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祝祭の島 ~深淵に眠る少女たち~  作者: 不覚たん
行方不明編

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30/57

ママ

 侵入者の騒動ののち、例の餅が新たな住人として加わることになった。

 彼女はレトルトは食わない。代わりに、冷蔵庫の肉を勝手に食う。基本的に大統領の部屋で寝るが、たまに俺の部屋に侵入してくることもある。対話などしたばかりに、なつかれてしまったらしい……。


「オメー、あいつと寝たんだって? マジでウケんな! やべーだろ!」

 階段をあがりながら、青村放哉がゲラゲラと笑った。

 現在、新たな探検の最中だ。


 大統領によれば、餅オメガは四十五階から来たらしい。

 なので本日は、別の要注意個体がいるという三十三階を目指している。

 カメラの映像を取得できないエリアだ。いちおうオペレーターとして円陣薫子がスタンバイしているが、映像が見えない以上、ただの電話番のようなものだ。

 参加メンバーは、俺、青村放哉、鐘捲雛子。戦力だけは申し分ない。


「羨ましいなら、青村さんも対話したらどう?」

「いや、俺はいいよ。オメーの女をとっちゃ悪いしよ」

「はぁ……」

 あの餅は、勝手にベッドに入り込んで添い寝をしてくる。なにもやましいことはしていないが。だいたい、でろでろに溶けているから、どこがどこやら分からない状態だ。眼球と呼吸用の穴、あとは食事用の口しかない。たまにトイレに行っているから、どこかに排泄用の穴はあるはずだが。

 鐘捲雛子が咳払いをした。

「もうやめて。気分悪いから」

「ま、鐘捲ちゃんはウブだからな」

「そうじゃない。あなたが人をバカにしてるから、それで気分が悪いって言ってんの」

「怒るなよ。もう黙るから」

 俺のことをフォローしてくれているのだろうか。あるいは餅をフォローしているのか。いずれにせよ、こういうときの鐘捲雛子は頑固だ。反論すればするだけややこしくなる。青村放哉も口を閉じるしかあるまい。


 もちろん本日もメッセージ・キャンセラーを携帯している。

 それはいいのだが、水槽の少女と対話をするのは、なぜか俺と決まっているらしい。

 自由同盟とは名ばかりで、新人に仕事を押し付けるクソ職場だ。そのうちストライキしてやる。


「にしてもよ、三十三階ってクッソ遠いな。リフト使わしてくれりゃいいのによ」

 青村放哉のこの意見には同意する。

 黙ると宣言しておきながら、ほんの数秒で口を開いたのはともかくとして。

 リフトを使えば、俺たちは突っ立っているだけで目的地へ到着する。気圧差で耳はおかしくなるかもしれないが、それくらいなら我慢してもいい。

 鐘捲雛子が返事をしなかったので、代わりに俺が応じた。

「でも大事なフタなんでしょ?」

「運営どもが上から来るってか? それもそうなんだけど、ほかに移動手段がねーからよ」

 バケツほどの大きさのロボット掃除機があるので、それに載るという手もある。しかしバッテリーが切れたら、今度は俺たちが運ばねばならない。どう考えても背骨が折れる。


 三十三階に到着したころには、俺たちはもう無口になっていた。疲れ果てて会話どころではない。

 シャッターには「33-A」とある。

「たしか、カメラぶっ壊れてんだよな?」

 この独り言のような言葉に、本部から通信が来た。

『どの部屋も「NO SIGNAL」だって』

「オーケー。でも音声は通じるんだろ? 俺が泣き叫んでたら助けに来てくれよな」

『いいよ』

 反論するのも面倒なのか、露骨な空返事が来た。しかしこの男を相手にするなら、これくらい適当なほうがいいのかもしれない。

 青村放哉は一本取られたとばかりに肩をすくめ、ボタンを押した。

 シャッターがあがる。


 ふと、鐘捲雛子が抜刀した。

 その一閃に、四つん這いで飛び出してきたマネキンが胴体を裂かれ、転がりながら絶命。階段周辺に血液がぶちまけられた。

「ずいぶん元気がいいじゃねーか」

 青村放哉もトーラス・レイジングブルを手に、開く途中のシャッターの内側を覗き込んだ。

「覚悟しとけよ。大量だ」

 覚悟と言われても、どうすればいいのやら。俺は剣術が得意なわけでも、射撃が得意なわけでもない。特になにも極めていない。だからせいぜい自分の弱さを自覚し、ムリのない程度にやるしかない。

