PTSD
ただじりじりと時間だけが経過した。
俺はツバを飲み込み、握りしめたCz75を確認してみた。弾は入れ替えたばかりだ。不具合もない。敵は防弾ベストさえ着用していないから、命中すればダメージを与えられる。
目の前の鋼鉄のドアに、パッと見ただけでふたつの穴が空いているのに気づいた。敵のライフル弾が抜けたのだ。敵は貫通したと思っていないからじっとしているが、もし撃ち込まれれば俺はいつでも蜂の巣にされる。
パァンと炸裂があった。
エントランスから誰かが撃った。武装集団も撃った。銃撃戦がしばらく続き。後方の騒がしいことに気づいた。誰か撃たれたらしい。倒れた人影が、ズルズルと物陰へ引きずられるのが見えた。
誰かは分からない。
『残り八名。ただしこちらも円陣薫子さんが負傷したようです』
そんな報告が来た。
彼女が撃たれるのはこれで二度目だ。一度目は助かった。しかし今回はライフル弾だ。高いエネルギーを有している上、スピンがかかっている。もし直撃すれば、それが体のどこであろうと、体内の圧力を急激に高めることになり、周囲の毛細血管を破壊する。
助からないかもしれない。
敵のひとりがもたもたリロードしていたのを、青村放哉が撃ち抜いた。
『残り七名』
しかしそこから進展がない。
俺は機械の姉妹へ問い合わせた。
「なにかきっかけを作ってくれないか? 照明を操作するとか、スプリンクラーを作動させるとか……」
ロボット掃除機はすでにスクラップにされている。別の変化が欲しい。
回答はこうだ。
『スプリンクラーは設置されていません。また、地下一階から地下三階までの照明はマニュアル操作のみの対応のようです』
スプリンクラーがない? 消防法はどうなってんだよ。違法建築か。
「なにか提案は?」
『地下十三階の姉妹に協力を要請するというのは?』
「ダメだ。味方にも被害が出る」
『こちらからは以上です』
お役立ち情報満載だったな。
あとは旧型人類の知恵でなんとかするとしよう。
俺はドアの奥へ引き込み、サブ通路へ入った。
ヘドロをあさったなつかしの場所だ。以前はクイーンがいたが、いまは腐臭の残骸しかない。さらに進むと、鐘捲雛子が息を殺して身を潜めていた。
「どうしたの?」
「いっぺん背後から射撃を仕掛ける」
「分かった」
俺は足音を立てないよう、さらに進んだ。
この先の「3-M」はドアがついていないから、物音を立てず通路へ顔を出せる。
「機械の姉妹、いま顔を出しても安全かな?」
『ええ。完全に無防備です』
「了解」
俺は躊躇なく身を乗り出し、武装集団へ向けてトリガーを引いた。
「あぐあッ」
「なんだ?」
「また後ろからだ! 山田! 長島! あの脇道だ!」
するとふたりの男がこちらへ迫ってきた。
マズい。
ひとりだけならなんとかできるかもしれないが、ふたり同時は捌ききれない。
俺は手だけを出して発砲したが、靴音は構わずドタドタ近づいてくる。敵も必死だ。俺はさらに身を引き、敵が姿を見せた瞬間に撃ち込むことにした。
膝をついて身をかがめ、一瞬でも視認を遅らせる。
まずはアサルトライフルの先端が見えた。かと思うと、銃口がぐいっとこちらを向き、けたたましい音とともに、これでもかとマズルフラッシュを明滅させた。
ブラインドショットだ。
幸い、弾丸は俺の頭上を通過した。そのはずだ。もう殺されているのに自覚がないのでない限りは。
ぬっと男が顔を出した。目が合った。ぎょっとした顔をしていた。俺はとにかくトリガーを引いた。敵も引いた。マズルフラッシュがあって、白色のライトが粉砕された。
俺にダメージはない。
そして敵は死んだ。
もうひとりいるはず。なのに、ちっとも姿を現さない。
『残り五名』
目の前にはM16が転がっている。
そいつを回収してもいいが、何秒か無防備になってしまう。
少しでも隙をつくれば初動が遅れる。
俺はためしに、通路へ向けて一発撃ち込んだ。敵もタタタと撃ち込んできた。狭い通路で跳弾が起き、壁にぶつかってチュンと火花を散らした。
角の向こうにいるのは間違いない。
ただし、互いに姿が見えていない。だから牽制し合うしかない。
ジリ、と、かすかに靴音がした。
距離をつめてきているのだろう。
俺は身をかがめたまま、じっと様子をうかがった。
もしそいつが慌てん坊なら、俺の姿も見ずに乱射するだろう。しかし冷静なら、俺がしゃがんでいることに気づき、狙いをつけて向けてフルオートでぶっ放してくる。
ジリ、ジリ、と、靴が床をこする。
俺は小声でマイクへ告げた。
「俺のキャンセラーをオフにしてくれ」
『分かりました』
ひとつだけ、俺は壁を貫通する手段を持っている。サイキック・ウェーブだ。
人間相手に試すのはこれが初めてだが、一か八かで仕掛けるしかない。
イメージするのは、餅が共有してくれた記憶。青村放哉に撃たれたときの映像だ。俺の脳裏にもしっかりと焼き付けられている。いや、記憶というよりは、体験として残っている。とんでもなく理不尽な激痛だった。
俺のキャンセラーをオフにしたところで、相手のキャンセラーは稼働したままのはず。だから、それを超える波を出さなきゃならない。
あらゆる怒りを込めて、メッセージを送る。
おそらく鐘捲雛子も巻き込んでしまうが、いまは仕方がない。
「うがあっ」
男がうめき声をあげた。
通った!
