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祝祭の島 ~深淵に眠る少女たち~  作者: 不覚たん
行方不明編

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20/57

どう見ても生きてる

 せっせと階段をあがっていると、小田桐花子から『ガイドの人、もう着いたみたい』と連絡があった。さすがに早い。まあ地下の四階から十三階までくだっていくのと、四十七階からあがっていくのとでは、まったく労力が違う。こっちは四十階を通過したばかりだ。

 俺はもうなにも返す気力がなかったが、鐘捲雛子は違った。

「状況はどうなってる?」

『えっ? なんかキョロキョロしてるけど……』

「どこかの通路に入ったら教えて。できればそこになにがあるのかも見ておいて」

『うん』

 そうだ。本部は監視カメラにアクセスできるのだから、誰かが到着する前に、その場になにがあるのか見ることができるはずだ。どうせ水槽しかないとは思うが。


 ひたすら階段をあがり続けていると、息切れするだけでなく、足腰にまで疲労が蓄積してきた。防護服の重量が、ももとふくらはぎへ確実に負担をかけている。五キロほどはあるだろうか。普通に歩いているだけならまだしも、階段はキツい。


『こちら本部。N通路に入ったみたい。なにがあるか見てみるね』

「奥の部屋から先にお願い」

『はいはーい』

 俺もそろそろおぼえた。フロアの入口がAで、Nはその反対側。自由同盟のフロアで言えば、大統領のいる通路に相当する。


 やがて本部から通信が来た。

『見たけど、水槽しかないっぽいよ。ほかにもなにかあるのかもしれないけど……』

「タンクは稼働してる?」

『中までは見えないけど、水漏れとかはないみたい。たぶん。ほかの部屋も見てみるね』

「お願い」

 そう返す鐘捲雛子は、どこか肩透かしを食ったような態度だった。最終的なゴールが奥の部屋だという確信があるのだろう。だから他の部屋には興味がない。


 二十階に差し掛かったところで、俺は尋ねた。

「作戦は?」

 鐘捲雛子は振り向きもせず言った。

「私が斬り込むから、二宮さんは後ろからバックアップして」

「了解」

 とんでもない度胸の持ち主だ。鋭い目つきはともかく、一見するとドラえもんにでも出てきそうな少女なのに。きっと踏んできた場数が違うんだろう。相手が銃器を有している可能性もあるのに。

 たしかに、狭い場所では、白兵武器が有効という話を聞いたこともある。飛び道具は、距離が遠ければ遠いほど有利だが、近づいてしまえば優位性は薄まる。まあそれでも危険だとは思うが。


 地下十三階へ来た。

 シャッターは開きっぱなし。マネキンどもの気配もない。不自然なほど、ない。ただし空気が薄いのか、皮膚がざわつくような、ぞわっとした気配を感じた。毒ガスや細菌兵器でなければいいが。

 鐘捲雛子はゆっくりと抜刀した。

「本部、状況は?」

『奥にいるよ。なんかずっと水槽見てる』

「稼働してるってこと?」

『たぶん……』

 かすかではあったが、ふたりの溜め息が重なった。

 つまり、またアレを食らうってことだ。きっとガイドもそれが原因で棒立ちになっているのだろう。


 周囲の安全を確保しつつ、俺たちはN通路へ入った。

 進むたび、奇妙な違和感が次第に強まってくる。

 ここは空気が薄いわけでも、毒ガスが撒かれているわけでもなかったのだ。脳への干渉がある。俺個人が体感する映像と音に、他人のものが割り込んできて、混じり合おうとしてくる。

 しかし明確なイメージではない。あまりに不明瞭で、混濁していて、濁った水の中にでもいるような気分だ。


 警戒を忘れていた。

 いや、それは俺たちだけじゃない。ガイドもそうだった。いつのまにかかなり接近していた。彼女は振り返り、ちょっと驚いたような感じでこちらを見た。

「あ、二宮さん……それに鐘捲さんも……」

 敵意は感じられない。

 これも演技だろうか。

 鐘捲雛子が、それでも慎重さを思い出し、刀を正眼に構えた。

「ここでなにを? 重大な協定違反ですよ?」

 すっと伸びた白刃が、明滅する蛍光灯の光を反射し、鈍く輝いている。

 俺はまだ銃を構えない。構えれば威圧しすぎると感じたからだ。しかしいつでも構えられるよう、両手でグリップを握ってはいる。

 するとガイドは、にこりと愛嬌のある笑みを浮かべた。

「違反? なんのことでしょう?」

「とぼけないで。そっちの社員は、ジオフロントには入ってこない約束でしょ? 違反したら戦闘になるし、そのときあなたがどんな目に遭っても保証はできない」

 対するガイドの返答はこうだ。

「辞めました」

「えっ?」

「私、辞めたんです。でも辞めたくて辞めたわけじゃありません。自主退職として処理されましたけど、ホントのところはクビなんです。なんでか分かります? 私がガイドした人たち、いっぱい脱走しちゃったから……。もし復職したければ成果を出せって言われて……。だから、あなたたちのせいなんですよ?」

