あなたは誰に寄る?
まず始めに、この作品を書くにあたり
何かを批判する心算は一切ありません。
ただ、あり得るかもしれない未来予想の一つとして戯言程度に読んでいただけると嬉しく思います。
幾つかの生体認証をへて
全体が薄い水色の建物に入る。
マンションのような構造の一室。
中に入る事は出来ないが案内された
モニターから内部を見せてもらう。
そこは壁一面がPCサーバーと精密医療機器の
ようなもので埋め尽くされた空間だった。
その空間の中央。ベットには生気
の薄い老人が横たわっている。
体には点滴や胃瘻のチューブが何本も刺さり、
カタログでしか見た事のない高性能な
フルダイブVR用のヘッドセットをかぶっている。
その傍らには介護用ドローンが2機、
静かに佇んでいる。
「ここは病院か何かですか?」
そういって、扉に掲げられたネームプレートを見た。
書いてある名は聞いたことがある。
その昔、自分のアイデアを革新的な手腕で
次々と成功させていった事業家の名前だ。
「病院か、どちらかというと研究所だね、
この男が最後に取り組んでいる不死を求める事業のね。」
付添いの男が教えてくれた。
不死の?また冗談を。
付添いの男はつづける。
「肉体の寿命は約120年、脳の寿命は約200年。
彼は様々な化合物で延命して今年142才を迎える。
彼は、38年もここでVR空間に入り続けているのさ。」
それはなぜ?
「自分の思考、行動のパターン、そのすべてを
専属のAIに学習させ続けているのさ。勿論、
VR空間で新たな事業や研究も立ち上げているし、
一般のVRネット回線にも時々出現してる。」
自分のコピーを作っているのですか?
「そうだ、脳波の測定は出来ても、思考パターンや
倫理観のスキャン技術は無い。あらゆるタイプの
課題を処理して、その過程や傾向を蓄積させるほかない。」
過去の体験、苦悩、思考を追体験させている?
「理解が早いな。まさしく、そして今後自分の描く世界についても学ばせる。」
AIの中で生き続けるために?
「少し違うかな。これだけだと、AIが本人の
制御できない思考をするようになる可能性がある。」
思考の上限や方向をある程度固定する必要がある?
「まさに、その段階だよ。今年から、自分の
コピーであるAIへ抑制の学習をさせる予定だよ。」
抑制の機能?
「そう、例えば、己の倫理観や道徳心に
反する思考、行動を衝動的に行わない様に制限、
再思考するためにフィードバックさせる学習さ。」
そうやって、AIに己の人間味や人格に
似たものを持たせる?
「正解、彼はそう考えているようだよ。」
この老人は、何者なんだ?
「少し逸れるけど。最近、事故で失った全身を
義体化して脳と中枢神経を移植。一般生活に
復帰する技術が実用化されたのは知っているかい?」
ええ、この間ニュースで。
私が返すと男が続ける。
「その全身の義体、機械化の事業を立ち上げたのは
彼だよ。このベットに寝たままにプロジェクトを立ち上げて、実用化にもっていった。」
まさか、目の前の男は?
「もうわかったかい?この男はね、残り2年以内に、
自分の人格のコピーを搭載した、アンドロイドを
造ろうとしてるんだよ。」
機械生命体?昔のSF小説みたいですね。
「古典SFのネタだと、タイムマシンと複数の脳を
結合させる以外だいたいやりつくしてしまったじゃないか。とはいい、彼は両方の研究もしていたらしいのだけど。」
自分の知性あるうちに完成できる研究がアンドロイドだったということ?
「おそらくな。完成した後は生きたまま
肉体の冷凍保存という指示になってる。」
保存?コピーによる不死を可能にして尚何を企んでいるんでしょう?
「完全に予想の範囲なんだが、アンドロイドに自身の
生体蘇生の研究、その実行させるんじゃないだろうか?」
ここまで命に貪欲な人間は聞いたことが無い。
「そうですかね?栄華を極めた人は、ウルクの王が
冥界を旅した事に始まり、この男まで皆が不死を求めた。」
たしかに、権力者は常に永遠を求める印象はある。
「私はね、元来命に貪欲であって原始の欲望に
素直であったから、彼らは栄光を手にしたと考えているんだよ。」
潜在意識に素直。己の内にある物を
見通せたと言う事?
