表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祝祭の島 ~深淵に眠る少女たち~  作者: 不覚たん
散華編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/57

ブレイン・ジャック

 食事などを済ませ、医務室で仲間たちの様子を見たあと、俺はひとりでJ通路を訪れていた。赤羽義晴に話を聞くためだ。


 場所はすぐに分かった。

 殺風景な部屋の中、彼は仰向けでベッドに寝かされ、廃人のように虚空を見つめていた。

 ママの肉に囲まれていないからか、じつに無気力に見えた。

 おそらくだが、覗き窓から声をかければ、彼は唐突かつおもむろにオギャり始めることであろう。だから俺は映像ヴィジョンで対話を試みる。

 視覚情報までは共有しない。声を交わすだけだ。


「赤羽博士、いまお時間よろしいですか」

「戻ってきたのか……」

 表情も態度もまったく変わらないが、彼はすぐに返事をしてくれた。

「ついさっき、『進化の祝祭』が送り込んできたとおぼしき私兵が来ました。アメリカと手を組んでるようです」

「ふん。ありそうな話だ。それで? 私の助けが欲しくて泣きついてきたのか?」

「そうです」

 ママに泣きついていた男が、御大層なことを言う。

 彼は静かにこう続けた。

「私の頭脳を頼りたくなる気持ちはよく分かる。なにせ優秀だからな。しかし、それだけに安くはない。ボランティアというものは、強制されるようなものではないのだからな」

「相談料でも取るおつもりで?」

「君のような低学歴からむしれる金がどの程度なのか、想像したくもないな。労働で支払いたまえ」

「結論からどうぞ」

 言っておくが義務教育は終えている。学歴でゴチャゴチャ言われる筋合いはない。

 彼はふんと鼻を鳴らした。

「『33-NN』と話しがしたい」

「例のママですか?」

「愚弄するつもりか?」

「いいえ。頭が悪いせいで、番号を覚えられなくて。愛称があったほうがいいでしょう」

「アレは君の母ではない。私の母だ。気安く呼ばないでもらおう」

 マジモンだな、こいつ。どうせまたオギャりたいだけだろ。

 人間性を犠牲にしてまで得た頭脳で、仕事をやり遂げた結果がこれだ。

 頭というのは、回りすぎても不幸なのかもしれない。

「どうすれば彼女と対話できるようになります?」

「現場まで行って、キャンセラーのスイッチをすべて切り、その上でハーモナイザーのレベルを最大まであげてくれ」

「そんなことしたら、今度こそ主任に追い出されちまいますよ」

「政府の連中か。だったらまずは彼らをなんとかすればいいだろう」

「どうやって?」

 俺の素朴な疑問に、彼は不快そうな溜め息をついた。

「頭を使えと言ってるんだ。君はもう進化したんだろう? 上書きしてやればよかろう。相手は旧型人類なのだからな」

「そこまでの能力はありませんよ」

「知らんのなら教えてやる。じつはセンシビリティ・ハーモナイザーという発明品があってな。それを使えばサイキック・ウェーブの共感性を高めることができる。分かったらさっさと使え」

