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祝祭の島 ~深淵に眠る少女たち~  作者: 不覚たん
散華編

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42/57

パラダイス・ロスト

 音は伝わってこない。

 ただ、かなたの地平の燃え盛るのが見えるのみ。地平というか、小山の向こう側だが。

 現地はおそらく阿鼻叫喚の地獄絵図であろう。


 あくまで推測だが、さっき衛星から飛ばされたメッセージは、マネキンを呼び寄せるための信号だったのではなかろうか。俺までつられて外へ出てしまったのは恥ずかしい限りだが。

 破壊衝動に駆られたマネキンたちは、野を駆け山を駆け、ついに人家を襲撃するに至ったわけだ。

 節電のため、すでに無人タレットの電源は落とされている。だから彼女たちは、ミンチにならずここを脱出できたはずだ。


 下から返ってきた映像ヴィジョンの正体は分からなかったが、おそらくは例のヤマビコなるものであろう。


 *


 フロアに人気ひとけがないのは空気で分かる。

 黙々と階段をくだっていると、この無機質なデカい穴が、じつに空虚なものに思えてきた。

 莫大な金を投入し、人の命をもてあそび、なんだかよく分からないものを作り上げ、最終的には金がないという理由で放棄されてしまった。

 もっとも、運営は逃げ出したが、すべての出資者が諦めたとは限らない。誰も管理しなくなったのをいいことに、乗り込んでくる無法者がいるかもしれない。

 そういう連中への対処も考えておかなくては。


 最下層「50-A」のシャッターをあげ、俺はベースへ帰還した。

 足腰がもう限界だ。外の様子を見るだけなら、監視カメラを使えばよかった。いまや運営側のネットワークにもアクセスできるのだ。管理室で事足りる。

 監視大好きの大統領は、もちろんこの騒ぎに気づいていることだろう。睡眠中でなければ。

 いや、それだけじゃない。いまなら運営側のログだって覗き放題だ。彼女はいま、ここぞとばかりに運営側のログを解析している最中かもしれない。カメラなんか覗いている余裕はなかろう。


 *


 翌日、地上の様子が問題となった。

 全体会議の始まりだ。

 いまはインターネットにもつながるから、国内でどんなニュースが飛び交っているかも知ることができる。見出しは「愛知県で暴動発生か」「犯人は謎の全裸集団」などなど。

 ずっと地下にいたせいか、愛知県という言葉さえ懐かしい。


「おい、どーすんだこれ」

 青村放哉が投げやりに言い放った。

 どうもこうもない。俺たちにはどうしようもないのだ。警察か自衛隊に頼むしかない。

 当然、円陣薫子の帰還は延期となった。いまは外のほうが危険なくらいだ。


 市民が撮影した映像も出回っている。無残に引き千切られた被害者の写真もある。路上で人が襲われているのを、マンションのベランダから撮影した動画もある。

 被害者の身体を引き裂いていることから、はやくも人間の握力ではないことが指摘されている。宇宙人だとか、地底人だとか、生物災害バイオハザードだとか、あるいは新種のサルだとか言うものまでいた。

