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your earth  作者: 白亜迩舞
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7・4「夜裂く鳳凰の舞」

 ボクのご主人様は、ボクの知らないものになってしまった。

 言葉が届かないと感じた。集めて積み上げてきた想いも、理解されない気がした。

 まるで空にあって、手が届きそうに見せているのに届かない月のように。

 二つに分かれたご主人様。“ツミ”という名を捨て、神となった方にボクは会いに行く。

 でも、この胸はかつてないほどに戸惑っている。目的のために名前まで捨ててしまった大切な人を、ボクみたいな大したことのない存在が邪魔していいのかと。


『あなたの願いは何ですか?』


 ふいに、サキの声が心の中に響いた。――念話とかじゃない、単なるボクの想像だけど。

 ボクの願い、それはこの世界を本当に安らかなものにしたいということ。この世界のみんなが幸せになってほしいこと。もちろんご主人様も。

 だけど、こんなやり方じゃ誰も幸せになれないに決まってる。だから――ボクはご主人様のやっていることを止めるんだ。

 それと、ご主人様は自分を孤独に追い込んでいる。たった一つの神となって、世界中にある罪を全部自分に集めて、それで誰も届かない場所に登って世界を治めようとしている。

 だけど、そんなのも間違っている。夜空に浮かぶ月さえ、本当は孤独じゃない。自分の正体を歪めて、さらに名前を失くしたって、孤独になれはしない。

 名前を呼んであげたい。ボクが思い出すのも、その人がいる場所に着くのも、あと少しだった。


 ――世界の果てと始まりの場所へ。



 **


 アカはツミの裸の足を舐めていた。指の間まで、丹念に。

 もちろん、これはツミが彼女に埋め込んだ術を使い、彼女に強制していること。だが、彼女自身は自分が何をさせられているのか認識できていなかった。絶え間なく彼女を苦しめる肉体と精神の両方の痛みが、彼女の認識能力を著しく低下させていたからだ。

 にもかかわらず、アカの気高い心は屈辱に震えていた。痛みと共に、刻一刻と自分というものが書き換えられていくことを感じていたからだ。


「――ササヤキとナゲキはね、僕が分裂していることを知らないんだよ。当然、月の子(プラネスフィア)たちもそうだけどね」


 独り悦に入って話すツミ。

「〈月神〉は大雑把なことしかできないからね。僕が新世界の統治者となるための準備は、すべてツミがやらないといけないんだ。そのために月の子を組織した。けど彼女達には〈月神〉のことは教えなかった。何故か? ……月は孤独なものだと思ったからかな」

 アカはその話を、彼の前に這いつくばりながら聞いている。

 唾棄するべき話だと思ったが、禁じられて言い返すこともできなかった。


「僕が月読命ツくよみのミことの力を得ているように、君も天照大神アまてらすのおおカみの力を持っている。その点では僕達は同等だ。でもね、神の力を得ることと、神になることの違いはわかるかな?

 神の力は強い意志と訓練さえあれば人でも使える。だけど、神とならなければ奇跡は起こせない。世界を創りなおすことも、人々を根源的に支配するのも、神でなければできない。――だから僕は神となった。心が壊れるのも承知でね。

 ねぇ、だから僕が少し狂っていても仕方ないだろう? ……僕が狂ったことを、許すといってよ、アカ」


 アカの口が開き、音を作りかける。しかし、彼女は絶対の意思でそれに抗った。

「すごいね……! それでこそ僕のアカだよ。ねぇ、今思ってることを身体で表してよ」

 身体の拘束が解ける。激痛に虫食まれる身体を立ち上がらせ、アカはツミと視線の高さを合わせる。


 そして、その少年の顔を拳で張り飛ばした。


「――そう来ると思ったよ」

 ツミは喜々として言った。

「次はキスでもしてくれるかい? ……っ!」

 今度は蹴りが入った。

 痛みでアカは立っているのも辛かった。だが、彼女の意地が、憤りが、彼女を立ち続けさせ、さらに言葉を発することも可能にした。


「あんたを見ているとね……吐き気しかしないのよ。…………憎いとも思わない。

 誰が本物で偽物なのか、そんなことはどうでもいい。私はツミを愛した。そして憎んだ。また会って殺しあうことを望んだけど、いないならそれでもよかった。だけど――できそこないの滓みたいな奴がいることだけは、どうにも腹が立つのよ……!」