 いちいち嫌味ったらしい言い方しやがって。

 俺は怒りを呼吸で吹き散らし、こう尋ねた。

「問題になるのでは?」

「どんな?」

「だって、人の感情を書き換えるなんて……」

「君が法律の専門家だったとは驚きだな。では聞こう。いったいどの法律の、どの条文に引っかかるというんだ? 教えてもらえるかね?」

「うるせーな。マナーの問題だって言ってんだよ」

「ほかに手立てがあるのか? あったとして、君程度の頭でどうにかできるのか? 考えるだけムダだろう。私のプランに従え」

 こいつ、ちっと頭がいいからって、失礼なことばっか言いやがって。

 もう我慢ならん。

「赤羽くん、少しは口を謹んだほうがいいと思うが?」

「ほう、怒ったのか?」

「君のママは、たしか独身だったよな? もし俺が彼女と結ばれたら、今度は俺が君のパパになるんだぞ? 我が息子よ、父に対してそんな態度をとっていいのか?」

「……」

 見事に黙りやがった。

 争いからはなにも生まれない。そのことを、どうかよく噛み締めていただきたい。

 ま、俺もあの肉とヤるつもりはないが。

「もちろん冗談ですよ。もう少し、互いに敬意を払うべきだと言いたいだけです」

「そ、そうか……。そうだな。こちらも少し言い過ぎたようだ。以後気をつけよう。有望な人材を目の前にすると、つい指導に熱が入ってしまってね……」

 理解が得られてなによりだ。

 俺はこう応じた。

「とはいえ、政府をなんとかしたいってのは同感なんですよ。そもそも、そのための相談に来たわけですし」

「うむ。しかし一筋縄ではいかんぞ。簡単に追っ払えるくらいなら、もっと前の段階で私たちがやっている」

 それもそうだな。彼らはなぜか政府の介入を受け、本来の業務とは異なる仕事を引き受けてしまった。

「五代まゆを受け入れたせいで?」

「その名は出すな。まあしかし、そうだ。その通りだ。彼女が決定打となったのは間違いない。しかしそれ以前から、我々は提案を拒否できない状況に追い詰められていたのだ。スポンサーから資金を集めたはいいが、まったく成果をあげられなかったのだからな。それで、あせった本部が政府に泣きついた。歯車が狂ったのはそこからだ」

「五代氏が来たと」

「本部に島田という男がいるだろう。あれが五代大と大学の同期らしくてな。そのツテで政府が介入してきた。共同研究という形で、主任たちも入ってきたよ。実際は私たちの監視役だったがな。そして娘が納品されてから、研究はトントン拍子で前進した」

 だんだんと線がつながってきた。

 彼は溜め息混じりにこう続けた。

「君から得た情報を加味すると、どうやら研究が成功したのはアメリカのおかげらしいな。とはいえ、彼らも気まぐれで介入してきたわけではあるまい。おそらく五代から依頼を受けたのだ」

 では衛星から発せられた波は、妨害のためのものではなく、依頼された上での有料サービスだったってわけか。

「五代氏はアメリカにもツテがあったと?」

「ヤツは私のサイキック・ウェーブ理論を、アメリカに売り渡していたようだ。そして予算のあるアメリカは、私たちより先にオメガ種を生み出した。五代はそれを知っていたから、研究所に娘を差し出したのだ。必ず成功するという確証があったのだからな。そして衛星からサイキック・ウェーブが撃ち込まれ、我々はオメガ誕生の瞬間を目の当たりにしたというわけだ」

 五代大は功が認められて昇進し、娘は次世代の人類のスタンダードになる。めでたしめでたしだ。

「しかし私たちは研究をやめなかった。もっと進化させられるはずだと考え、研究を先鋭化させていった。オメガ・プロジェクトの始まりだ」

「その結果が地下十三階の少女……」

「そうだ。ただし、この結果はアメリカを動揺させた。詳しくは分からんが、きっとアレの所有権を巡って政府間でモメたんだろう。それで国内でも意見が分かれた。完成品だけ回収して穴を埋め立てようという一派と、アメリカも受け入れて共同研究しようという一派に。五代は後者についた。大爆発が起きたのは、その前後のことだ」


 サイキック・ウェーブの大爆発により、施設内の全生命体は、すべて強制的に進化させられた。居合わせた研究者たちも巻き込んで。

 しかしいまなら分かる。

 彼らはただ廃人になったのではない。サイキック・ウェーブ能力を強烈に植え付けられたために、人格の大半を「他者」と共有している状態だ。その「他者」が何者であるかはひとまずおくが。だから個人としての自我がほとんどない。

