尋問
ひとりになった俺は、自室でいろいろと思案した末、キッチンへ向かった。食堂では忍者と中二がメシを食っていたが、軽く挨拶だけして通り過ぎた。キッチンは別室だから、料理しながらの会話はできない。
さて、俺は自分のメシだけでなく、各務珠璃のも用意せねばならない。
自由同盟の治安のためにクソ長い階段を移動し、銃口を向けられてなお果敢に立ち向かい、その上で侵入者の人命さえ保護するというファインプレーをした結果、なぜか食事係を押し付けられた格好だ。
はい。この世界はクソです。
いきなりマネキンのサイコロステーキを食わせるのは酷なので、俺はレトルトをふたつボイルすることにした。
かくして、俺は温めたパックの封も切らず、食器類をワゴンに載せ、臨時の「留置所」へ向かった。もちろんフォークは持ち込まない。スプーンで事足りる。
鋼鉄のドアをゴンゴンとノックし、俺は中へ告げた。
「各務さん、食事だよ」
「はい!」
まるで飼い主を見つけた子犬のようにドアまで駆け寄ってきた。
いや、俺と会えて喜んでるわけじゃないのは分かってる。売れるだけ媚びを売って心象をよくしようという作戦だ。
俺は鍵を開け、室内へ食事用のワゴンを入れた。
それにしても、だ。
彼女が争いを好まない性格だからいいようなものの、仮に好戦的で軽率なタイプだとしたら、こちらが隙を見せた瞬間、すぐに出し抜かれてしまうだろう。ひとりで世話を続けるのは難しい。次回からは誰かにサポートを頼もう。
「あ、これが噂のレトルトなんですね」
こういうときに嫌な顔ひとつしないのは、演技とはいえさすがだ。むしろ興味津々といった様子を見せている。職員ならもっといいものを食っていたろうに。
「カップに開けて、スプーンで食べて」
「はい! 二宮さんとふたりで食事ですね。なんだか嬉しいです」
「言っておくけど、俺はあんたの演技にはもう騙されないからな」
すると彼女は、少しいじけたような顔を見せた。
「えーっ。本当なんですよ。だってひとりで食べたら寂しいじゃないですか。周りを見ても壁しかありませんし」
「うーん」
もっともらしいことを言う。
だがこの瞬間、俺はもうハッキリと悟った。この調子でいけば、七日ともたず俺は陥落する。絶対にサポートをつけるべきだ。たとえば円陣薫子のような、絶対に各務珠璃を甘やかさないであろう人材を。
「二宮さんが温めてくれたんですね」
「俺も食うついでだからさ」
鍋で温めるだけなのだから、ひとつだろうがふたつだろうが手間は変わらない。
メシを一緒に食うのだって、ベタベタしたいからやってるわけじゃない。俺が食ってから彼女に食わせるのでは、待ち時間が発生する。食器を洗うのも二度手間だ。効率を考えるとこうなる。
食事は静かに終わった。
部屋に椅子がないので、ベッドに腰をおろしての食事だ。
「はぁ、おいしかった。ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
世話という名目のもと、かわいらしい女性とメシを食う。ちょっとした越権行為だ。
食事を終えてにこにこしている彼女を見ていると、つい癒やされてしまう自分がいる。この調子だと七日どころか、三日もつかも怪しい。
さて、じつはただディナーを楽しみにきたわけじゃない。聞かなければならないことがある。
「各務さん、ひとつ教えて欲しいんだけど、あんたはなんの目的であそこに行ったんだ?」
そう。この目的を聞いていない。もし死体にしていたら、絶対に聞けなかった話だ。
彼女はきょとんとしている。
「なにって? 上に命令されて仕方なく……」
「俺が聞いてるのは、その命令の内容だよ。なにか取ってこいって言われたんじゃないの? ジェネレーター? それともハーモナイザー? いや、真の目的は、あの水槽の中身なんじゃないのか?」
メッセージ・キャンセラーなんてものを持ち込んでいたのだから、あの場に「人格感染」が発生していることは事前に分かっていたのだろう。きっと少女が生存しているという確信があったはず。必要なのはパーツじゃない。少女だ。
各務珠璃はにこやかな表情を見せた。
「すごい! 二宮さん、鋭い!」
「詳細を教えてくれ。協力的ならここから出せるかもしれない」
「協力? もちろんします! なんでもします! 二宮さんがしたいこと、遠慮せず言ってください! 私、できる限り応じますから」
無遠慮に身を乗り出してくる。
