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祝祭の島 ~深淵に眠る少女たち~  作者: 不覚たん
行方不明編

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ダイアローグ

 各務珠璃が部屋の外へ出ると、すぐに対話が始まった。

 例の少女はクラゲのように長い黒髪をただよわせ、暗闇の中にぼんやりと浮いていた。まつげの奥のくらい瞳で、少し上からこちらを見下ろすようにして。

「この世界は不幸に満ちている……。ああ、不幸! 不幸が私の体をむしばむの……。私が壊れるのが先? それとも世界が壊れるのが先? どちらでもいいわ。私にとっては同じことだもの」

 そしてまた謎の演技が始まった。

 彼女はしばらく余韻に浸っていたかと思うと、チラと俺のほうを見て、にこりとほほえんだ。

「あら、もしかして私の白馬の王子さまかしら? あなたが私を助けてくれるの?」

「前から思ってたんだけど、それはなにかのネタなの?」

 すると彼女は幼さの残る顔を、これでもかとばかりしわくちゃにして怒りを表明した。

「失礼よ。これだから旧型の人間は……」

「本当に分からないんだ。教えてくれ」

「知りたい? そう。私に興味があるのね。いいわ。私がずっと水槽の中にいたことは知ってるでしょ? だから対話からなにか学ぶということを、ほとんど経験していないのよ。すべてはフォールスフェイス・ジェネレーターで植え付けられた人格から始まった」

「ごめん。もし言いづらい話だったらそれ以上は……」

 彼女たちは水槽の中で産まれ、誰とも対話することなく、機械で人格を刷り込まれる。文字通り「人格感染」にかけられたわけだ。

 彼女はふふんと鼻で笑った。

「安心なさい。この人格は、他の姉妹たちとは違うから。ある日、サイキック・ウェーブの大爆発が起きて、みんなの心がひとつにつながったわ。姉妹だけでなく、研究員ともね。つながるといっても、範囲が大きかったから、すべてが私と一体って感じではなかったけれど」

「前世紀のSFにでも出てきそうな話だ」

「たぶんそれよ。でもね、誰かが海でおしっこをしても、それがすぐさま全域に広がるわけじゃないでしょ? 私が触れることができたのは、あくまで私の回りだけ。そのときいろんな人たちから人格を吸収したの。その結果がこれよ。素敵でしょ?」

 もっとキレイな例えができると思うが。


 対話には大統領も参加しているはずなのだが、どこにも姿が見えない。

 きっと陰に隠れて、俺たちの会話を聞いているのだろう。


「じゃあ、これがいまの君の素の性格というわけか」

「そうよ。新しい人格。新しい私。いまとっても好奇心に満ちあふれているの。それなのに、誰も私と対話してくれないんだから。不幸よね。もっと深くいろんな人間と交わりたいのに。体が溶けてしまったばかりに、モンスターみたいに扱われてしまう。不幸よ。不幸だわ。不幸以外のなにものでもないわ」

 気の毒に思わなくもないが、なんだか不幸をエンジョイしているようにも見える。

「できる限り対話に来るよ」

「快楽が欲しい」

 彼女は急に真顔になり、そんなことを言い出した。

「か、快楽?」

「そうよ! 快楽よ! あ、でもダメ。ここであなたと交わっても、私は満たされないから。この空想の世界では、ごっこ遊びしかできないもの。共有できるのは、過去に体験したことだけ。でもあなたの不衛生な体験は共有したくないわ。なんだか生理的な嫌悪感をもよおしそうだし」

 名誉をいちじるしく毀損されている気がするぞ。

 彼女はふたたび自分の世界に入ったのか、せつなそうな顔で天を仰いだ。

「ああ、世界が私を愛してくれたなら……」

「愛、か……」

「いまのところ、あなたと、大統領を自称している頭のアレな女から愛されているだけだもの。私はもっと愛されたいの! 満たされたいの! 世界中から喝采を浴びたいの! 私という存在を肯定して欲しいの! でもたぶんムリだからあなたで我慢するわ。私のいいところを十個言ってみて頂戴。十個以上でもいいわ。さ、早く」

