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祝祭の島 ~深淵に眠る少女たち~  作者: 不覚たん
散華編

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テイク・ミー・ホーム

 展開は早かった。明日には迎えをよこすという通達が来て、実際そうなった。

 アパート前にワゴン車が来た。運転席から顔を見せたのはジョン・グッドマン。満面の笑みでぐっと親指を立てて見せた。

 俺は荷物を詰め込んだバッグを抱え、家を出た。


 しかし乗り込もうとドアを開けた瞬間、さっそく引き返したくなった。南正太が銃をいじくっているのはまだいい。問題は、後部座席に、縛り上げられて頭から袋をかぶせられた男が転がされているということだ。

「ええと、彼は?」

「いいから早く。暑いから」

 南正太は不快そうに応じた。

 たしかにそろそろ暑くなっている。ドアを開けっ放しにしていると、車内の冷房がムダになってしまう。俺は溜め息とともに乗り込み、勢いよくドアを閉めた。

「青村さんじゃなさそうだな。誰なの?」

「運営のおっさん」

「運営?」

 すると運転席からジョン・グッドマンが応じた。

「ほれ、例の島田部長でござるよ。ニンニン」

 ひとりで最下層まで乗り込んできた例の中年男性か。てっきり逮捕されたものだと思っていたが、うまく逃げ延びたらしい。いや、かえって大変な目に遭ったとも言えるが。

 入り組んだ道を、ゆっくりと車が進んでゆく。

 ジョン・グッドマンはハンドルを切りながらこう続けた。

「偶然パチンコ屋から出てきたところを確保したのでござる」

「ずいぶんと優雅な生活だね。けど、捕まえてどうするんです?」

「乱暴するつもりはござらんよ。ただ、みんな話を聞きたいと思って」

「それは盛り上がりそうだ」

 幹部連中がほとんど逮捕されたってのに、自分だけ呑気にパチンコしていたのだ。これはバチが当たっても仕方がない。

 俺はひとまず島田高志の話題を切り上げ、自分たちの仕事について確認した。

「ほかのメンバーは?」

「じつは拙者もよく知らんのでござる」

「じゃ、これがフルメンバーって可能性もあるわけだ」

 戦闘は数の多いほうが有利だというのに、たったの三名しか集まらないとは。

「このまま港まで向かって、そこからフェリーに乗り換える予定でござる」

「歴史は繰り返す、か……。楽しみですよ。きっと今度は喜劇になるんだから」


 *


 見たことのあるフェリーに乗り込むと、先客が挨拶に来た。

「わぁ、皆さんも参加してたんですね! 嬉しいです!」

 各務珠璃だ。

 出迎えるツアーガイドに、ぞろぞろ乗り込む参加者たち。なにからなにまであの日の繰り返しだ。

 それにしても、彼女はなぜ戻ってきたのだろう。彼女ほど要領のいい人間なら、どこへでも再就職できたろうに。動画の評判もよかった。

 すると、ややダルそうな顔で円陣薫子も出てきた。

「みんなも来たの? 物好きだね……」

 お互いさまだ。

 とはいえ、彼女は金に困っていたようだったから、あるいは再会するだろうとは思っていたが。

「ほかの連中は?」

「さあ」

 ここにいるのは計五名。縛り上げられたおじさんもカウントしていいなら六名だ。

 ジョン・グッドマンが男を担ぎ込むのを、彼女たちは不審そうに眺めていた。


 *


 フェリーは海水を押しのけて進んだ。

 はるかかなたに見えるのは、いままさに水平線へ沈まんとする太陽。赤々とした光線が、空も海も赤く照らしている。

 ダイナミックな光景を眺めながらの贅沢な船旅だ。

 しかし長いこと車に揺られ、立て続けに波に揺すられ、気分が悪くなった俺はデッキでゲロを吐いた。つられて南正太も吐いた。

 かたや島田高志は、景色も見えないのによく耐えたと思う。もっとも、もし吐いたりしたら、袋の中が大変なことになっていただろうけれど。


 港へ接岸するころには、すっかり夜になっていた。

 墨汁を満たしたような天球に、星々がこれでもかとぶちまけられている。あるいは夏の星座とやらを見つけることができるのかもしれない。が、俺には、彦星と織姫がヤりたがってるということしか分からない。