 それは愛しい思い出を守りたい想いか、変わり果てた恋人を恨む想いか、如何なる想いなのか彼女には解らなかった。だが、そんなことはどうでもいいことだった。理屈よりも、今この胸にある感情の方がアカにとって重要なことなのだから。

 アカは彼の襟首をつかみ、上に持ち上げる。大して背丈の変わらない二人なので、そんなにツミが持ち上げられることもないが。

「覚えてる? 初めて会ったとき、あんたは私の火を見て怖がった」

 ツミは特に抵抗するでもなく、むしろ楽しむかのように彼女の手にぶら下がっている。

「そうだったね。あれは怖かった。でも同時に、君という存在に引かれ始めた最初の瞬間だよ」

 アカは上目づかいにツミを睨みつける。その瞳は金ではなく、彼女と同じ名の色。


「――あの時の恐怖を、もう一度味あわせてあげるわ」


 ツミの目と鼻の先にある、アカの手が燃え始めた。

 単に燃えているわけではない。いつものように体表の上に火を走らせるのではなく、彼女の手自体、身体自体が燃焼しはじめているのだ。

「はは……!」

 ツミは顔を焼かれる。だが、肉体に与えられる痛みは彼にとって重要ではない。

 指が燃えてしまうと、自然とアカは彼を落としてしまう。

 床に倒れるツミ。その上に、全身に火を付けたアカが覆いかぶさり、彼の頬を両手で包みこむ。二人ともすでに眼球が焼かれ視界が利かなかったが、アカは彼の息吹を感じていた。

