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祝祭の島 ~深淵に眠る少女たち~  作者: 不覚たん
行方不明編

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生命の跳躍

 キャンセラーが故障したとなると、次の探検は少し先になるだろう。それまでは、せいぜいのんびりと英気を養うしかない。あるいは共同施設の掃除をするか、だ。定期的にロボット掃除機を動かしているから、廊下を掃除する必要はない。しかし室内の掃除は人力でやることになっていた。


 ベッドに仰向けになり、俺はただ天井を見つめた。

 このあとすべきことがあるとすれば、それは各務珠璃の夕飯を用意することだけだ。それさえも、最近では円陣薫子が引き受けてくれる。俺は見てるだけだ。


 などとぼうっとしていると、スピーカーからジングルが鳴った。構内放送だろうか。初めて聞いた。

『本部より緊急。侵入者の存在を確認しました。すでに本フロアへ入り込んでいます。各自、身を守る準備をお願いします』

「はっ?」

 俺は思わず間の抜けた声を出してしまった。

 敵の侵入?

 ついに運営がシビレを切らして突入してきたか? あるいはマネキンどもが大挙してやってきたか?

 しかしリフトがある以上、上階からここまで直接降下するのは不可能だ。シャッターだって降りている。大きな音はしなかった。いったいどこから誰が来たって言うんだ?

『対象は液状型オメガ。シャッターの隙間から侵入した模様。四十七階の個体と推定』

 あの餅のことか?

 まさか、まだ生きていたとはな。シャッターの隙間を移動できるということは、きっとあのフロアのマネキンを食い尽くしたのもこいつなんだろう。そして今日遭遇した俺たちを新たな標的にした、というわけだ。見た目がファニーだからザコだと決めつけていたが、とんだ誤算だった。

 隣室からキャンセラーを手にした白坂太一が飛び込んできた。

「二宮さん、無事ですか!?」

「いまのところは」

「これ見てください! さっきより反応が強くなってます! きっと例の侵入者に反応してたんですよ!」

「じゃあ、正常に稼働してたってことか……」

 餅野郎をザコだと決めつけ、機材を故障だと決めつけ、そういった脇の甘さのせいで後手に回ることとなった。反省点は山程ある。

 すると円陣薫子も顔を覗かせた。

「マジで? あいついまどこにいるの?」

 するとこの会話を聞いていたわけではないと思うが、スピーカーから大統領の声がした。

『対象の存在を見失いました。警戒してください』

 フロアはあまり明るくない。もともとあった照明が故障しており、非常用の照明でなんとか補っている状態だ。監視カメラで視認するには限界があるのだろう。

 白坂太一が語気を強めた。

「大丈夫です。キャンセラーの反応を見れば、敵が近づいているか遠ざかっているかは分かりますから」

 十分だ。

 俺は腰を上げた。

「まずは武器を調達しよう。素手じゃ勝ち目がない」

 もし餅野郎がマネキンどもを捕食していたのなら、マネキンどもを素手でぶち殺すだけの殺傷力を有していることになる。どう考えても強い。

 いや、あるいはあの餅は、もともと四十七階にいたわけではないのではなかろうか。水槽付近で寝そべっていたのはたまたま。よそのフロアから来て、水槽を破壊して中身を食った可能性だってある。

 円陣薫子が「ほら行くよ」と急き立てた。

「各務ちゃんの様子見に行かなきゃ」

「そうだった。行こう」

 まずはロッカールームで武器を手に入れ、すぐさま留置所へ向かう。これがひとまずのプランだ。ロッカーといっても、円陣薫子のように清掃用具入れからモップをとってくるわけじゃない。火器を手に入れるのだ。


