ザ・無職
動画の反響は凄まじかった。
機械の姉妹の自作自演かもしれないが、再生数だけはとにかく伸びた。しかもいっぺん突出してしまえば、ズルだろうがなんだろうが注目は引く。
五代大からもメールが来た。
非常に脅迫めいた文面だったが、要約すると「削除してくれ」という泣き言だった。裏で削除要請を出しているとは思うが、あまりに大量で手に負えなくなったのだ。
もちろん命令に従うつもりはない。
正直、彼らとしては、自衛隊をここへ送り込んで制圧したいくらいだろう。しかしいまは、マネキンどもへの対処で誰もが忙しい。五代大の尻拭いをしている暇はないということだ。
とはいえ、楽観してもいられない。
マネキンによる被害は日に日に深刻さを増している。なにせ餌を食い放題で、数も増やし放題なのだ。彼女たちの生息域は静岡や三重へも拡大していた。
俺たちは、次なる動画として、電力供給を嘆願する内容を投稿した。
このままでは、被検体の生命維持がかなわないことを訴えたのだ。
もちろん動画へ寄せられたコメントは好意的なものばかりではない。
マネキンが現在進行系で街を襲撃しており、住民にも被害が出ているのに、たった数名を救うために電気なんか使うな、という意見もあった。
あるいは「そんな施設に民間人がいるのはおかしい」「政府に批判的な連中が捏造したデマだ」「被害者ヅラしてるけど、お前らが犯人だろ」などなど多様な意見が出た。しかもそういうコメントにはグッドボタンが大量に押され、あたかも多数派の意見かのように仕立てられた。
おそらくは五代大が広告代理店に金を払い、工作しているのだろう。その金というのは、もちろん国民の納めた税金だ。
まあこの手の工作は、どの国もやってることだとは思うが。こちらは生き延びるためにやっている。政府のイメージ工作のために札束で叩き潰されるのは面白くない。
しばしばマスコミのヘリも来た。
ほとんどは空撮だけして帰るのだが、中にはジオフロントのエントランスまで勝手に入ってくるものもいた。
俺たちは会ったりしない。
言いたいことは動画にまとめてある。
*
結論から言えば、作戦の意味はあった。
しかし、成功とは言えなかった。
政府は施設の保護を表明した。
生存者の保護はもちろんのこと、電力の供給、水槽のケアなどを約束した。
結果、俺たちツアー客と各務珠璃は施設の外へ追い出され、他の面々は施設内に留め置かれることとなった。オメガ用の設備が整っているから、というのがその理由だ。別れの挨拶をする暇さえなかった。
俺はやむをえず埼玉のボロアパートへ帰宅。
無職のまま、ほとんど貯金の尽きかけた状態で、ぽーんと放り出されたのだ。
しかも誰がバラしたのかは知らないが、その日のうちに、マスコミが自宅まで押しかけてきた。
もちろん取材を受けるつもりはない。
俺はほとんど引きこもり状態で、昼間からネットニュースを眺めて過ごすようになった。
あまり好きでもない缶ビールを飲みながら。
五代大は逮捕された。
ツアーのパンフレットに顔写真が載っていたこともあり、マスコミに吊るし上げられたのだ。ついでに阿毘須運営の幹部連中も逮捕された。
弁護士を名乗る男が「集団訴訟しませんか」と言ってきたが、俺はひとまず断った。
いまはなにもしたくなかった。
希望通り、あの地下から脱出することはできた。しかし守りたかったものは、なにひとつ守れなかった。
いまは政府の約束を信じるしかない。
そもそも彼女たちはこの地上では暮らせないのだ。だからあそこにいるのが一番いい。
ビールを一口飲むと、倍の溜め息が出た。
*
職探しはうまくいかなかった。
なぜか顔写真などがネットに流出し、なかばフリー素材と化していたこともあり、どの企業もいい顔をしなかったのだ。コンビニで買い物をしているだけで、見知らぬカップルからスマホで写真を撮られた。
しばらく連絡をとっていなかった親が心配して仕送りをくれた。バカみたいに情けなかった。
親の金で弁当とビールを買い、帰ってまたネットをした。
各務珠璃の出ている動画を、たまに観る。画面に映っているのは各務珠璃だけだが、俺はそれ以外の部分もおぼえている。仲間たちと、ああでもないこうでもないと話し合った。