 いますぐ避難しろだの、絶対に家から出るなだの、情報も錯綜している。


 日本人は武装していないから、こういうときに手も足も出なくなる。

 包丁でも戦えなくはないが、限界があるだろう。


 自衛隊は装甲車を出したようだ。各地にバリケードも築かれている。バリケードといっても、車止めのフェンスのようなものだが。


 とにかく数が多い。

 各フロアのシャッターは閉まっていたはずなのに。

 いや、待てよ。節電のためにフロアの電源を落としたんだったな。持ち上げて逃げ出した可能性もある。なにせあいつらは馬鹿力だ。不可能ではなかろう。

 俺はきちんと感知できなかったが、衛星から送られてきた昨夜のメッセージには、脱出の手順まで示されていた可能性がある。


 大統領は沈黙したまま。意見も出していない。

 想定外の事態で、プランを修正するのに忙しいのかもしれない。ともに暮らすべき姉妹がここを抜け出し、地上を荒らし回っているのだ。

 ただでさえ、徹夜のせいで頭も回らないようだしな。


「べつによくね?」

 中二ならぬ高一の南正太が、そんなことを言い出した。

「国がなんとかするでしょ。俺らが気にすることじゃなくね?」

 まあそういう意見もあるな。

 俺だって、地上のマネキンを一掃してヒーローになる、なんてつもりはない。それは装備の整った自衛隊に任せればいい。

 しかし、ここだって永遠に住めるわけじゃない。期限はたったの三週間。その後どうするかという話をしているのだ。

 のみならず、マネキンどもが残らず出ていってしまったため、俺たちは食料の確保さえできなくなった。南正太にしたって、いつもやってる「狩り」ができなくなるわけだ。

 問題は山積している。


 *


 三人寄れば文殊の知恵などというが、これだけの大人数がいながら、なんらのアイデアも出せなかった。

 必要なのは物量。

 そして俺たちは物量を確保できない。

 以上二点がハッキリしている。


 もっと見識のある人物を会議に投入せねばなるまい。たとえば赤羽義晴のような、少しは事情を理解していそうな大人を。


 よって俺は、赤羽義晴を会議に参加させるべく、お伺いを立てるための探検隊を募った。その結果、とても志の高いメンバーが集結した。

 参加者は俺、そして餅。オペレーターはナシ。

 うむ。

 つまりは誰も話に乗ってこなかったのだ。この事実を、俺は認めねばなるまい。この世界はクソだ。クソ以外のなにものでもない。

 とはいえ、マネキンどもはもういないのだから、手ぶらで行ってもいいくらいだ。オペレーターもいらない。


 俺は防護服に腕章をつけ、Cz75で武装し、ひとり階段をのぼりはじめた。餅は遅いので置き去りだ。

 まるで階段をのぼったりおりたりするだけの人生だ。


 *


 地下三十三階は、やはりガランとしていた。

 マネキンどもの生活臭はかすかに残っているのだが、あきらかに空気感が以前と違う。なんというか、引っ越しなどで、家具のひとつもない部屋へ入ったときのような、なにもない感じ。それがもっと大規模に広がっている。


 俺は慎重に、最奥へと踏み込んでいった。

 壁一面に白い肉が張り付いている。見ようによっては餅みたいだ。近づくと、中央に抱かれた赤ん坊おじさんがまた泣き出した。

 俺はキャンセラーを調整して対話を開始。


「また君か!? なんの用だ!? もう調査は済んだだろう!」

 景色が切り替わったかと思うと、いきなり赤羽義晴に怒鳴られてしまった。俺のことを、まだ本部から派遣された社員だと思い込んでいる。

 だだっ広いオフィス。

 頭の薄い小太り男の後ろには、慈愛に満ちた笑みの少女が付き添っている。

 俺は椅子へ腰をおろし、対面の中年男性に告げた。

「じつは運営が撤退を決定しまして」

「撤退? どういうことだ……」

「金が尽きたんですよ。あまりに状況が進まないもんだから、スポンサーが手を引いて」

「バカな! 政府は? あいつらの指示でプロジェクトを曲げたんだぞ!」

 今日もずっとこの調子で喋る気か。

 俺は溜め息を飲み込んだ。

「オメガ・プロジェクトは受け入れられませんか?」

「当然だろう! じつにくだらん話だ! いまいるバカな人類をちょっと進化させたところで、余計にバカになるだけだ! そんな簡単なことがなぜ分からん!? それよりも、オメガを運用するほうがはるかに効率的だと言っているだろう!」

「オメガねぇ。ところで彼女たちは、はたして人間なのですか?」

 この問いに、赤羽義晴はぎょっとした顔を見せた。

「な、なんだ? なぜそんな疑問を……。レポートにすべて記したと思うが? 私がウソをついたとでも?」

「ウソとは言いませんが。実際のところ、偶然の産物であることは否定できないでしょう。彼女の正体がなんなのかさえ分かっていない。それをさも研究が成功したかのように書かれたのでは?」

 すると彼は、デスクを両手でダンダンと叩いた。

「素人が分かったようなクチを聞きおって! 偶然でも成果は成果だ! そもそも、適切なプロセスで研究をしなければ、その偶然さえ起こらんのだぞ! 大事なのは、不確実な事象を探求し、確実へと近づけていくことなのだ! こんなことも分からんとは、お前は三流大学の出身か!? バカは口を開くな! 不愉快だ! バカがうつる!」

 そこまで言わなくてもいいじゃねーかよ……。

 まあ偶然でも成果は成果ってことだな。しかも社内向けのレポートだから、不確実であろうと、彼は事実を書いて送ったというわけだ。怒りたくなる気持ちも分かる。

「考えが足りませんでした。非礼をお詫びします。私はなにも、博士を責めたくてここへ来たわけではありません。お知恵を借りたいと思いまして」

「ふん。本部から来たわりに、反省という概念を有しているのか。爬虫類よりはマシかもしれんな。で、なんだ? この私になにをして欲しい?」

「オメガをコントロールするための方法を……」

 そう言いかけたところで、彼はまたデスクをダンダン叩いた。

「だからその話はしないと言ったはずだ! どうせ自由自在に操って殺人兵器にでもするつもりだろう! それはアメリカが独占してる技術だからダメだって何度言わせるんだ! あれ以上の理論は出せん! ただでさえオメガの再現実験で忙しいというのに……」

