7・1「火蓋はきっておとす」
世界最後の日は、暗い朝から始まった。
曙光は赤黒く、まるで乾きかけの血のよう。わずかに太陽が昇り空が青白くなったところで、日食は始まった。
光輪も見せない皆既日食。世界は日の光を奪われ、黒い空には無数の星々が、天球に張り付いた銀蠅のように瞬きもせずに光っていた。
さらに、各地で電灯の故障が相次いだ。他の電化製品は動くのに、光を出す物だけが壊れたのだ。
現は闇と、無数の空の眼のような星に包囲されながら、じっと光を待った。一時間、二時間と経っても月は太陽を隠し続ける。火を焚いて明かりをとるところもあったが、それはまるで戦火かのろしのようだった。
そして正午を迎えたとき、ついに最後の刻は始まる。
*
「状況は?」
「はい、先ほど東京湾中央に現れた巨大建造物には変化はありません。しかし、海面が固着化され、その上に無数の異形が出現し、建造物から湾岸までの区間を隙間なく埋め尽くしています。向こうからの侵攻はありません」
日本武道館の中に陣を敷いた〈漆黒〉の人たちが、あわただしく情報の交換と戦闘の準備をしている。武道館の中は術式によってわずかに明かりが取られていて、みんなこの薄暗い中で動き回っている。
ボクとサキ、それに千風はワンボックスカーの中からその光景を見ている。ボクは助手席、千風は後ろの座席で、ハンドルを握っているのはサキだ。
「暇そうね」
闇にも映える唐紅の狩衣を着たアカが来た。手にコーヒーを持っているらしく、薄明かりにボオッと浮かび上がっている。
「あれ? アカはすることないの?」
「ないわね。鷲累が号令を下せば状況は始まる、それだけだもの。私の判断を挟むところはない。だから待っているだけ」
余裕綽々って感じだった。
でも本当に暇だ。することがなくてあくびが出る。
「まぁ、アカは今〈漆黒〉の衣装ではありませんものね」
黒い服を着ていない時のアカは、ただの厄介者扱いされることに決まっているらしい。
ちなみにみんなの服装を言ってみる。
サキはいつもの黒いマントに白いインナー。インナーのシャツにはフリルが付いていて、どこかの貴公子みたいな感じになっている。
千風は黒いセーラー、学校の制服だ。こうしてみるとアカより千風のほうが、〈漆黒の守護者〉っぽい恰好をしている。
ボクはオリーブ色のジーンズに黒いノースリーブのシャツ。特にどうという服装ではないけど、シャツはサキが〈漆黒〉の人たちに注文した特別製で、特殊な黒い生地の上に白い線で防御の方陣がごちゃごちゃ描き込まれている。―― 一見すると柄が悪い。
こんな統一性のない服装をしているボクらは、これから力を合わせて戦う。まぁ、そもそも思ってることもみんな適当にバラバラだし、それでも一緒にいられるのだから人同士の絆というのも不思議で、面白い。
少し経つと、小柄な〈漆黒〉の人がこっちに来た。確か姫鴇っていう諜報員の人だ。
「紅烏さん、伝令です。あと五十二分後、1300に鷲累さんを先頭にした突撃を開始します」
いよいよ始まるのか、とボクは身を引き締めた。
「そ。じゃ、もう移動開始ね」
姫鴇がいくと、アカはボクらの車、千風の隣に乗り込んだ。
「では、始めましょうか」
サキが車のキーをひねってスターターをかけた。
*
ご主人様――月神ツミは、東京湾の真ん中に城を建ててボクらを待っていた。
堀はなく、高い石垣と門が城を囲んでいる。蒼い月光の中で外壁は白くあやしげな光を放ち、青い瓦は海のように波打っていた。大きさは普通の城と変わらない。けど、その異様さで、各地にあるどの城にも比べようのない威圧感を眼下に放っていた。