これでは三日ももたんな。自分がクソザコであることを思い知らされる。
「だから、詳細だよ。あの少女になんの用だったの?」
「もう、そんな怖い顔しないでくださいよ。言いますから。私の目的は、あの子とお話しすることです」
「いや、そういうのいいから」
「えっ?」
「どうせウソなんでしょ? キャンセラーなんか持ち込んでたってことは、会話する気がないってことなんだから」
すると、演技だとは思うが、彼女は哀しげな表情を見せた。
「違うんです。本当に、あの子とお話しするのが目的だったんですよ。ただ、そのままだと危ないから、キャンセラーで調整しながらで……」
「分かった。じゃあその線で主張を続けてみて。あの子とどんな会話をする予定だったの?」
こういうときはしつこく反論せず、まずは相手に一通り喋らせるという手がある。
先にストーリーを語らせておけば、だいたいは引き返せなくなり、どこかで辻褄が合わなくなるものだ。
あるいはストーリーが完成したあとで、客観的な証拠と突き合わせてみて、矛盾を提示する。
これで済む。
すでに語った部分は修正できないわけだから、具体的に語れば語るほどみずからを縛ることになる。
学生時代、宿題をしなかった言い訳を極めた俺には分かる。細かく反論してくる教師には、その都度ストーリーを分岐させて対応すればいい。しかし先にすべてを語らせるタイプだと、分岐できずに終わる。結果、宿題は追加となる。
味わってもらうぞ、クソ教師直伝のクソ話術をな……。
彼女は下顎に人差し指をあて、小首をかしげて見せた。
「えーと、上司だった島田部長から命令されたんですけど、オメガ・プロジェクトの真の目的を聞いて来てくれって言うんです」
「はっ?」
頭おかしなるで。
オメガ・プロジェクトを主導してるのは運営なんだから、真の目的を知ってるのも運営のほうだろう。なぜ実験体に聞こうとするのだ。
彼女も同感らしく、ぶんぶんと手を振った。
「あ、もちろんおかしいと思いますよね? だって、自分たちでやってるプロジェクトのはずなのに、真の目的を知らないなんて」
「そうだよ。おかしいよ。なんでなの?」
「これ、はじめは人間を進化させるための、エランヴィタル・プロジェクトって名前だったの知ってます? それが途中からオメガ・プロジェクトに変わったんです。そのときなにかあったらしくて……。私は下っ端なので、詳しいことは分からないんですけど……。とにかくあの子に目的だけ聞いてきてって言われて、私にもできるかなーって思って引き受けたんです」
「そうなの……」
特に矛盾ナシ。
どうやら俺の負けのようだな。
いや、彼女がウソをついている可能性はある。下っ端だから知らないという部分も、掘り下げればなにか出てきそうな気はするのだが……。
狡猾な運営のことだ。もし各務珠璃が捕らえられてもいいよう、なにも知らない下っ端を送り込んできた可能性は高い。キャンセラーだって自動的に壊れるようになっていた。
俺はやむをえず話題を変えた。
「あの少女はなんなの?」
すると各務珠璃は、困惑気味に曖昧な笑みを浮かべた。
「ええと、私の口から言っていいのか……」
「これは尋問なんだから、協力してもらわないと困る」
ここはゲス顔で言うのが模範的な対応かもしれないが、内容を知りたすぎて、つい真顔で聞いてしまった。
彼女も意を決したようにうなずいた。
「あの、これはテオさんには言わないでくださいね。約束ですよ? 地下十三階の水槽にいた少女、じつはテオさんの娘さんなんです」
「えっ?」
「あ、でも直接産んだわけじゃありませんよ。遺伝子を抽出して、さらに次の段階に進化させようとしたんです。テオさんも成功例なのは間違いないんですけど、まだぜんぜん人間ですよね? だからもっと行けるはずだってなって、子供を作り出したんです。そしたら今度は、本当にただの人間になっちゃって……」
たしかに人間だった。少なくとも見た目は。中身がどうかはまだ分からないが。
各務珠璃はこう続けた。
「この地下施設で研究が続けられなくなったのは、彼女のせいだって言われてるんです」
「彼女の?」
水槽に閉じ込められた無力な少女だった。人格感染とやらを撒き散らす以外、これといった能力があるとは思えない。それだって電源を切れば済む話だ。
「あの水槽から、高濃度の人格感染が逆流してますよね? それが次々連鎖していって、施設内の実験体がみんなの制御不能になったみたいなんです」
「じゃあ、大統領は自発的に独立を宣言したってより、混乱に乗じて行動したってことか」