「そうだね。そして、彼らは獣でもなかった。
公共の発展にも例外なく尽くしている。」
自分を磨かねば社会を見る窓は曇ったまま。
「古い哲学者の言葉だね。それの一段上。のこ男が起きていた時代の言葉なら、自己中心的利他。」
今のご時世、己を磨くと言われても、
ピンと来ることが少なくなったのではないでしょうか?
「そうだね、職は最早趣味になり、農林水産業、
工業の96%サービス業の86%に人の手が
必要なくなった。
国籍さえあれば生活可能な資金は政府から
支給になり。
家族を持つ金銭負担も社会保障により
ほとんどなくなった。
ただ、生産力を伴うやりがいや
生きがいといった物は消えうせた。」
決められた額の中で余命と消費を楽しむか、
支給金の減額を受け入れて、自身の力で生活の枠を
増やすための戦いに身を投じるか。
「もともと、人間は面倒なことが大っ嫌いな生物だ、
それなのに国民はこの2方向でしか生き方を選べない。前者が世を埋めている。」
それじゃ奴隷にもなってない?
「そうだな、労働力になってない。ただの穀潰しさ。」
彼らはそれを理解してるのでしょうか?
「していると思うよ。ただ、見たくない現実から目を背けてる。」
なぜそうと?
「フルダイブVRが導入されたころから少数存在した、ログイン中の餓死や脱水での死亡例、今の政策になって2年で急激に上昇した。だが、そのあと1年でサポート機器や安全装置の発展で、長時間、それも1月近くのログインが可能になった。」
この男の設備の自家用版。
「そうだ、ユーザーの一部にはこの設備を違法に改造して、年単位でログインできる状態にしている者もいる。」
そういえば、私の友人にも連続ログイン時間が半年を超えている人もいました。
「彼らの多くは現実の世界に格たる自我を築く前に、
この設備からVR入り浸り、そちら側で自分の憑代を
見つけてしまう。VR内での婚姻がいい例だな。」
いまどき珍しくはないですね。
一度も肌を合わせずに死を迎えた組みもあったとか。
「よくニュースみてるな、驚いたよ。そういくら設備の改造で連続ログインできたとしても、対外的要因でログアウトしてしまう事もある。災害や機材のトラブル、胃瘻や点滴の補充。」
ええ、この男の様に介護ドローンを買う事は
支給金だけでは賄えないですから。
「そのログアウトした瞬間が味噌なんだ。」
衰えた体を急激に動かすショックから?
「それもある。だがこの手合いの多くは筋力維持装置を付けているから最低限の活動はできる。」
話が見えないのですが?
「なんだ、分からないか?精神的に強靭でないと、
手の中にあると信じていた月が6ペンスだと気付いた
ショックを処理できないんだよ。」
夢と現実の差?
「そう、今まで心の糧としてきたものが
全て虚構だと感じるのさ。幸せな夢から
覚めたら機械に囲まれて一人きりだ。」
では、誰よりも長くログインしているこの男はどうでしょう?
「その辺、彼は問題ないだろう。彼は、現実主義者だ。見果てぬ夢も、仮想現実も、神でさえ己の世界に
取り込むメンタルを持ってる。」
あなたは何を考えているのですか?
「凡庸な人間には機械が生きる意味を与える。
ではこの男が生きる意味を与えた機械人形が
何をしでかすか楽しみでならない。」
だとしたら、アンドロイドが彼の生体を蘇生という
任務を終えた後、彼を殺す。なんてことは考えられないでしょうか?
「やっと分かってきたね。」
この男の事は少し知ってます。
彼ほど感情のフィルターが薄く
合理性で作られた人間は居ません。
「確かに、強烈な方だな。」
そのコピー品は、自分の活動を止める事の出来る
唯一の人間を生かしたままにするでしょうか?
