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祝祭の島 ~深淵に眠る少女たち~  作者: 不覚たん
行方不明編

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SOS

 これがおそらく最後の探検となる。

 メンバーは俺、青村放哉、そして餅、各務珠璃。オペレーターは鐘捲雛子が務める。


「おい、宮川」

 階段をあがっていると、前を進んでいた青村放哉がこちらへ振り返った。

「なに?」

「今日も対話すんだろ? 頑張れよ」

「えっ? うん……」

 いったいどうしたというのだ。気味が悪い。

 彼はそれだけ告げると、また階段をのぼり始めた。そして今度は振り向きもせず、独り言のようにこう続けた。

「いっつも任せっぱなしだったからな」

「べつにいいよ。助け合いでしょ」

「オメーはいいヤツだな」

 なんだかフラグみたいだからヤメて欲しいのだが。


 ふと、通信が来た。

『こちら「8-NN」。ハーモナイザーは最低レベルを維持したまま、安定稼働しています。それと、ロボット掃除機を手配して、オメガたちを通路へ追いやりました。目的地へはまっすぐ到達できるでしょう』

「ありがとう」

 短い言葉ではあるが、俺は心の底からの感謝を伝えた。

 とんでもなく心強い。

 赤ん坊に言われた通り、八階へ寄り道してよかった。

 誰もが、このおかしな状況をなんとかしたいと考えているのだ。たまたま利害が一致しただけかもしれないが、それでいい。協力できるときはする。人間ひとりにできることなど、タカが知れている。


 シャッター「13-A」をあげると、それだけで波の強さが伝わってきた。

 ハーモナイザーなどオフにしてもらってもいいくらいだ。キャンセラーのスイッチを入れ、俺は調整しながら進んだ。

「クソ、慣れねぇな。各務ちゃん、大丈夫か?」

「はい、なんとか……」

 ふたりとも苦しそうだ。

 俺も違和感はあるのだが、そこまで不快というほどではない。何度もやってるうちに慣れたのかもしれない。近づくにつれビリビリと来たので、俺はキャンセラーのレベルをあげた。接近するためには、最大出力にする必要がありそうだ。