「ライトは生きてるみてーだな。っておい、もう気づかれてるぜ。弾足りるかな」

「そのときはさがってて。私が捌くから」

 ふたりとも強気だ。

 俺はせいぜい、足を引っ張らないよう立ち回るとしよう。


 最初の一匹は偶然シャッター付近にいただけのようで、残りの連中はだいぶ奥にいた。もちろん俺たちの存在には気づいている。豪快にシャッターをあげて侵入したのだ。気づかないわけがない。


 やや手近な小集団を、青村放哉がヘッドショットで仕留めていった。マネキンどもが一体ずつ膝から崩れ落ちてゆく。

 本当ならば、彼女たちも対話可能な存在なのかもしれない。

 しかし俺たちは、これ以外になんらの策も持っていなかった。

 俺も撃った。当たっているかどうかは不明。

 四つん這いのが駆けてくると、鐘捲雛子が刃を振るって一撃で仕留めた。円を描くような美しい剣閃だ。光が踊り、そして血液が花びらのように舞う。鐘捲雛子は足音も立てず、すっと水平に移動する。これは剣道ではなく、古武道の動きかもしれない。


 さて、大統領の予想によれば、注意すべき個体はN通路にいるとのことだ。つまり、いま入ってきた「33-A」の向かい側。いきなりそこを目指すのはリスクが高い。

「一気に仕留める方法ってないの? たとえば毒ガスとかさ」

 俺のボヤキに、鐘捲雛子が眉をひそめた。

「毒なんて使ったら、下に落ちるでしょ」

「たしかに」

 俺たちの生活スペースが毒におかされてしまう。たとえフタをしていても、密閉されていない以上、隙間から漏れる。

 青村放哉が向き直った。

「ま、消火器で追っ払えねーこともねーが、根本的な解決にはならねーしな。おかげで探検もなかなか進まねーわけよ」


 などと会話をしていると、こちらを遠巻きに眺めていたマネキンどもが急にざわめきだした。

 なにか起きたのだろうか。

 無線が来た。

『こちら本部。えーと、そっちにさ……餅行ってない?』

「えっ?」

『こっちにいないんだよね。どうもみんなのあと追ってったみたいでさ』

「……」

 振り返ると、餅が床を這ってフロアに入り込んでくるところであった。そんなに俺と離れたくなかったのか。

 俺はマイクへ応じた。

「来てる」

『やっぱり……。悪いんだけど、世話してやってくんない?』

「了解」

 するしかない。まあ放置してもいいが。

 近づいてきたので、俺はしゃがんで頭とおぼしき場所をなでてやった。

「きちんと留守番してないとダメだろ」

「……」

 なにか返事をしているのかもしれないが、まったく声がしない。かすかにミチミチと嫌な音を立てるばかりだ。


 それにしても、だ。

 音声が通じるということは、ネットワークそのものは生きているということになる。つまりカメラだけがおかしい。それもすべてのカメラが。稼働品と取り替えたらまた機能するようになるようになるのだろうか。あるいは故障などしておらず、カメラのネットワークだけが切断されているのだろうか。物理的な切断か、あるいは論理的な切断か。

