第一祝祭ビルヂング
空襲を受けたわけでもないのに、街はボロボロだった。というのも、狙いも付けずに撃たれた弾丸が、老朽化したビルのコンクリートをえぐったためらしい。
見た目はキレイにしていても、内部は耐用年数を超過している。どんなものでもいつかは朽ちるのだ。
そんな人類滅亡後のような景色からでも、美しい富士の稜線は確認できた。強烈な太陽を受け止める濃い青空の下、力強い入道雲を背負った富士山が鎮座している。こうして見ると、たしかにここが「祝祭の島」という気がしないでもない。
富士山を見ると、俺は爺さんを思い出す。
彼は居間ではいつも同じ席にいて、黙って座っていた。べつに無愛想だったわけではない。物静かな人だった。テレビを見ているか、景色を見ているか、そのどちらかだった。それだけだ。
もういない。俺が子供のころに亡くなった。その後しばらくは、居間にぽっかりと虚無ができたような感じだった。
五匹目のマネキンをハネたが、俺はもうブレーキをかけなかった。エンストすると姉妹からブーブー苦情が飛んでくる。もう少し五代まゆの人格を見習って欲しいものだ。
機械の姉妹に至っては「私が運転したほうが効率がいいのでは?」などと言い出す始末。
最初から道交法違反だから交代してもいいのだが、この車はオンライン操作には対応していない。オフラインの、しかもマニュアル操作だ。人間が手足でいじくらないと動かない。なんでもネットにつながると思ったら大間違いだ。
*
カルト教団のアジト「第一祝祭ビルヂング」へ到着した。
高さは十数階といったところか。細長くて白いビルだ。周囲にもビルはあるのだが、教団のビルは周囲に広めの駐車場をとっているので、かなり目立って見えた。
その駐車場には、有刺鉄線の巻かれた木材が並べられており、ちょっとしたバリケードとなっていた。ワゴンで乗り込んだらタイヤがパンクしてしまうだろう。
俺たちはムリをせず路肩へ駐車した。
装備は防護服だ。姉妹たちもちゃんと服を着ている。
全裸なのは餅だけ。彼女はアスファルトが熱いとかいうので、やむをえず俺が担いでいる。このままでは戦闘どころではないが。
さて、これから突入だ、という状況になったとき、カッと小石でもぶつかったような音がした。それからすぐにパァンという発砲音。
俺たちは慌てて身を伏せた。
ビルから誰かが撃ってきたのだ。きっとワゴンのどこかに当たったんだろう。俺たちはワゴンの物陰に隠れた。
続いて、ガシャンとガラスの派手に砕ける音。
分かってはいたが、特に防弾仕様ではないらしい。乗ってる間に撃たれなくてよかった。
「ダメだって。死んじゃうよ」
怖くなったのか、小田桐花子がへたり込んでしまった。
なんのために来たんだ、という気もしなくはないが。
青村放哉も顔をしかめた。
「だから留守番しとけって言ったろ」
「だってぇ……」
なんならここに残ってもらってもいい。周囲にはマネキンが一匹もいないことだし。
ここからビルの入口までは二十メートルほど。バリケードは即席のものらしく、ひょいと飛び越えられる。問題は狙撃だ。
いや、狙撃というにはあまりにショボいが。
車の陰でしゃがんでいると、地面からの熱がもろに伝わってくる。ここ数年、日本の夏は暑すぎる。しかも俺たちが着ているのは黒の防護服。肩には餅まで乗ってる。ヘタすると戦う前に熱中症で倒れそうだ。
俺はためしに、敵に見せつけるようにバッグを出してみた。
しかし発砲はナシ。
もし腕のいいスナイパーがいるなら、即座に狙いをつけたと思うんだが。あるいは狙いをつけた上で、撃つ必要がないと判断したのか。
俺は仲間たちへ振り返った。
「誰かスマホある?」
「……」
彼らの表情は「なにに使うんだよ?」とか「持ってるわけないだろ」とかいう感じのものだった。
やむをえず、俺は道路脇のカーブミラーを確認した。ちょうどビルが見える。全室の様子を細かく把握できるわけではないのだが、ビルから身を乗り出しているのがたったひとりの男であることが分かった。しかも武装はライフルでさえなく、ただの拳銃。
俺はM16ライフルの銃口だけを出して、三点バーストで発砲した。
すると男はびっくりしたのか、すぐさまビル内に引っ込んでしまった。
まあそうだろう。
警察も米軍も現場から手を引いているから、これは武装したトーシロ同士の戦いなのだ。デカい音がすれば、互いにすぐビビる。
俺は告げた。
「撃ちながら突っ込めば中に入れると思う」
仲間たちはしかし首を縦に振らなかった。
今回の作戦に、介護の必要な赤羽義晴と、腕の治っていない南正太は置いてきた。ママと赤ん坊も留守番。島田高志も電話番だ。
それ以外のメンバーはいる。
頭数はまあまあなのだが、しかしヤる気に関しては怪しいところがあった。小田桐花子は見ての通り。白坂太一も円陣薫子も似たようなものだ。ジョン・グッドマンはムリしているが負傷中。
俺だって負傷が完治しておらず、しかも餅に乗られている。アッシュと機械の姉妹の引率もある。とんでもない重労働だ。
青村放哉が溜め息をついた。
「分かった。じゃあ、ここは俺が引きつけとく。その間にオメーらで行ってくれ」
意外な提案を出してきた。
というより、彼は主戦力になるはずなので、一緒に来てくれないと不安なのだが。
彼は手で行けとばかりにジェスチャーした。
「なんだよそのツラ。あいつぶっ殺したら俺らもすぐ行くよ。それに、ハナだけ置いて行くわけにもいかねーだろ」
