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祝祭の島 ~深淵に眠る少女たち~  作者: 不覚たん
行方不明編

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置き去り

 ふと我に返ると、目の前に少女はおらず、水槽の中に戻っていた。いや、最初から水槽にいたのだろう。出てきたように見えたのは錯覚だ。

 俺は立ち上がると、ぐったりしている餅を引きずりながら部屋を出た。

 まだ頭は明瞭ではない。


 青村放哉が、各務珠璃の背中をさすっていた。どちらが衛生兵か分かったものではない。

「お、来たかよ。宮川、よく平気なツラしてやがんな」

「ええ、なんとか。各務さんはもう限界かな。早く行こう」

「おう。ほら、各務ちゃん。帰るぞ」

 青村放哉もつらいだろうに、かいがいしく体を支えてやっている。


 キャンセラーが複数起動していることに気づいたので、俺は自分のスイッチを切った。餅はけっこう重い。というより、接地面積が広いせいで、余計な摩擦が発生しているのだろう。


 廊下へ出ると、さすがに青村放哉も壁へ寄りかかった。

「クソ、頭がどうにかなりそうだぜ。マジで平気なのかよ、オメーはよ」

「いや、さすがにしんどかったよ」

「微塵もしんどそうに見えねーんだよ」

 実際、水槽から離れたら、ほとんどしんどくなくなった。やはり体が変化したのだろうか。もし俺が受精卵だったら、もっと激しく変化していたのかもしれない。大人でよかった。


『見てたよ。お疲れさま。帰ったら大統領から話があるって』

 鐘捲雛子が遠慮がちに告げた。

 俺は短く「了解」とだけ応じ、餅を引きずった。


 *


 ひたすら階段をくだり、ついにベースへ帰還した。

 疲れ切っていた青村放哉と各務珠璃は解散させ、俺だけ執務室へ向かった。


「お疲れさまです」

「話ってのは?」

 俺は無遠慮にそう切り出し、オフィスチェアへ腰をおろした。

 もう話し合うようなことはないはずだが。

 彼女は静かに告げた。

「先程、阿毘須アビス運営から通達があり、施設の放棄を決定したとのことです」

「ん?」

 えーと、つまり……なんだって?

 どの運営が、なにをどうするって?

 彼女はにこりともしない。

「協定は自動的に破棄となります」

「え、ホントに? じゃあ、自由にしていいの?」

「せざるをえないでしょうね」

「電気は?」

「緊急用の発電機がありますので、しばらくはもつはずです。が、それも数日が限界かと。いま八階の姉妹が各フロアの消費電力を調整していますが、さほど猶予はないでしょう」

 だったらこれまでの大冒険はなんだったんだよ。

 いや、俺のフカシが功を奏して、ビビって逃げ出したのかもしれない。しかしいい方向へ転がったとは言い切れないな。

 彼女はいつもの様子でこう続けた。

「運営の使用していたネットワークも、大部分こちらで掌握しました。地上の様子はカメラで確認できます。二宮さんたちは、いまのうちに地上へ脱出してください。ヘッドセットさえしていれば、こちらからサポートが可能ですので。あくまで圏外に出るまでは、ですが」

