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祝祭の島 ~深淵に眠る少女たち~  作者: 不覚たん
行方不明編

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サーヴェイランス

 ついでにいくつかの通路を探索し、俺たちは本日の作業を切り上げた。

 ジェネレーターの稼働品がふたつ、壊れかけのハーモナイザーがひとつ。回収できたのはそれだけだ。

 帰りの階段をくだりながら、青村放哉が疲れたように溜め息をついた。

「拍子抜けだな。俺サマの射撃テクを披露するチャンスもねーとは」

 俺は思わず笑った。

「一回あったでしょ」

「あの餅みてーのにぶち込んだだけだろ。そうじゃなくて、俺は動く的に当ててーんだよ」

「そのうちチャンスもありそうだけど」

 俺がそう応じると、彼はぐっと顔をしかめた。

「オメー、まだ気づいてねーのか? あのフロアで、まだオメガに遭遇してねぇんだ」

「餅は?」

「アレは別だ。ひとまずおいとけ。だがよ、これまで一匹でも見かけたか? 死体さえ転がってねーだろ? 異常だぜ」

「よそのフロアにいるとか?」

「たぶんな。だが痕跡はあった。てことは、何匹かはあのフロアに生息してたってことだろ? そいつらどこ行った?」

「残りの通路とか?」

「シャッターは全部閉まってる。故障でもしてねー限りは、例外なく、全部な。つまりは故障したシャッターの奥に逃げ込んだか、あるいは別の場所に移動したか、ってことになる。オメーどう思う?」

 どうと言われても、たぶん言われた通りなんだろうとしか思わないが。

 しかし俺は、新たな疑問にぶち当たっていた。

「なんでシャッターが閉まってるって分かるの?」

「ここの研究者が逃げ出すときに、緊急避難のために全部のシャッターおろしたんだよ。まあ俺が見たわけじゃねーが。大統領がここの管理ログあさっててよ、ログ見るとそーゆーことらしいぜ。とにかく、オメガどもは勝手にフロアを移動できねーはずなんだ。痕跡があるならそこにいなきゃおかしい」

 説明を聞く限りでは、たしかにおかしいと思う。

 すると小田桐花子から通信が来た。

『いまカメラ観てるけど、残りの通路にはいないっぽいよ』

 これに青村放哉が苦い笑みを浮かべた。

「信じていいのか?」

『さっきはごめん。でもこれはホントだって。いないもん』

「ま、信じるぜ。あいつら、コソコソ隠れて生活するタイプじゃねーからな。いるとして、一匹や二匹じゃねーだろーしよ」

 ごもっともだ。


 *


 最下層のベースへ戻り、解散後、俺はオペレーション用の中央管理室へと足を踏み入れた。小田桐花子はもういない。無人だ。

 壁に複数の大型モニターが設置された、いかにも監視用という感じの部屋だ。

 足元に置かれたPCで操作するようだ。もちろん全システムがこのPCに入っているわけではない。このPCからどこかのサーバーへアクセスし、間接的に操作することになる。


 俺は特に断りもなく席へ腰をおろし、マウスを操作した。

 デスク前に置かれた小型ディスプレイを見ると、アプリケーションが起動したままになっている。ここで監視したいフロアを選択すると、壁にある大型ディスプレイにも表示されることになる。シンプルなインターフェースだから、マニュアルなしでも操作できそうだ。


 まずは地下四十七階を選択。

 さきほど俺たちが探検した部屋が出てきた。餅の部屋も見てみたが、実際に薄暗くてなにがいるのか分かりづらい。特にあの餅はひらべったくて、じっとしたまま動かなかった。小田桐花子が無人と判断したのもうなずける。

 他の通路も見てみたが、彼女の言う通り無人に見えた。

 画面のマップを見る限り、シャッターもすべて閉まっているように見える。


 なつかしの地下四階も見てみた。

 そこはジオフロントの玄関口。

 俺たちが来たときはマネキンどもがうじゃうじゃいたはずだが、今日はなぜか一匹も見当たらなかった。昨日、運営が供給品を運び入れたとき、ついでに一掃したのかもしれない。

