アマチュア
戦闘を継続していると、機械の姉妹から通信が来た。
『二宮さん、提案があります』
「手短に」
『地下十三階へ移動し、キャンセラーを半分ほど破壊してきてください』
俺は思わず射撃の手を止めた。
「正気か?」
『ええ、正気です。壊すのは、あくまで半分ですよ。あなたなら耐えられるでしょう』
「仲間たちまで危険にさらすことになる」
『事前にキャンセラー機能のついたハーモナイザーを配布したはずです。私のほうでスイッチを入れておきますから、ポケットをまさぐる必要はありません』
通信機能までつけてやがったのか。こいつ、きっと人の寝言まで録音するタイプだぞ。
「悪いけど、いまここを離れるわけにはいかない」
『カッコつけてないで早く行ってください。他のメンバーでなんとかなりますから』
他のメンバー? 俺が抜けると、ふたりしか残らないんだが……。いや、白坂太一が戦線に復帰している。円陣薫子も。
「分かった。すぐ行く」
青村放哉が「はよ行け」とばかりに手で追っ払ってきたので、俺は遠慮なくその場を離れることにした。
*
階段を駆け下りようと思ったのだが、膝が震えて思わず踏み外しそうになった。自分で認識している以上に緊張していたようだ。
軽いジョグで安全に下を目指す。
「13-A」のシャッターはおりていたが、近づくと自動でガラガラと開いた。勝手に入ったら怒られそうだが、緊急事態なのでやむをえない。主任だって、殺されるよりはマシだろう。
いや、マシじゃないのか。
本部から通信が来た。
『なにやってるんですか! そこ立入禁止ですよ!』
「入ってくれてって頼まれたんだけど」
『無効でしょ、そんなの! 責任者は私なんだから! 私の支持に従ってくださいよ』
「カメラの映像見てないの? あんたの命令を聞くと、みんな死んじまうんだよ。みんなってのは、あんたも含めてだ。分かったら静かにしてくれ」
『いや、しかし……』
しかし、じゃねーんだよ。死ぬんだよ。二秒で理解しろ。
俺は構わず中へ入り込み、最奥の通路を目指した。
近づくたびに、強烈な波の拮抗が伝わってきた。誰かが両手で俺の脳を挟み込んでいるようだ。しかしたしかに、だいぶ慣れた。いずれなにも感じなくなるのかもしれない。
水槽の中の少女が、俺の姿を見て目を見開いた。分厚いガラスに手をつき、なにかを訴えかけてくる。
言葉なんか聞かなくても分かる。彼女は苦しんでいる。
俺はうなずいて、床に並べられたキャンセラーをひとつずつ撃ち抜いた。チュンと音がして金属片が飛び散る。跳弾した弾が近くへ飛んできたが、俺は構わず射撃を続けた。
十二のキャンセラーのうち、六つを無効化した。
水槽から、彼女が波で語りかけてきた。
「ありがとう。けど、あなたに借りができてしまったわね……」
「じつはお願いがあって来たんだ。上に君の姉妹が来てる。彼女たちをおとなしくさせて欲しいんだけど、できる?」
「お安い御用よ」
彼女との対話は、もはや危険ではない。
以前は感情のコントロールを知らなかったからあんなことになっただけだ。しかし、いまはそうじゃない。
俺は帰り際、残りのキャンセラーもすべて破壊した。
*
上へ戻ると、すでに戦闘は終了していた。
すべてのマネキンが戦意を喪失したのだ。ほとんどの連中は、床に座り込んでリラックスしている。
次に衛星が真上へ来て波を飛ばしてくるまでは安全のはず。
「おい、宮川。オメー、大活躍じゃねーかよ。弾はほとんど当たってなかったけどな」
「足りない部分を補い合うのがチームってもんでしょ」
「言えてんな」
骨折した南正太とジョン・グッドマン以外は、いまのところ無傷のようであった。
返り血にまみれた鐘捲雛子が戻ってきた。
「まだ終わってないでしょ? このあと本体が来るんだから」
顔についた血液を手の甲で拭った。
まだ殺気立っている。
青村放哉も心配になったらしい。
「来る前に機械女が教えてくれるだろ。少し休め」
「そうする」
刀を納めもせず、ロボット掃除機にどっと腰を下ろした。
凄まじい労力であったろう。弾丸の飛び交う中、最前線でマネキンどもの侵攻を食い止めていたのだ。相当鍛えている。それに、並の度胸ではない。
誰かが応援を要請したのか、医療班が下からリフトでやってきて、南正太とジョン・グッドマンを担架で運び去った。
少年との勝負は俺の勝ちってわけだ。弾が当たっていればだが。
さっそく通信が来た。
『大型ヘリの接近を確認。警戒してください』
また十三階の少女にカタをつけてもらってもいいんだが。
きっと今度の敵はキャンセラーを持ち込んでくるだろう。そうなると、キャンセラーを超えるレベルで波を打たねばならなくなる。結果、俺たちまで廃人になる、というわけだ。
あきらめて殺り合うしかない。
『確認できました。敵の数は二十八名。アサルトライフルで武装しています』
思わず鼻水を吹きそうになった。
アサルトライフル?
