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き・ま・り

 かくして俺とパーカー男は、ふたたびダンジョンへ挑戦することとなった。

 ほかにやることもないのだから仕方がない。テレビかネットか漫画でもあれば、ホテルでくつろいでいてもよかった。しかし残念ながら、そのどれもここには存在しない。ダンジョン以外になにもないのだ。

 まずは金網の中の緩衝地帯へ入り、ボックスから武器を受け取った。どんな武器がいいかはインターホンで伝えればいい。俺はまたP226にした。パーカー男はUSPだ。


 出入口から階段を降りて地下へ。

 オレンジ色の通路が、ずっと奥まで続いている。しかし道はゆるやかにカーブを描いているから、突き当りまで見通せるわけではない。

 ふたりの靴音だけが響く。

 いまのところマネキンの気配はない。

「あれってやっぱ人間だと思う?」

「さあ」

 聞き飽きた質問に、俺は生返事しか出せなかった。

 そもそも俺に分かるわけがない。もし腕章でもしていてくれれば、過去の参加者であることが証明できるのだが。

 パーカー男は俺の斜め後ろをキープしながら、さらにこう続けた。

「ゾンビみたいなやつだったりして」

「感染症ってこと?」

「なんかウイルスとかさ」

「もしそうだとして、全裸になる必要ある?」

「は? 最初から脱いでた可能性もあるっしょ?」

 あるか?

 いや、待てよ。彼らは全裸だったから感染したのか。裸のまま暮らしていれば、風邪だってひきやすくなる。感染のリスクが高まるのだ。

 やはり全裸で水泳など言語道断。たとえ海パン一枚だとしても、あるのとないのとでは大違いだ。警察にも通報されずに済む。


 ところで、ドアだ。通路の左右に「1-M」だの「1-L」だの書かれたものが散見できる。正面にはまだ道が続いている。

「なんのドアだろ? 開けてみる?」

 俺が尋ねると、彼は苦い笑みを浮かべた。

「マジか……」

「でも罠とかあったらイヤだしなぁ」

「じゃあナシで」

 このパーカー男、度胸があるんだか臆病なんだか分からない。ずっと俺の斜め後ろにいるし。あきらかに人を盾にする気だ。そんなことやってると信用なくすぞ。


 さらに進んだが、ドアがいくつかあったほかは、特にこれといったものもなかった。本当にただの空洞みたいなダンジョンだ。

 誰かが片付けたのか、昨日の死体さえ見当たらない。残されていたのは乾燥した血痕のみ。

 やがて下りの階段に遭遇した。

「降りてみる?」

 俺が振り返ると、パーカー男はもう声も出さずにこくこくうなずくだけだった。

 とても頼りなく見える。

 いや、バカにしたいわけじゃない。きっと俺だって、ひとりきりなら縮み上がっていたことだろう。しかし先にこういう態度を取られると、こっちはちゃんとしなくてはという気分になる。防衛本能というやつか。


 そしてついに地下二階へ。

 といっても景色はまったく変わらない。ただコンクリートで固められた通路がずっと続いているだけ。ライトは相変わらずのオレンジ色。豆電球の部屋にいるみたいな気持ちになる。


 脇のドアには「2-M」だの「2-L」だのとあった。

 もちろん開けないし入らない。


 地下三階へ来た。

 パーカー男はさっきからずっと小声で「やべぇ」を繰り返している。なにがやべぇのかは分からないが。ただ、確実に緊張は高まっている。正体は不明だが、コォォというくぐもった隙間風のような音もかすかに聞こえる。

 ところで、少々疑問に思うことがある。地下一階では「1-M」から「1-B」までのドアを確認できた。地下二階では「2-M」から「2-B」まで。

 最後が「M」までなのはいいとしよう。しかし「A」がないのはなぜだ。どこかに隠しドアでもあるのだろうか。


 などと考えごとをしていた俺は、ふと足を止めた。

 いま俺の右手に「3-L」がある。しかし左手に「3-M」がない。いや、ドアそのものがない。その代わり、奥に暗闇が広がっている。

 覗き込もうと踏み込んだ瞬間、出てきたそいつと目が合った。

 マネキンだ。血走った目を見開き、喉奥から絞り出すような声を出しながら、のたのたこちらへ近づいてきたのだ。俺は銃口を向け、とにかくトリガーを引いた。薄暗いからマズルフラッシュの閃光が見える。それに、パァンと通路の奥にまで響き渡る銃声。