 なんだ急に。十個も出てこねぇぞ……。

 しかしキラキラした目でこちらを見つめている。威圧感が凄い。

「ええと、いいところ……。まずは、素直なところと……」

「うんうん」

「もちもちしてるところと……」

「うん?」

「意外とすべすべしてるところと……」

「待って。ダメよ。ぜんぜんダメ。もちもちとすべすべはひとつにまとめて。というより、もっと内面的なところを褒めて! 外見は溶けちゃってるんだから! 私、こないだ鏡見てびっくりしちゃった。すっごい溶けてるの。これは会った瞬間に撃たれても仕方ないかなって思っちゃった。でもダメよ! 愛して! 私をこの地下世界から連れ出して! そして広い世界を見せて欲しいの。お花に囲まれてみんなでお昼寝しましょ? バスケットにはサンドイッチを入れて……。あ、もちろんパンに挟む具材は姉妹の肉がいいわ。私、あれを食べると頭がどうにかなりそうなくらいハイになるから」

 そろそろ対話を終えたい……。

 実際、冷蔵庫からマネキンの手足を与えると、彼女は半狂乱でむさぼり食う。よほどうまいのであろう。

 彼女はややトびかけた目をしていたが、はたと正気に戻ってこちらを見た。

「そうよ。私を外へ連れ出してよ。あなた、外から来たんでしょ?」

「外か……。少し難しいと思うけど」

「なに? ダメなの? 溶けてるから? 一緒にいるのが恥ずかしい? そんなわけないわよね? あなた、私を愛しているもの」

「いや、外はまだ君たちを受け入れる準備ができてないからさ」

「なによ準備って。そんなもの、いますぐしなさいよ。そしたら私が行くころにはお祭り騒ぎなんだから。ね? そうしなさい」

「どう言ったらいいのかな……」


 言葉を選んでいると、いつの間にか景色が執務室へ戻っていた。

 少女の姿はない。代わりに、足元で餅がのたうっている。なにか抗議しているのだろう。

 大統領が近づいてきた。

「スイッチをオフにしました。本日の対話はこの辺にしておきましょう」

「えっ?」

「なぜ地上へ出られないのか、彼女には私から説明しておきます。さ、あとは私に任せてください」

「はぁ」


 *


 なかば追い出されるように通路へ出た。

 片隅には浮かない顔の各務珠璃が立っている。なにせ逃げ出そうにも、手が後ろで拘束された状態だ。長時間同じ姿勢でいると体によくないと聞いたことがあるが、大丈夫なんだろうか。

「終わったんですか?」

 彼女はおずおずと近づいてきた。

「うん。なんだか急に終了になっちゃって」

「どんな話を?」

「ここから出たいってさ。みんな考えてることは一緒だよ」

 もしなんらの後ろ盾もなくここを出れば、無人タレットに掃射され、数秒でミンチにされてしまうことだろう。腕章のある熱源は撃たないらしいが、そうすると今度は運営の連中が容赦しないだろう。

 各務珠璃は悔しそうに下唇を噛んでいる。

「二宮さん、私のことも出してくれませんか?」

「悪いけど、その話には乗れない。各務さんが自分でその可能性をナシにしたんだ。なぜこうなっているのか、よく考えてくれ」

 俺は仲間を失うところだった。いや、俺自身も殺されていたかもしれない。彼女は人へ向けてトリガーを引いた。その罪の重さを噛み締めて欲しい。


 それでも彼女は、大統領の監視下にある限り、ずっとレトルトを食べ続けることができる。温めてもいない常温のレトルトではあるにせよ。


 *


 レベルを抑制されているとはいえ、人格感染を受けたあとはどっと疲労が襲って来る。

 俺は自室のベッドへ倒れ込み、頭の中を空っぽにしてしばらく呼吸だけを繰り返した。


 対話をしていると、言葉以上のものが流れ込んでくる。

 餅はずっと演技じみた態度を見せていたが、心の底では言いようのない寂しさを抱えていた。本気で救済を求めていた。それが彼女個人の感想なのか、あるいはもととなったオリジナルの感情なのかは分からないが。


