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セカンドステージ

 登録を済ませ、装備品を受け取ってダンジョンに入った。

 グレネードランチャーも手に入れたが、連発できるようなものではなく、M4カービンにマウントして使うタイプの単発式のものであった。

 ほかにも火炎放射器やらチェーンソーやらが使用可能になっていたが、どう考えてもただの荷物になりそうだったので見なかったことにした。クソ重いから、逃げるとき邪魔になる。


 というわけで、かなりの重装備でダンジョン内部へ足を踏み入れた。単発グレネードをマウントしただけなのに、銃が重い。しかもこのグレネード、近くに撃ってはいけない。自分たちも巻き込まれる。

 ヘッドセットの無線からは、ガイドが監視カメラの様子を伝えてくれる。

『一番通路にモンスターの形跡ナシ。クリアです。そのまま進んでください』

 じつに心強い。

 とはいえ、彼女に言わせれば「諸事情」により、ジオフロント内部はほぼ監視できないらしい。監視できるのは地下三階の通路まで。ネットワークの所有権でモメて、このような協定になったのだとか。


 まあいいんだが。

 ここから分かることは、俺たちが戦おうとしている敵は、誰かを人質にとっているとはいえ、この傲慢な運営に「協定」を結ばせるだけの戦力を有しているということだ。ただの暴徒ではない。かなり組織化されている。きっと有能な指導者がいるんだろう。


『二番通路、同じくモンスターの形跡ナシ。前進お願いします』

「了解しました」

 本日のリーダーは白坂太一。

 俺が推薦した。なにせ俺はいまいち信用されていないし、円陣薫子は目が血走っている。冷静なのは彼しかいない。

 俺は控えに回っている。

 いくらモンスターがいないとはいえ、ムヤミに突入したりしない。派手に足音を立てれば居場所を知らせてしまう。

 なのだが、円陣薫子がインカムのマイクに苦情を入れ始めた。

「ところでガイドさんさぁ、追加の金額いくらになったんですか? 私、金額のハッキリしてない仕事するのイヤなんだけど」

『現在、上と調整中でして……』

「それはさっきも聞いた。その調整はいつ終わるの?」

『たいへん申し訳ありません。その件につきましては、いまはまだお答えいたしかねます』

「とにかく早くして。もし追加で金が払われないなら、あんたの体で払ってもらうから」

『……』

 これにはツアーガイドも絶句だ。

 いや、俺たちも絶句だ。

 この女、地味な容姿をしてはいるが、内面はかなり凶暴だったらしい。

 すると彼女はふっと笑った。

「冗談だと思ってる? 私は本気だから。相手が女だろうとヤるって言ったらヤるから」

『き、決まり次第ご報告いたします。しかしながら、たいへん恐縮ではありますが、いまはダンジョンに集中すべきかと……』

「言ったからね?」

『はい……』

 かわいい声で返事をする。

 この消え入りそうな声を聞いていると、昨日のことを思い出してしまう。とても素晴らしい夜だった。適度に恥じらいがあり、それでいて大胆でもあり。きっと俺との相性がよかったんだろう。これだけは間違いない。

 すると円陣薫子はニヤついた顔でこちらを見た。

「やー、でも昨日の夜はなかなかでしたねぇ。何回ヤッたんです? 二回? 三回?」

「えーと三回……って、それセクハラですよ」

「またまたぁ。みんなに聞かせてたんでしょ? あ、あれ一番笑えましたよ。どこに入れたらいいか分からないよぉ、ってヤツ」

 ホントに聞こえてたのかよ。

 どんだけ壁薄いんだあのクソホテル。いますぐ改築しろ、改築。

「そんな言い方してないでしょ」

「けど場所確認してましたよね?」

「間違ってたら失礼だから、事前に確認しただけだってば」

「間違う? そんなことあります?」

「ありますよ。だいたい初めてなんだから、分からなくて当然で……あ、いや、初めての相手なんだから……ねっ? いやまあ、仮にですよ、仮に」

「……」

 円陣薫子は気の毒そうな顔で黙り込んでしまった。

 こっちは心に無用な傷を負ったんだが。

 PTSDだ。訴えてやる。

『三番通路も安全ですので、そのままお進みください……』

 ガイドの声も心なしか震えている。恥ずかしがっているならまだしも、笑いを堪えているなら同罪だ。まとめて訴えてやるからな。


 さて、ジオフロントだ。

『ここから先は、監視カメラの映像が一部しか取得できなくなります。慎重にお進みください』

「了解しました」

 もう何度目かの景色。

 どこまでも続く大きな穴は、それだけで恐怖感を与えてくる。


 このフロア自体に用はない。目指すのは下層。できる限り下層へもぐり、例の行方不明者を追い詰める。もちろん接近なんかしない。見つけ次第、グレネードで遠距離からドカンだ。あくまで計画上は。