 クイーンが巣を作っていたサブ通路も覗いてみようと思ったが、「No Signal」と表示されてしまった。信号を検出できないということだ。ネットワークが遮断されている。

 ジオフロントは自由同盟の管理下にあるが、入口から地下三階までは運営の管理下にあるというわけだ。これらは互いに接続されていない。


 いや、そこだけじゃない。ほかにも「No Signal」となっている場所がある。監視カメラが故障しているのだろうか。一室だけが音信不通になっているだけでなく、フロアまるごと見えなくなっているものまである。

 まあ保守点検のための作業員が入っているとは思えないから、いっぺん故障したらそのままなんだろう。


 ふと、画面の端に電球のようなものが出てきた。クリックすると「管理者が応答を求めています」と出た。どうせ大統領だろう。俺はヘッドセットを装着した。

「もしもし?」

『テオです。なにか面白いものは見つかりましたか?』

 監視室を監視するとは、なかなか強烈な皮肉をカマしてくる。

「いえ、まだなにも」

『地下の四十五階、三十三階、二十七階、二十三階、十三階、そして八階に、注意すべき個体が存在するようです。このうちカメラの稼働しているフロアは十三階のみ。ですので、もし探検するならば、十分に気をつけたほうがよさそうですね』

「さすがに把握済みってことですか」

『もちろんです。監視カメラやログを覗く以外、特にすることもありませんから。もちろん鐘捲さんには伝えてありますよ』

 監視カメラが動いておらずとも、ログから危険度を推測したというわけだ。どんなログかは不明だが。カメラだけ覗いていても分からない情報が記録されているのだろう。

「ほかになにかアドバイスは?」

『それは目的によります』

「たとえば、俺たちがここを安全に脱出するためのヒントとか」

 すると彼女は、やや間をあけて、こう応じた。

『その「俺たち」とは、誰のことを指しているのですか?』

「えっ? 俺たちって言ったら、俺たち全員ですよ」

『そこに私も含まれているのでしょうか?』

「もちろん。希望しないなら別ですけど」

 残りたいなら残ればいい。メシは食えるのだ。

 すると彼女は、こう続けた。

『二宮さん、白坂さん、円陣さん、それにグッドマンさん、南さん、小田桐さん、鐘捲さん、青村さん、あとは私と、あるいは各務さんも含めて十名、ということですか?』

「はい」

 行方不明の八名と、大統領と、人質の各務珠璃。計十名。以上だ。ほかに誰かいるのか?

『そこに私の姉妹が含まれる可能性はありますか?』

「姉妹? 上にいる彼女たちのこと?」

 あの「あー」とも「うー」とも言わない無言のマネキンを? かなり無茶を言っている気がするのだが。

「大統領、残念ですが、彼女たちまで誘導するのは不可能ですよ。それに、地上に連れ出したら大変なことになる」

『おそらくはそうでしょうね。やはりここを安住の地とするしかないようです』

 申し訳ないけれど、そのご大層な事業のお手伝いはできない。

 やはり人間だけで脱出するのが現実的であろう。

 あるいは綺麗事を言わなくていいのなら、俺だけが助かるのでもいい。仲間を出し抜きたいという意味ではない。ある種の合意の上で出られるのなら、俺は出たい、ということだ。

「では大統領たちは残るとして、俺たち人間が脱出するためのヒントはありますか?」

『あなたの素直な態度には好感が持てます。可能性がもっとも高いのは、地下十三階の少女と協力することでしょうね。さいわい、白坂さんの作ったメッセージ・キャンセラーは正常に稼働しているようですし』

 可能性がもっとも高い?

