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祝祭の島 ~深淵に眠る少女たち~  作者: 不覚たん
行方不明編

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23/57

シャワー

 医務室では、円陣薫子が暇そうに寝転がっていた。

「失礼」

「なに? 鐘捲さんならもう帰ったけど」

 彼女の言う通り、鐘捲雛子の姿はなかった。もう歩き回って平気なのだろうか。ムリしていなければいいが。

 俺は椅子へ腰をおろした。

「いや、円陣さんに用があって」

「私? また安楽椅子探偵アームチェア・ディテクティブごっこを?」

「えっ? いや、各務さんがシャワー使いたいって言うから、手伝ってもらおうかと思って」

 すると彼女は、にやりと悪どい笑みを浮かべた。

「あー、あのアバズレね……。いま監禁されてるんだっけ? なに? あいつの体でも舐め回してやればいいの?」

「なんでそうなるの? 俺じゃシャワールームまでは入れないから、見張っててもらおうと思って」

「私はいいけど、向こうはどう思うかなぁ」

「仕方ないよ。俺が付き添うより数倍マシでしょ」

「言ってなかったっけ? 私、バイなんだけど」

「バイ?」

 一瞬、それがなにを意味する言葉だか思い出せなかった。

 彼女はふっと笑った。

「バイセクシャル。男でも女でもどっちでもイケるってこと。ま、あのメス豚に選択肢があるとも思えないし、私でいいなら喜んで手伝うけど。ずっと寝転がってタダ飯食ってたら、そのうち追い出されそうだしね」

 足を怪我したのは彼女のせいじゃない。

 しかし俺には、どうしても彼女のサポートが必要だった。

「じゃあ頼むよ。俺は通路で待機してるから、中での監視をお願い」


 *


 かくして俺は、松葉杖の円陣薫子をともなって留置所へ入った。

 各務珠璃は顔面蒼白だ。

「あ、あの……女性って、円陣さん……ですか?」

 さすがに演技とは思えない。ぶるぶる震えている。

 他方、円陣薫子は獲物を喰らう直前の獣のごとき凶悪な笑みだ。

「よろしくね、各務さん。あなたがちゃんと体を洗えるかどうか、ママの代わりに見ていてあげる」

「ひうっ……」

 おいおい、拷問まで許可したおぼえはないぞ。

「各務さんは、どこから洗うのかな? 頭? 胸? それとももっと下のほう? 手伝って欲しかったらいつでも言って? 私、協力するから」

「あの、いえ……大丈夫です……」

 俺が陥落する可能性はほぼゼロになったが、代わりに各務珠璃がどうにかなる可能性が高まってしまった。


 *


「なにかあったら、大きな声で呼んで」

 俺はふたりにそう告げ、通路で待機することにした。

 すると返事は、なぜか各務珠璃から来た。

「あの、ホントに来てくれます?」

「え? うん……」

 まあ気持ちは分からないでもない。


 もし脱走を試みた場合、絶対に捕まえてロープで拘束すると脅してある。だから逃げ出しはしないだろう。おとなしくしていてくれれば、ゆくゆくはそれなりの自由を許可するつもりだ。