 山並みの向こうには、まだところどころに炎の連なっているのが見えた。消えては燃え、消えては燃え、といったところだろう。ニュースで見た街の景色は、まるで猫がもてあそんだあとのミニチュアみたいになっていた。


 港のスポットライトが錆びついたアーチを照らし、看板の「ようこそ、祝祭の島へ!」という文字を虚空に浮き上がらせていた。

 おめでたい島なのは間違いない。

 俺は念のため銃を抜き、先頭を歩いた。

 ぶらぶら散歩するような間抜けはスナイパーにとって格好の的かもしれないが、そんなものにビビっていたら一歩も進めなくなってしまう。むしろヘビに噛まれるほうが怖い。


 細い道を抜け、ホテルと事務所のある管理エリアへ出た。以前は、事務所のどこかにスナイパーが潜んでいた。いまはもういないはずだ。なのだが、かすかに人の気配が感じられた。誰か出迎えにでも来ているのだろうか。

 ヘッドセットをオンにすると、やや間をおいてオンラインになった。

「こちら二宮。到着しました。どなたか返事ください」

『こちら「8-NN」。姿は確認できています。ダンジョン近辺に侵入者がいますが、無視してこちらまで移動願います』

「侵入者?」

『動画配信を楽しむ市民のようです。何度か退去を促したのですが、まったく立ち去る様子がないため、もう無視することにしました』

「了解」

 港には俺たちのフェリーしかなかった。つまり、彼らは山を超えて街からやってきたのだろう。遠路はるばるご苦労なことだ。


 ダンジョンへ近づくにつれ、男女のはしゃぐ声が聞こえてきた。

「いやー、見事になんもねーわ。撮れ高悪すぎ。あ、ちょっと待った。なんか聞こえね? つか誰かいるっぽくね? 原住民? ちょっと話を聞いてみたいと思いまーす。すいませーん! 原住民のかたですかー?」

 無趣味よりは、趣味があるほうがいい。人生は豊かになる。それがたとえどんなものでも。

 俺は返事の代わりに、まずは彼らへ銃を向けた。女が「ひっ」と息を呑む。

「すみません、住民ではないです。でも、あのー、あなたたち、人にカメラを向ける前に、本人の許可とらないの?」

「えっ……」

「カメラ置いて」

「あの、でも……いま撮影してるんで……」

「置いたほうがいいよ」

 銃口で促すと、彼は何度もコクコクうなずき、渋々と言った様子でハンドカメラを置いた。俺は何度かトリガーを引き、そのカメラを拳銃で撃ち抜いた。弾丸が飛び、パァンとプラスチックが爆ぜる。

「えっ、なんで……」

「質問は禁止。俺はねぇ、自分が銃を持ってると思うと、かなり強気になっちゃうタイプなの。分かったら道を開けて欲しいんです」

「警察?」

「質問は禁止って言った気がするなぁ」

「はい」

「道開けて」

「……」

 なんだこいつ、という顔で道を開けてくれた。女は聞えよがしに「コワーイ」などと嫌味を投げてくる。まあいい。しかし少なくとも、次回からは当人の許可を得てから撮影するべきだ。今回は特別に授業料はとらないでおいてやる。


