他の手段をもってする政治の延長
「ヤベー、テンションあがってきた」
やる気マンマンで準備を終えたのは南正太だった。
先日の一件以来、彼はわりと好意的に接してくれるようになった。
「張り切りすぎて怪我しないようにね」
「は? こっちのセリフなんだけど? 自分の心配したら?」
「そうするよ」
「どっちがいっぱい殺せるか勝負しようぜ?」
「いいよ」
ゲーム感覚だが、まるで水を得た魚だ。
もしかすると、ここを追い出されてからの数日は、彼にとって満足のいくものではなかったのかもしれない。
だからここへ帰ってきたのだ。
そもそも、あのツアーに参加していた連中は、少なからず日常生活に耐えがたいものを感じていた人間ばかりだったろう。俺も同じだ。
実際に英雄になりたかったわけじゃない。
しかし満たされたかった。退屈な日常以外の場面で。
機械の姉妹から通信が来た。
『敵影を確認しました。山中に潜んでいたオメガ種が、ジオフロントへ集結しています。私の子供たちをエントランスに並べました。障害物としてお使いください』
「子供たち?」
『掃除機ですよ』
*
階段をあがる必要はなかった。
ビビった主任が、リフトを使わせてくれたのだ。俺たちは気圧差に耳をやられながらも、労せずしてエントランスへ到達した。
途中、各フロアを通過したのだが、特定のフロアごとにキャンセラーの発する波が襲ってきた。一部の個体は、かなり強力に波を妨害されているらしい。地下十三階は特にひどかった。
ともあれ、エントランスだ。
掃除機が横一直線に整列している。高さは膝ほどまでしかないから、乗り越えるのは難しくないと思うが。しかし突進は抑えられる。もたついているヤツから撃ち殺せばいい。
バリケードは二列。
敵の突進を止めるものと、俺たちの盾となるもの。
一列目が突破されたら、掃除機はカウンター・マーチのように後退して新たな盾となる。俺たちも後退し、また最初の構図へ戻る。
これが機械の姉妹が提案した戦術だ。
刀で武装した鐘捲雛子とジョン・グッドマンは、あまり前へ出ず、接近してきたものだけ斬り伏せる。
銃で武装した俺たちは、マネキンが全滅するまでとにかく撃つ。
俺たちが配置につくと、リフトはすぐさま下へ降ろされた。仕事が終わるまで戻ってくるな、ということだ。もちろん俺は、みんなと一緒に生きて帰る予定でいる。
青村放哉がふっと笑った。
「よし。最古参だから、仕切らせてもらうぞ。どう考えても俺がリーダーって感じだしな。いいか。ムリだけはするな。痛かったり怖かったりしたら後ろにさがってろ。各務ちゃんが優しく慰めてくれる予定だからよ。ま、なんだ。とにかく死ぬなよ。せっかくの二千万、使わねーで死ぬのはイヤだろ? そういうことだ」
おっしゃる通りだ。二千万は惜しい。
俺はCz75の安全装置を外した。
「青村さん、金はなにに使う予定なの? どうせ貯金なんてしないんでしょ?」
すると彼は、珍しく寂しそうな顔を見せた。
「まずはババアの葬式だ。俺の留守中に死にやがったらしいからよ。けど知ってるか? いま葬式の業者、どこも忙しいんだとよ。景気のいい話だぜ、まったくよ」
「あー、えーと、なんか妙なこと聞いちゃって……」
「気にするな。妙なこと言ったのは俺のほうだ。な? こういう空気になっからよ。誰も死ぬんじゃねーぞ。もし死にやがったら、あとでまたこういう空気にしてやるからな」
みんな返事はしなかったが、なんとなく、気持ちはひとつになったような気がする。
機械の姉妹から通信が来た。
『現在、地下三階を通過中。警戒してください』
「楽しいお喋りの時間はシマイだな。ま、指がツらねぇ程度に頑張れ」
たしかに、敵の数によっては腱鞘炎になりそうだ。まあ指が疲れたらデルトロ撃ちに切り替えてもいい。たぶん当たらないけど。
『まもなくエントランスへ到達します』
俺は両手で銃を構え、アイアンサイトの先へ目を凝らした。
