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 昨日、少し刺激したせいかもしれない。

 ダンジョンに入ってすぐのところに、マネキンが二体来ていた。

 脳内シミュレーションは何度もしたのだが、それでも初動がもたついてしまった。さいわいなことに、マネキンはもっともたもたしていたが。

 銃を構え、トリガーを引く。パァン、パァン、と、リズミカルに。もし状況を見失って撃ち尽くしてしまえば、きっと昨日と同じ状況になる。一発当てて、まだ動くかを確認。生きているなら撃つ。死んだなら撃たない。


 二体のマネキンは、すぐに死体となった。

 赤黒い血液を垂れ流し、不格好に床へ転がっている。


 距離さえ保てば、さしたる脅威ではない。もちろん残弾があった上での話だが。

 逃げていたダンボールおじさんが近づいてきた。

「わぁ、撃ったんだ? やるねぇ! こういうの慣れてんの?」

「いえ、まだ安定しなくて……」

「謙遜しちゃって! 頼りにしてるからさ!」

 たぶんこのおじさんは自分で戦うつもりがない。

 まあ邪魔しないならいい。


 発砲音に驚いて逃げていた参加者たちが、ぞろぞろと戻ってきた。マネキンの死体を見てひっと息を呑んでいる。

 こんなツアーなんだから、自分を英雄と勘違いして撃ちまくるヤツがいてもよさそうなものだが。みんな意外と前へ出ない。どちらかというと、勘違い野郎は俺のほうなのかもしれない。

 まあ気持ちは分かる。当初想像していたアトラクションとは違い、これはただの虐殺だ。もしマネキンがヒトであれば、手を出したものは殺人犯となる。できる限り他人にやらせたいだろう。

 中年男性がやってきて、誰にともなく言った。

「あ、片付いたの。そう。みんなも気をつけるように」

 お前はなにもしてないだろ。あんまりうるさいと誤射するぞ。


 ともあれ、八発も撃ってしまった。残りあと七発。撃ち切ったらマガジンの入れ替え作業が発生する。冷静にやらないと死ぬ。

 俺は深く呼吸をし、心臓の高鳴りをなんとかなだめようとした。

 いくら一方的に殺せるとはいえ、体は否応なく緊張してしまう。銃を撃つたび手首にかかる衝撃にもイライラするし、発砲音も耳障りだ。それに、マズルフラッシュが起きるたび、マネキンと目が合う。彼らはなにかを喋ろうとしている。

 息を吐ききり、俺は歩を進めた。

「あいつら、足音を立てないんで、必ず目で確認するようにしてください。力も強いから絶対に近づかないように。もし見つけたらすぐ周りの人に知らせること」

 返事はなかったが、伝わっていると信じたい。


 現場は地下三階だから、寄り道する必要はない。分岐もないからただ前へ進めばいい。

 俺はマネキンに警戒しつつドアのナンバーもチェックしてみたが、やはり「1-A」は見当たらない。「2-A」もない。


 そして現場へついた。

 血痕はある。しかし遺体がなかった。

「ここです」

「……」

 参加者は黙り込んでしまった。

 ムリもない。ここに腕章がない以上、もはや俺という人間はアテにならないのだ。

 中年男性がここぞとばかりに元気になった。

「どこだよ?」

「昨日はここにあった」

「困るんだよなぁ、そういう曖昧な情報さぁ。あんたのせいで、みんなを危険に晒してんの。分かってる? ちっとも分かってないでしょ? そういうさぁ――」

 ぐだぐだ演説が始まったので、俺は割り込んで尋ねた。

「あんたのプランは?」

「えっ?」

「そんなに言うなら、なにかプランがあるんだろ? 特別に発言を許可する」

「いや、だから俺が言ってんのはさ……」

「……」

 特に言いたいことはなかったようだな。

 ダンボールおじさんも半笑いで入ってきた。

「あーダメダメ。この人、口ばっかりだから。人に指図するわりに、自分ではなにもしないの。そういうのよくないよねぇ」

 すると他の参加者も「なんかね」「文句ばっかりだし」と同調した。

 みんなで横柄な中年を吊るし上げるのはじつに気分がいい。

 しかしお喋りを楽しんでいる時間はない。こんなところで騒いでいてもマネキンに囲まれるだけだ。


 俺は注意深く血痕を観察した。引きずられた痕跡がある。それも二方向へ。

 一方はメイン通路の奥へ、もう一方はドアのない暗い通路へ。この場で引き千切って山分けしたらしい。

 メガネが近づいてきた。

「どうします?」

「この先と、あの脇道に向かって血痕があるんで、両方を捜索することになると思います。ただ、昨日は脇道からぞろぞろ出てきたのにやられたんで、あっちはかなり危険かなと」