おかしい。まともなことを言っている。
頭のアレなヤツが、死ぬ直前に正気になるアレか。この男、意外と自己犠牲タイプなのかもしれないな。
みんなが渋っていたが、俺は立ち上がった。
「じゃ、お任せするよ。中で会おう」
「オーライ」
そして猛ダッシュ。
後ろから「待ってよ」とアッシュたちも来た。
こうなるとみんなもついてくる。
青村放哉が身を乗り出して、銃を撃ち始めた。
有刺鉄線を飛び越え、玄関口へ到着。
ガラス戸は施錠されていたが、俺はフルオートで銃を撃ち込んでガラスを粉砕してやった。エントランスがガラスまみれだ。
「お邪魔します」
いちおうそう断りを入れ、内側に手を伸ばしてロックを解除。
バーンと戸を開いて堂々の入場だ。
そして――まあ分かってはいたが、内部はマネキンだらけだった。セレクターを切り替えている余裕もなかったので、俺はそのまま水平掃射した。マネキンたちがくの字を描いて絶命してゆく。
リロードしていると、その脇を鐘捲雛子が駆けた。抜刀し、流れるような動作で手足を切断してゆく。ジョン・グッドマンも猪のような突進で加勢する。
「ガラスまみれね。こんな肉、食べられないわ」
餅から苦情が来たが、俺は構わず戦闘を継続した。三点バーストに切り替えて、仲間に当たらないよう射撃を叩き込む。
拳銃弾と違い、ライフル弾が命中するとマネキンは大きくのけぞる。それだけ威力も高いということなんだろう。
さて、こうなると、連中がサイキック・ウェーブを使い、ここへマネキンを集めたのは間違いなかろう。もう米軍の支援は受けていないはずなのに。いったいどういうワケだ?
ハーモナイザーを持っているのはいいとして、ソフトウェアはどこから手に入れた?
答えは上にある。
おそらくは、五代大が小便をチビりながら待ってるはずだ。
締め上げて、すべて聞かせてもらう。
*
エアコンが効いていることもあり、ビル内部は快適だった。むせかえるような血液のにおいにさえ我慢できれば。
エレベーターは起動していない。あえて電源を切ったのか、あるいは管理会社が操作したのかは分からないが。
マネキンどもは最近集まったわけではないらしく、いたるところに生活の痕跡が見て取れた。というより、ビル全体がちょっとした巣になっている。
まさかここでも培養していたのだろうか。
先頭を進むのは鐘捲雛子とジョン・グッドマン。次が俺と姉妹たち。その後ろに白坂太一と円陣薫子。そして最後が衛生兵の各務珠璃だ。
階段をのぼるのはなれたが、防護服だけでなく餅まで背負っているとなると、とんでもない重量感だ。きっとそのうち足がムキムキになるに違いない。借りパクしたサポートギアを身に着けてくればよかった。
六階に到達すると、廊下の奥から発砲音が聞こえた。駐車場へ向けて撃っていた男であろうか。いや、どうも廊下で戦闘しているようである。
鐘捲雛子が覗き込み、こちらへ報告した。
「誰かがオメガと戦ってる」
誰かと言っても、どうせカルトのメンバーだろう。
するとその人物も、俺たちの存在に気づいたのか、こう叫び声をあげた。
「お、おい! 誰だ? 誰かいるんだろ? 助けてくれ! お願いだからっ!」
襲われてるのか?
となると、ここのマネキンはコントロールされていない可能性があるな。あの研究所のように、ただ巣をうろついてるだけってことになる。
鐘捲雛子がふたたび覗き込み、また報告した。
「机とか並べてバリケードにしてるみたい」
俺も小声で尋ねた。
「人数は?」
「オメガが多すぎてよく見えない」
なんだか、ゾンビ映画で見たことがあるぞ。
俺はポンポンと肩を叩いた。
「行こう。構ってる暇はない」
ぜひエンジョイしてくれ。俺たちには関係のない話だ。
「待ってくれ! 見捨てないで! お願いだからっ!」
気の毒だが、敵を助けている余裕はない。
すると八階で、ばったり私兵どもと出くわした。こちらは先頭の両名が斬撃による加えた。が、敵の後列が慌てながらも拳銃を発砲してきた。出会い頭の乱戦だ。俺も撃った。何人いるのか、被害はどうなのかさえ把握できないまま。
廊下はわりと広めだから、横に広がって戦闘ができる。まあそれは敵も同じだが。曲がり角もある。
戦闘はすぐに済んだ。敵は六名。しかも出会い頭の斬撃で二名が死んだから、銃撃をしたのは四名のみ。圧勝だった。
かと思うと、タァンと音がして蛍光灯が割れた。まだ奥に潜んでいたらしい。
俺たちも慌てて角に身を潜めた。
このフロアには私兵どもが詰めていたらしい。
目の前のヤツをつぶしても、次々湧いてくるかもしれない。
白坂太一が、こちらも見ずに告げた。
「二宮さん、行ってください」
「えっ?」
「敵は焦っているはず。早く行かないと、大統領がどうなるか分かりません」
「いいのか?」
「早く!」
姉妹を引き連れている都合上、俺が大統領に会わないといけない。だから俺は残れない。それは分かるのだが、こうして彼に銃撃戦を任せることになろうとは。
円陣薫子も壁に張り付いたままだ。
「仕方ないから私も残るわ。大統領のこと、頼んだから」
「分かった」
なんだかんだ言って、このふたりは俺とともにツアーを乗り切ったメンバーだ。やると言ったら絶対にやる。
仲間を信頼し、俺はその場をあとにした。
ビルは十三階。五代大はおそらく最上階にいるはずだ。ああいう連中は高いところが好きと相場が決まっている。
(続く)