 これを笑顔のまま言うから怖い。

 事実だとすれば並のブラック企業じゃない。それでも復職したいってことは、給料だけはいいんだろう。心がぶっ壊れると、数字しか見えなくなる。

 鐘捲雛子が刀を突きつけているにもかかわらず、ガイドはふところからのそのそと拳銃を取り出し、前面に突き出した。コルトのディテクティブだ。手がぶるぶると震えている。プロの暗殺者ではないのかもしれない。いや演技か。彼女に関してはまったく読めない。

「ちょっと待って。本気で戦うつもり? もしいまの話がホントなら、あなたも被害者じゃないの?」

「被害者?」

「だってそうでしょ? あなたも利用されてるの。いい加減、気づいたほうがいいよ」

「違いますよ。私は自分の意志でこうしてるんです。だってお金もいっぱいもらえるし、ツアーのお客さんはみんな私に注目してくれる……。最高に気持ちが満たされるんです。知ってます? 男の人たち、みんな私とえっちしたいって思ってるんです。ちょっと優しくすると、なんでも言うこと聞いてくれるし。天職なんです」

 ナメたことを言うものだ。男なんてちょっと煽れば思い通りに動かせるって? そんなチョロい客がいるなら、ぜひともツラを拝んでみたいもんだな。

 鐘捲雛子は眉をひそめた。

「あなた、どうかしてる」

「はい」

 パァンと乾いた音と、まばゆいフラッシュが、ほぼ同時に来た。

 鐘捲雛子は地面スレスレを飛び上がり、手から刀を落とした。そして斜め後ろへよろめきつつ、そっと倒れ込んだ。

 命中したらしい。

 というより、本当に撃ちやがった。

 だが信じられないのはガイドも同じらしく、あせって銃を取り落していた。

「あ、違うんです! いまのは……あの……で、でも鐘捲さんが悪いんですよ! こっちに刃物を向けるから……せ、正当防衛ですっ!」

 撃たれた鐘捲雛子は、返事もできず鼻の奥からか細い声を出している。

 俺はデスクの陰に身を潜め、そこへ彼女を引きずり込んだ。いや、こんなことをする前に、持っていたCz75で応戦すればよかったのかもしれない。しかし、どうしても見捨てておけなかった。

「大丈夫!?」

 声をかけるが、返ってくるのは言葉ではなく、謎のうめき声のみ。

 出血はないように見える。防護服の装甲で止まったのであろう。とはいえ、銃弾は鋭い。仮に止まっていても、かなり深くまでめり込むものだ。もし骨が砕かれていれば、内部で体組織を傷つけることもある。