「紛い物の体に移った自我がどのような成長をするのかは分からないね。もし、そうなれば殺害事件の1年後にはお伽噺にアレンジされそうだ。」
勿論、貴方がその物語を描くのでしょう?
「生身に宿る自我の発育は今まで沢山見てきた。では、揺り籠が機械、子守唄がAIではどのような成長をするのか。実に楽しみじゃないですか。」
仮にも生きてる人の前で失礼が過ぎませんか?
「構わないよ、外の状況なんて彼には分からないんだ。」
で、タイトルはどうしますかね?
「なんだい、乗り気じゃないか?」
楽しくなってきまして。
「それじゃ[クレタの塔]とかどうかな?」
幽閉された発明家と自由を得る直前の息子。
「これ?ネタバレになってません?」
私は思わず彼を見た。
「まだ推測だよ。」
彼も楽しそうだった。
昔の事を思い出した。懐かしさに浸りながら
ニュース映像を映すウィンドを閉じる。
フルダイブVRの超長期使用者、
覚醒時に不慮の事故で死亡とある。
内容は、覚醒後直ぐにアンドロイドを支えに
立ち上がろうとして急性心不全とある。
動作不良?違うな、奴隷に甘んじる生活に
嫌気がさしたアンドロイドが意図的に主人を屠った。
まったく、起き上がる事に恐怖感を与える報道だ。
あの男は早速執筆に取り掛かっただろうか?
今回の事件も文字に起こしてくれるなら、ぜひ読んでみたい。
この感覚も久しぶりだ。長く忘れていた
心の底から滲み出るような興奮。
このタイプの興奮を出来る人はもういないだろう。
まして、文字列の怪物が作ったエンターテインメントの外側で。
それほどまでに、フルダイブVR技術は大衆の動きを止めた。昨日殺された男が生前使っていた設備は今や
マンションのように一般化されて、入居者に永遠の夢を見せる。
1日に2時間以上VRの外で活動する人は国の
人口の0.2%に満たないと裏のデータでは言われている。AIによって無限に作られるコンテンツを
ジャンクフードの様に貪っている。
こう思うと、私の受信機はまだ壊れていなかった安心できた。囚われた人たちは種を残す事さえ徐々に放棄していった。
種を残し子を育てる喜びに、仮想現実の
コンテンツがとってかわった。
それは、一瞬の退屈なく小さな苦痛と
大きな興奮を与えてくれるからだ。
「他人を意のままに操りたかったら、
自発的な行動を見つけて思いっきり
褒めるといい。どんなに小さな行動でも褒める。」
若いころ、友人との話の中で出てきた言葉が
頭をよぎる。
他に認めてもらう事が自我の基盤なのは
何時の時代も変わらない。ただ、
隣の人に認めてもらう努力をやめた瞬間から、
この日が来ることは分かっていた。
人が向い、伝えあっていた行為は
足を運ばずも遠くへ伝え合うようになり
他人からの課題を解き自動で与えられるようになり
隣人の行動をボタン一つで伝えれるようになり
機械が作った課題を解くことで与えられるようになった。そして、安易な受取りをつづけた。
認めるという行為は、それ自体が劇薬なのだ
使うものが誤ると依存症をおこし、
投与を辞めれば禁断症状をおこす。
刺激に溢れていたあの頃に、彼の眼には
既に今日の世界が移っていたのだろうか?
懐かしさと微かな恐ろしさが私の顎を持ち上げた。
もうじき、この国の人間は絶滅する。
今、息きのある人たちが恐らく最後の国民になる。
人の気配がない街は妙に清々しくも感じる。
寂しさは感じない。既にそのレベルの孤独は通り過ぎた。
一時、悪い考えが頭をよぎった。
今、寝静まったこの街で何かしでかしてみようか。
私の様に若いころに憧れる同志を集めて見ようか。
まぁそんな元気もないさ。
読んでいただき、誠にありがとうございます。
本作は、実在する友人と私のやり取りをモデルに
彼ならこの問いにこう答える
彼ならこう質問するなぁと思いながら書きました。
個人的にはいろいろ詰め込みすぎてキメラな作品だなぁと思います。
それでは、以上