 インカムからなにも言ってこないから、敵影があるのかないのか分からない。

 とはいえ、見たところすべてのシャッターがおりているから、きっとマネキンどもはこのフロアには出てきていないんだろう。


 やがて「4-A」のシャッターに到達した。

 開けたら向こうにいるかもしれない。

 などと緊張していると、無線に連絡が来た。

『おいおい、なんでまだいるんだ? 帰れって言ったよな?』

 おそらく昨日の男の声だ。

 まさか、乗っ取られたのか。

『キョロキョロしてもムダだ。監視カメラならこっちにもある。おっと、そんなに驚かなくていいぞ。同じシステム使ってんだから、アクセスポイントが変わったらこうなるのは当然だろ。お前らはいま、俺らのネットワークに接続してる』

 この付近にいるわけではなく、敵の本部から通信しているのか。とはいえ、こいつの仲間が近くに潜んでいる可能性はある。気は抜けない。

 男はふっと笑った。

『おい、シカトしてんじゃねーよ。返事しろ、返事』

「目的はなんなんです?」

 白坂太一が尋ねると、男は困惑をあらわにした。

『はぁっ? なに言ってんだテメー。目的が聞きてーのはこっちのほうだ。なにしに来たんだ? 言えよ』

「あの、ですから、ちょっとした捜索に……」

『そんなありえねー装備でか? それってよ、レベル10のグレネードだよな? 昨日会ったときはせいぜいレベル5ってとこだった。それがいきなりどうしたんだ? あのドケチなクソ運営が、特別待遇でもしてくれたってのか? 理由は?』

 これはもう読まれている。

 監視しているにもかかわらず、奇襲ではなく、まずは警告してくれただけありがたい話だ。

 白坂太一は声を震わせた。

「言えません……」

『ほー、そーかそーか。じゃあ俺が当ててやる。お前ら、俺たちを殺しに来たんだろ? 協定じゃプロは立入禁止になってるからな。そんでテメーらみてーなトーシロが駆り出されるってワケだ。バカだよなぁ、ホントに』

「……」

 白坂太一が黙り込んでしまった。

 代わりに俺が交渉してやるか。と思った矢先、円陣薫子が口を開いた。

「いいからコソコソしてないで出てきなよ。あんたらのミンチにしてあげるからさ」

『上等だ』

 その返事と同時、円陣薫子がのけぞるようにして崩れ落ちた。撃たれたらしい。どこからかは分からない。音も光もなかった。

 俺たちは身を伏せ、円陣薫子のダメージを確認した。足を撃ち抜かれ、苦しそうにうめいている。

『いまのは威嚇射撃だ。あれ? もしかして当たっちまったか? 腕がいいもんでな。悪く思わねーでくれ』

 俺はすぐに返事をした。

「運営から言われてあんたらを殺しに来た。恩を仇で返す行為だってのは分かってる。金につられてバカをやってるってのも。ただ、こっちも状況が状況で……」

『どうせあのガイドに頼まれて断りきれなかったんだろ。あの女、とにかく外ヅラだけはいいからな』

「俺たちは手を引く。だから命だけは助けてくれ」

 本当は土下座してでも懇願したかったが、あまり下手に出ると逆効果のような気がした。

 彼の返事はこうだ。

『自分がナメたこと言ってんのは分かってるよな?』

「もちろん」

『お前だったらどうだ? 自分を殺しに来た相手を許せるか?』

「それは分からないけど……」

『分からない? 素直になれよ。答えは、許せない、だ』

「……」

 このまま俺たちは撃ち殺されるのか。

 いや待て。そんな話があるか。もちろん俺は自業自得だ。円陣薫子も。しかし白坂太一は巻き込まれただけだ。

「頼む、ひとりだけ見逃してくれ」

『あ?』

「俺じゃない。ムリ言って連れて来たのがひとりいるんだ。彼だけ見逃してくれないか?」

 すると白坂太一は目を見開いた。

「二宮さん、なに言ってるんですか。僕だけ?」

「仕方ないでしょ」

「みんなで助かる方法を考えましょうよ」

「それを許す相手とは思えない」

 すると無線から『聞こえてんぞボケ』とつっこみが入った。

 俺たちは黙らなくてはならなくなった。

『クサい芝居はいらねーんだよ。いいか、お前らに選択肢をやる。どっちがいいか選べ。一、その場で全員死ぬ。ニ、運営を裏切って俺たちの仲間になる。相談してもいいからすぐ決めろ。俺が引き金を引く前にな』