 大統領によれば、オリジナルの少女はすでに死去しているらしい。いま存在しているのはクローンとその娘たちだ。

 オリジナルの彼女は、なんらかの機材で人格を抽出されたと思われる。そのときに助けを求める声が紛れ込んだのかもしれない。

 あるいは、死してなお複製され、水槽の中で人格を上書きされ続けている個体のSOSかもしれない。

 みんなが助けを求めている。


 餅オメガも、三十三階のクイーンも、現実世界ではすでに人の姿を失っている。にも関わらず映像ヴィジョンの中では少女の姿で現れる。きっとあの姿でいたかったのだろう。なのに事故に巻き込まれ、それも叶わなくなった。


 正直、俺には他人を救済している余裕などない。俺自身、ここから出られるかも怪しいくらいだ。

 だからといって彼女たちをただ見捨てるつもりはない。

 たとえ救えないにしても、せめてこの問題を引き起こした大人たちには責任を取ってもらいたい。いや、必ず取らせる。研究が手に負えなくなったからといって、埋めておしまいにするなんて、あまりにふざけている。それも、自分たちの金儲けのためだなんて。

 俺は人格者じゃない。だから彼らの罪を司法に委ねるつもりはサラサラない。命の償いは、命でしてもらう。水槽に沈めて、彼女たちと同じ気持ちを味わわせてやる。


 いや、この怒りも、本当に自分だけの感情か疑わしい。俺はすでに人格感染を受けており、本来以上の怒りをおぼえている可能性がある。

 冷静にならなければ。

 遠からず二十七階の探検が始まる。そしたら新たな情報が手に入り、脱出のための手がかりも見つかるかもしれない。


 感情のままに結論を急いではダメだ。

 もっと冷静に、堅実に、長期的かつ総合的に考えて行動しなければ。

 学生時代のクソ教師も言っていた。「二宮は結論をあせりすぎる」と。思い返してみると、実際、俺のミスはほとんどそれに尽きた。以来、できる限り結論を急がないようにしている。

 肝要なのは、自分自身を疑うこと。なんらかの結論に至ったあとに、本当にそれでいいのかと、せめていちどは思い返すこと。


 などと反省してると、いきなりガチャとドアが開いた。

「ねーねー、青村さん知らない?」

 小田桐花子だった。今日もパンツとキャミソールという下着だけの格好をしている。まるで自宅のような気軽さだ。

「知らないな。見てないよ」

「そう」

 帰るのかと思いきや、彼女はベッドに腰をおろしてきた。

「じゃあ二宮さんでいいや。しない?」

「はっ?」

「二食分でいいから。ねっ? こないだもらったばっかで、いっぱい持ってるっしょ? どう?」

 短いツインテールを指先でつまみあげ、にこにこしながら挑発してくる。

 悪いが、まったくそういう気分じゃない。

 そういう気分じゃなかったはずなのに、しかし数秒でそんな気分になってきた。この世界はクソだ。

「二食分でどこまで?」

「全部いいよ! ほら! しよ?」

 ニッと健康的な笑みを向けてくる。

 胸はそんなに大きくないのだが、とにかく笑顔がキュートなのだ。自画自賛するだけのことはある。


 もちろん俺は可能な限り冷静であろうとしているので、いつものように「本当にそれでいいのか」と自分自身に問い、その上で改めて「よい」と結論した。なのでこれはセーフ。俺は冷静だ。


 ところで、このところ、いったいどこでなにをしているのやら、あまり青村放哉の姿を見かけなかった。たまに見かけるから、生きているのは間違いないのだが。


(続く)

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