 とにかく撃った。するとそいつは膝から崩れ落ち、糸の切れた人形のようにぐったりとして動かなくなった。こぼれ落ちた血液がじわじわと広がる。

 俺は靴を汚さなよう、数歩後ずさった。


 とにかく終わった。指先しか動かしていないのに、やけに心臓がドキドキする。

 一発も撃たなかったパーカー男に嫌味のひとつでも言ってやろうと思い、俺は振り向いて、そのまま固まってしまった。彼の銃口が、なぜかこちらへ向けられていた。

「ちょ、ちょっとなにやってんの……」

「バカ! 違う! 後ろ!」

「えっ?」

 二体目が来ていた。いや、もっといる。通路の奥からぞろぞろ出てきた。俺は慌ててトリガーを引いた。が、マネキン野郎は足を止めない。もしや痛覚がないのだろうか。何度でも撃った。だがちっとも効いていない。いや違う。弾切れだ。もうトリガーを引けなくなっている。なのだが、どうしたらいいのか分からず、俺の指はまだトリガーを引こうとしていた。

 それ以外に、なんらの対抗策も持っていなかったのだ。

 さいわい、俺に接近していた二体目はパーカー男の射撃で死んだ。だが他の連中は、やかましく連射するパーカー男へ迫った。三体目が崩れ落ちた。そこで弾切れ。距離を取ろうとするも、彼は壁を背にしていた。それで追い詰められた。

「ちょまま待って待って待って! いまのナシ! いまのナシだってぇ!」

 三体のマネキンが我も我もと男をつかんだ。かと思うと、人骨の砕ける鈍い音がした。パーカー男も声にならない声をあげている。


 おそらく、助けに入るという選択肢もあったのだろう。

 しかしこのとき俺は、自分で気づいたときにはほぼ躊躇もなく、パーカー男を見捨てて猛ダッシュで逃げ出していた。切り裂くような悲鳴が急速に遠ざかってゆく。

 もう助からない。

 仕方がなかった。

 俺は悪くない。

 そんな言い訳ばかりがずっと頭の中をぐるぐるした。

 そもそもここへ来ることを提案したのは俺じゃない。あいつだ。しかもギリギリまで撃たなかった。自業自得。自己責任。あいつが悪い。俺はできることをやった。悪くない。むしろ正しい。


 外へ飛び出して、新鮮な空気を肺に取り込み、それでも吐きそうになりながら走った。

 急に明るい場所へ出たから目がチカチカする。というより、朦朧としてなかば前が見えないくらいだ。それでもボックスへすがりつき、俺はP226を叩き込んだ。

「早く開けて! 開けてください!」

『武器の返却および周囲の安全を確認いたしました。これよりゲートを解放いたします』

 軋みをあげながら金網のゲートが開くや、俺は転げるように外へ出た。そのまま地べたに突っ伏して、とにかく呼吸を繰り返しながら、ゲートの閉まる音を聞いた。

 俺の目の前を、蟻どもが悠長に動き回っている。

 しかしなにをどうすることもできない。口から心臓が飛び出しそうだ。景色もよく見えないし、音も水中にいるみたいに聞こえる。このまま気絶するのかもしれない。あきらかに運動不足だ。