「なります! 仲間に! だから助けてくれ!」

 俺は誰とも相談せず、すぐさま返事をした。

 正直、俺だって死にたくない。それにこのまま話が長引けば、円陣薫子も出血でどうなるか分からない。白坂太一も巻き添えで死ぬ。それらを回避する選択肢はひとつしかない。

 男はこう応じた。

『オーケー。じゃあ武器を全部そこにおいて、シャッターの向こうに行け。全員でな。女も引きずって行け。行ったらまたシャッターをおろせ。そこからは別のヤツが案内する』

「分かった」


 *


 指示通りに武器を起き、円陣薫子の腕を引きずって「4-A」に入った。

 待ち受けていたのは、黒の防護服を着たおさげの少女だ。それもひとり。刀を手にしているとはいえ、なかなかの度胸だ。

「武器は全部置いた? もし隠してたら腕一本もらうから。怪我人はこの担架に乗せて。下に医務室がある」

 腕章を探してくれたくらいだから、彼女たちは悪人ではないのだろう。

 最初から分かってはいたことだが。諸悪の根源は運営なのだ。

「ヤバい……痛すぎて死ぬ……」

 円陣薫子はまだ冗談を言う余裕があるようだ。彼女を担架に乗せ、俺と白坂太一で持ち上げた。

「こっち。ついてきて」

 おさげ少女はこちらの動きを待ちながら、ゆっくりと案内してくれた。

 俺は担架を抱え直し、彼女にこう尋ねた。

「君たちはいったい、ここでなにをしてるんだ?」

「その説明はあとでする。黙ってついてきて」

「はい」


 こちら側はずっと階段が続いていた。踊り場で折り返すタイプのものだ。各フロアごとにシャッターがおろされており、それぞれ「5-A」「6-A」と表記されていた。

 あまり急勾配ではないとはいえ、担架を抱えたまま降りるのは大変だった。

 最終的に、腕や背中がぶっ壊れそうになりながらも、地下五十階までやってきた。気圧も高いらしく、なんだか空気もおかしい。体全体がなにかに包まれている気分になる。


 構造はほぼ同じ。しかし穴は上にしか空いていない。ここが最下層。大きな円状のエリアになっている。

 メンテナンスが間に合っていないのか、壁に埋め込まれたライトのいくつかは消えており、代わりに足元に非常用の照明が置かれていた。どれもオレンジ色だから違和感はないが。

 マネキンはいない。

 というより無人だ。


 脇道のひとつに案内された。長い通路だ。いくつものドアがあり、表示は「50-CA」「50-CB」などと複雑を極めたものになっていた。

 その部屋のひとつに入った。医務室だろうか。ここも無人。通路のライトとは異なり、室内は白かった。壁も舗装されている。だいぶボロボロになってはいるが。

「そこに寝かせて」

 少女に言われるまま、俺たちは円陣薫子をベッドに載せ替えた。かなり出血が進行している。スカートは血で染まりきっているし、それも表だけが乾いてゴワゴワになっている。

 医者でも呼ぶのかと思ったら、少女は刀を置き、コットンや消毒液などを用意し始めた。

 まさか彼女が医者なのか?

 俺は思わず声をかけた。

「あのー、お医者さんは……」

「そんなのいない。ここではみんな自分でやるの。邪魔だから座ってて」

「はい」

 なんてことだ。

 まさか運営と戦っている地下組織とやらは、二名しかいないのではなかろうか。圧倒的な人材不足。自分たちを殺しに来た連中さえリクルートせざるをえないわけである。


 治療はシンプルとしか言いようがなかった。

 ひととおり消毒し、なにか薬を塗り込んで、ガーゼを当てて包帯を巻いておしまい。

 まあ手当してくれただけありがたいが。

「大統領に案内するからついてきて」

 シンクでわしゃわしゃと手を洗い、彼女は歩き出した。


 さすがに二名だけではなかったか。最低でも三名いる。

 しかし大統領とは、ずいぶん大袈裟な呼称だ。国家でも作って独立する気か。到底まともな考えとは思えない。

 そもそも意味不明な運営と意味不明な戦いを続けているのだ。きっと意味不明な組織に違いない。最初から理解しておくべきだった。


(続く)

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