 おっと、すでにアメリカが……。

 昨日、衛星から波が飛んできて、マネキンどもが出ていった事実とも合致する。

 遠隔操作で心を操るなんてSFみたいな話だが、ついに技術が追いついてしまったというわけだ。

 もっとも、まんまとコントロールされたのはオメガだけで、人間には効果がないようだが。なにせ俺の仲間たちはまるで影響を受けていない。俺自身はちょっとアレだったけど。

「アメリカが衛星から妨害用の波を出しているのはご存知ですか?」

「アメリカが……? なに? 衛星から?」

「それでオメガたちの挙動に問題が出ていて……」

「ちょ……えっ? そんなことある? しかしデータは……あれ? データは? ママ! データがないよ! ママ!」

 ここは映像ヴィジョンの中だ。PCもないし、仮にあったとして実際のサーバーにはつながらない。

 彼はみっともなく狼狽ろうばいし、後ろの少女へすがりついた。

「ママ! 僕のデータがなくなっちゃった! 助けて! ママ!」

 そのママは、哀しげな笑みを浮かべたまま無言。


 対話はそこで終了となった。

 赤羽義晴の心を守るため、少女が一方的に対話を打ち切ったのだろう。

 いま赤羽義晴は、仰向けに寝そべったままギャンギャン泣いている。周囲の肉はただそれを見守るのみ。

 だが俺は、その肉へ告げた。

「状況は君も理解してるんだろう? このままじゃ、誰も生き延びることができなくなる。みんな死ぬぞ。その男を守りたいのは分かるが、夢の中に閉じ込めていても事態は前進しない」

「……」

「また来る。そのときまでに考えを改めておいてくれ。俺たちには、その男の知恵が必要なんだ」


 *


 ほとんど進展はなかったが、伝えるべきことは伝えた。

 もし赤羽義晴が正気に戻ってくれれば、俺たちにとってはプラスとなる。オメガをコントロールする方法も把握しているはず。少なくとも理論はあるのだ。それを使えばいい。


 俺は餅のスピードに合わせながら、ゆっくりと階段をおりた。

「なあ、君はどう考える? 俺たちはどうするべきなんだ? このところ、俺は自分の無力を痛感してばかりだよ」

 これじゃあまるで、猫に愚痴を聞いてもらう寂しい飼い主みたいだが。

「私は幸せよ。あなたと一緒にいられるもの」

 餅の返事が聞こえた。

 急に喋れるようになったのか? それともただの幻聴か? 

 いや、きっと波を感知したのだ……。

「幸せ? てっきり不幸って言うのかと思ったけど」

 すると餅はすこぶるビチビチ跳ね出した。

「き、聞こえてるの? なんで? ウソでしょ? いまのナシ! 勝手に聞かないでよ! バカ!」

 叱られてしまった。

 きっと前から俺たちの声は聞こえていたが、喋れないからずっと波で返事をしていたのだろう。そしてこっちが聞き取れないと思って、好き勝手なことを言っていたわけだ。

「どうやら俺も変質してきたみたいだな」

「もう私たち、結婚しましょ!」

「なぜそうなる」

「だって同類でしょ? 進化した次世代の人間同士よ! 新世界のアダムとイブになるのよ! イザナギとイザナミでもいいけど。まあ好きなほうを選んで。子供は何人欲しいの? 私が壊れない程度にお願いね!」

「……」

 いや、この極限状態で餅と結婚式を挙げている場合ではない。

 というか壊れないだろう、この軟体生物は。分裂だってするんだし。

「まあそれはいいんだけど、なにかアイデアない? もうなにも思いつかなくてさ」

 藁にもすがる思いだった。

 彼女の返事はこうだ。

「外の子たちを戻したいの? だったら十三階の姉妹に頼んだら? あの子、性格は最悪だけど、波だけはいっぱい飛ばせるみたいだし。水槽ごと高いところに運んでさ、ハーモナイザーいっぱい取り付けて、波を出してもらったらいいんじゃない? きっとみんなを操作できると思う」

「人体に影響は?」

「全員廃人になるでしょうね。世界はいつも不幸よ」

「ダメだな……」

 世界はクソだが、不幸にしてはいけない。

 餅はしかし嬉しそうだ。

「ま、私はあなたとお話しできればなんでもいいけどね。あ、そうだ。ちょっと私をママって呼んでみてくれる? ママみに覚醒して赤ちゃんが生まれるかも」

「やめなさい」

 やはり赤羽義晴の力が必要だ。人間的にはアレだが、一連の技術について誰よりも詳しい。なにせサイキック・ウェーブの発見者だからな。なのにアメリカに技術を先行されているのが気になるが。

 まあいい。

 とにかく出直しだ。


(続く)

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