器だと思って」

「あ、これ? アパッチ・リボルバー。知らない?」

「初めて見たなぁ。何発撃てるの?」

「六発」

 微妙過ぎる。趣味より実用性を優先して欲しいところだが。まあよかろう。武器を落としたクソ野郎よりは全然マシだ。

 俺はそのクソ野郎に尋ねた。

「そういえば、あのダンボールの人の武器は? これから中に入るのに役立ちそうだけど」

「だから、それを返却したんだよ。そしたらダメだって……」

 中年の逆ギレが始まった。

 どこまで役立たずなんだこいつは。いよいよ誤射しかねんぞ。弾がもったいないからやらないけど。

「じゃあ棒きれでも持っててくださいよ。なにもないよりマシだから」

「ああ……」

 頭痛がしますよ。

 俺はメガネに向き直った。

「例の『変なの』は何体いるんです? 一体? それともたくさん?」

「一体だけです。でも奥にまだいるかも」

「了解」

 そいつが死体を引きずって奥へ行く前に、せめて腕章だけでも回収したいところだ。ふたつあればホテルでメシにありつける。まあ誰の腕章でもいいなら、貸し借りして交代でメシを食うという手もあるが。それでも武器のない中年だけはここを出られない。

 まだ三日目だっていうのに、こんなに追い詰められるとは。


 *


 ダンジョン内は、しんと静まり返っていた。

 一秒たりとも油断できない。のたのた歩くタイプだけならまだしも、変なのに遭遇したら勢いで蹴散らされる可能性がある。

 こっちは歩くたびに靴音を立てるから、奇襲は不可能。

 必ず後手に回る。

 心の準備だけはしておいたほうがいいだろう。


 しかし地下一階には誰も来ていなかった。地下二階も同じ。ということは、いま奥でエサを貪っている最中かもしれない。


 地下三階へ到達。

 そっと覗き込むと、扉のない脇道が見えた。が、通路がゆるくカーブを描いているせいで奥までは見通せない。

 昨日の血痕はあるが、モンスターの気配はない。

 やはり奥にこもったままか。

 慎重に進む。

 みんなの呼吸が荒くなっているのが音で分かる。

 どのドアも閉まったまま。


 現場は地獄絵図だった。

 まるでバケツで血液をぶちまけたみたいに、通路は赤く染まっていた。むせ返るような匂い。さいわい敵の姿はない。

 俺はスイッチを押し、シャッターをおろした。完全に閉まると「3-A」の表示が見えた。

 死体はなくなっていたが、中年の落とした腕章はすぐに見つかった。彼の銃も。どれも血と油でベトベトだったが、あるだけマシだ。タレットに撃たれずに済む。

 ダンボールおじさんのぶんも含めて、腕章は計六個。遺失したのは三個。安全のためにシャッターをおろしたが、もし捜索するならまた開けなければならない。

 俺は溜め息混じりにつぶやいた。

「ひとまず戻りましょう。と、言いたいところですが、奥から来てますね」

 たぶん脇道から出てきたヤツらだろう。三体のマネキンがのたのたこちらへ来るところだった。喉奥から「あー」と声を絞り出している。

 俺は銃を構え、なるべく正確に狙いをつけた。まだ距離がある。

 だが脇で三白眼が乱射した。たぶん当たってない。メガネと女も参戦。どちらの弾が当たったのかは不明だが、一体が倒れた。

 中年は血液のこびりついた銃に難儀している。アテにならない。

 俺も射撃。二体目が倒れた。続いて三体目。

 無傷の勝利。


 とはいえ、みんながほっと息を吐いてからも、俺はマガジンを入れ替えてふたたび銃を構えた。

「え、まだなにかいます?」

 メガネが悠長なことを言う。

「あいつら、音を聞くと集まってくるんです。気を抜かないで」

「はい!」

 メガネも銃を構えた。女も。

 だが三白眼は顔をしかめてこう吐き捨てた。

「もう弾切れだっつーの」

 六発しかないんじゃそうなるな。

 すると女も銃を構えたまま便乗した。

「ごめんなさい。私も弾切れみたいです」