 ケーブルが外れていれば、それは物理的な切断ということになる。あるいは誰かがネットワークの設定をいじって不通にしたのなら、論理的な切断ということになる。

 単にブレーカーが落ちているだけという可能性もある。

 俺がITの仕事をしていたときも、うまく稼働しなくて四苦八苦していたら、じつはケーブルが奥まで差し込まれていなかっただけ、ということがまれにあった。

 世の中そんなものだ。機械は基本的に気まぐれを起こさない。なにか「異常」があるとしたら、そこにはきちんと「原因」がある。


 餅が参戦したおかげで、マネキンどもは近づいてこなくなった。なにか異様な波でも発しているのかもしれない。

「あいつら、なんか急におとなしくなりやがったな。俺のヤバさにようやく気づいたか」

 もちろん誰も返事をしない。

 青村放哉は咳払いをし、こう続けた。

「えーと、せっかくだし、直接N通路に乗り込むか。なんか行けそうだしな」


 マネキンどもは道を開けた。

 途中、侵入に失敗したとおぼしき運営側の残骸もあったが、特に構わないことにした。血液などで錆びついた装備品を拾っても、おそらく使い物にならない。


 N通路に近づくと、それだけで嫌な感じがした。だいぶ強い波が出ているらしい。シャッターも開きっぱなしだから、なおさらダイレクトに伝わってくる。

 俺はキャンセラーを取り出し、波形を見ながらレベルを調整した。ひとまず中の弱くらいで稼働させる。奥から来るのとは別種の違和感がぶわっと広がる。

 餅オメガもどこか不快そうだ。

「ヤバい気配がビンビン来てんじゃねーかよ」

「しかも臭い」

 鐘捲雛子はハンカチで口元を抑えた。


 もう脇のドアなど見もしない。向かう先は突き当りのドアだ。

 俺は歩きながら、徐々にキャンセラーのレベルをあげた。中レベル、中の強レベル、そして強レベル。地下十三階のときと同じ感覚だ。脳に膜が張ったような感覚と、その上からなにかがなぞってくるような感覚。