俺は一気に飛び出し、トリガーを引いて、男へ銃弾を撃ち込んだ。そいつは踊るように後退しながら、仰向けに転倒。血液を撒き散らしながら痙攣を始めた。
『残り四名』
俺は死体からM16をぶん取り、狙いもつけず撃ち尽くした。
『残り三名』
ちょっと勢いに任せすぎた。
狙いをつけていれば、もっと減らせたかもしれないのに。
俺はもうひとつのM16を回収し、苦しそうにうずくまる鐘捲雛子の脇を駆け抜け、もとのポジションへ引き返した。
青村放哉が発砲した。
俺も加勢した。
『残り二名』
すると武装集団がなにやら騒ぎ出した。
「待ってくれ! 降参だ! 武器は捨てる! な? この通りだ!」
「おい、細川、なに勝手なこと言って……」
「状況見てみろよ! どう考えてもムリだろ!」
「クソ……」
ふたりは床へアサルトライフルを置き、足で遠くへ蹴飛ばした。
「ほら! 見ろよ! もう武器は持ってねぇ! な? 見逃してくれ! もう出てくから!」
交渉に応じてもよかったのかもしれない。
俺はしかし微塵の躊躇もなく、そのふたりへM16の銃弾をぶち込んだ。けたたましい発砲音が通路に響き渡り、彼らはいびつにぶるぶる震えながら膝から崩れ落ちた。
『敵の全滅を確認しました』
オレンジ色に照らされたコンクリートの通路には、バケツでぶちまけたように血液が飛び散っており、そこへ糸の切れた人形のように男たちが転がっていた。
戦いは終わった。
なのだが、誰も動けなかった。
アドレナリンが体中を駆け巡っているせいか、すぐにリラックスできなかったのだ。みんな呼吸を繰り返しながら、もう動かなくなった死骸を見つめている。
エントランスから、リフトの上がってくる音が聞こえた。
「薫子さん! 薫子さん! しっかりしてください!」
各務珠璃の声が響く。
致命的なダメージを受けたか……。
俺は溜め息をつき、弾のなくなったM16を床へ置いた。立ち上がるときに少しフラッとした。自律神経がおかしくなっているのかもしれない。
エントランスに入ると、しかし円陣薫子は生きていた。かといって無事ではない。ガタガタ震えている。出血はないように見えるのだが。
機械の姉妹から通信が来た。
『映像を解析したところ、壁に跳ね返った弾丸が肩口をかすめたようです』
つまりは肉体的なダメージではなく、恐怖心で震えているわけか。
いや、ムリもなかろう。きっと前回撃たれた記憶がフラッシュバックしたのだ。
青村放哉も来た。
「宮川、最後いい撃ちっぷりだったな。スカッとしたぜ。で、鐘捲ちゃんは? 姿が見えねーみてーだが」
俺の放った映像のせいで、まだうずくまっているのかもしれない。
「ちょっと見てくる」
「おう」
道を引き返してサブ通路へ入ると、鐘捲雛子が床へ嘔吐しているところだった。
俺はおそるおそる声をかけた。
「大丈夫? さっきは巻き込んでごめん。つい……」
「近寄らないでッ!」
口から胃液を垂らしながら、血走った目でこちらを睨みつけてくる。
「悪いとは思ってる。ただ、ほかに選択肢がなくて」
「分かってる。分かってるから……。少しひとりにして……」
「向こうに行ってるよ」
彼女も、撃たれた記憶がフラッシュバックしたか。あるいは俺の映像を強制的に共有させたから、嫌悪感に苛まれているのかもしれない。
「おう、宮川。いちおう武器回収しとこうぜ。使えるかもしれねぇ」
青村放哉は両肩にM16をぶらさげている。一昔前のハリウッド映画みたいだ。
見ると、他の面々も同じようにしている。