 ドアはついているが、脱衣所での会話が聞こえてくる。

「へえ、可愛い下着つけてんね。誰に見せるつもりだったの?」

「だ、誰でもありません……」

「お、ぷるってなった。ねえ、軽くジャンプしてみてくれる?」

「許してください……」

 いやー、これは言語による暴行なのでは……。人選考え直そうかな。


 しばらく待っていると、ふたりが戻ってきた。悲鳴はなかったから、きっと肉体的な暴行はなかったのであろう。

「終わりました……」

 シャワーを浴びてサッパリしたはずなのに、各務珠璃の顔はややゲッソリしていた。

 円陣薫子もつまらなそうな顔だ。

「じゃあ私、もう医務室戻っていい? 立ちっぱなしで足がどうにかなりそうだわ」

「ああ、ごめん。助かったよ。ありがとう」


 *


 その後、俺は各務珠璃を留置所へ送り込んだ。

 部屋から出ようとすると、後ろから服をつかまれた。

「あの、待ってください」

「えっ?」

 すがるような目でこちらを見ている。

 患者着のような素朴な浴衣姿だ。あまり長くない裾から、風呂上がりの上気した肌をさらしている。

「少しお話ししませんか?」

「話? なにを?」

「今後のことです……」

 まだ乾ききっていない髪を指先でいじりはじめた。

 もう一挙手一投足が計算に見える。なのに「この子、じつは俺に気があるんじゃないか」と勘違いしそうになる。クソザコなので、いくら用心しても足りないくらいだ。

「今後? 悪いけど、すぐに帰すことはできないよ」

「それはいいんです。それよりも……その……次のシャワーのときは、別の方にしていただけると嬉しいんです。あ、もちろんワガママを言える立場じゃないのは分かってます。ただ、円陣さん、言葉が厳しくて、私、ちょっと耐えられそうになくて……」

 はい。聞いてるほうも耐えられそうになかったです。

 俺はしかしすぐにはうなずけなかった。

「えーと、分からなくもないんだけど。あと女性って言ったら、鐘捲さんか小田桐さんってことになるけど……。どっちがいい?」

 すると彼女は、両手をみずからの胸元へ持ってきてきゅっと重ね合わせた。

「二宮さんじゃダメですか?」

「ダ……いや、ダメだよ! 俺以外で!」

「私、同性から嫌われるタイプみたいで……。だったら二宮さんのほうが安心できるっていうか。だって二宮さん、とっても親切にしてくれますし。それにもう、お互い初めてでもありませんし……」

「……」

 これで落ちない男がいるだろうか。

 いや、いる。

 ここにひとりいる!

 少なくとも初日に落とされたら、もはやチンパンジー以下だ。せめてあと一日は待って欲しい。

「悪いけど、次も円陣さんに頼むから」

「えっ……」

「あんたの手口は分かってんだよ。そうやって媚びてりゃ男が言うこと聞くと思ってんだろ? 俺にだってプライドがあるんだよ。やめて欲しい」

 過剰に攻撃したいわけじゃない。しかし強く出ていないと、自制できそうになかった。弱い犬ほどよく吠えるってヤツだ。

 すると彼女は、急にしゅんとしてしまった。

「ごめんなさい。私……たしかに計算で動いてたかも……。それは否定しません。でも、二宮さんに嫌われたくないって気持ちは本当です! 信じてもらえないかもしれませんが。だって私、ふたりに向かって銃まで撃ちましたし。普通なら、あの場で殺されてもおかしくありませんでした。もっと酷いことだって……。なのに二宮さん、私を痛めつけたりもしませんし、食事だってシャワーだって配慮してくれて……」

 そう言われると、自分がただならぬ人格者のように思えてくる。

 彼女は目に涙を溜め、まっすぐにこちらを見つめてきた。

「私、なにかお礼がしたいのに、全然なにもできなくて……。だからせめて二宮さんの言うこと、なんでも聞こうって思ってて。私がそんな気持ちでいること、忘れないでください」