 にわかには受け入れがたいが。

「彼女はなんなんです? どういう意味をもった存在なんです?」

『いい質問ですね。ここで私の推測を述べることは可能ですが、しかしいまはやめておきましょう。いい機会ですので、直接聞いてみてはどうでしょうか? 彼女は対話を欲しているはずです』

 頭がどうにかならない程度の対話で済めばいいが。

 ともあれ、行くしかないようだ。

「ところで大統領、あなたの最終的な目的を聞いても?」

 どうやら俺たちの間には見識の違いがあるようなので、思い切って尋ねてみることにした。

 彼女の回答はこうだ。

「目的……。当初はただ『生きること』でしたが、いまは姉妹とともにここで暮らすことでしょうか。私たちはここで生まれましたし、外へ出たところで居場所もないでしょうから。もちろんあなたたちが外へ出たいというのなら、できる限りの支援をします」

 本心かどうかは分からないが、これを否定する材料もまた存在しなかった。疑惑はあると言えばあるのだが。


 *


 管理室から出た俺は、すっかり忘れていた各務珠璃の世話へ向かった。そろそろ昼食を出さねばならない。

 しかしキッチンには、すでに円陣薫子がいた。

「あれ? もう終わった?」

 彼女はちょうど食器を洗っているところだ。

「うん。終わった。彼女、そろそろ出しても大丈夫だと思うけど」

「検討するよ」

「なにそれ? 口では前向きなこと言っておいて、実際にはやらない政治家みたいな返事……」

「ちゃんと自分で状況を判断したいんだ」

「まあいいけど」

 水道の栓を締め、彼女は手を洗って出ていった。

 俺は冷蔵庫から白い腕を一本取り出し、調理を始める。何度やっても慣れない。


 *


 味をごまかすため、塩と油まみれにして食った。

 おかげで胃がムカムカするだけでなく、血圧まであがって気分が悪い。

 米とたくあんと味噌汁の、質素なメシが恋しい。かすかにあまみのあるたくあんを、光沢のある炊きたての白飯に乗せ、思うさま頬張りたい。そして味噌のかおりたつ具沢山の汁を一気にすするのだ。きっと幸福に違いない。


 歩いていると、白坂太一がやってきた。手には見慣れた箱を持っている。

「あ、いたいた。二宮さん、ちょっといいですか」

「なに?」

 すると彼は、箱の中の球体をこちらに見せつけてきた。

「見てください、これ。さっき返してもらったキャンセラーです。スイッチ入れると、ずっと反応してるんです」

「えっ?」

 紫色の線が、ピッ、ピッ、と、間をおいて波打っているように見える。

「これ、今日持っていきましたよね? なにかありました?」

「なんか餅みたいのに会ったけど……」

「餅?」

「進化に失敗した個体だってさ。その水槽にジェネレーターとハーモナイザーがついてて、そこから人格感染が出てたみたい。けど、白坂さんのキャンセラーのおかげで助かったよ」

「うーん、そうですか。じゃあそのときに故障したのかな」

「まだ反応続いてんの?」

「はい。高レベルで起動すると消えちゃうんですけど、レベルをさげるとかすかに反応してて」

「じゃあどこかから飛んできてるのかな……」

 たとえば上のフロアから。ここが最下層なんだから、まさか下からってことはなさそうだけど。あるいは大統領が、またなにかやっているのか。

 だが待てよ。地球がサイキック・ウェーブを発してるとか言ってたっけ。それを拾ってる可能性は?

 白坂太一は首をかしげた。

「おかしいなぁ。今朝チェックしたときには、こんなことなかったんだけどなぁ」

 では地球からのノイズではなかろう。故障したか、あるいは新たに波が発生したか、だ。

 ともあれ、俺の頭脳で判断できるわけがない。

「ごめん。分かんないや。でも上で使ってたときは異常なかったと思うよ」

「そうですか。じゃあ新しいの作り直そうかな。大統領がハーモナイザーをくれるといいんだけど」

 稼働品は貴重だ。

 しかし故障ならば、直してもらわないと困る。なにせ俺たちは、遠からず地下十三階の少女と「対話」せねばならないのだから。


(続く)

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