「はい。以前から、施設内にはオメガがたくさん存在していました。実際はオメガではなく、まだゼータとかシータとかでしたけど。彼女たちは、サイコ・フラッシャーで人格矯正されていたこともあって、研究者に対して友好的だったんです」
「放し飼いだったの?」
「基本的には隔離されていたと思います。ただ、ペットみたいに一緒に生活していた研究者もいたらしくて」
いまいち想像できないな。
ヒトがヒトをペットにしていたのだとしたら異常だが。
「ゼータとかシータとかっていうのは、どんな状態なの? 人間?」
「ほとんど人間に近いですね」
「どこから人間なの?」
「アルファが魚なのは知ってます? そこから徐々に進化していくんですが、当時、すべての個体がオメガになれたわけではなく、必ずどこか途中で止まっていました。ベータが両生類、ガンマが爬虫類、そしてデルタが哺乳類です。あくまで研究者の分類ですけど」
「そのあとは?」
「人の言葉をある程度理解できればイプシロン、二足歩行ができればゼータと呼ばれます。ここからはほぼ霊長目ですね。あとは知能テストの結果に応じて、イータ、シータ、イオタとランクアップしていきます」
この話を聞き、俺はふと思った。いま施設内をうろついている連中はオメガと呼ばれている。つまり知能テストをクリアできるイータ、シータ、イオタよりも上の存在ということだ。その割には最低限のマナーさえ持ち合わせていないように見える。
「じゃあ上でうろうろしてるマネキンどもも、オメガって呼ばれてるからには、俺らより賢いってこと?」
これに各務珠璃はうなずいた。
「おそらくは」
「そうは見えないって言ったら失礼になるかな」
「いえ、じつは私もその点は疑問に思っていたんです。ただ、研究者はオメガと呼んでいたので、きっとオメガなんだと思いますよ」
受け入れがたい話だな。
俺は野生のヒトを見たことはない。ただし、それがもしサルであったとして、仲間同士でコミュニケーションをとるものだ。なのにオメガときたら、まるで仲間の存在を意識していない。社会性が欠落しているのだ。
人間より高い知能を有するはずのオメガが、社会性を備えていないというのはおかしな話だ。個人主義ってわけでもなさそうだし。
ふと、各務珠璃は、シャツの胸元をつまんでパタパタとやりだした。
「はぁ、たくさんお喋りしたら暑くなっちゃいましたね。それとも、食事をとったからかな」
にこにこしながら、ずっと胸元をチラチラ見せてくる。
マズい。
彼女がその戦術を使ったら、こちらには対抗手段がない。ハッキリ言って勝てるわけがない。秒で敗北する。俺には分かる。
「各務さん、あんた、俺のことをアマく見てるな。そうすれば意のままに操れるとでも思ってるんだろう」
「え、なんでですか? 二宮さんは暑くないんですか? 少し汗ばんでるように見えますけど」
「いえ、大丈夫ですんで」
ぐっと距離をつめてきたので、俺は思わず敬語になって距離をとった。
彼女は哀しげな眼差しだ。
「ごめんなさい、そういうつもりじゃなかったんです。ただ、暑くて汗が出ちゃって……。シャワー浴びたいな、なんて……。ごめんなさい。ワガママですよね。でもこんな体でいるの、なんか恥ずかしくって……」
各務珠璃は、そう言いながら自分の体を抱きしめた。
たしかにうっすらと汗ばんでいるように見える。
「あの、毎日シャワー浴びたいなんて言いません。でも、もし私の体が汚れていても、嫌いにならないでくださいね? 私も頑張って恥ずかしいの我慢しますから」
「はい。あの、いえ、シャワーが浴びたいなら、いろいろ準備があるから、ちょっと待っててよ。代わりに手伝ってくれる人探してくるから」
すると彼女は、遠慮がちに俺の服を掴んだ。
「イヤです。私、ほかの男の人よりは、二宮さんのほうが……」
「いや、ちゃんと女性つれてくるから。ねっ? ちょっと待っててよ」
「はい」
しおらしい態度だ。
だが俺は知ってるぞ。この女は、この手口で数々の男性客をダンジョンに放り込んできたのだ。なにせ俺自身も放り込まれたしな。しかも同じ手口で何度もヤられる。
「ちょっと待ってて。ホントに。すぐ連れてくるから」
「はい」
俺はワゴンに食器類を載せ、部屋を出た。もちろん施錠もした。
危うく落とされるところだった。これでは二日ともたない。もう足の完治など待たず、円陣薫子にサポートを頼むしかない。
(続く)