軍隊かよ。
いや、実際どこかの軍隊が武器を貸してやったのだろう。余計なことしやがって。
『現在、地下一階を通過中』
俺たちの防護服は、拳銃弾ならなんとか止められる程度だ。それでも至近距離で撃ち込まれた鐘捲雛子は内出血するほどのダメージを負った。ライフル弾なんて叩き込まれたら、確実に貫通する。
「鐘捲さん、今回はさがってたほうがいい。刀じゃ分が悪すぎる」
俺がそう告げると、彼女は鋭い目でこちらを見た。
「だから見てろって?」
「もしアレなら、君も銃を使うとか……」
南正太の落としたP228がある。
彼女はしかしふっと笑った。
「私、これ以外の武器使うつもりないから」
「なんで?」
「いいでしょ、なんでも」
こんなのは蛮勇だ。
しかし彼女に対して、勇敢さをくじく方向で説得するのは無理だな。
「君がこの戦いで死んだら、大統領がどう思う?」
「……」
「それに、この戦いを生き延びてからも、馬鹿野郎どもに責任を取らせる仕事が残ってる」
「そうだけど……。でも、私だけ見てるのはイヤ」
となると、戦術を変更したほうが早そうだ。
俺はヘッドセットへ尋ねた。
「機械の姉妹、応答せよ。シャッターをおろして、敵の侵攻を妨害できないか?」
回答はこうだ。
『不可能ですね。いくら私が信号を送ったところで、ボタンを押しっぱなしにされれば強制的に開いてしまいます』
「なんでそんな構造になってるの?」
『各フロアに設置されたシャッターは、あくまで緊急避難用の隔壁なのです。閉じ込められた職員が脱出できるよう、手動での操作が優先されています』
まあそうか。そもそも、戦闘を想定した設備ではないようだしな。
「敵を通路に引き込めないか? たとえば、接近戦ができるような……」
『では引き込むのではなく、前進してはどうでしょう? エントランスから出て地下三階通路で応戦すれば、少しは接近できるのでは?』
「前進? オメガたちがどいてくれないとムリだ」
『地下十三階の姉妹に依頼してみましょう』
すると下方から波が湧き上がってきて、マネキンたちがハッと顔をあげた。かと思うと、彼女たちは外を目指してぞろぞろと移動を開始した。
仕事が早くて助かる。
自由に移動できるようになったロボット掃除機も、通路での戦闘に備えて前進を開始した。マネキンたちの死骸を掃き散らしながら。
やがて『地下二階にて、武装集団とオメガ種が交戦中』との通信が入った。
カルト連中も、まさか自分たちの送り込んだオメガが引き返してくるとは思わなかったろう。
地下一階から三階までの通路は、ゆるくカーブを描いている。射線が通りにくいから、互いにある程度接近せざるをえなくなる。脇道もあるから、ドアを盾にして戦うこともできる。まあその条件は互いに同じなのだが。
『戦闘が終了したようです。武装集団は七名が死亡。残り二十一名です』
あの大行列と戦って、犠牲はたったの七名か。だいぶ強い。さすがはアサルトライフルだ。
俺たちも運営からパクったM4カービンやらグレネードやらを保管しておいたはずなのだが、ここを任された主任が破棄してしまったらしい。使わせてくれたら有利に戦えたのに。
まあ役人というのはイレギュラーを嫌うから仕方がない。ガイドラインに従ったのか、法律に従ったのかは分からないが。あとで見つかって「なぜ報告しなかったんだ!」となれば査定に響く。
さて、ロボット掃除機がバリケードを構築し、俺たちも配置についた。
地下三階にはサブ通路が並走しているので、前後だけでなく左右にも移動が可能。奇襲に向いている。やりようによっては、互いに面倒なことになるが。
『武装集団は、まもなく地下三階へ到達します』
思えば当初、俺はこの通路でずいぶん苦労した。
