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強欲

 その晩、すべてが解決したことにして、俺たちはパーッと盛り上がってもよかった。なのだが、引っかかるものが多すぎて、とてもそんなテンションにはなれず、いつものように黙々とメシを食って解散した。

 談話スペースで作戦を練る必要さえない。

 すべては終わったのだから。

 残りの十三日は、長い休暇だと思ってゆっくり過ごせばいい。


 俺は自室のベッドに仰向けになり、白い天井を眺めた。

 もうなにもしなくていい。

 そうなると、今度は暇であることが苦痛に感じられてきた。さすがにダンジョンに入りたいとまでは思えないが。なにをしてもいいのに、することがないのは、やはり耐えがたい。

 人間の性根というのはだいぶ天の邪鬼にできているらしい。


 コンコンとノックがあった。

 同じく暇になった連中が、この俺の含蓄あるトークでも聞きたくなったのかもしれない。俺は身を起こし、ドアを開いてやった。

 ツアーガイドがいた。少しだけ歯を見せて、やわらかくほほえんでいる。じつに素敵な笑顔だ。

 しかしどんなに素敵だろうが、見たくないツラというのがある。どうせ例の人殺しに参加しろとか言ってくるんだろう。

「こんばんは。お休みのところ失礼します。いま少々お時間よろしいでしょうか?」

「こんばんは。時間ならいくらでもありますけどね。その話、長くなります?」

「ええ、そうなる可能性もございます」

「どうぞ」

 下心があって部屋に招き入れたわけじゃない。話が長くなるなら、せめて椅子に座らせてやろうと思ったのだ。俺だって調子に乗って頭を弾き飛ばされたくはない。

 俺はベッドに腰をおろし、彼女には椅子をすすめた。

「ご用件は?」

「用件というほどのことではないのですが……。少々、お互いのことについて知っておいたほうがいいと思いまして……」

 すっと椅子を近づけてくる。

 お互いのこと?

 住所、氏名、年齢、職業についてはエントリーシートに記入してある。それに、こんな運営なんだから、俺がどんな人間かも調査済みのはずだろう。いまさら引き出したい情報でもあるのか。

「なにが知りたいんです?」

「というよりは、私のことについて知ってもらおうかなーって」

 ちょっとかわいいからってなんでも通用すると思わないで欲しいな。露骨な色仕掛けじゃないか。こんなので参加する気になるわけがない。

「あなたのこと? 俺たちを駒として使ってること以外に、まだなにか隠し事でも?」

 すると彼女は目を細めて笑った。

「そう思われても仕方ありませんね。いっぱい酷いことしましたもん。でも、これが仕事なので……」

 イヤなら辞めろと言ってやってもよかった。実際、俺はイヤで辞めたばかりだ。しかしこの程度の反応は想定済みだろう。俺は黙って続きを待った。

「じつは私、ここの運営に借りがあるんです。昔、ちょっといろいろあって……。それでこの仕事辞められなくて……」

 なんだこの流れ。おじさんを騙すキャバ嬢みたいじゃないか。俺はまだおじさんじゃないから騙されないぞ。まだ二十代だしな。こんな露骨な作戦でくるのかよ。運営はクソだな。そびえ立つクソだ。

「できれば私もダンジョンにご一緒して、お手伝いしたいところなんです。でも、社員は入っちゃいけなくて……」

「じつに気の毒な話だとは思うのですが、なんであれ、俺たちが人殺しをする理由にはなりませんよ。死にたくないし」

「助けてくれませんか?」

 人の話を聞いてない! しかも瞳をうるうるさせて俺の手を握ってくる。振り払うべきだろう。

 彼女はきゅっと手に力を込めて、こう続けた。

「お願いします。みなさんが仕事をこなしてくれたら、私もここから解放されるんです。助けてください。私にできることならなんでもしますから」

「な、なんでも……?」

「はい、なんでもします。自由になれるなら……」

 いまにも泣き出しそうな顔で、身を乗り出してくる。

 しかし「なんでも」と言われてもなぁ。口で言うだけなら、子供でも出来るわけだし。

 と思っていると、彼女は身をちぢこめて、自分の衣服に手をかけた。

「あの、こんなことしかできませんが……。もし着たままがよければそうします……」

「……」

 う、うん?

 うん……。

 これは勝てない流れでは?

 いや、俺もべつにあれこれ釈明するつもりはない。ただ言いたい。この流れに勝てるヤツいるなら呼んでこいと。まあ世界のどこかにはいるかもしれないが。少なくともこの部屋にはいない。


 ふと、ドアがノックされた。

 今度こそ白坂太一か円陣薫子だ。どちらかは分からない。が、俺が返事すべきか迷っていると、容赦なくドアが開けられた。

「失礼します。いまちょっといいですか?」

 円陣薫子だ。

 とんでもなく悪い顔をしている。ネズミをいたぶろうとするネコのようだ。

 彼女は返事も待たずに入ってくると、後ろ手にドアを閉めた。

「ガイドさん、ずいぶん汚い手ぇ使うんですね。いえ、いいんですよ。あなたたちが今晩どうしようと。ただ、男性だけが追加のサービスを受けるなんて、男女平等とは言えませんよね? あの仕事受けますから、私にも追加のサービスくださいよ」

 え、参加する?