「う、うん……」

 一刻も早くこの場を去らねばいけない。俺はあと数秒で敗北する。

 なのでおもむろに部屋を出て、鍵を閉めた。

「えーと、明日の朝にはまた食事持ってくるから、それまでおとなしくしてて」

「はい……」

「それじゃ」


 こんなことを続けていたら寿命が縮む。

 とりあえずトイレに行かねば……。


 *


 円形の中央広場へ出たところで、俺は思わぬ人物と遭遇した。

 大統領だ。

 彼女はベンチに腰をおろし、ただこちらを見つめていた。

 キッチリしたスーツ姿だ。体毛はない。表情もないから、やはりマネキンのように見える。

「散歩ですか? 珍しいですね」

 俺が尋ねると、彼女は手のひらで座るよう促してきた。

「あなたを待っていたんです」

「俺を?」

 まだなにも悪いことはしていないはずだ。少なくとも各務珠璃には。

「どうぞ掛けてください。お話ししましょう」

「では失礼して」

 なんの用件かまったく読めない。世間話を好むタイプには見えないし。というより、あの部屋から出ているところを初めて見た。

 彼女はまっすぐ正面を見つめたまま、静かに口を開いた。

「どこまで知りました?」

 ゾクゾクと悪寒が走った。

 まさか脅しに来たのだろうか。

「知る? なにをです?」

「いまこの場を取り巻く環境について、です」

 彼女はあのオメガなのだから、握力も相当のものであろう。肉弾戦になれば俺は負ける。しかし、こんなところで人間を八つ裂きにすれば、他の連中は態度を硬化させる。きっと戦いに来たのではない。

 俺は素直に告げた。

「さあ、どこまでって言えばいいんでしょうね。ただ、あなたに対して不信感を抱くような材料はいろいろ持ってますよ」

「たとえば?」

 先送りにしようと思ってたのに、まさか本人から直接聞かれるとは。

「一番の疑惑は、ジェネレーターやハーモナイザーを集めて、いったいなにをしようとしてるのかってことですね」

「ほかは?」

「今日会ったあの少女は誰なのか。いえ、じつは知ってるんですけどね。大統領の娘さんでしょ? ただ、どういう意味を持った存在なのか知りたいですね」

「ほかは?」

「小田桐さんとの通信を妨害したこと」

「ほかは?」

「えーと、食料を溜め込んでどうしようとしてるのか、とか」

「ほかは?」

「ちょっと思い出せないですよ。まだあるんですか?」

 すると彼女は、ようやくこちらを見た。整然とした顔立ちに、ガラス玉のような眼球がはめ込まれている。一見、造形物のようだ。

「どうでしょうね。あなたが率直に語ってくれたことには感謝しますが、しかしすべての疑問にお答えするのは難しいと思います」

 答えてくれないのかよ。じゃあなんなんだ。本当に世間話かよ。

 彼女はすっと息を吸い、静かに溜め息をついた。

「じつは、ある事案についての見解を聞かせていただきたいのです」

「事案?」

「エランヴィタルの意味をご存知でしょうか。それは『生命の跳躍』。エランヴィタル・プロジェクトは、人類のさらなる進化を目指していました。事実、私は魚類として誕生し、たった五年でこの姿になりました。いえ、二足歩行が可能になったのが二年目で、それ以降、特に変化はないのですが」

 え、まだ五歳なの?

 もし事実なら、とんでもない五歳児だ。俺が五歳のころなんて、テレビを見ればはしゃぎ回り、母親から菓子をもらえばはしゃぎ回り、それ以外になにもしてなかった気がするぞ。

 彼女はふたたび正面を向き、こう続けた。

「私は知りたいのです。自分の進化がここで止まったのか、あるいは内部でまだ進化しているのかを」

「それは専門家に相談したほうがいいのでは」

「安心してください。科学的な話をするつもりはありません。オカルトかなにかだと思って聞いていただければ」

「オカルト? ええ、まあ、はい……」

 やはり世間話だったか。あの執務室にひとりでいるのは、じつは寂しかいのかもしれないな。できれば俺がトイレに行くタイミングでなければよかったのだが。すでに引っ込んだし、もうトイレはいいけど。