 思えばこれは白坂太一の改造品であって、正規品ではないのだ。各務珠璃が持ち込んだオリジナルには劣るのかもしれない。

 機械の姉妹がハーモナイザーをいじってくれなかったら、手を出せなかったかもしれない。


「悪い、宮川。俺たち、ここが限界みてーだわ」

 青村放哉は大音量でも聞かされているような顔になっていた。

 各務珠璃は吐きそうなのか、口元を抑えている。

 彼らも改造キャンセラーは所持しているから、俺と離れても心配はない。

「じゃあ、俺だけで行ってきます」

 餅などは入口にとどまったまま、フロアへ入ってこようともしない。よほどキツいのであろう。


 キャンセラーは最大レベルなのに、ときおり映像ヴィジョンが頭をよぎる。

 青空。花。プール。雨。運動会。誕生会。クリスマス。雪。喜び。哀しみ。孤独。あまい。苦い。酸っぱい。

 本当に一瞬、フラッシュのようにパッと感覚が現れては消える。


 なかば意識が飛びそうになりながら、ようやく「13-NN」へ到達。

 水槽の中の少女は、ただこちらを見つめ、うっすらと笑っていた。俺はソファへどっと腰をおろし、その少女の目を見つめた。光のない、深い闇のような瞳。

「はじめまして。俺は二宮渋壱。少しお話ししたいんだけど、いいかな?」


 おそらくは、すでに映像ヴィジョンに入り込んでいると思うのだが、少女は水槽からすっと飛び出してきた。

 白いワンピースを来た利発そうな少女だ。

 彼女は目を細め、人懐こい笑みを浮かべ、軽く辞儀をした。

「はじめまして、二宮さん。私、五代まゆって言います。お会いできて光栄です」

 すぐに分かった。これはオリジナルの少女だ。ジェネレーターで上書きされた人格そのままなのであろう。

 水槽の中の少女は、大爆発のときに他者から人格を吸収しなかったらしい。あるいはこれもフェイクだろうか。

 かすかに「助けて」と呼ぶ声も聞こえる。

 表に出している人格だけでなく、隠しておきたい人格が、この空間に重なって存在しているようだ。笑顔なのに、ときおり泣いているようにも見える。

「じつは君に協力して欲しいことがあって来たんだ」

「協力? 私にできることですか?」

「いや、だが、ちょっと待ってくれ。君は助けを求めてるのか?」

「えっ? なんのことですか?」

 とぼけている。

 あるいは人格が複数あって、それが同時にアクセスして来ているのか。

 さっきからずっと「助けて」と声が聞こえる。

 こんなに必死で助けを求めている少女に、こちらの都合だけを伝えることはできない。

「どうすれば助けられる? 教えて欲しい」

「えーと、そのぅ……二宮さんがなにを言っているのか、私、よく分からないです」

 あどけない表情をしている。

 しかし何秒かに一度、暗い顔が見える。

 どちらが本当の顔かは分からない。しかし助けを求めているほうだけは、なんとかしなければならない。

 俺は目の前の少女ではなく、どこかで見ているであろう人物へ声をかけた。

「見てるか? 俺はここだ。答えてくれ。なにをすればいい?」

「あの、二宮さん? 誰とお話ししてるんですか?」

「助けて欲しいなら、内容を言ってくれ。できることをする」

「じゃあ殺してよ」

 目の前の少女が、にわかに豹変した。

 そこにいたのか。

「殺すって、誰を……」

「分かってるでしょ? 私を殺してよ」

「なぜ……」

「助けたいんでしょ? それとも口だけ? そういう大人、嫌いなんだけど」

「……」

 その可能性を想定していなかったわけじゃない。なのだが、直接告げられると返事ができなくなってしまう。

 彼女はにっと愛嬌のある笑みを浮かべた。

「どうしました?」

「どうって……」

「最近、なんだかおかしいんです。学校から帰ってきたら、そのまま時間が止まっちゃって、いつまで経っても夜にならないし、パパもママも帰ってこないし……。なんでだと思います? ねえ? なんで? なんで時間が止まったの? 教えて」

 また顔つきが暗くなった。

 かと思うと、体を曲げてキヒキヒと笑い出した。

「ホントは知ってるんだ。私、もう死んでるんだもん。死んでるのに、死ねないの。なんでだと思う? ねえ、なんで? 言ってみて?」

「水槽に……」

「そうだよ! 水槽に沈められて、完全に自由を奪われてるから! 私、道具なんだ! アハハ! 道具! 自殺もできないの! 笑える!」

「……」

 目を見開いて、のけぞるようにして天を仰いでいる。

 彼女の怒りももっともだ。大人たちは取り返しのつかないことをした。

 しかしふと、彼女は動きを止めた。

「空が見たい……」

「俺もだよ」

「上からね、誰かの記憶が飛んでくるの。記憶っていうか、感覚? メッセージっていうの? その人がね、私に言うの。もう我慢しなくていいよって。体の内側に溜まってるものを、外側に出してもいいんだよって。それでね、本当にやったらね、みんなおかしくなっちゃった。ぐちゃぐちゃに混ざり合って、醜いものだらけの世界なの。すっごく汚かった」

 アメリカは誰の記憶を送り込んできたのだろか。

 いま尋ねても平気だろうか。

 彼女は静かな調子でこう続けた。

「人間って、ホントに汚いんだって思っちゃった……。あなたも汚い?」

「たぶん、あまりキレイじゃないな」

「だよね。誰もキレイじゃないんだ。私も汚いから死にたいの。手伝ってくれる?」

「君の母親が哀しむ」

 すると彼女は、つまらなそうな顔でふっと笑った。

「母親? 記憶の中の? それとも遺伝子上の? 会ったこともない母親なんて、興味ないんだけど。いいから殺してよ? 助けたいんでしょ? その鉄砲でさ、バーンって。苦しくないように殺して? まあ苦しくても、死ねるならもうなんでもいいけどさ」

 彼女も壊れているのか。

 いや、壊れないほうがおかしい。


「そう。不幸よ! 世界は不幸なの。分かるわ。とってもよく分かる、私にはね」

 背後から、いきなり乱入してくるものがあった。

 振り返らずとも分かる。

 餅だ。

 黒いドレスを身にまとい、上空にふわふわ浮いている。

 水槽の少女は苦い笑みだ。

「他人のあなたになにが分かるの?」

「いえ、じつのところなにも分からないわ。ただ、不幸を紛らわすには愛が一番だということを伝えたくて」

「愛? なにそれ? ううん、言わなくていい。分かるから。でも失ったときの喪失感に耐えられる? ううん。失うだけじゃない。愛が裏返って、憎しみになったときの、どうしようもない気持ち、あなたに分かる? 分からないなら強制的に共有してあげる」

「待ちなさい。いらない。私があなたほど不幸じゃないことは認めるから。ただ醜く溶けてるだけだし。というより、あなたのその記憶だって、本当のものじゃないでしょ?」

 フォールスフェイス・ジェネレーターで上書きされた記憶だ。まるで仮面フォールスフェイスをかぶせるように。

 すると水槽の少女は、ふたたび興のさめたような表情を見せた。

「そう。借り物。偽物の記憶。本当の体験じゃないのに、自分のことみたいに怒ってる。でも、じゃあ本当の私ってなに? 水槽で生まれて、いろんなデータを注入されて、そしてデータを取られて、それだけの肉でしょ?」

