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祝祭の島 ~深淵に眠る少女たち~  作者: 不覚たん
行方不明編

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ゲスト

 結局、あれらのパーツをなにに使うのか、大統領を問い詰めないことになった。

 いまは内部で揉めている場合ではないと判断したからだ。

 よって俺は真相を知らないまま。白坂太一や円陣薫子がフライングしていなければ、この話題は「なかったこと」になっているはずだ。


 数日後、また探検に出ることになった。

 リーダーは鐘捲雛子。隊員は俺のみ。白坂太一も同行するはずだったのだが、なにやらゴネ出したので置いていくことになった。例の「少女」がトラウマにでもなったのかもしれない。


 だからいま、俺は鐘捲雛子とふたりで階段をあがっている。オペレーターは小田桐花子。


 本日の人選は、非常によろしくなかった。

 作戦の最中、ずっとオペレーターの愚痴を聞かされている。原因は俺だ。ヤることヤっておきながら、支払いの食料をケチっている、というのが彼女の主張だ。

『手だけなら一食分って言ったけどさ。あれじゃあたし、置物みたいじゃん? てか人形? だったら三食分にしてよ』

「……」

『なんなの? シカト? あたし、かわいいんだけど? 三食分の価値ない? なにが気に食わないの? いっぱいサービスしてんじゃん!』

「……」

『あー、そーやって聞き流すんだ。なに? 黙秘権なの? ホントだったらあんたみたいな男とそーゆーことしないんだけど? かなり特別なんだけど? 分かる?』

 分かる。

 しかし無視したくて無視しているわけではない。

 現在、我々は重要な作戦中であり、きわめて高い集中力を要求されている。私語をしている余裕はない。モンスターはいつどこから襲ってくるかも分からないのだ。命がかかっている。


 前を歩いている鐘捲雛子の顔は見えないが、ときおりイラついたように溜め息をついているから、きっと険しい表情をしていることであろう。


 階段をあがり、「47-A」のシャッターに到着した。

「小田桐さん、安全確認お願い」

 鐘捲雛子の言葉に、小田桐花子は『えっ?』と気を抜いたような返事をした。

『どのフロア?』

「四十七階。事前に言っておいたでしょ?」

『そんな言い方しなくていいじゃん。いまから調べるから』

「……」

 ギスギスしている!

 原因の一端である俺が言うのもなんだが……。そもそもの人選に問題があったのでは?


 いや、ムリもない話だ。

 ここ数日、自由同盟の連中を観察していて分かった。というより当初から分かりきっていたことだが、あきらかに「人材不足」なのである。

 ただの人材不足ではない。

 中二と忍者はいつもセットで活動しており、うまいことこの「探検」から逃げ続けている。代わりになにをしているのかというと、いわゆる「狩り」だ。食料を集めている。冷蔵庫には死体がぎっしりと詰め込まれているのに、まだ「狩り」へ出ている。彼らは絶対に「探検」をしない。その口実として別の労働を繰り返している。

 では青村放哉はどうか。やる気があるときはいい。しかし彼は気分屋だから、やる気になるまでなにもしない。面倒になるとすぐ人に押し付ける。

 今回の小田桐花子も、押し付けられてオペレーターをやっている。

 意識が高いのは鐘捲雛子のみ。しかもその意気込みは空回りしている。


『あ、間違えて四階の見ちゃった。えーと、四十……えーと……』

「四十七階」

『分かってる! いま押そうとしてたところじゃん! ヒナちゃん絶対あたしのこと嫌いでしょ?』

「嫌いよ。いいから早くして」

『後輩いびりとかカッコ悪いかんね。学校だったら先生に言いつけるレベルだから。センセー、鐘捲先輩がいじめるぅーって』

「それで? オメガはいるの? いないの?」

『いないっぽーい』

「了解……」

 鐘捲雛子は盛大に溜め息をつき、ボタンを押した。

 シャッターがあがる。


 無線が静かになったので、フロアを歩きながら、俺はちょっとフォローを入れることにした。

「鐘捲さん、俺にできることがあったらなんでも言って。協力するから」

 すると彼女は足を止め、怒ったような表情でこちらを見た。

「なんでも? じゃあ命令。私が許可するまで黙ってて」

「はい」

 女子高生に命令されて素直に黙る成人男性とは……。

 いや、彼女は上司のようなものだ。従うのは当然であろう。

 すると無線から余計な援護が来た。

『ヒナちゃんさぁ、そーゆー態度だから場がギスギスするんじゃん。二宮さん、いちお親切で言ったんだよ? つめたくない?』

「小田桐さん。あなたも許可するまで黙ってて」

『うっわー。ひどくない? すぐこれだもん。ヒナちゃん、絶対おつぼねタイプだわ。バイト先にもいたよ。ガミガミうるさくて、裏で悪口言われてる女』

「へえ。じゃあ、あなたも裏で私を悪く言ってるわけ?」

『たぶん言うよ。言う相手さえいればだけど』

 あまりに寂しすぎる反論が出た。ここには悪口を共有できる相手さえいないということだ。円陣薫子はまだ医務室に住んでいるし、そもそもこの手の話で盛り上がるタイプではない。だから苦情は本人に直接言うしかなくなる。

 深刻な人材不足だ。労働力の面だけでなく、精神衛生の面においても。


 その後、無言のまま順次「47-H」「47-J」「47-L」を捜索したが、特に収穫はなかった。水槽はあったのだ。長い髪の石鹸も。しかしパーツが故障していた。見るからに故障していた。木っ端微塵だ。よって例の映像ヴィジョンもなかった。