その足元には、数えきれないくらいの異形がひしめき合っていた。そして異形の頭上に、浮遊している銀のマントの人が何人かいる。異形の軍団を統率する〈月の子〉だと思う。
鏃の陣を隊伍を組むと、〈漆黒の守護者〉の人たちは突撃を開始した。――目的は一つ、月神を倒しうるボクらの道を作ること。サキが頼んだとおり、あの人たちはボクらの露払いをしてくれるんだ。
突撃は力強く、けど門まで五十メートルというところで止まった。あとは、ボクらが進む番だ。
「get ready! 」
サキが陽気に言い、アクセルをべた踏みした。
改造されたワンボックスカーの、レースカーにも積めるV10エンジンがフル稼働を始める。強烈な推進力で、ロケットのように車体は前に出た。
鷲累達のつけてくれた道は、早くも埋め尽くされようとしている。
攻撃のはじめはボクの術。前方の重力を軽くする。
「吹き飛ばせ、ファルクラム!」
千風による、音速の風の召還。大地の支えを弱くされた異形達は、足掻くこともできず空に巻き上げられていく。
その間にアカが車を飛び降りる。
彼女は地面に降りたわけではなく、火炎の推力を使って車と並走し、すぐに屋根に立つ。そこで、大規模な攻撃術の用意を始めた。
「――この火焔は龍の吐息――」
風の中から火が編み出され、螺旋を描いてアカを取り巻く。
「紅龍火雷撃!」
獣の咆哮のような音を立てて飛んで行く、アカの火球。
「!」
前方で炸裂。
車は進み続け爆発の範囲に入っていくので、サキとボクとで車を護る。
灼熱を突き破り、ボクらは前進する。と、外から抗議の声が聞こえた。
「馬鹿野郎! 何人か巻き込まれただろうが!」
鷲累だ。短く太い銛のような槍を持って、二本の足で車と併走している。
窓から鷲累を覗いていると、頭上から答える声が聞こえた。
「悪いわね。先を急ぐのよ」
「そんなことは知っておる!」
反対側からも声。車の右側からは糸鶴も走ってくる。
気づけば城まで四十メートル。向こうの防衛ラインも最後の物になっている。
「減速しろ! 俺達が先行してやる!」
サキがブレーキを踏む。すると、まず糸鶴が車体の前に出た。
弦をこするような微かな音が、周りの音の中から聞こえた。
糸鶴が糸を加速を付けるように振り回している。
「Storm Runner! 」
糸鶴の手の先から放たれた細い銀の線は、遠くまで伸びていく。
そこで彼女の急制動。糸は一気に下に引かれ、群がる敵を頭上から切断する。さらに腕を水平に振ることで、みじん切りにされた肉片が宙に舞った。
「次は俺だな。――“轟雷”!」
鷲累が高く跳ぶ。一直線に、城門の前に浮かぶ〈月の子〉目掛けて。
隼の鋭さで月の子に槍が突き立てられる。
「烈!」という掛け声とともに、月の子を貫いて飛び出た穂先から稲妻が発し、残っていた異形のほとんどを打ち倒した。
――散り逝く命に安らかな眠りを。
戦争になった以上、誰かが死ぬことは不可避だ。残念なことに、ボクにその全てを止める力は無い。ボクにできることは、死んでしまった命達の冥福を祈ることと、早くこの戦争を終わらせること。そしてこの先の未来に死という“罪”を背負っていくことだけだ。
今は目の前に集中する。
扉には試すような弱い結界が張られている。ちょっと力を飛ばせば…………簡単に砕けた。
結界を壊し、物理的な扉は車体で突き破って、ボクらはついに求め続けていた場所にたどり着いた。
*
城の中は、言いようもない奇妙な雰囲気が漂っていた。
まずにおい。ふぅわりと深く香る沈香が焚かれている。強いにおいではないのに、それが嗅覚を占領して他のにおいを全然感じることができない。
音はなく、しん、とした静寂がここにある。重苦しい静寂、というわけではないけど、それがかえって不気味だ。外では激しい戦闘が繰り広げられていて、今も破った扉から見えているのに、その音も全く届いてこない。