 低レベルで稼働しているとはいえ、キャンセラーの発するエネルギーは、うっすらとした違和感となって脳の周辺につきまとってきた。あまり心地のいいものではない。

「近づいてる……」

 白坂太一はそんなことを言った。

 まあ居住用通路から中央広場へ向けて移動しているのだから、近づくのは当然であろう。もし遭遇しなければ、どこかのタイミングで遠ざかることになる。


 広場では、青村放哉と小田桐花子の口論しているのに遭遇した。

「だから言ったじゃん! いっつも勝手に決めて!」

「オメーのやり方じゃいつまで経っても見つかんね―って言ってんだろ」

「じゃああんたが見つけてよ! いますぐ! ほら!」

「分かった。分かったから少し静かにしろ」

 痴話喧嘩でなければいいが。

 彼は俺たちを見つけると、ほっとした表情で駆け寄ってきた。

「おい、例の侵入者ってのはどこだよ?」

 なぜか上半身裸で、片手にトーラス・レイジングブルを握りしめている。まさかとは思うが、お楽しみの最中だったか。

 よく見ると、小田桐花子もパンツとキャミソールしか身に着けていない。

 白坂太一は構わずキャンセラーを見せた。

「これで反応を追ってるんですが、正確な位置の特定はまだです」

「さすがだな、白田。オメーはデキるヤツだと思ってたぜ」

「白坂です」

 いまは自己紹介をしている場合じゃない。


 出入口を除くと、このフロアには十三本の通路がある。そのうちの二本がまるごと住居エリア、二本がトイレなどの共同エリア、一本が大統領の管轄エリア、ほかもそれぞれ機能を有したエリアとなっている。

 ちなみに、ここへ来て一ヶ月ほど経つはずだが、いまだによく把握していない施設がある。位置関係も適当だ。なにせぐるぐる回っていればそのうち目的地へ着く。


 青村放哉はキャンセラーを覗き込んだ。

「近ぇのか?」

「うーん。さっきより近づいてはいるとは思うのですが……」

「さっきっていつだよ?」

「I通路の住居エリアから来たときです」


 シャッターで閉ざされた出入口がA、その反対側にあるのが大統領の管轄するN通路。この二点さえおぼえておけば、ほぼ事足りる。

 俺たちの暮らすI通路は、だいたいその中間地点。留置所はさらにN側だ。

 装備品の保管されたロッカーはだいぶA側に近いから、敵に遭遇する危険が高い。しかし青村放哉は、敵に遭遇することなく武器を手に入れることができた。行くならいまがチャンスかもしれない。


 ともかく、悠長にミーティングしている時間はない。

「俺ら、ちょっと武器とってくるんで」

 そう告げると、青村放哉は銃を握った手を振った。

「おう、気をつけろよ」


 *


 急ぎつつ、しかし慎重にロッカーへ向かった。

 先客がいたが、敵ではなかった。

「オゥ、みなさんご無事で。なによりでござる」

 刀を手にした忍者だ。

 中二もいる。

「なあ、どっちが先に狩るか勝負しようぜ」

 あどけなさの残る顔で、見せつけるように銃のスライドを引き、一端のセリフを口にする。

 ここで小バカにしてもいいが、思春期の少年に大人のジョークは通じないと思ったほうがいい。円陣薫子が舌打ちしたのをごまかすべく、俺はこう応じた。

「分かった。俺たちも急いで準備するよ」

「ま、せいぜい頑張れよ」

「……」

 半笑いで行ってしまった。

 年齢でナメられるのがイヤで強がっているのだと思うが、かえってガキにしか見えないから皮肉だ。というより、いくら歳が歳だろうが、あんまり子供じみたマネをしていると青村放哉のようになると思うのだが。反面教師も度が過ぎると役をなさないのかもしれない。