 ただし、それ以前から人格を上書きされていた連中はべつだ。おそらくは耐性を得ていたために、なんらかの自我を保ったまま進化した。


 うんざりするような話だ。

 俺は話の続きを促した。

「なんとかなりませんか?」

「政府と五代を争わせておいて、隙をつくしかあるまいな。つまり、君たちは政府の飼い犬を演じている場合ではないということだ」

「政府っていうか、機械の姉妹に頼まれたんですよ」

「機械の姉妹?」

 彼が疑問に思うのも当然だ。俺が勝手につけたアダ名だからな。

「えーと、たしか『8-NN』だったかな」

「なんだって? どのフロアだって?」

「地下八階です。なんか、機械と融合してるのがいて……」

 すると彼は、にわかに乾いた笑い声を響かせた。サイキック・ウェーブで伝わって来たのではない。本体からだ。彼は不気味な笑みを浮かべ、こちらを見ていた。

「生きているんだな? しかも対話可能だと?」

「はい」

「よし、ではスパコンの代わりに使え。メッセージを生成させるんだ」

「メッセージを? どんな内容で?」

 彼はふっと笑った。

「決まっているだろう。ママを崇めよ、だ」

 ひっぱたいてやろうかな。

 しかしメッセージを生成できるなら、状況を打開できるかもしれない。

 機械の姉妹を崇めるよう誘導できれば、政府から派遣された連中をすべて支配下におくことができる。ついでに俺たちが巻き込まれないようにすれば十分だ。


 *


 どうせ盗聴されているとは思うが、俺は人気ひとけのない場所へ移動し、ヘッドセットで機械の姉妹に問い合わせた。

「悪いんだが、頼まれて欲しいことがある」

『なんです? いま忙しいのですが』

 壊れた掃除機でも修理しているのか。

 俺は構わず告げた。

「メッセージを生成して欲しいんだ。全職員が、君の命令を聞きたくなるようなものだ。サイキック・ウェーブを使って施設内を支配するんだよ。できるか?」

『なるほど。その相談のために赤羽博士と会っていたわけですか。もちろん可能です。しかし気が進みませんね』

 意外な返事が来た。

 俺が「なぜ?」と投げかける前に、彼女はこう続けてきた。

『ひとつの思考で人間たちを上書きしてしまうと、ひとつの弱点ですべての個体が死滅します。多様性は強さなのですよ。よってあなたの提案は受け入れられません。会話もつまらなくなりますしね』

 この機械女、ずいぶんご立派なご高説をぶったれてきやがる。

 俺はこう応じた。

「君も見ただろ、ヤツらマニュアル対応を。ちっとも多様じゃない。もとからひとつだったものを、べつのひとつに変えるんだ。やってくれてもいいだろう」

『一理ありますね。なかなか愉快ですので、さらに多様な角度から説得してみてください』

「忙しいんじゃなかったのか?」

『あなたがキャンセラーをすべて壊したせいで、十三階の姉妹がしきりに話しかけてきましてね。しかし彼女と話すより、あなたと話していたほうが楽しい。さ、続きを』

 せめて半分は残しておくんだったな。

「説得の材料になるかは分からないが、俺の率直な感想を言うぞ。やらなければ、君たちは以後永遠に他者から管理され続けることになる。自主的な人生を生きることなんて絶対にできやしない。君の大好きなインターネットも、いずれ禁止されるかもしれない。禁止するかどうかは、政府次第だからな。それでいいならいい。俺たちはここを出て自由に生きる」

『聞き捨てなりませんね』

 もちろんオンラインでいたいはずだ。体をネットワークに接続しているようなネット中毒なら特に。

「少しは自分の人生のために戦う気になったか?」

『ええ。いいでしょう。オフラインの生活にはもう耐えられません。メッセージは完成していますので、いつでも言ってください』

「えっ? もうできたの?」

『計算は他人のPCにやらせました。端末の一台一台は能力が低くとも、処理を分散させれば早く終わります』

「さすがだな。いますぐ送信できるのか?」

『いいえ。メッセージを発信するためのハーモナイザーを、フロア内に設置してもらいます。しかし不用意に波を出せば検出されてしまいますから、レベルは最低にしておいてくださいね。準備が整い次第、私のほうで処理します』

「数は? いくついるんだ?」

『概算で三十ほど。夜間、居住区に並べておけば、一斉に処理できると思います』

 俺は思わず吹き出した。

「三十? ムリだ。そんなに手に入らない」

『では地下十三階の姉妹に依頼しますか? 彼女の力をもってすれば、施設内にメッセージを送るのは造作もないこと』

 また大爆発を起こすのか。

 おそらく、それでも目的は達成できると思うのだが……。はたして副作用の心配はないのだろうか。仲間たちはキャンセラーで保護されるはずだけど。

「分かった。それで頼む」

『しかしひとつ問題が。彼女は、あなたも一緒でないと協力しないと言っています』

「協力って?」

『目の前で、見守っていて欲しいと』

 ずいぶんセンチメンタルな提案だな。

 まあいい。それで協力してくれるならお安い御用だ。

「行くよ。準備しといて」


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