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祝祭の島 ~深淵に眠る少女たち~  作者: 不覚たん
散華編

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第四権力

 運がいいんだか悪いんだか分からない。

 数日後、そいつらは突然やってきて、そしていなくなった。

 監視カメラの記録を見る限り、先に乗り込んできたのは五代大の私兵であろう。十名はいただろうか。民間人を装っていたようだが、こんな秘境にガタイのいいスーツ集団が急に現れたらおかしい。

 するとすぐさま米軍ヘリが着陸し、彼らに退去を促した。

 話がこじれたのか、スーツ集団が銃を抜くと、米軍も応戦。銃撃戦へと発展した。


 侵入者同士が潰し合ってくれるのはいい。

 しかし銃撃戦をする必要があったのだろうか。こんなことが公になれば国際問題だろうに。互いに一歩も退けないといった様子だった。


 装備の差もあり、全滅したのはスーツ集団だった。

 米軍はその死骸を山へ放り、ヘリに乗って飛び去った。


 ともあれ、俺たちは米軍に助けられた格好だ。

 理由も動機も不明だが。

 好んで慈善事業をするタイプには見えないから、きっとなにか深い事情でもあったのだろう。


 *


 かくして俺たちは、会議室に集まって、この事態について話し合うことになったのだが……。

「おい、宮川。なんで水素爆弾なんてウソぶっこいちまったんだよ?」

 青村放哉が急にその話を持ち出した。

 みんなも俺を責めるような目だ。

「いや、素直にアメリカに援助を求めたりしたら、施設まるごと接収されるんじゃないかと思って」

「一理あるかもしんねーけどよ。オメーのせいで、かなり面倒なことになってんぞ」

「反省してるよ」

 大統領の話によれば、アメリカからも水素爆弾の引き渡しを要求されているのだとか。そんなものないと言っても信じてもらえないらしい。

 すると円陣薫子が首をかしげた。

「でも、アメリカさん、中まで入ってきませんでしたよね? あんなに強いのに。なんでだろ」

 じつは俺も同じ疑問を抱いていた。そしてその疑問に対する回答もある。

「人格感染を警戒してるんじゃないかな」

「あの人たち、例のアレ持ってないの? なんだっけ? キャンセラー?」

「持ってるとは思うけど、防げるって確証がなかったんじゃないかな。しばらく待ってればどうせ電力も尽きるわけだし、その日を待ってるんだと思う。中の子が死ねば、もう大規模な波は起きないわけだし」

 もしスーツ集団が人格感染への対処法を有していた場合、アメリカは彼らにすべての獲物を横取りされることになる。Xデーまでは、このダンジョンに部外者を寄せ付けてはならないのだ。米軍は俺たちを守りたかったわけではない。


 ともあれ、こちらとしても判断に困る事件だった。

 当初は助け求めるつもりだったアメリカが、いまやある意味では障害となってしまっている。いや、俺たちが脱出するだけなら、おそらく障害ではないのだ。欲をかいてオメガたちまで救おうとするから話がこじれる。


 じっと黙っていた大統領が、静かに切り出した。

「これは個人的な推測ですが、アメリカの目的は私の身柄確保ではないように思います」

「えっ?」

「彼らが欲しがっているのは娘のほうでしょう。つまり、地下十三階の水槽の中身です」

 たしかに衛星と交信しているのは彼女だが……。それはあくまで、交信できるのがたまたま彼女だけだった、ということなのでは。

 大統領はこう続けた。

「アメリカは自由にメッセージを生成できますから、オメガ種を入手しようと思えばいつでも可能なはず。しかし娘は違います。偶然に偶然が重なった結果、あの能力を獲得するに至りました。既存の技術では再現できない存在なのです。彼女の力は強大です。兵器への転用も考えられるでしょう」

 事実かどうかは分からないが、説得力があるような気がする。

 いや、待った。

 もしそうなら、日本とアメリカの利害は衝突していないことになる。両者の誤解が解ければ、互いに手を組む可能性も出てくるということだ。欲しいものはそれぞれ違うのに、置かれている場所がほぼ一緒なのだから。


 白坂太一が律儀に挙手をした。

「あの、もしそうなら、アメリカにとって、水槽の機能停止は好ましくない事態なんじゃ……。彼らも生きたまま娘さんを確保したいでしょうし」

 大統領もうなずいた。

「そうなりますね。つまり、装置が機能しているうちに、なんとかして確保しようと考えるでしょう」

 三週間を待たずに乗り込んでくるということか。


 地下十三階のみならず、三十三階には赤羽義晴とそのママが、二十三階には赤ん坊が、八階には機械の少女がいる。もし俺たちが逃げ出せば、彼女たちがその後どうなるかは保証されない。

 のみならず、もし一緒に脱出できたとして、自由に歩き回れる大統領と餅、それにアッシュでさえ、地上で暮らすのは困難を極める。単独での生活はまず不可能。必ず保護者が必要になる。

 よほどうまくやらなくては全員を救えない。


 俺は思わず立ち上がった。

「分かりました。動画を配信しましょう」

「……」

 反応がない。

 まあ分かる。俺もどうかしてると思う。だが、これしかない。せっかくネットがオンラインになったのだ。使わない手はない。

「そもそも、俺たちがコソコソやってたのって、ずっと隔離された環境に置かれてたからでしょ? それがオンラインになったんだから、動画でこの窮状を訴えましょうよ」

 武器によってではない。情報によって戦うのだ。

 カメラは売るほどある。

 電力が失われる前に、とにかく動画を配信するのだ。

 各務珠璃もうなずいた。

「私、賛成です」


 するとスピーカーから声がした。

『こちら「8-NN」。そのプランなら協力できると思います。動画編集から配信まで、私に任せてください』

 かなり得意そうだな。

 ネットにも詳しそうだし。


 大統領はしばしキョトンとしていたが、小さく息を吐いた。

「ええ。悪くないアイデアだと思います。現場の様子が明らかになれば、権力側も手を出しづらくなるでしょうから。ただし私は映らないほうがいいでしょうね。姉妹のせいで印象がよくないと思いますから」