 彼らが通路を出ると、円陣薫子がまた舌打ちをした。

「なんなのあのガキ、いちいちムカつくんだから」

「同感だけど、いまはアレに構ってる場合じゃない」

「どうせ包茎でしょ」

「包茎に罪はない」

 俺はCz75を手にとった。好きでこの銃を選んでいるわけではないが、青村放哉が「お前はコレな」と押し付けてきたので仕方なく使っている。本当はP226がよかった。


 *


 それぞれ銃を手に、中央広場へ出た。

「敵の状況は?」

 俺の問いに、白坂太一は渋い顔を見せた。

「うーん……。ほとんど反応ないね。だいぶ遠いかな」

 ここはシャッターに近い。なのに反応が薄いということは、敵はすでにだいぶ入り込んでいるということだ。まさか、まっすぐ大統領を狙っていたりして。


 キャアと悲鳴があがった。男の声じゃない。この広間だ。

 俺たちは互いに顔を見合わせ、すぐさま声の方向へ猛ダッシュした。薄暗いからすべてを見渡せるわけではないが、そう遠くないことは分かる。

 駆けつけた先には、しかし敵の姿はなかった。

 代わりに住民がほぼ勢揃いだ。忍者、中二だけでなく、青村放哉、小田桐花子、それに抜刀した鐘捲雛子もいた。

「いまの悲鳴は?」

 鐘捲雛子の問いに、小田桐花子がブチギレ気味に応じた。

「青村のバカがケツ触ってきたの!」

「ちょっとふざけただけじゃねーかよ」

「次やったら殺すから!」

 いや、いまこの場で殺したほうがいいんじゃないかな。餅オメガはそのあとでいい。

 鐘捲雛子は軽蔑するような眼差しでN側へ向かい、中二も「ふざけんなカス!」と吐き捨てて忍者とともにどこかへ行った。

 俺も銃で「行こう」とジェスチャーし、留置所へ向けて歩き出した。


 *


 留置所のドアをノックすると、各務珠璃はすぐさま駆け寄ってきた。

「円陣さん! 助けに来てくれたんですね!」

 いや、俺と白坂太一もいるのだが……。これもう完全に調教されとるな。

 名を呼ばれた円陣薫子は満足顔だ。

「当然でしょ。あなたのために、手下を引き連れて駆けつけたわ。もう安心してね」

「はい!」

 手下になったおぼえはねぇぞ。

 クソ。

 しかしこれで、ほぼ全員の無事が確認できた。

 姿を見せていないのは大統領のみ。もし大統領が殺されてしまったら、今度は俺たち全員が運営に埋め立てられる。

 すると円陣薫子は「あー」と気まずそうな声を出した。

「あ、ごめん、鍵持ってくるの忘れちゃった」

「えっ?」

「いまから取ってくるから、お行儀よく待ってて? ねっ?」

「そんな……」

 瞳をうるうるさせて、まるで捨てられた子犬のような顔だ。泣き落としでも仕掛けようってのか。

 円陣薫子はうなずいた。

「分かった。じゃあ手下に取りに行かせる。私はここに残るから。それでいい?」

「ホントですか!? 嬉しいです!」

 こっちは嬉しくないです。

 だが議論の時間はない。

「行こう……」

「はい……」

 白坂太一のキャンセラーがあれば、敵の動きは分かるのだ。危険度はぐっと減る。少なくとも不意打ちを食らうことはないだろう。

 また来た道を戻り、A側へ行かねばならない。


 *


 鍵は管理エリアに保管されている。例の、監視カメラをモニターできる中央管理室がある通路だ。そこにはPCなどの機材しか置かれていないから、おそらく餅野郎も近づかないだろう。

 実際、反応はなかったし、鍵もすぐ回収できた。

「どう?」

 俺の問いに、熱心にキャンセラーを覗いていた白坂太一は首をかしげた。

「それが妙なんです。さっきからずっと反応が変わらなくて」

「変わらない?」

「どこかにはいるはずなんです。ただ、移動してもほとんど反応が変わらなくて」

「どういうこと? まさか、俺たちと一定の距離を保って移動してるとは?」

「理屈ではそうなりますけど……。でもいませんよね?」

「いないねぇ」

 周囲を見回しても、どこにも餅は落ちていない。

 天井にも張り付いていない。少なくともこの通路の天井には。

 俺はしかし、ふと、奇妙なことを思いた。

「あのさ、そのキャンセラーって、人格感染に反応するんだよね?」

「はい、そうですけど……」

「マネキンが複数いた場合はどうなの?」

「えっ」

「たとえば、あちこちにいたとしてさ」

「あくまで波を受けてゆらいでいるだけなので、人数までは……」

 あの餅が分裂できるとしたらどうだろう。

 俺たちは、すでに囲まれているのでは。


(続く)

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