 *


 次に目を開くと、蟻の数が増えていた。のみならず、朝食のシャケが未消化のまま転がっていた。

 俺は気を失っていたようだ。それも、たぶん一瞬。いや数分か。まだ日は高い。

 汗が蒸発したせいか、背中が冷え切っていた。

 俺は口を拭い、なんとか立ち上がった。靴が片方脱げているが、すぐそこに落ちていた。ゲートを出て転んだ瞬間に脱げたらしい。

 なにが起きたのかは、あえて考えないことにした。

 服についた汚れをはたき落とし、ついでに体をさすった。怪我はない。膝は痛むが、歩けないほどでもない。

 ゲートへ振り返るが、パーカー男が戻ってくる気配もない。

 取り返しのつかない結果になった。

 だが、どうしようもなかった。


 管理エリアへ戻ると、ツアーガイドに遭遇した。きっと俺を待っていたのだ。

 彼女はやわらかな笑みを浮かべ、こう告げた。

「お帰りなさいませ、二宮さま。のちほどお話がございますので、ご都合のよろしいときにでも事務所までいらしてください。できれば今日中に」

「はい」

「それでは失礼いたします」

 責めるような態度ではない。しかし慰めるような態度でもない。これまでも見てきた接客用の態度だ。


 *


 さいわい、ホテルでは誰とも遭遇しなかった。俺は汚れた服を着替え、ランドリーにぶち込んでから事務所へ向かった。

 ツアーガイドはすぐに来た。

「わざわざすみません。こちらへどうぞ」


 応接室に通され、コーヒーまで出された。

 きっといかつい男でも出てきて脅されるんだろうと思っていたのだが、そんなことはなかった。

 ふたりきりだ。

 テーブルを挟んで腰をおろすと、彼女はパンフレットを広げた。

「二宮さま、こちらをご覧になったことは?」

「あります……」

「ではもう完璧に把握してらっしゃいますね?」

「いや完璧ではないですけども……」

 テーブル上に開かれているのはQ&Aのページだ。

 例のクソの役にも立たない「ご安心ください」だらけのアレだ。

 すると彼女はきれいに指を揃え、ある箇所を指し示した。

「お手数ですが、こちら、声に出してお読みただけますか?」

「えっ? これ? 『Q.腕章にはどんな意味があるの?』『A.とても大事だからなくさないでね。なくすと大変なことになるよ』ですか」

 だからなんだというのか。さっき着替えたばかりだから、いま腕章はつけていない。が、きちんと部屋には置いてある。ランドリーにも放り込んでいない。

 彼女はにこやかな笑顔のまま、こちらを見つめてきた。

「今日でなくとも構いませんので、回収してきていただけませんでしょうか?」

「はっ?」

「一緒にダンジョンへ行かれたお客さま、どうやら自力での復帰が難しいようですので」

「もしかして、まだ生きてるんですか?」

「いいえ」

 笑顔のまま、容赦のない現実を突きつけてくる。

 いや、俺はもうあそこへは戻りたくない。行けばきっと殺される。それに、パーカー男の死体にも触りたくない。なにもしたくない。早く帰りたい。全部なかったことにしたい。

 うつむいた俺の顔を、彼女は覗き込んできた。

「回収していただかないと、フェリーが迎えに来ない決まりとなっておりまして」

「えっ?」

「ほら、ここに書いてありますよね? 『なくすと大変なことになるよ』と」

「……」

 なんだこれ?

 ハメられたのか?

 こいつらは、こうしてみんなを強制的にダンジョンへ送り込んでいるのか?

 俺はなんとかツバを飲み込み、こう反論した。

「わ、腕章って、そこまで大事なものですかね……」

「決まりですよ。き・ま・り。本ツアーはゲーム形式となっておりますので、すべてがルールに則って運営されます。腕章が揃わない限り、フェリーはやって来ません」

「や、でもおかしいですよ。人が死んでるんですよ? 普通だったら警察呼びますよね? あ、そうだ。緊急事態になったらフェリーが来るって言ってませんでした? 呼びましょうよ、フェリー」

 彼女の回答はしかしこうだ。

「緊急事態? いいえ。ここでは日常的に見られる事案ですね。それに、契約書にもご署名なさったと思いますが、ダンジョン内部での負傷などにつきましては自己責任となっております。外部の力に頼らず、お客さま自身で解決していただきますようお願いします」

「いや、おかしいよ! こんなの……法律違反だよ……」

 それでも彼女は笑顔を崩さない。

「繰り返しになりますが、こちらのQ&Aをご覧ください。当ツアーは法令を遵守した合法的な催しとなっております。お客さまも契約書に署名なさいましたよね? もし契約を破棄するということであれば、こちらもお客さまを保護することができなくなります」

「えっ? それはどういう……」

「もし仮にフェリーが到着しても、乗船を拒否することができます。なにせ契約されていないお客さまですから、輸送する義務も消滅しますので」

「……」

 なにがなんでも絶対に腕章を取ってこさせるつもりだ。

 きっとたいしたものでもないくせに。

 俺は溜め息をつき、こう応じた。

「分かりました。とってきますよ。それでいいんでしょう?」

「はい。ご理解いただけてとても嬉しく思います」

「ひとつ教えて欲しいんですけどね。このツアー、これまで何回やったの? 何人死んだの? 言えますか?」

 素直に答えるとも思えないが、俺はこの質問を叩きつけないわけにはいかなかった。

 彼女はしかし眉ひとつ動かさずに応じた。

「過去に五回のツアーが開催されており、参加者は計六十二名。うち死亡が五十六名。行方不明が六名となっております」

「……」

 俺の計算が正しければ、生還した人数はゼロ。

 ツアーの評判が世に出回らないわけだ。

 俺の帰り際、彼女はこう続けた。

「本件につきましては、のちほどわたくしから皆さまへ通達させていただきます。その際、二宮さまのお名前は伏せさせていただきますので、安心してお過ごしください」

「ありがとうございます」

 ツアーガイドの笑顔が、だんだんおそろしいものに見えてきた。

 ひとつとして愉快な話ではないのに、ずっとスマイルをキープしている。この女には警戒したほうがよさそうだ。もう遅すぎるような気もするが。


(続く)

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