「大統領は?」

「言ったはずです、歴史に身を委ねると」

 ずいぶん頑固な女だな。

 俺は告げた。

「あなたが残るなら、俺も残る」

「賢い判断とは思えませんが」

「お互いさまでしょう。餅やアッシュを置いてはいけない。あの水槽だって、電力が供給されなかったらどうなるか分からないでしょう?」

「電力の問題なら、なおさらあなたにはどうしようもないのでは?」

「いや、分からないでしょ。どこかに頭をぶつけた拍子に、なにか名案が浮かぶかもしれない」

「頑固ですね」

 どの口が言うんだ。


 鐘捲雛子がノックもなしに入ってきた。

「失礼します。すみません、大統領。いまの会話を聞いてしまいました」

「構いませんよ。ご用はなんです?」

「私も残ります」

「……」

 大統領はもともと真顔だが、このときはもっと硬質な真顔になった。石膏像みたいだ。

「鐘捲さん、お気持ちはありがたいのですが、冷静になって考えてみてください。あなたたちがいると、食料のストックも早く尽きてしまうのですよ」

「レトルトには手を付けませんから」

「ここに残ったところで、あなたになんのメリットがあるのです?」

「メリットやデメリットの問題じゃありません。一緒にいたいんです。ダメですか?」

「そんな……」

 どれだけ高い知能を有していても、これを拒むことはできまい。


 すると執務室のスピーカーから声がした。

『こちら「8-NN」。最適化の結果、最下層の電力を三週間まで延長できました。ただしリフトは使用しないように。アレを使うと電力の消費量が跳ね上がりますので』

 優秀すぎるな。

 彼女はこう続けた。

『私の生命維持は約三週間。他の姉妹の水槽は一ヶ月ほどもたせることができるはず。ただし、それ以上は期待しないでください』

 とても優秀だ。

 なのだが、あらためて思い知らされた。装置と一体化している彼女たちを、安全に連れ出すのは難しい。だからどの道、三週間で誰かは死ぬ。そして水槽には、やがて石鹸のようになった死骸が堆積することになる。


 どこかの金持ちがいますぐ発電所を設置してくれないものだろうか。あるいはここの発電機をなんとかできないのか。


 *


 答えも出ないまま解散となった。

 俺は鐘捲雛子とも別れ、シャワーも浴びずメシも食わないまま、自室のベッドに倒れ込んだ。この部屋ともあと三週間でお別れだ。


 目をつむると、様々な思い出が去来した。

 ツアー初日、フェリーから見えたキラキラした海。ガイドの笑顔。「ようこそ、祝祭の島へ!」と書かれたアーチ。クソ狭いホテル。初めて踏み込んだダンジョン。うろついていたマネキンとの遭遇。食堂での息苦しい食事。減っていくメンバー。腕章をめぐるゴタゴタ。

 そして地下へ逃げ込み、今度は探検ごっこだ。

 運営やオメガについてかなり詳しくなった。今後の人生に活かせそうな気はしないが。


 溜め息ばかりが出た。

 仰向けになり、ぼんやりと天井を見上げた。


 結局のところ、「祝祭の島」とはどういう意味だったのだろうか。人類の進化するおめでたい場所、ということか。島とはいうが、おそらくここは本州だ。日本そのものを指しているのでないとおかしい。おめでたい日本、というわけだ。

 まあ人類が進化するのなら、悪いことではあるまい。テクノロジーで強制するのでなければ。


 *


 夕刻、全メンバーを集めての会議が実施された。

 運営が撤退を決めたこと。施設の電力はあと三週間ほどしかもたないこと。調査のため、外部から誰か来るかもしれないこと。そんなことを報告した。

 みんな黙っていた。

 日本人特有の「誰か喋るまで待つ」という構図ではあるまい。これは誰しもがコメントしがたい。


 いや、意外と気楽なのがひとりいた。

「私は帰ります」

 円陣薫子だ。彼女は最初から一貫していた。

 俺はここで立て続けに「自分は残る」などとは反論しなかった。こちらが反対意見を表明する前に、みんなにはできるだけ円陣薫子に同調して欲しかった。帰りたいものは帰ったほうがいい。