 餅は耐えられなくなって広場へ引き返してしまった。


 ドアは破壊されている。中を覗くと、異様な光景が広がっていた。

 かつて見たクイーンのような巨大生物が、もう自力では動けなくなって、部屋の奥側に寝そべっていたのだ。というより、白い肉がまるで内装のように壁や天井を覆っている。

 のみならず、その肉をベッドのようにして、ひとりの中年男性が横たわっていた。

 年齢は分からない。ただ、明らかに若くはない。肘から先、膝から先を失っており、短い手足をぶんぶん振りながら、赤ん坊のようにオギャオギャしていた。


 鐘捲雛子が目を見開いた。

「あれ、赤羽義晴じゃない?」

 どこかで聞いた名だ。

 たしか、サイキック・ウェーブとやらを発見した研究者だった。逃げ遅れてこんな目に遭っていたのか。

 肉はこちらの存在に気づいているのか、あるいはいないのか、まったく動く気配を見せなかった。が、赤羽義晴はこちらに気づき、ビャービャー泣き出し始めた。

 肉がうねり始める。

「おい、見るからにクソヤバそうだ。対話なんかしてる暇あんのか?」

 青村放哉が拳銃を構えると、鐘捲雛子も刀を握り直した。

 だが、もし対話するならこのタイミングしかないだろう。

 俺は意を決し、こう告げた。

「ふたりは通路から出て。すぐに対話を開始する」

「はっ? オメー、死ぬぞ?」

「大丈夫だから。早く。手遅れになる前に」

「イカレてるぜ」

 まずは青村放哉が逃げた。

 鐘捲雛子も攻めるような目つきだ。

「悪いけど、死体になっても回収できないから」

「分かってる」

 彼女は妹の死体さえ回収できなかったのだ。そのことがトラウマになっているのだろう。


 ともあれ、目の前の肉だ。

 俺はキャンセラーのレベルを少しずつさげていった。徐々に映像ヴィジョンが染み込んでくる。


「誰だね、君は」

 広大過ぎるオフィスに、デスクがひとつだけ、ぽつんと置かれている。

 俺たちはそのデスクを挟み、対面していた。

 相手は髪の薄くなった小太りの中年男。白衣を着ている。これが赤羽義晴であろう。背後には例の少女もいる。

「二宮渋壱。ただの部外者ですよ」

「なんだと? どうやって入り込んだ? セキュリティーはどうなっている?」

 この男は、夢の中では正気を保っているつもりなのだろうか。

 俺はあまり刺激しないよう、こう尋ねた。

「とある事情で、あなたから話を聞くことになりましてね」

「なら本部の犬か。レポートに書いた通り、私の理論は完成しているし、実際に成果もあげている。なんの不満があるんだ?」

「いえ、いまここでなにか起きているのか、あらためて確認したいだけです」

 すると赤羽義晴はみるみる顔を赤くし、ダンとデスクを叩いた。

「言っただろう! 計画通りだと!」

「その計画とは?」

「最低限の礼儀さえ払えんのか、若造が。もちろんエランヴィタル・プロジェクトのことを言っている! オメガ・プロジェクトなど知ったことじゃない!」

「しかしそのオメガ・プロジェクトが問題となっていることはご存知でしょう」

 まあハッタリだ。俺はなにも知らない。それっぽい単語を出せば、相手は勝手に喋る。真面目なヤツほど、分かっていない相手に説明したくなるものだ。これもクソ教師直伝のクソ話術。

「知らんと言っただろ! だいたい、娘を差し出せと言ったのはこちらじゃない。私はべつに、どんなサンプルでもよかったんだ。絶対に! 絶対にだ! なぜ研究に没頭させてくれない!」

「誰の娘ですって?」

「私の口から言わせたいのか!? あの官僚だ! ふざけおって! 政府なんぞに借りを作れば、最後は乗っ取られるに決まっとるだろう! だから再三に渡って警告したのだ! なのにお前たちと来たら、ひとつも理解しようとせん! バカどもめ!」

 ほとんど事情が飲み込めないが、どこかの官僚が研究のために娘を差し出した、ということのようだ。おかげで研究所は、政府の言うことを聞かざるをえなくなった。それがオメガ・プロジェクト。ならば真相は、十三階の少女だけでなく、政府も知っているということになる。

 すると赤羽義晴は、背後へ向き直り、みっともなく少女へすがりついた。

「ママ! 聞いてよ! こいつが僕をいじめるんだ! 僕はやりたくないって言ったのに! 酷いよ! みんなが僕を悪者にするんだ!」

 するとその「ママ」は、やや哀しげな表情で男の頭をなでた。


 まだ結論を出すことはできないが、状況から推測するに、この少女が官僚の娘なのであろう。

 そして理由はどうあれ、赤羽義晴はこの娘を研究材料にしたくなかった。それで少女もこの男を守っているのだろう。


 俺はそっと席を立った。

「聞きたいことは以上です。私はこれで失礼します」

「ママ! ママ! 僕を守って!」

 心の大半がすでに壊れているのだろう。俺にはどうすることもできない。


 映像ヴィジョンが消えると、周囲の波は先程より弱まっていた。少女は、俺が敵でないと判断してくれたらしい。おじさんはまだビャービャー泣いているが。

 ともかく、この部屋からは手を引くべきだろう。彼らを傷つけたり、パーツを奪ったりするべきではない。


 *


 広場へ引き返すと、ふたりが駆け寄ってきた。

「ウソだろ? 生きて帰ってきやがった。さすがは対話のプロだぜ」

 勝手にプロにするな。

 鐘捲雛子も不安そうに俺の体を眺めている。

「無事なの? 変なところない?」

「大丈夫。対話は友好的に終わったよ」

 というのはウソで、終始おじさんに怒鳴られっぱなしだったが。少なくとも少女は俺を見逃してくれた。

「なにを話したの?」

「プロジェクトのことだよ。あまり詳しくは探れなかったけど、ちょっとした収穫はあった」

「収穫って?」

「この研究所も、最初から政府とベッタリだったわけじゃないってこと。サンプルの提供を受けた見返りとして、言うことを聞かざるをえなくなったって流れらしい」

「サンプルを……」

 話が気になるらしく、鐘捲雛子は続きを促すような顔になった。

 が、この場ですべてを話すつもりはない。彼女に教えると大統領に筒抜けになる。

「ひとまず撤収しよう」

 この会話だって、おそらく大統領に聞かれているはずだ。

 信用していないわけじゃない。

 しかし信用しているわけでもない。


(続く)

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