裸足ではあったが、その足音はドタドタとやかましく響いてきた。尋常じゃなく数が多い。
姿が見えたと思ったら、まるで白い壁のようにどっと押し寄せてきた。
その先頭がロボット掃除機につまずき、無様に顔面から転倒すると、後ろから押しかけてきた連中も同様に転倒した。流れが止まった。
俺たちはようやく我に返り、必死で銃を撃った。
もはや戦術がどうだとか、どのタイミングでリロードしようだとか、仲間たちと連携をしようだとか、そういうことを考えている余裕さえなかった。
想像を超える数の敵が、俺たちを殺すために近づいてくる。
こちらも可能な限り殺さなくてはならない。
トリガーを引くと、ガツンと手首へ衝撃が来た。弾丸が飛び、マネキンが一体転倒する。しないこともある。そしてまた撃つ。
ただ指先を動かしているだけなのに、動悸がした。
カウンター・マーチで戻ってくるはずの掃除機は、混雑に巻き込まれて身動きが取れなくなっていた。
『前方の掃除機を動かせなくなりました。徐々に後退しながら応戦してください』
「……」
いきなりこれだ。
しかし機械の姉妹を責めることはできない。彼女がロボット掃除機を手配しなければ、最初の突進さえ阻止することができなかった。もしそうなれば、マネキンどもはもうこちらへ到達していたはずだ。
「はひっ、ひっ……」
はじめは威勢のよかった南正太も、しゃくりあげそうになっている。
こんなはずじゃなかった。
たぶんそんなところだろう。
俺も同じ気持ちだから分かる。もっとスマートに応戦するはずだった。しかし弾丸で壁を押し返すことはできない。
後退しながら応戦といっても限界がある。いずれ階段にぶち当たるからだ。そこまで押し込まれたら、形成は不利になる。
俺はとにかく撃った。撃ち切ったらリロードして、また撃った。銃口から出てくる煙を呼吸していると、だんだん気分が悪くなってくる。
俺は銃をおろし、少し呼吸を整えた。緊張で目がチカチカする。みんな必死で撃っている。俺もまた撃った。
前に出てくるヤツから殺しているが、徐々に手に負えなくなっているのが分かる。
機械の姉妹が冷静に『皆さん、一歩後退してください』と教えてくれるからいいが、そうでなければ棒立ちのまま戦っていたか、あるいはどこかのタイミングで耐えきれなくなって逃げ出していたかもしれない。
しかしもう、だいぶ近い。
「任せて」
鐘捲雛子が抜刀し、ロボットを飛び越えた拍子に斬りつけた。流れるような斬撃。
ジョン・グッドマンも出た。
こちらはだいぶ不格好だ。刀をぶん回しているが、技による一閃というよりは、力任せにぶった斬っているように見える。ただし、まるで野球のスイングのように豪快にバッサリやる。
手前の連中はふたりに任せ、俺たちは遠方の敵に狙いをしぼった。
仲間を誤射するといけないので、俺はロボット掃除機の上にあがった。マネキンどもは、奥までズラーっと行列をなしている。
なんとかして同士討ちしてくれるといいのだが。サイキック・ウェーブを送りつければやってくれるか。いや、ちょっと現実的じゃないな。
信用できるのは銃だけだ。そろそろ弾も尽きそうだが。
ふと、背後からロボット掃除機が階段をあがってきた。
『ピコピコ。補給ヲ、オ持チシマシタ。オ受ケ取リクダサイ』
「ありがとう」
弾が尽きたのを口実に休憩しようと思ったが、それさえ許されないらしい。
「も、もうダメだって! ダメだってこんなの!」
南正太が過呼吸気味に喚き出した。しかし手は止まっていない。止めたらそれだけ多くのマネキンがこちらへ来ると分かっているからだろう。
俺はトリガーを引きながら応じた。
「まだ勝負はついてないぜ」
「うるせーな! うるせーんだよ! 俺が勝ってんだから!」
ホント、ガキだな。
しかし逃げないのは偉いぞ。
すると円陣薫子がそそくさと後ろへさがった。
「ごめん、ちょっとハラ痛い。下痢ぴっぴだわ」