 が、誰も乗らなかった。各務珠璃さえも。

 だから俺は言ってやった。

「各務さんは? 帰らないの?」

「はい……」

「なんで?」

「帰る場所もありませんし……」

 これはちと根深いな。

 運営は撤退してしまったのだ。それでも彼女なら、どこへ就職してもうまくやれそうな気がするのだが。愛嬌もあるし、受け答えもうまい。

 俺には愛嬌もないから、仕事の量をこなすしかなくて、残業まみれになってドロップアウトしてしまったが。

 しかしこうなると、帰るのは円陣薫子だけとなる。

「え、マジで? ひとりで上まで行くの怖いんですけど……」

 すると青村放哉が応じた。

「俺が送ってくよ」

「いいの?」

「おう。どうせほかにすることもねーしな」

 そうなのだ。

 残るにしても、ただそれだけだ。なにもすることがない。策もない。ただ三週間居座って、それで解散となる可能性もある。だからとっとと帰る円陣薫子は賢い。


 *


 結局、誰もなんらの案も出さぬまま、ただ円陣薫子のみが離脱するということで話が終わってしまった。

 メシを食い、就寝。

 貴重な一日をムダにした気がする。


 俺は仰向けになり、またぼうっと天井を見つめた。白いだけの、なんの面白みもない天井だ。そのはずだった。

 なのだが、ふと、その天井を突き破ってなにかが落ちてきた。

 いや、現実じゃない。

 映像ヴィジョンだ。

 衛星から降ってきたものだろう。ほんのかすかだが、脳の中にスッと入り込んできた。意味のある映像なのかは分からない。複数のマネキンたちが見えた。それだけだ。

 なんだったのだろうと溜め息をついた瞬間、第二波が来た。今度は下から。なにか怒っているような感情。


 俺は部屋を飛び出し、白坂太一の部屋へ乗り込んだ。

「ちょっといい?」

「えっ? はい。なんでしょう」

 彼はちょうどキャンセラーをバラしていたところだった。バラすといっても、球体には手を付けない。外箱に入った回路を見ながら、ノートにメモをとっている。

「いま、反応なかった?」

「反応? なんのです?」

「波の! その波形、動かなかった?」

「えっ? いや、特には……。スイッチも切ってますし」

 どういうことだ?

 あまりに微弱なメッセージだから、波を検出できなかったということか? たまたま彼が余所見していたという可能性もあるが。

 白坂太一は不思議そうにこちらを見た。

「なにかあったんですか?」

映像ヴィジョンが見えた」

「ここで? ホントに?」

 まさか俺だけが敏感になっているのか。

「いや、ごめん。気のせいかもしれない」

「二宮さん、疲れてるんじゃないですか? ここのところ頑張ってましたし」

「そうかな……。そうかも。急に来て悪かったね。部屋に戻るよ」

「おやすみなさい」

「おやすみ」

 そっとドアを閉じた。


 *


 そして俺はいま、部屋へは戻らず、ひとり階段をあがっていた。

 誰かに会いに行くわけじゃない。

 ただ外が見たかった。

 夜空でもいい。星を見るだけでもいい。なんなら星などなくていい。外の空気を吸い込みたかった。

 自分が正気じゃないのは分かっていた。

 あきらかにどうかしている。

 異常行動だ。

 こんな時間に、ひとりで外を目指すだなんて。

 武器も持たず、キャンセラーも持たず、防護服さえ着ず、患者着のような無地の浴衣姿で。病室を抜け出した病人みたいだ。


 節電のためか、階段の電気は足元のみの点灯となっていた。ほぼ闇だ。もしマネキンに遭遇しても対処できない。それでも足が動いた。


 誰にも会わないという確証があった。

 実際、最初から無人だったかのように、ずっと静かなままだった。


 地下四階にもマネキンの気配はなかった。

 ガランとした無人のエントランス。

 床には様々なシミがある。

 俺はジオフロントを抜け出し、地下三階通路へ出た。


 ほぼ二ヶ月ぶりだろうか。

 次第に空気が変わってくるのが分かった。

 青々とした草木のにおいが、うっすらとトンネル内にもただよっている。気のせいではない。俺には分かる。

 足が早くなった。

 いつの間にか駆けていた。

 地下二階、地下一階と通路を抜けた。


 いったいどれくらいの時間が経ったか分からない。

 いつの間にか朝になっていた。

 なつかしの朝焼け……。

 いや、夕焼けだろうか?

 ほとんど暗闇ではあったが、山並みに沿って橙色の炎の揺らめくのが見えた。それは陽炎のように美しく、左右へ細く伸びていた。


 新鮮な空気を吸い込み、俺はしばらくぼうっと景色を眺めて、そして理解した。

 これは朝焼けなんかじゃない。

 夕焼けでもない。

 山の向こうで街が燃えているのだ。


(続く)

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