 ――熱いね、アカの手は。

 ツミはそう言おうとしたが、口を焼かれ話すことはできない。

 まだ戦闘を放棄していない彼は、火を纏う女の胸を突き飛ばして立ち上がる。

 この時彼の片腕は燃やさせてしまうが、まだ腕は一本ある。その腕で、自分の前方に巨大で複雑な術陣を描き、精神で唱えた。


 ――月光は魔を断つ刃。魔とは我が敵。抗うものよ、我が刃をその身に受け、あさましき動きを止めるがいい。


 青白い月光の刃が、アカを、炎を貫く。刃に触れた炎は輝きをそのまま、写真に撮られたかのように動きを止める。――暦を司る月読命の属性の一つ、時を操る能力だった。

 まもなくして、アカの動きは完全に停止する。しかし、


『火は一時として同じ姿を見せない。命も、想いも、みんな同じ。止まったときは死んだとき。――私は生きている。まやかしのあんたには解らないでしょうけど』


 火炎の輝きが増し、月光を打ち消す。

 焔はそのまま、鳥の形をとって前に飛び出した。

「!」

 無数の光の槍が、迎撃のために射出される。どれも停止の力を持つものだ。

 アカは――焔の鳥はそれを旋回したり、曲芸飛行で回避しつつツミを目指す。焔の翼が羽ばたくたびに、爆発するような火炎と衝撃が空間に放たれる。

 だが鳥が自由に飛ぶには、高さが三メートルしかないこの空間は狭かった。特にツミが誘導するわけでもなく、焔の鳥は天井という名の空間壁にこすれる。

 その隙をツミは逃がさない。密集した光の矢が、しつこく焔の鳥を狙う。


「――――!」


 啼鳥。その声は時空を引き裂くか如く響き、矢の群れを薙ぎ払う。

 ――なら、これはどうかな。

 ツミは極太の光砲を放つ。まるでミサイルのように、それは鳥を追いかける。

 しかし次の瞬間、ツミは我が目を疑った。

 再度、空間壁に激突した焔の鳥は、そのまま壁を歪め始めた。膨大なエネルギーをもって、壁を突き破らんばかりに。

 無茶だ、ツミは思う。彼女が空間壁に身体を押し付けている限り、歪んだ空間の影響で自分の攻撃は届かないが、神でもないアカが時空に干渉すれば間違いなく身を滅ぼす。

 だが焔の鳥は飛び続けた。空間を壊し、歪め、同時に自分の再生力を空間に分け与えることで、空間の損傷を最小限のものとして。


「君は何もかも矛盾している。破壊しながら再生するなんて、僕には信じられないよ。――だけど、それが君の力……!」


「昔はこの矛盾も怖かった。でもツミがいたから、私はっ……。

 ――受けなさい、私の炎を!」


 夜の闇をどこまでも白く照らしだす、激情の炎。

 月光を融かしながら、光の速さで駆け抜ける。

 よく知った熱の中で、ツミは自分という存在が融かされていくのを至福と共に感じた。



 **


 羽目板張りの床を歩く姿がある。

 赫い長めの髪に、暖かい珊瑚色の瞳の女。大きな真紅のワンピースを着て、金色の素足に白いスニーカーを履いている。その風貌は、城という重々しい空間からは浮いているかのように見える。しかし胸の前で合わされた両手の中には、焼け焦げて黒くなった髑髏しゃれこうべが収まっていた。


『君は、誰かな?』

 髑髏が発す、声なき声。

「私は……」 彼女は少し長く逡巡する。十メートルほど歩き、さらに階段を登り切ってから答える。

「私はアカ。――それ以外の何者でもないわ」

『そっか………。大好きな僕のアカ。僕には君が遠くに行ってしまった気がするよ』

 髑髏の声に耳を傾ける、今の彼女の表情は穏やかそのものといったところだった。毅然としていて、わずかに微笑んでいるようにも見える。――まるで舞踏会に臨む姫君のような心躍るような表情にも見える。


「私はずっと同じところにいた。同じところにいすぎて、そのまま腐りそうになったくらいに。――遠くに行ったのはツミの方。私はずっと待ってやって(・・・)いたのに」


 彼女が“ツミ”と口にするとき、それは手の中にある髑髏を対象としてはいなかった。

 彼の方にもそれは分かっていた。その理由は分からず、あえて推し量ろうとも思わなかったが。


『ねぇ、左を見てごらん』


 アカが言われたとおり首を曲げると、直径五十センチメートルくらいの鏡があり、そこに若い娘の顔があった。……自分の顔だが、若すぎる。そう、ちょうど現に来た五年前はこんな顔だった気がする。

『ちょっと悪戯させてもらったよ。成熟した君も魅力的だったけど、なんだか過ぎてしまった時を感じてサミシクなったからね』

「……勝手なことを」

 ぼそりと、ほんの少しの苛立ちをこめてアカは言う。だが………これも悪くないかもしれない。彼の言うとおり、若いままの彼の顔を見ていると自分が身体ばかり老けた気がして、惨めな気がするのも確かだ。心はあの時と変わらないのに。

 しかし、一つ思う。世界は生まれ変わろうとしているのに、自分は何一つ変わっていないと。まぁ、自分にはどうでもいいことだけど。


「本当に勝手なことをするわね」 もう一度彼女は言う。

「ツミは我儘よ。私の思いを棒に振って、勝手に神になって、世界を創り変えようとして。――我儘があんたの罪よ」


 髑髏は苦笑する。


『それはお互い様。――でも、顔を変えたことはその鏡を送ることで許して。気づいてた? それは〈八咫鏡やたのかがみ〉だよ。神器の一つだから、持っていけば何かしら力になると思うよ』


 アカは気づいていた。けれども、鏡を受け取ることは拒否した。

 歩きながら、髑髏を顔に近づける。

 口づけ、想いを込めるように。そして手には力を込め、髑髏を潰した。


『歪な欠片だけど、僕の思いを君に捧げるよ』


 彼の最後の声。心に入り込んだ思いは、深く吟味せずに隅へと追いやる。――どうせ彼は自分のことを愛してくれていないのだから。

 アカは行く。腕づくでも何でも、とにかく今度こそ愛しい者を自分のものとするために。


「あなたは誰?」

という感じの問いが、この後しばらく続きます。

この物語に限らず、一体どれだけの人が自分というものを断言して定義できるのでしょうか。


いよいよ次はラスボス戦に突入です。みんな話が多くてバトル分が少なめですが、熱くやってみたいです。

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