 たしかに、街を荒らしてるのと同じ顔の女が出演していたら、みんなも不審に思うだろう。


 *


 かくして動画の撮影が始まったわけだが……。

「はい、というわけでですね、本日から配信をさせていただきますミヤガワと申します。えー、本日はですね、地上で起きているアレに関しましてですね、すべての元凶となったこの現場から、ヤバすぎる真実をあますことなくお伝えしていきたいと思います。マジでヤバいですから。ね? えー、ではさっそく行ってみたいと思います」

 言い出しっぺなので、俺が進行することになった。

 マスクで口元を隠しているとはいえ、カメラを向けられると緊張する。

 青村放哉から舌打ちが来た。

「生主かテメーは。ふざけんなよ。いまそういうサムいノリは求められてねーんだよ! もっと真剣にやれ! 真剣に!」

「なにそれ? じゃあどうすればいいの? 見本みせてよ?」

「あ? 上等だこの野郎……」


 というわけで選手交代だ。

 白坂太一がカメラを構え、俺が監督。主演は青村放哉だ。

 数秒前までかなりフカしていたわりに、カメラの前の青村放哉は緊張気味だった。

「よう。分かってるとは思うが、俺はブルーヴィレッジのヴォーカリスト兼ギタリストの青村放哉サマだ。彼女はいつでも募集してっから気軽に声をかけてくれ。美人限定だけどな。あと金貸してくれるヤツも募集中だ。利子ナシで貸してくれ。そこんとこヨロシク! で、アレだ。今日はニュースに関連した内容をだな……」

 こいつ、てんでダメじゃねーか。

「カーット! ダメダメ。まるでダメ。なってない」

「おい待てよ。これからだろ」

「だいたいヴォーカリストでもギタリストでもないでしょ」

「うるせーんだよ。そのうちなるんだからいいだろ」

 もう三十近いのに、そのうちとはなんなのだ。現実を見ろ。


 まあいい。

 どう考えても俺たちには向いていない。

 遠巻きに見学していた各務珠璃を、俺は手招きで呼び寄せた。彼女はプロのガイドだったし、こんなのは朝飯前だろ。

「各務さん、悪いんだけど、お願いできる?」

「私ですか? 台本さえあれば……」

「ごめん、そういうのはない」

「それに首輪が……」

 たしかにこれは怪しいな。誰かに脅されて出演しているようにしか見えない。

 すると構内のスピーカーから音声がした。

『こちら「8-NN」。管理者の権限をもって首輪のロックを解除します。それと、簡単ではありますが、台本を用意しました。よければ使ってください』

 大統領がタブレット端末を持ってきた。台本が開かれている。これをカンペみたいに掲げれば大丈夫そうだな。


 各務珠璃のレポートが始まった。

「皆さま、動画をご視聴いただき、まことにありがとうございます。わたくし、案内を務めさせていただきます各務と申します。皆さまにどうしてもお知らせしたいことがあり、こうして動画を配信させていただきました。じつはこの現場、いま地上で起きている騒動の原因となった人体実験の研究所なのです。本日は、一連の騒動の真相を皆さまにお伝えしたいと思います。一部、ショッキングな内容を含むかもしれません。ご視聴の際は十分ご注意ください」

 いい。

 とてもいい。

 まず顔がいい。そして声もいい。雰囲気もいい。美人なのに下品じゃない。明らかに慣れている。適任だ。この動画なら見るぞ。少なくとも男は。

「はい、カーット! 完璧!」

 少し興奮してしまった。

 こういう動画を撮るの初めてだから、テンションがあがってしまっている。遊んでいる場合ではないのだが。否、これは遊びではない。生き延びるための方策だ。

「えーと、次は各フロアを回って水槽の様子を撮影、か……。あの石鹸を映すことになるけど、大丈夫かな」

 返事はスピーカーから来た。

『公共性の高いドキュメンタリーですし、大丈夫でしょう。しかし配信サイトによってはNGかもしれませんので、その場合はこちらでモザイクをかけておきます』

「頼りにしてるぜ」


 ショッキングな映像を散りばめつつ、ここで起きたことをありのまま伝える。

 肝心のマネキンたちは出ていってしまったが、それは過去の監視カメラの記録でも補える。なにせ第一回から第六回までのツアーがすべて記録されているのだ。映像資料には困らない。

 もちろん米軍とスーツ集団の銃撃戦もくっつける。

 内容の濃い動画になるだろう。


 かくして、一部危険なフロアを飛ばしつつも、他の重要なポイントは撮影することができた。波の強いところは監視カメラの映像でなんとかする。


 編集もすぐに終わった。

 機械の姉妹はよほどネットに詳しいようで、無料の楽曲までダウンロードしてきて、エンドクレジットにもきちんと明記するという手際のよさだった。

 画質や音響の補正、それにシーンの並べ替えも完璧。

 サンプルのチェックでは、みんながオーケーを出した。


 あとは外圧で動画が削除されないよう祈るのみ。

 もっとも、機械の姉妹はその辺もぬかりない。IPを偽装してアカウントを作りまくり、大量に配布する予定だそうだ。

 サイトによっては規約違反になりそうな気もするが、まあそもそも俺たちは不法占拠者なので気にしない。すべては緊急避難のためだ。違法性は阻却される。たぶん。してください。


(続く)

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