 人格の上書きが完璧なのであれば、彼女はこれほど怒っていないはずだ。つまり、彼女の身体には、彼女の意思が間違いなく宿っている。

 餅の返事はこうだ。

「ただの肉にも品位ってものがあるわ」

「なに品位って」

「知らない。とにかくあるの」

「なんなの。あなた邪魔。出ていって」

「断るって言ったら?」

「強制的に排除するから。人格が消し飛ぶかもしれないけど、覚悟しておいてね」

「じゃあ帰るわ」

 餅はふっと姿を消した。

 なにしに来たんだ……。

 いや、心配して参戦してくれたのだろう。あとでいっぱいなで回してやろう。


 水槽の少女は疲れ切ったように対面のソファへ腰をおろした。

「あなた、みんなと対話して回ってたみたいね」

「ここから出るためのヒントを聞いてただけだ。慈善事業じゃない」

「でも慈善事業みたいなマネしてる」

「見てたの?」

「ずっとね。きっと私を助けたいって言い出すと思ってた」

 まるで窓の外でも見るように、彼女は横を向いた。ここには窓などないのに。

 目を合わせたくなかったのかもしれない。

 俺は構わず応じた。

「いや、こっちも自分勝手なお願いをしに来たんだ。けど、それだけじゃ君は面白くないだろう。だから手伝えることはないかと思ってね」

「あの女の人、殺さなかったね」

「各務さんのこと?」

「絶対に殺すと思ってワクワクして見てたの。人間って汚いから。でもあなたは殺さなかった。ホント、つまんないって思っちゃった。で、お願いってなに? アメリカに助けを求めればいいの?」

 どこまで見てたんだ、この子は。

 俺はしかし首を縦には振らなかった。

「まずは君の問題を解決したい」

「しつこい。殺してって言ってるでしょ。できもしないクセに何回も聞かないで」

「殺したらお願いを聞いてもらえないだろう」

「じゃあ私が用済みになったら殺して。あなたに言われたことはするから。これは取引だよ」

「断る」

「なによ。じゃあ私も断るから。次はもっとマシな人よこして」

「オメガ・プロジェクトってなんなんだ?」

 返事に困った俺は、切り札を出した。話がこじれる前にこれを聞いておきたかった。

 彼女はつまらなそうに笑った。

「知りたい? 教えたら殺してくれる?」

「断る」

「めんどくさ。まあいいや。教えたげる。波を起こしたらみんな進化するんでしょ? だからいまいる人間に波を浴びせて、強制的に進化させるってこと。あなたはもう始まってるね」

「俺が……」

 少女はくすくす笑った。

「気づいてないの? あれだけいっぱい波を浴びたんだよ? 変化しないわけないじゃん!」

「どこも変わってないように思うけど」

「見た目じゃ分からないよ。私と一緒。分かる? ハーモナイザーなんて使わなくても、波に干渉できるようになるの。次世代の人間は、知能が高くなるわけじゃないんだ。意識的に波を送受信できるようになる。それだけ」

 ん?

 知能は変わらない?

 じゃあ知能テストをクリアしたとかいうオメガ種は、やはり次世代の人間ではないということか……。

 彼女は降参とばかりに力ない笑みを浮かべた。

「ま、いいわ。同類のよしみで、あなたの願いを叶えてあげる。私のことも殺さなくていいから。このやり取りも飽きたし。なにをすればいいの? 上でうろうろしてるオメガを運営にけしかけるくらいなら簡単にできるよ?」

 いや、オメガをけしかけたところで、タレットでミンチにされて終わりだ。

 俺は告げた。

「じゃ、アメリカの衛星にこう伝えてくれないか。高い知能を有するオメガたちが、いつの間にか水素爆弾を製造してたって。しかも、すぐにでも起爆できるってこともね」


 話をややこしくしてやる。

 水素爆弾があるとなれば、アメリカだって慎重になる。

 のみならず、彼らは単独での解決を放棄する可能性がある。仮に国際機関をともなって調査に来た場合、アメリカは好き放題できなくなる。そして国際機関の調査員は、ここでおびただしい数の研究結果を発見することになる。

 あるいは先行して日本の機関が視察に来るかもしれない。

 そうであったとしても、乗り込んでくるのは運営とは無関係の、核の専門家だ。彼らがここの惨状を知ることになれば、少しは問題にしてくれる可能性がある。


 ま、アマい見通しだが。

 完璧なプランじゃないのは分かってる。ほかにマシなのが思いつかなかっただけだ。それに、素直に助けを求めるのもシャクだった。

 無抵抗のまま仲間をくれてやるつもりはない。

 蟻には蟻の戦い方がある。


(続く)

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