「だいぶ暗いですしね」

「通路も狭そうなんで、遭遇したらパニックになると思います。逃げようとして仲間と押し合いになるのもマズい」

 ここへ至っても、まだみんな戦う準備ができていない。敵と遭遇した瞬間にパニックを起こすだろう。きっと味方を撃つやつも出てくる。

 メイン通路は全員で行くとしても、脇道に入るメンバーは厳選しないといけない。

「先にデカいほうから探索しましょうか」

 すると女が近づいてきた。

「ちょっと待ってください。昨日はこの脇道からやられたんですよね? まだいるってことなんじゃ……」

「たぶん」

「このまま進んだら、挟み撃ちにされる可能性もあるんじゃないですか」

 まさにその通りだ。まったく考えてなかった。

 中年がまた元気になった。

「ほらな、なにも考えてない」

「じゃああんたのプランは?」

 俺の皮肉に、彼はニヤリと不快な笑みを浮かべた。

「二手に別れるんだよ。ここを死守する部隊と、先へ進む部隊に」

「……」

 通常であれば、戦力を分散させるのはいいアイデアとは言えない。

 しかし俺だけが先頭に立って戦い続ければ、後ろの連中はずっと傍観者のままだ。当事者になりそうもない。なのにピンチになれば、前に仲間がいるのも構わず撃つだろう。

 こんなことなら、全員を最前線に当てたほうがよさそうにも思える。

 俺が黙考していると、彼はこう続けた。

「あんたはここの担当だ。他のメンバーは前へ進む。腕章を外してくれ」

「は?」

「誰のせいでこうなってると思ってんの? 自分のしたことを考えろよ。仲間を見殺しにしたんだろ? こっちはその罪を償うチャンスをやるって言ってんだよ」

「なんで腕章まで?」

「当然だろ。また死体を持っていかれたら探すのが面倒だからな」

 すると俺が反論するより先に、女が腕章を剥がした。

「これ持っていってください。私も残りますから」

「えっ?」

 この間抜けな声は、俺と中年男性から同時に出た。

 するとダンボールおじさんもアーマーの上から腕章を外した。

「じゃあ私も残りますね。はいこれ。なくさないでね」

 どういうつもりだろうか。

 もちろん俺としては助かる。ひとりでここを守るより、複数のほうがいいに決まってる。

 俺も腕章を外し、無言で突き出した。

 中年男性はそれらを回収し、不満そうに吐き捨てた。

「じゃあ留守番お願いします。くれぐれも勝手に逃げないように」

「はいはい」

 俺はとっとと行けとばかりに生返事してやった。


 *


 三人になった。

 あたりが急にしんと静かになってしまい、なんだか変な笑いが出そうになった。

「よかったんですか、俺の巻き添えになって」

 するとダンボールおじさんが肩をすくめた。

「私、イヤですよ、あんなヤツに命令されながら奥に行くの。でもここならまだ出口に近いじゃない?」

 同感だ。

 すると女もうなずいた。

「こっちのほうが生存率も高そうですしね。昨日の事件についても、きっとどうしようもない状況だったんだと思いますし。いつも前に出て戦ってくれるあなたが、他人を盾に使うとも思えませんから」

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいですよ」

 この気持は裏切らないようにしたい。

 とはいえ、マネキンに掴まれてしまったら、もう救いようがない。いや一体だけならいい。複数体では手が出せない。

「昨日は、壁を背にしてたせいで逃げられなくなっちゃったんで、もし待機するなら通路を背にするのをオススメします。あと、銃はいつでも撃てるように。仲間を撃たないように。こう、並んで……」