 なに言ってんのこの人……。

 しかも追加のサービスって? 女同士で? ここで? いや自分の部屋で? たまげたなぁ……。

 ガイドが目を丸くしていると、円陣薫子はさらに告げた。

「ああ、べつにガイドさんの体をどうこうしようって言うんじゃないんです。そうじゃなくて、金額を二倍にしてくれないかなぁって。私のぶんだけでいいんで」

「に、二倍……」

 ガイドもさすがに声を震わせている。

 とんでもない勝負師もいたもんだ。

 円陣薫子はニヤリと凶暴な笑みを浮かべた。

「ああそれとも、釣り合いませんか、二倍じゃ。ガイドさんの体の価値っていくらぐらいなんです? 三万? もう少しするのかな? まあとにかく、二宮さんが受けるサービスと同じだけ、私もなにか欲しいんですよ。もちろんお金で」

 こいつ鬼かよ。自分で自分の体に値段をつけさせるとは。

 俺は諸事情により立ち上がることができなかったので、座ったまま割り込んだ。

「円陣さん、もうその辺でいいでしょう。俺だってこんな作戦に乗るほどバカじゃない。いやバカってことはないな。ともかく、突っぱねるつもりだったんだ。もちろんあんなクソ作戦には手を貸さない。俺も、あなたも。わざわざ死にに行くようなもんでしょ? 違いますか?」

「チンカス野郎……」

「えっ?」

 いまとんでもない罵声が聞こえたような……。いや俺のことを言ってるとは限らないけど。

 彼女は目をそらした。

「やるかやらないか、勝手に決めないでくださいよ。私はやるつもりなんですから」

「なんで?」

「お金が欲しいの。それだけ。悪い?」

「……」

 そりゃ欲しいよ。なにせ一億だ。ひとりでやれば総取りになる。しかしあまりにバカげてる。

 ガイドは珍しく表情を消し去り、じっといまの話を聞いていた。かと思うと、唐突にいつのも笑顔を見せた。

「かしこまりました。では円陣さまのレベルを10に設定させていただきます。ダンジョンへはいつでもご参加ください。こちらも監視カメラの映像を追いながら、無線などで可能な限りバックアップいたします」

 おいおい。

 すると円陣薫子は上からガイドの頭をつかみ、乱暴になでた。

「いい子ね。追加サービスのほうも忘れないで。それじゃまた明日」

「……」

 彼女は満足した様子で部屋を出ていった。

 まあこんな危ないツアーに参加するくらいだし、ちょっとはなにかあるんだろうとは思っていたが。そんなに金が必要だったとは。


 するとガイドは、するするとベストのボタンをひとずずつ外し始めた。

「続き、しちゃいましょ?」

「えっ?」

「もちろんお客さまも参加してくださいますよね?」

「……」

 参加? するわけないじゃないか。たぶん。このまま帰ってくれればだけど。


 *


 翌朝、俺は疲労感で目を覚ました。

 ガイドは帰った。あのあと白坂太一に同じことをしたとは思えないから、まっすぐ帰ったはずである。

 ともあれ、レベル10になってしまった。行方不明者たちを殺さねばならない。自分がこんなにチョロいクソザコだったなんて知りたくなかった。


 朝食のときから、円陣薫子はニヤニヤしていた。白坂太一も事情を察したらしく、ずっと頭を抱えていた。壁が薄いから音が聞こえていたのかもしれない。

 談話スペースに集められた。

「ふたりとも、本気なの?」

 いまや生存者唯一の良心となった白坂太一は、俺たち二名の正体が欲望の権化であるという事実に困惑しているようだった。

 円陣薫子はまだ笑っている。

「本気ですよ。なにか文句あるの?」

「いや、文句っていうか……。二宮さんはどうなんです? なんであんなこと……」

 はい、二宮です。

 俺はもう言い訳なんかせず、豪速球で投げ返した。

「かわいかったので……」

「バカなんじゃないですか?」

「うん……」

 間違いなくバカであろう。バカの標本が歩いているようなものだ。しかしヤッちまったもんは仕方がねぇんである。きちんと避妊はしました。

 白坂太一は盛大な溜め息をつき、まぶたをもみほぐした。

「じゃあ僕も行きます」

「えっ?」

「そうしたほうがいいでしょう。もちろん僕だって行きたくありませんよ。けど、ここまで一緒にやってきたじゃないですか。このままだと二対二ですけど、僕が入れば三対二で有利になりますし。いたほうがいいと思いますけど?」

 なんだこいつ、頼もしいな。

 だが俺は言ってやった。

「いや、でも一晩待ったら? ガイドさん来るからさ。それまで待ったほうが得じゃない?」

「バカなこと言うのやめてくださいよ! 本気で怒りますよ?」

「ごめんなさい」

 しかももう怒ってる。

 きっと溜め込んでるから怒りっぽくなるのだ。精神衛生にもよくない。

 いずれにせよ、味方の数に比例して仕事がやりやすくなるのは間違いない。受け取る額は減るが、死ぬよりマシだろう。

 円陣薫子も同様の考えだったのだろう。

「じゃあ事務所で申告してきましょう。白坂さんもレベル10になれると思うんで」

「はい」

 やや不服そうではあるが。

 白坂太一の部屋は俺の隣だから、もしかすると円陣薫子が追加で金銭を要求したのを聞いていたのかもしれない。


 人間は愚かだ。

 強欲が身を滅ぼすかもしれないのに、それでもとどまることができない。食いすぎたら太るのが分かってても食う。つまりは、そういうことなのだ。

 ともかく俺たちはその人間だ。人間らしくやるしかない。


(続く)

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