それは大事件だ。ぜひさがっていてくれ。
チラと見ると、白坂太一はだいぶ後ろでリロードに難儀していた。手が震えてマガジンを交換できないようだ。
まあ怖いよ。
俺だってさっきからずっと皮膚がぞわぞわしている。毛の逆立った猫みたいだ。本能が「手を止めたら死ぬぞ」と訴えかけている。たまに喋る自分の声が、他人の言葉のように聞こえる。過呼吸でトリップしそうだ。
ふと、一体のマネキンが、あらゆる攻撃の隙間を抜けてこちらへ来た。別に特別な個体というのではない。ただ、みんなが攻撃していないところを、するっと抜けてきたのだ。
銃をつかもうと、手を伸ばしてきた。
俺はとっさに腕を引いたが、となりにいた南正太が手首をつかまれた。
「えっ?」
ゴッと骨の砕ける音がした。
俺は慌ててそいつの頭部をぶち抜いた。ジョン・グッドマンも背後から斬りつけた。マネキンは絶命した。
南正太はその場にうずくまったかと思うと、床へ崩れてのたうった。
「なにこれすげぇ痛ぇ……痛……痛いって……」
「各務さん! 負傷者! 後ろに持ってって!」
各務珠璃は今回も衛生兵だ。彼女は「はい」とやってきて、南正太の体を後方へ引きずった。痛そうにうめいているが、このままここへ転がしておくわけにはいかない。
青村放哉は舌打ちした。
「なんでこんな……。おい、宮川! あいつらあとどのくらいだ?」
「奥までギッシリだよ」
「最高だな。ババアの葬式のついでに、俺のも予約しとこーかな」
やめておいたほうがいい。この時期、予約もいっぱいだろう。
鐘捲雛子の足捌きは異常だった。すっと距離を詰めたかと思うと、次の瞬間には、ほとんど足を動かさず飛び退いている。敵に背を向けない。
しかしジョン・グッドマンは違った。ダンと踏み込んでぶんと振り回すスタイルだ。パワフルなのだが、動作が重たい。ついに背後から肩口をつかまれた。振り向きざまにそいつの首を刎ね飛ばしたのはいいが、体勢を崩して仰向けに倒れてしまった。
俺たちは彼を守るべく、近辺に射線を集中させた。
彼はうつ伏せになり、這いながら戻ってきた。
「ぐっ、無念……」
ロボット掃除機が彼のために道を開け、各務珠璃が手を貸して奥までサポートした。
これで二名が負傷。一名が下痢。一名がリロード中のまま。小田桐花子は最初から片隅で震えている。
こうなると、戦闘可能なヤツを数えたほうが早い。すなわち俺と青村放哉と、鐘捲雛子だけだ。
たったの三名でこの戦線を支えている。
たぶん死ぬんだろうな、普通に。
すると、青村放哉がクソみたいなことを言い出した。
「お前ら、いっぺん退いて立て直せ」
「はい?」
「カッチョイイ俺さまが、オメーらザコのために時間を稼いでやるって言ってんだよ。素直に聞いとけ」
頭がおかしくなったのか?
俺はリロードしながらこう応じた。
「奇遇だな、青村さん。気づかなかった? 俺もカッチョイイんだよね」
「あ?」
「あとザコじゃない」
「オメー、さっきから外しまくってんの気づいてっか?」
「後ろのヤツに当ててるんだよ」
「後ろにも当たってねーよ……」
ともあれ、談笑できる余裕があるということだ。誰かを置いて逃げるなんてまっぴらだ。特に、口だけ達者なヤツの命令なんて聞きたくもない。死ぬなら葬式の予約を済ませてからにしてくれ。
鐘捲雛子もチラと俺たちを見た。
「私が逃げるのは、みんなが死んだのを確認してから。それまではここにいるから」
小柄な体にもかかわらず、先頭に立って戦っている。
そんな彼女がここまで言うのだ。先に逃げたら恥だ。
まあいくら恥だろうが、本能は「そろそろ判断しろ」と言っているので、その誘惑には負けそうになるが。
死ぬかもしれないなんてことは、来る前から分かっていたことだ。それでも来た。仲間を置き去りにしたくないからだ。ここでそれをやったら、来た意味がなくなる。
いや、二千万という数字が魅力的だったことまでは否定しないが。
(続く)