 ダンジョンに入ったところで、南正太が興奮気味に近づいてきた。

「スゲーよ。あんた、ヤるじゃん」

「そう? 埼玉じゃ日常茶飯事だけどね」

「マジで? ヤベーんだけど!」

 彼はフルチンをネットに晒されただけあって、ああいう配信者に対する嫌悪感のようなものを抱えているのだろう。

 カメラを向けられてムカついたのは認めるが、俺としては、特に自分の行為を正当化するつもりはなかった。拳銃を握っていたから、単に気が強くなっていただけだ。

 しかし強めに追い払わないと、彼らはもっと酷い目に遭うことになる。なにせ、ここは遠からず激戦区になるのだ。きわめて人道的な対処をしたとも言える。

「次は君がカメラを撃ってみる?」

「いいの? やるやる!」

「けど人はダメね。面倒なことになるから」

「分かってるって。ヤベー、楽しみすぐる」

 夏の思い出ができてなによりだ。


 もう節電はヤメたらしく、すべてのライトが点灯していた。

 電力の供給が再開されたのだろう。

 打ちっぱなしのコンクリートを、オレンジのライトが惜しげもなく照らしている。


 ヘッドセットで「8-NN」が語りかけてきた。

『野蛮ではありますが、時にはああいうのも悪くありませんね』

「いや、俺だって、できればもっとお行儀よくしたかったよ。けど船に酔っちゃってさ。人に優しくしてる余裕がなかった」

 半分本当で、半分ウソだ。船酔いがあろうとなかろうと、行儀のいい相手なら俺も言葉でなんとかしたかった。そして船酔いがあろうとなかろうと、あの連中に銃を向けていたのは間違いない。


 *


 階段をおり、最下層へつくと、政府から派遣されたとおぼしき中年男性が近づいてきた。白衣ではなくスーツだから、研究者ではないのかもしれない。彼は自分を主任と名乗った。なので俺も主任と呼ぶことにする。

「ご足労いただき、ありがとうございます。状況はご存知で?」

「たぶん。妙なカルトがここを襲撃するらしいとは」

「そうなんです。しかしなにぶん、不確定な情報でして。それを理由に、警察も出動を渋っているありさまで……。せめて道路さえ通っていればよかったのですが」

 警察は、この暑い中、街でひたすらマネキンを殺す仕事に追われている。不確定な情報のために山越えなどしたくなかったのであろう。移動用のヘリも何台か所有しているはずだが、おそらくはフル稼働中なのだ。


 会話をしながら、俺たちは執務室へ通された。しかし大統領はいない。餅やアッシュもいない。いまや大統領の執務室ではなく、主任の執務室になっていた。

「皆さまには、所定の場所にて待機していただきまして、襲撃に備えていただければと思います」

 ジョン・グッドマンが男をソファへおろすと、主任はぎょっとした顔になった。

「あの、そちらの方は……」

「気にしないでください。それより、大統領は?」

「あ、えーと……」

 いきなり目を泳がせた。

 まさかとは思うが、クソみたいな扱いをしていないだろうな。もしそうなら、主任にもクソみたいな目に遭ってもらうことになるが。

「どこです?」

「ご存知ありませんか?」

「ないから聞いているのですが」

「こちらです……」

 脅したつもりはないが、腰に銃をさげている状態で発言しているのだから、やはり脅しになってしまうのだろう。


 案内されたのはJ通路。いわゆる留置所エリアだ。

 政府のヤツら、さっそく監禁しやがったというわけだ。

 俺は主任へ尋ねた。

「彼女たちは、なにか問題を起こしてここへ?」

「いえ、そのぅ……私どもは、ガイドラインに基づいて適切に処置する義務がありまして」

「ガイドライン?」

「非公開の情報ですので、内容までは」

 黒塗りの文書を出してくる役人みたいだ。

 なんらかの事情でオメガ種を監禁するが、その理由までは市民に開示できないというわけだ。


 主任は鍵を外してはくれなかった。ただ、ドアに付いたのぞき窓から中の様子を見せてくれた。

 四角い部屋にベッドとトイレがある。大統領はベッドに腰をおろし、ただマネキンのようにじっとしていた。服もスーツではなく、患者着のような浴衣姿。無表情だし、微動だにしないから、隔離された実験体にしか見えない。