 俺はできるだけ手早く彼女のアーマーを緩めた。まだうめいている。

「痛い……」

「どこを撃たれた?」

「分かんないよ……」

 血は出ていないが、尋常でないダメージのようだ。尖ったもので思いきり胴体を殴られたようなものだろう。

 俺は声を張り上げた。

「ガイドさん! 待って! あんた、戦いに来たのか? 違うだろ? 話し合おうぜ!」

 彼女の返事は、しかしこうだ。

「あ、大丈夫ですよ。私たち、敵ではありませんから」

「えっ?」

「だって二宮さんは私の味方ですもんね? 私のこと、守ってくれますよね?」

「なに言ってんだよ……」

「ふふ。分かってるクセに。私を手伝ってくれたら、一回だけなんでも命令に従ってあげますよ。なんでも、ね?」

「……」

 ふざけやがって。ここでもお姫さま気取りかよ。軽く見られたもんだな。

 俺は盛大な溜め息とともに言い返した。

「手伝うって、具体的になにすればいいの?」

「まずは鐘捲さんを縛り上げてください。そのあとは、私のことを見逃してくれれば嬉しいなーって」

「こっちが命令する時間は?」

「うーん……」

 あまえる女の子みたいな声を出しやがる。

 すると俺の足へ、鐘捲雛子からわりと強めのパンチが飛んできた。

「裏切るつもり?」

 いや別にそうと決まったわけじゃないっていうか……。

 俺は小声で応じた。

「こ、交渉しながら敵の隙をうかがおうと思って……」

「裏切ったら殺すから。どこまでも追いかけて殺す。私、そういうの絶対に許さないから」

 激痛で動けないこともあるのだろうが、鐘捲雛子はぐっと眉をひそめて狂犬のような顔になっていた。本当に地獄まで追いかけてきそうだ。

「分かってる。もちろん裏切らない」

 応じながら、俺はデスクからそっとガイドの様子をうかがった。

 彼女はすでに銃を拾っているのだが、あろうことか、こちらを見ていなかった。もう勝ったつもりでいるのだろうか。水槽を見つめている。


 俺もなにげなく水槽へ目をやり、戦慄した。

 そこに浮いているのは石鹸ではなかった。少女だ。かすかに笑みを浮かべ、俺たちの様子を眺めている。いや、この顔のまま死んでいる可能性もあるが。

 だいたい、生きていたら、なんらかの映像ヴィジョンが送られてくるはずだ。なのに濁ったノイズのような干渉しかない。声も聞こえない。機材は生きているが、彼女は死んでいると考えるのが妥当だろう。


 ふと、ガイドが振り返り、こちらを見た。

「早く縛ってくれないと、お楽しみの時間がなくなっちゃいますよ」

「ロープがない」

「なら足でも撃ってください。そしたら、二宮さんの命令を聞きます。どうせえっちな命令なんですよね? いいですよ。前みたいに私の名前を呼びながら、好き放題に突き上げてください。私も子犬みたいにキャンキャン鳴きますから」

「……」

 こうして聞かされると、俺という男はあまりにカッコ悪すぎる。なんらかの交換条件ナシに女性とヤれないなんて。間違いなくチンカス野郎だ。

 俺は銃を置いてホールドアップし、デスクから出て彼女へ近づいていった。

 彼女が銃を構えたので、俺はその銃身をつかんだ。

「やめよう。互いのためにならない」

「撃ちますよ?」

「それも断る。だいたい、あんたも人殺しになりたいわけじゃないだろう」

 もちろんそうだと思っていた。しかし彼女が指先に力を込めたので、俺は慌てて銃口をそらした。パァンという騒音とともに、銃弾がどこかへ飛んでいった。厚手のグローブをしていてよかった。あとは負傷者に跳弾していなければいいが。振り返っている余裕はない。

「いまならまだ引き返せる」

 俺がそう告げると、彼女はいちおうは笑顔をキープしたまま、とてつもなくくらい目を見せた。

「引き返す? どこへ? 手ぶらで帰ったところで、食事も、シャワーも、住む場所も、なにもないんですよ? だっていまの私、職員でも参加者でもない、ただのニートなんですから」

「……」

 じゃあ俺たちの仲間にならないか、と、勧誘してもいい。しかし俺は、とてもじゃないが彼女を信用できなかった。もし運営側に復職すれば、彼女は誰よりもウマい思いができるのだ。俺たちを裏切り、成果を手にして帰るということも考えられる。

 俺はマイクへ告げた。

「本部、こちら二宮。指示を乞う」

 しかし返事がない。いくら待っても、うんともすんとも言わない。休み時間があるなら、あらかじめそう言っておいて欲しいものだが。

「本部? 本部? 応答してくれ。なにかあったのか?」

 するとややあって、硬質な声が返ってきた。

『こちら本部。本件の処遇は、現場の判断にお任せします』

 テオだ。

 部屋を出たと思ったら、今度はちゃっかりオペレーターになってやがった。彼女はいったいなにがしたいのだろうか。

 やむをえず、俺は鐘捲雛子に尋ねた。

「鐘捲さん、命令を」

「分かんない……」

「えっ?」

「どうしたらいいか分かんない……」

「……」

 未成年には荷が重い、か。


 殺せばカタがつく。

 いまの彼女は、もはやガイドでさえない無所属の第三者なのだ。殺したところで協定違反にもなるまい。

 きっと力任せに銃を奪い取れば、すぐにでも彼女を死体にできる。

 もし許して仲間にすれば、裏切られる可能性があるのだ。

 この場で殺すのが、もっとも簡単で、手っ取り早く、事後の不安もない。


 いや、それでも、だ。

 俺たちは、そんな理由で人を殺していいのだろうか?

 もちろん分からない。これまで考えたこともない。俺にはコレといった思想があるわけでもない。

 しかしこんなに悩んでいる理由のひとつとして、相手が若くてかわいい女だから、という点がないわけではなかった。自分がバカみたいだが。綺麗事なんか言いたくない。率直な気持ちだ。俺がチンカス野郎なのは分かりきってる。

 いや、たとえ相手が白坂太一でも、青村放哉でも、忍者野郎でも、きっと俺には殺せないんだろう。仮に大統領であっても同じだ。

 みんなマネキンと違って会話が通じる。そういう相手の命を奪うことはできない。可能な限り避けたい。


 どうしても結論が出せない。

 なにより俺の決断を阻害しているのは、水槽の中の女だ。さっきからずっと俺を見ている。これからどんな決断が下すのかを、ニヤニヤしながら。

 どう見ても生きてる。


(続く)

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