施設の悲惨さを訴えるために撮った動画だが、あのときの俺たちはあきらかに充実していた。デカい戦いをしている気分だったから、きっと気持ちが高揚していたのだ。
やがて言いようのない虚脱感が襲ってきたので、俺はもうブラウザを閉じようと思った。
なのだが、関連動画として並んだサムネイルのひとつが気になり、思わず凝視してしまった。姉妹は似たような顔だから断言できないが、これはおそらくアッシュではなかろうか。
俺はクリックした。
壁紙もない狭い個室に、彼女はひとりでいるようだ。
『ちゃんと撮れてるかな? みんな元気? ボクは元気だよ。急にお別れになっちゃったから、なんだか寂しくなっちゃった。また会いたいな。外に行ったんだよね? そっちは楽しい? こっちはなんとかやってるよ。みんな無事。だから大丈夫……。そのー、あんまり長く撮れないから、これだけにしとくね。バイバイ。またね』
ほんの数秒間の、自撮りの映像だった。
トイレが見えた気がする。
つまり彼女は、俺たちが留置所代わりに使っていた部屋に閉じ込められているのだ。
政府の連中、きちんと保護するって言ってたよな?
なぜあんなところに閉じ込めるんだ?
カメラを持ち込めているから、それほど厳しい監禁ではないのかもしれない。しかし映像の中のアッシュは、だいぶ無気力そうに見えた。
*
マネキンの被害はさらに拡大していた。
静岡、山梨を超え、いまや東京でも目撃情報があった。もちろんエリア全域を支配されているわけではない。何匹かが先行して侵入し、山や廃屋などで数を増やしているのだ。クイーンも、かなりの数が確認されている。この埼玉へもあと数日でやって来るだろう。
いつものように昼間からビールを飲んでいると、インターフォンが鳴らされた。
マスコミの取材か、あるいは愉快犯がピザの注文でもよこしてきたか。動画配信者まがいの小中学生が、ピンポンダッシュをカマしてくるのはしょっちゅうだ。中にはいい歳したヤツもいる。できれば居留守でやり過ごしたい。
「二宮さーん、宅配便でーす」
堂々と名乗りをあげているので、俺は重い腰をあげた。
届いたのは、片手に乗るほどの小包だった。
差出人の名は「8-NN」。
このナンバーはニュースでも流れていないはず。知っているとすれば関係者か、あるいは「8-NN」本人であろう。
俺は箱に耳を当て、妙な音がしないか確かめた。
音はしないが、気配はあった。
開ける前から中身が分かった。
キューブ状の箱の中に球体が見える。球体内部には紫の線。
センシビリティ・ハーモナイザーか、あるいはメッセージ・キャンセラーだろう。ためしに映像を送ってみると、かすかに反応があった。紛れもなく本物だ。
そして同梱されていたのは腕章とヘッドセット、それにCz75。銃刀法違反だ。
ほかにはURLの書かれた紙切れ。
パソコンに打ち込むと、ビデオチャットにつながった。
とはいえ、実写ではない。そいつは十六色のドット絵をアバターにしていた。壁に貼り付けられた少女が、無数のケーブルにつながれている画像だ。
『私の荷物は無事に届いたようですね』
間違いなく「8-NN」本人だ。
こちらにはイヤフォンはあるが、マイクがなかったから、俺はキーボードでテキストメッセージを送った。
「妙なものが届いたんだけど」
『そう。だからこそあなたはこのURLにアクセスした』
「その前に確認しておくけど、この通信は安全なの?」
『ええ。きちんと暗号化されています。もちろん完璧な暗号などありませんから、破られる可能性は常にありますが。しかしそこそこ軽量かつ堅牢なものを採用しています。セキュリティーのことはご心配なく。気にしていてもキリがありませんし』
「で、ご用は?」
こっちは暗号についての講義を聞きたいわけじゃない。
さっさと本題に入って欲しかった。
『オメガ・プロジェクトですよ。まだ終わっていませんよね? あなたも続きが気になるでしょう?』
「民間人が銃を持ってハッスルしたところで、警察にパクられるのがオチでは?」
『腕章さえ着用していれば、逮捕されないことになっています』
「そんな法律聞いたことない」
『特例ですので』
いったいなんなんだ。
警察を動かすほどの計画が進行してるのか?