俺も血まみれのアサルトライフルを拾い、肩へストラップをかけた。
「で、鐘捲ちゃんはどうだった?」
「ちょっと気分が悪いみたい」
「そうか。ま、生きてるならそれでいい」
実際は俺のせいなのだが、ここは黙っておこう。
*
リフトで最下層へ戻ると、鐘捲雛子と円陣薫子は医務室へ直行となった。その他のメンバーもみんなぐったりしている。
ともあれ、報告のため、動けるメンバーで執務室へ向かった。
「よう、主任。終わったぜ」
青村放哉は、ドアをノックもせずに乗り込んだ。
俺たちも構わずあとへ続く。
主任はややぎょっとした表情だったが、溜め息をつき、こう応じた。
「お疲れさまです。しかし『13-NN』が……」
あきらかに俺を見ている。
キャンセラーをぶっ壊されたのが、だいぶご不満のようだ。
「彼女なら平気ですよ。怒らせさえしなければ」
「気分の問題ってこと? だから、そういう不安定な状況がマズいって言ってるんですよ。なんで分からないかなぁ」
「やらなきゃみんな死んでたんだから。それとも、生き延びたことにご不満が?」
「きょ、脅迫するんですか?」
「俺は論理的な帰結を述べてるだけです。やらなきゃ死んでた。それはさっきも説明したはず。あと何回復唱すれば理解できます?」
いまは人数が多いから強気になるぞ。俺はそういう男だ。のみならず、さっきまで命のやり取りをしていたせいもあって、テンションが普通ではない。ただでさえムカつく相手だというのに。
「分かりましたよ。ただね、言っときますけど、アレ、安くないんですよ」
「損害の請求はクライアントにお願いします」
そう。
もういい加減、俺も理解したのだが、俺たちの雇い主はこいつじゃない。あくまで機械の姉妹だ。こいつはそれに便乗しているだけ。
青村放哉が「まあまあ」と割って入った。
「とりあえず、これで仕事は終わったってことでいいんだよな? もっといて欲しいってんなら、考えてやらねーこともねーが」
「ええ、ぜひ滞在してください。また襲って来ないとも限らないし……」
一回襲われたのだから、警察に通報すれば助けに来てくれそうだが。肝心の主任があきらめている様子だった。
*
広場では、島田高志とばったり出くわした。監禁部屋のあるJ通路から出てきたようだ。
各務珠璃がお辞儀をした。
「あ、部長、お疲れさまです」
「お疲れさま。もう部長じゃないって言ってるでしょ」
「お散歩ですか?」
この気楽な問いに、島田高志は苦い笑みを浮かべた。
「それがね、赤羽博士がいるっていうから、様子を見に行ったんだけど……」
「あ……」
「まともにお話しできる感じじゃなくてさ。人ってあんなに変わっちゃうもんなんだねぇ。ちょっとびっくりしちゃった」
見たのか、あのオギャり具合を。
とはいえ、映像で会話すればまともにやり取りできそうな気もするのだが。
各務珠璃は首を傾げた。
「赤羽博士と、なにかお話ししたいことでもあったんですか?」
「オメガ・プロジェクトの目的について聞こうと思ってさ。ま、会社もなくなっちゃったし、聞いたところでしょうがないんだけどさ」
元運営の連中は、まだ知らないんだったか。
オメガ・プロジェクト。それは、いまいる人類をメッセージで強制的に進化させるという、バカげた計画だ。
主任は政府側の人間だから知ってるかもしれない。しかし部外者に聞かれたところで答えないだろう。業務上の守秘義務というヤツだ。
ともあれ、あの監禁部屋のどこかに赤羽義晴がいるということだ。どうせ暇なんだし、あとで会話でもしてみるか。
(続く)