「話がしたいんですが」

「いえ、ちょっと私の一存では許可が……」

「……」

 じゃあ誰を問い詰めればいいんだ? 所轄はどこだ? 総理大臣を締め上げればいいのか? クソみたいな処置しやがって。


 すると隣の房から、ガンとなにかがドアにぶつかる音がした。

「二宮さん! 来てくれたの! ボクだよ! こっち!」

 鋼鉄のドアに張り付き、アッシュが声をあげた。

 主任はなんとも言えないような顔をしている。

 俺は構わずドアへ近づいた。

「どうした? なぜ閉じ込められてるんだ?」

「分かんない! 急に大人たちが来て、ボクたちを閉じ込めたんだ! 助けてよ! このままじゃ人格が消されちゃう!」

「人格?」

「ジェネレーターだよ! ボク、だんだんボクじゃなくなってきてる!」

「……」

 いますぐ振り返って、主任を殴り倒してやりたい。

 が、俺は呼吸をし、ゆっくりと振り向いた。

「彼女たちに人格感染を?」

「ですから、ガイドラインに従って処置をする義務がですね……」

「そういう態度がこの問題を引き起こしたってこと、分かってないんですか?」

「仕方ないでしょう! 行政ってのはそういうものなんだから!」

 いきなり逆ギレしてきやがった。

 この主任とかいうヤツ、いったいどういうつもりだ……。いや、俗に言う「凡庸な悪」というものか。もしこの男をトばしたところで、別の誰かが仕事を引き継ぐだけだ。主任ひとりを責めても仕方がない。

 南正太が銃を抜こうとしたので、俺は手でダメだと止めた。

「そのガイドラインを作成したのは?」

「だから、上ですよ。特定事案対策本部」

 五代大が逮捕前に属していた組織か。

 結局、こいつらは同じ穴のムジナなのだ。たまたま折り合いがつかなくなって「政府」と「カルト教団」に分裂し、抗争に発展しているだけで。

 そして俺たちは、金のため、政府側についてしまっている。

「失礼。そちらも難しいお立場なのを理解すべきでした」

「分かっていただければいいんですけどね」

 彼はキレ気味に言うと、アッシュのドアの覗き窓を閉めた。可哀相に、中から抗議の声が聞こえる。泣きそうな声で「助けてよ」と。

「少し見て回っても?」

「あまり自由にされては困ります」

「もうひとりいたはずなんです」

「赤羽博士ですか?」

「いえ、餅みたいなのが……」

「ああ、アレね」

 主任は不快そうにつぶやくと、あるドアへ向かって歩き出した。

 餅もどこかの部屋に監禁されているのだろうか。しかし監禁といても、ちょっとしたドアなら隙間から逃げてしまうと思うのだが。


 彼はもはやなにも言わず、勝手に覗けとばかりに手でジェスチャーした。

 中にベッドはなかった。代わりに、板のようなものが置かれており、そこに釘で餅が打ち付けられていた。眼球は死んだように光を失っている。


 俺は何度も呼吸を繰り返し、震える手で覗き窓を閉めた。

 いくら「凡庸な悪」だろうが、モノには限度ってものがあるはずだ。主任の手足を銃でぶち抜いて、板に打ち付けてやったら、少しは反省してくれるだろうか。

 実際にやったらマズいことは分かっている。

 分かっているのだが、どうにも怒りがおさまらない。

「主任、これもガイドラインに?」

「あの……こうでもしないと、逃げ出してしまうので……」

「生きてるんですね?」

「も、もちろんです。死なれたら困るのはこっちだって同じですから。必要なケアはしています」

「食事はなにを?」

「専用の飼料を」

 飼料か。まるで家畜でも飼っているような言い草だ。

 いや、仮に家畜だとして、普通、飼ってる人間は愛をもって接している。少なくとも釘で打ち付けたりはしない。


 ともかく、人生で最大級の溜め息が出た。

 金がいいとはいえ、こんなクソどものために仕事をすることになろうとは。

 いや、やらなければ、今度は別のクソが同じことをするだけだ。

 俺はこれ以上、ここの環境を悪化させたくない。なにがなんでも、俺自身が、みずからの手でカタをつけなければ。


(続く)

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