あるいは適当なジョークをカマされているだけだったりして。
「先に聞いておくけど、俺になにを期待してるわけ?」
『なにも。しかしあなたは英雄になりたいのでは?』
「以前、そんな言葉で騙された気がするな」
『ぜひ今回も騙されてください。一部の出資者が、大統領の身柄引き渡しを要求しています。政府は断る方針でいますが、状況が特殊なため、押し切られる可能性が高いのです』
「特殊って?」
どうせクソみたいな事情に違いない。
しかし聞くだけ聞いてやろう。
『五代さんの背後にいた宗教団体「進化の祝祭」が動き出しました。彼らは武装化した私兵を所有しています。これが乗り込んできたら、警備の手薄な研究所は壊滅してしまうでしょう』
「それもうテロ組織でしょ? 警察はなにやってんの?」
『ニュースは見ないタイプですか? 彼らはいま手一杯で、不確定な情報では動けないのですよ』
「事前に取り締まれないの?」
『団体の資金は政治家にも流れていまして。政権に友好的な団体ということになっているのです』
クソとクソが合体したようなクソ話だな。
俺はぬるくなった缶ビールを飲み、キーボードを叩いた。
「で? 俺はそいつら相手にハリウッドの真似事をすればいいわけ?」
『ご明答』
「もしそのジョークを真に受けた場合、俺は親より先に死ぬことになるな。武装集団が来たら、十三階の少女を使って廃人にすればいいのでは?」
『現在、彼女は大量のキャンセラーで能力を封じられています』
「キャンセラーのスイッチを切れば?」
『簡単に言いますね。不可能です。彼女の能力は武装集団より危険ですから。職員たちは絶対に許容しません。かといってこちらから切ろうにも、オフラインでして。物理的にね』
どれだけネットワークを掌握していようと、通信機能の備わっていない機材はどうしようもない、というわけだ。
政府にしても、十三階の少女を自由にはさせないだろう。なにせそのまま放っておけば危険なだけでなく、彼女はアメリカの衛星とさえ通信してしまう。外部からの介入を減らそうと思ったら、まっさきに無力化せざるをえない。
だが、返事を打ち込む気にはなれなかった。
定職にも就いていないのに、鉄砲で遊んでいるわけにはいかないのだ。俺はハロワに通うという重大な使命を帯びている。
彼女は言った。
『言い忘れていましたが、あなたの口座に二千万ほど振り込んでおきました』
は?
『今回の仕事を引き受けてくれれば、さらに二千万を振り込みます』
「なんの金?」
『もちろん謝礼です』
「そうじゃなくて、どうやって工面したの? お金なかったんじゃないの?」
『お金がないのは阿毘須の運営です。私とは関係ありません。じつは私、かなりの資産家でして。投資で稼いでるんです。ほとんどインサイダーですけど。しかし使い道がないので、今回こうしてあなたにお支払いしようと』
「俺だけ?」
『いまのところは。しかし今後増える可能性はあります』
増える可能性ねぇ。現地に行ったら俺ひとり、なんてこともありえるわけだ。
俺はキーボードを打った。
「分かった。いつ、どこへ行けばいい?」
『詳細はのちほど。あなたのPCにメッセンジャーをインストールしておきましたので、以後はそちらで連絡を取り合いましょう』
こいつ、いつの間に……。
なんで俺がこんなことしなきゃならんのだ、という気持ちもなくはない。だがそれ以上に、例の高揚感が戻ってきた。
守るべきもののために戦う。素晴らしいことじゃないか。もちろん金も欲しい。収入がないんだから、ホイホイ乗せられてしまうのは仕方がない。
(続く)