 しかしいつまで待ってもマネキンどもは出てこなかった。代わりに、先発隊の一部がパニックになりながら猛ダッシュしてきた。

「逃げろ! 逃げろ!」

 半狂乱で叫びながら、俺たちを置いて行ってしまった。

 メガネも走ってきた。

「なにやってるんですか! 早く逃げて!」

「えっ?」

「説明してる暇ないんで!」

 行ってしまった。

 なんかヤバいことが起きてるらしい。

 ダンボールおじさんがブルッと身を震わせた。

「逃げたほうがよさそうだね」

「そうしましょう」

 現場を見ていないから分からないが、あの慌てぶりは普通じゃなかった。

 俺たちも駆けた。


 外へ出た。

 走って呼吸が荒くなっているのに加えて、急に明るくなるものだから、目がチカチカして仕方がない。

 しかし待てども待てども、なにかが出てくる気配はない。ぜえぜえと呼吸をしているのは、俺も含めて五名だけ。残りのメンバーも来ない。

 腕章のない三名と、メガネと三白眼。あと三名いるはずだ。

 いや、足音が近づいてきた。ひいひい言っている。みんなは身構えたが、俺はそうしなかった。パタパタと派手な靴音をさせているから、マネキンではなく参加者だろう。

 戻ってきたのは例の中年だった。

「はぁっ……はひぃっ……」

 顔面蒼白になって、短く呼吸を繰り返している。ズボンが血まみれだ。しかし怪我をしている様子はないから、きっと他人の血液だろう。

「なにがあったんです?」

 俺の問いに、彼は答えられなかった。代わりに応じたのはメガネだ。

「奥にシャッターがあったんです。脇のスイッチを押したら、奥から変なのが出てきて……」

「変なのって?」

「いや、あの、見た目はいつものモンスターと同じっぽかったんですけど、四足歩行してたっていうか……。とにかく動きが速くって、男の人が捕まっちゃって……」

 バカなのか。

 シャッターが降りていたなら、そのまま引き返せばいいのだ。あのマネキンどもがスイッチをオン・オフできるとは思えない。つまりはハズレってことだ。わざわざ蜂の巣をつつくようなマネをすることはなかった。


 俺はダンジョンを覗き込み、その「変なの」が追ってこないか確認した。もちろん気配など感じられない。音だってしない。だから来ているかどうかは分からない。

 が、もし「速い」ならもう来ていていいはずだ。

 おそらく途中で引き返したか、はじめから追ってきていないのだろう。なにせあいつらは死体を集める習性があるようだからな。


 俺は呼吸を整え、彼らに尋ねた。

「残りのふたりは?」

「……」

 無言、ということは、死体になったというわけだ。

 俺は質問を変えた。

「じゃあ腕章は?」

「……」

 遺失したわけだな。

 すると中年がいきなり逆ギレした。

「仕方ないだろ! 緊急事態だったんだ! 急にあんなのが出てきて、どうしろって言うんだよ! お前なら倒せたのか!?」

 答えは「はい」でも「いいえ」でもなく、「お前を撃ち殺したい」だ。

 しかし俺は少し笑っただけで、聞き流してやった。

「いったん戻って立て直しましょう」

「……」

 寛容の精神を見せつけてゆく。

 いや、内心クソムカついているのだが、どう考えても仲間内で責任を追求している場合ではない。こんなクソ野郎とでも協力しなければ、フェリーは迎えに来ないのだ。過去五回のツアーと同じように。


 さて、問題は解決していない。

 それどころかさらに面倒なことになった。

 緩衝地帯へ踏み込んだ瞬間、ウーウーとけたたましくサイレンが鳴り響いた。

『緊急事態発生。緊急事態発生。腕章のない熱源を確認しました。モンスターとみなし、機銃による掃射を開始します。参加者の皆さまは退避してください』

 待ってくださいよ。

 腕章のない熱源って、どう考えても俺らのことでしょ? 機銃ってのはあのゴツいタレットのことでしょ? 掃射なんてされたら、一瞬でミンチになってしまいますよ。

 無人タレットが動き出し、銃口をこちらへ向けてきたので、俺はもう誰の許可もとらずに逃げた。逃げるといっても、行き先はダンジョン方面しかないが。あるいは鬱蒼とした森の中か。


 なんらかの良心のつもりだろうか、掃射が始まるまでは少し猶予があった。

 おかげで俺は逃げることができた。女も遅れてやってきた。が、ダンボールおじさんが来なかった。ダダダダと映画で聞いたような発砲音がしたから、ミンチにでもされたのかもしれない。

 これは大変なことになってしまった。

 ダンジョンも危険。緩衝地帯も危険。となると、もう行くアテがない。


(続く)

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