名前も知らないパーカー野郎とふたりで乗り込んで、なすすべもなく逃げ出した。その後、腕章を回収しに戻り、また被害者を増やした。同行者が次々死んでいった。
正直、もうダメだと思った。
腕章なんて回収できないから、フェリーもやって来ない。それで、いずれ死ぬのだと思った。
いま一緒に戦っているふたりは、あのとき俺たちに帰れと忠告してくれた。なのに誘惑に負けて、恩を仇で返すようなマネをした。
マネキンの肉を食うのもイヤだった。
大統領のことも信用できなかった。
だけど、いまは違う。仲間になれた。誰も置き去りになんてしない。そのためにここにいる。
鋼鉄のドアを開き、俺はその陰に身をひそめた。
全員は隠れられない。ひとつのドアには俺が、向かいのドアには青村放哉がスタンバイした。サブ通路へは鐘捲雛子が身を潜めた。
残りのメンバーは、ジオフロントのエントランスから射撃を加える予定だ。
『現在、サブ通路は安全です。敵はメイン通路を移動中。数秒後に接触予定です。警戒してください』
俺は息を呑み、Cz75のグリップを握り直した。
敵はいい武器を持っているし、おそらく訓練もしていると思われるが、本職の警官や自衛隊員ではない。前回などは、米兵にも一瞬で蹴散らされていた。勝算はある。
男たちの会話が聞こえてきた。
「ジオフロントってのはこの先か?」
「さっきからそう言ってんだろ。少しは人の話聞けよ」
「そうカッカすんなよ。この仕事が成功したら、進化した女とヤって子孫残せるんだからよ」
「どんな感じなんだろうな?」
「きっと最高だぜ。あっちのほうも進化してるはずだからよ」
「ヒャハハ」
とんだゲス集団だな。
ともあれ、自分たちの居場所を声で知らせながら堂々と乗り込んでくれたことには感謝したい。
「なんだこれ? 掃除機か?」
「なんでこんなとこに」
「罠かもしんねーぞ」
「なんだよ罠って? 掃除機だぞ?」
俺は少しだけ身を乗り出し、議論中の男の胴体を撃ち抜いた。サプレッサーなんてついていないから、狭い通路にパァンと音が反響した。
青村放哉も撃った。
完全に気を抜いていた武装集団は、いまになって大慌てだ。
「撃たれてるぞ! 戦闘準備!」
「どこだよ?」
「バカ! ドアの裏だ!」
そうしてドアに気を取られている隙に、エントランスから集中砲火というわけだ。
実際、奇襲は成功し、掃除機に群がっていた男たちは次々と絶命した。
『残り十六名』
一気に五名を始末できたか。しかし奇襲が順調なのは最初だけだ。このあと膠着することになる。
が、それは奇襲が一回で終わった場合の話。
サブ通路から背後に回り込んでいた鐘捲雛子が、音もなく敵を仕留めた。
『残り十五名』
すると異変に気づいた武装集団のひとりが、悲鳴に近い声をあげた。
「えっ? あれ? お、おい! 田中が死んでるぞ!」
「はっ?」
「後ろにもいる!」
「挟み撃ちだ! 背後も警戒しろ!」
これで敵の半数は銃口を後ろへ向けてくれた。
ロボット掃除機が動き出すと、彼らはパニックになって足元へも射撃を開始。
俺たちはまた身を乗り出して銃弾を撃ち込んだ。
『残り十一名』
無闇に乱射しているのもいる始末。
「うわあああああああああああっ!」
「おいバカ! 弾の無駄遣いだぞ!」
「死ぬな金子ォ!」
乱射のせいで味方を撃ったようだ。
しかも乱射をやめない男に対し、別の男が射撃を加えた。
「馬鹿野郎! 取り乱すな!」
『残り九名』
ここまでは順調だ。
しかし完全に警戒されてしまい、こちらも攻め手を失った。
正面から撃ち合えば負ける。
もっとみっともなく取り乱してくれると嬉しいんだが。
ま、そうそううまくはいかない、か。
(続く)