 格好だけ見ると、いかにもまだ戦えますといった雰囲気だが、ベレッタのスライドは開ききっていた。弾切れになるとこうなる。

 代わりに、血をこそぎ落とした中年が参戦した。

「すぐ来るのか?」

「さあ」

 見た目はともかくとして、きちんとトリガーを引ければいいが。銃は意外と繊細だからな。グロック19というのはいいチョイスだが。

 そして来た。

 獣のような四足歩行だ。シャッターのこっち側にいやがったらしい。

「あいつだ! あいつ!」

 三白眼が喚いた。

 言われなくても分かる。

 中年がトリガーを引くのに難儀する横で、メガネが発砲した。俺も撃った。とにかくやかましくて耳がおかしくなりそうだ。

 弾が当たっていないのか、あるいはダメージが通っていないのか、そいつはぐんぐん接近してきた。が、あるところで糸の切れたようになり、慣性の力だけでこちらへ転がり込んできた。

 たぶん死んだのだろう。蜂の巣だ。血液を垂れ流している。


 俺たちは銃を構えたまま警戒を続けた。

 メガネの銃はスライドが開いてしまっているが、どうやら本人は気づいていないらしい。かと思うと緊張に耐えかねたらしい中年が誰もいない通路へ発砲した。

 素人しかいない。

 俺も手が震えそうなのを、握力でむりやり抑え込んでいる状態だ。


 *


 その後、なんとかダンジョンを抜けることができた。

 サイレンも鳴らなかったし、武器の返却も受け付けてもらえた。

 俺たちはくたくたになってホテルへたどりつき、談話スペースでぐったりと椅子にもたれかかった。魂の抜けるような溜め息が出た。

 時刻はまだ午後二時。

 昼食の残りが用意されていたが、誰も手を付けようとはしなかった。

 生存者は五名。すでに四名が死亡した。このペースだと一週間もたないかもしれない。


 すると中年がまたバカなことを言い出した。

「あのガイドつかまえて、人質にできないかな。それで運営と交渉するの。いますぐフェリーをよこせって。そして本土に戻ってこのツアーを告発する。どうよ?」

「……」

 最悪、その手も使えないことはなさそうだが。ここの運営が対策していないとは思えない。ガイドを見殺しにする可能性だってある。なにせここの運営は人命をなんとも思っちゃいないのだ。きっと早々に俺たちを片付けて、また次のツアーを開催するのだろう。

 メガネが苦い笑みを浮かべた。

「ま、それは最後の手段にしましょう。それより、ダンジョンの対策を考えたほうがいいのでは?」

 そうだ。ダンジョンの対策だ。

 なのだが、まったくなにも思いつかない。武器を持って乗り込む以外に、できることがない。

 茶をすすっていた女が、紙コップをテーブルに置いた。

「しばらくは弱いのを倒し続けて、レベルアップするというのはどうでしょう?」

 メガネもうなずいた。

「賛成です。ムリにダンジョンを探索するより、まずは装備を充実させたほうがいいかもしれない。圧倒的に銃弾が足りてませんから」

 決まりだな。

 今日だって、予備のマガジンがなければどうなっていたか分からない。

 動きののろいタイプが相手なら、距離さえ保てば安全に処理できる。もうそいつがヒトかどうかを議論している場合ではない。とにかく殺してポイントを稼がねば、俺たちが死ぬ。

 三白眼も反省したらしい。

「俺も別の銃にするわ。六発じゃキツすぎる」

 ぜひそうしてくれ。


 ともあれ、ようやくツアーの趣旨に沿った活動になりそうだ。武器を使ってモンスターを殺す。そしてポイントを稼いでレベルアップする。最後は英雄になって表彰される、というわけだ。

 運営に乗せられている気もするが。

 理由はどうあれ、装備がグレードアップすれば生存率も高まるのだ。やるしかない。


(続く)

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