「どうでしょうか。これが人類の最終的な進化の姿であると思いますか?」

「えー。いや、どうだろうな。SFなんかだと、もっと頭がデカくて、目もギョロギョロしてるイメージだけど……」

「そうなる可能性もあります。しかし二年で魚類からこの姿へ成長したことを考えれば、その後の三年はあまりに停滞しているとは思いませんか?」

「文字通りオメガってことで、それが最終形態なんじゃないですか?」

 彼女はうなずいたり首をかしげたりしない。ただ空気を吸い、口を動かすだけだ。

「じつはもっと進化できるはずなのに、なにかがそれを阻んでいるのだとしたら?」

「なにかって?」

「地球です」

「はっ?」

 地球が手を伸ばしてきて、「もう進化するな」と上から抑えつけている、ということか? たしかにオカルトだな……。

「この星が、私の進化を望んでいないのだとしたら?」

「地球がなに考えてるかなんて俺には分かりませんよ。そもそもモノを考えてるようには見えませんしね。現状、ただクルクル回転してるだけでしょ?」

「あとは地磁気を発していますね」

「じつは俺、オカルトも専門外なんですよ」

 この言葉に、彼女は虚空を見つめた。きちんとジョークだってことが伝わっていればいいんだが。ジョークというか、なかば皮肉だけど。

「渡り鳥が地磁気を『見て』いることはご存知ですか?」

「なんかで聞いたことあるかも」

「あるいはヘビなどは、熱を『見て』います。人間には見えないものが、他の動物に見えることもあるのです」

「つまり、大統領は地磁気を『見る』ことができると?」

 すると彼女はいちどこちらを見て、また正面を向いた。ずっと真顔だからどういう意味があるのか分からない。分かるのは、なんらかの反応をしてくれた、ということだけだ。

 彼女はこう応じた。

「かつてプロジェクトの主任研究者だった赤羽義晴という人物が、サイキック・ウェーブというものを発見しました」

「まさか超能力の話?」

「いえ、単に精神の発する波です。人間だけでなく、単細胞生物でさえこれを発していることが確認されています」

「じゃあオケラやアメンボからも出てるってワケだ」

「そして地球からも」

「えっ……」

 いや待て。人間の脳は電気を発している。つまりは磁気を発している。だから地球と同じだ、と言われても、特におかしなことはない。分解すればどちらも分子だから、いずれ崩壊もする。それくらい大雑把な話だ。

 彼女はこう続けた。

「とはいえ、地球との対話は成功していません。メッセージが複雑すぎるのです。おそらく現在の人類には解析できないでしょう」

「無意味なノイズって可能性もありますよ」

「その通り。しかし赤羽義晴は、メッセージに意味があると仮定しました。あらゆる生命は、地球と対話しながら活動しているのだと。そして受精卵にランダムなメッセージを与え、結果を観測することにしたのです」

「その成果が大統領だと?」

「ええ。しかし偶然の産物です。その後、研究者たちは現象を再現できませんでした」

「できませんでした? 上にたくさんいるじゃないですか」

 彼女はまたこちらを見つめた。表情からはなにも読み取れない。

「そう。いますね。正確には同じ存在ではありませんが。しかし私はこう言ったはずです。『研究者たちは』現象を再現できませんでした、と」

「えっ? じゃあ、別の誰かがやったってこと?」

「犯人は特定できています。十三階にいたあの少女。彼女が、すべての姉妹をオメガへ進化させました。あるいはオメガでさえなく、別の動物に進化させられたのかもしれませんが」

「なぜそんなことを……」

「さあ、分かりませんね。私は対話したことさえありませんから。彼女の声を聞いた職員によれば、『オメガ・プロジェクトが始まった』とのことです。ただし詳細までは分かりません。なにせ感染を受けた職員は、他の言葉を一切話さなくなってしまいましたから」

 つまりは人格感染の直撃を受け、廃人にされたということだ。

 俺がそうなっていた可能性もある。ひとりで行かされた各務珠璃も。もし会話しようと思えば、メッセージ・キャンセラーが必要だ。それも故障していない稼働品が。

 大統領は正面を向き、溜め息混じりにこう続けた。

「彼女は誰の手にも負えない存在です。私がここを立ち去れば、運営はすぐにでもジオフロントを埋め立てるでしょう」

 彼女は大事な成果物に含まれないってことか。まあ再現性がないんじゃ仕方がない。存在そのものが事故ということだ。処置に困った人類は、地中深くに「埋める」しかない。


(続く)

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