 なにもない。

 鐘捲雛子は憔悴した表情。俺も疲れた。とんでもなく疲れた。もはや撤収ムードだ。


 ふと、無線が騒がしくなった。

『えっ、四階? 誰かいんの? これ? あ、ホントだ……。ゲストだって。どうすればいいの?』

 小田桐花子は誰かと会話しているらしい。その「誰か」はマイクをしていないから、声が伝わってこない。

『これつなげばいいの? ダメ? じゃあどうするの? ふたりで行かすの? 大丈夫?』

 やや間をおき、彼女はこう続けた。

『ヒナちゃんたち、聞いてる? なんか四階に人来てるっぽい。対応してって大統領が』

 乱入者は大統領か。ついでにオペレーター業務を交代してくれると嬉しいんだが。伝言ゲームでは情報が錯綜する。

 鐘捲雛子も不安げな表情だ。

「来たって誰が? まさか運営? 人数は?」

『ひとり。たぶん女の人』

「武装は?」

『それも分かんない。暗くてよく見えないし』

「よく見て!」

『見てる! でも分かんないの! なんか持ってるかもしれないけど、ただ歩いてるだけだし』

「了解……。分かったら教えて」

『うん……』

 じつに面倒なことになった。

 こちらもいちおう武装しているが、あくまでマネキンと戦うための装備だ。しかも人員は二名。


「行こう」

 鐘捲雛子が歩き出したので、俺もすぐに続いた。

 念のためホルスターから拳銃を抜いておく。見慣れない銃だが、Cz75というものらしい。俺は特にこだわりがあるわけでもないので、トリガーを引いて弾が飛ぶならそれでいい。


 勝手に喋るなと言われたが、俺はあえて口を開いた。

「運営だと思う?」

 すると彼女は無視するでもなく、しかし振り返りもせずこう応じた。

「たぶん。そうじゃなかったら、きっと四階まで来ることもできないから」

 一理ある。

 なんの知識もなければ、うろついているマネキンに対処できない。気まぐれに寄り道してしまう可能性だってある。

 俺たちだって、四階へ到達するまでにかなりの死者を出した。

 侵入者とやらは、新規のツアー客ではなかろう。俺たちが来てからまだ一ヶ月も経っていない。

 あるいはまったく無関係な遭難者が紛れ込んだか……。

 いや、運営の差し金であろう。

 女がひとり。それも、監視カメラから識別できないほど小型の武装。暗器使いか。かなりの精鋭と見て間違いない。プロの暗殺者かもしれない。


「そういえば、協定は? 違反じゃないの?」

 俺の疑問に、彼女も首をかしげた。

「たぶん違反だと思うけど……」

 もし運営が協定を破れば、大統領は自殺すると言っている。運営にとってもマイナスであろう。なにせ、この穴に使った金がほとんどムダになる。あるいは俺たち全員を片付けて、またイチから研究する方向に切り替えたのだろうか。さすがにデータくらいは回収済みだろうし。再現させる自信があるのだろう。


 無線が来た。

『あの、たぶん十三階だろうって、大統領が……』

 十三階?

 そこになにか重要な機密でもあるのだろうか。

 鐘捲雛子も疑問に思ったらしい。

「理由は?」

『分かんない。大統領、もう行っちゃった。あとは任せるって』

「えっ?」


 行動が不穏過ぎる。

 大統領にとって、俺たちのような手駒など、死んだところで痛くもかゆくもない、ということだろうか。いや、もし十三階に重要なものがあるのなら、絶対に奪われたくないはずだ。そして俺たちが死ねば奪われる。

 きっと勝算があるのだろう。

 それにしても、あまりに非協力的じゃないか。

 まさか、俺たちを試しているのか?

 あるいは十三階という情報が、そもそもフェイク……。

 疑い出すとキリがない。

 いずれにせよ、俺たちは階段をあがるしかない。目的地が十三階なら、俺たちより先に、侵入者が到着する。俺たちは後手。監視カメラと連携して対応するしかない。


 俺はマイクに向かって尋ねた。

「先に確認しておきたい。もし戦闘になったら、相手の命を奪う可能性があるけど……。それはいい?」

『みんなの判断に任せるって……』

 マネキンどもならさんざん殺してきたが、人間はまだだ。似たようなものだが。考えると少し震える。理性は平気なのに、皮膚の表面が勝手にざわざわするのだ。本能が震えている。

 俺たちが着用している黒の防護服は、至近距離から撃たれたらアウトだが、そうでなければ食い止めることができる、らしい。実際に試したことはないが。

 うまくやれば勝てる。たぶん。うまくやれば。

 グレネードも発煙筒もない。だから代わりになりそうなものはなんだって使ってやる。消化器でもいい。水道管でもなんでもいい。視界に入ったものすべてを使って戦う。

 敵は単騎で乗り込んでくるようなプロフェッショナルだ。

 躊躇すれば死ぬ。


 などと意気込んでいると、無線から間の抜けた声が聞こえてきた。

『あれ? えっ? ウソでしょ? これ、あの人だよ。えーと、ほら、あの……。名前忘れちゃった。あーでも、ほら、あの!』

 イライラするぜ……。誰だよ。有名人でも慰問に来てくれたってのか? ここは刑務所じゃないぞ。

 すると小田桐花子は『あーっ!』と大声をあげた。デカすぎて音が割れている。

「ほら! ほらほら! あの人! ガイド! ツアーガイドだよ! え、でもなんで?」

 思い当たるツアーガイドはひとりしかいない。各務だ。あんなふわふわした見た目で、腕利きのアサシンだったとは。完全に騙されたよ。

 ともあれ、協定違反だ。面倒なことになる。

 大統領のヤツ、きっと分かってて出ていったな……。


(続く)

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