床と壁は、仄赤かったり、仄青かったり、そんな極彩色の羽目板で覆われている。金属的な光沢をもち、でも触れると木のような温もりを持ってる。運動靴で上を歩くと、リノリウムのような感じがした。
天井は銀の梁と漆塗りの板で作られている。明かりをとるものはついていないけど、無機質に白い光は上から降ってくる。それも真上からまんべんなく降ってくるので、ボクらはどこに立っていても足元にちょっとしか影を作れない。
しばらくすると、扉がふさがり始めた。一秒の間に、青銅みたいな扉は外とボクらを完全に隔てた。
――かすかな衣擦れの音。
「「ようこそ、月の宮城へ」」
重ねられる二つの同じ声。ササヤキとナゲキだ。
今日の二人はまったく同じ柄の留袖ではなく、互いに鏡合わせになるように柄が配置された着物を着ていた。左右片方は瑠璃紺がベースで、もう片方の鈍色までグラデーションしている生地に、秋という季節に合わせたのか酸漿 (ほおずき)と銀杏のアクセントがちりばめられている。つやのない帯は銅色で、栗色の飾り紐を巻いている。
「出迎えありがとうございますわ。このままツミさんのところまで案内してくださいますの?」
サキの口調に挑発的な色が見えるのは気のせいだろうか? ――ううん、気のせいじゃない。なんだか気を昂ぶらせているみたいだ。
答えるのはナゲキ。彼女は見下すような笑みを浮かべ、
「残念だけど、それは違うわ。私達は一緒に踊ってくれる相手が欲しくてここにいるの。せっかくの宴ですものね」
「千風ちゃんに負けたあなたが、私に釣り合うと思っていますの? 邪魔をしたいのなら、はっきりそうお言いなさい」
やはり噛み付くように話すサキ。
二人は目線で火花を散らす。
「今日はずいぶんと吠えるのね、サキ。どうしたの? 声もまた低くなったみたいだし、女じゃない身体の具合になれないのかしら?」
それは、黙っていたササヤキの言葉。
虚を突かれた表情となり、サキは口をつぐむ。サキが黙り、ササヤキとナゲキが何も言わないと、あとに口を開く人はいない。
「サキ、気にすることは無いよ。ボクがサキと一緒にいるから。――ササヤキ、ナゲキ、戦いたいのならボクは相手になるよ」
「馬鹿じゃないの?」とアカ。 「ここで力を使って、ツミに勝てると思ってるの? ここはサキとキズ……千風にやらせて、私達は先に行くわよ」
サキを見る。彼は顔をしかめて、視線を何処ともなく空中に定めていたけど、ボクの視線に気づいて振り向いてくれた。――作り物っぽい笑みを浮かべて。
「任せてくださいまし。――私は大丈夫ですから」
本当に? と言葉にせずに思うと、答えるようにサキは言う。
「なら……口づけを、してください。私がまだ戦場に立っていられるように」
いつもの強引な調子のない、弱々しい要求。
ボクは何も言わず、そのとおりにする。
爪先立ちする彼と、ゆっくり唇を重ねる。――口付けは何度もしたけど、こんなふうにサキから求められてボクからするのは初めてかもしれない。
「私達は」サキが言う 「いつも一緒だよ」ボクが繋げた。
繋げた言葉は、心を繋げる。ボクをまっすぐ見る、彼の青い瞳がとても愛おしく感じられた。
「ならば、私はあなたの思うように戦いましょう。ですから、いってらっしゃいまし」
今度の微笑には、安心できる感じがした。いつもどおりの、不敵なサキだ。
千風のほうを向く。視線を合わせると、彼女はぱちりと笑った。
「あたしも頑張るから。何も心配しないで先に進みなよ」
「うん、信じてるよ。――あ、これ渡しておくね」
首にかけている八尺瓊勾玉を左手でつかみ、右手を千風の右手と重ねる。そうして彼女の中に、草薙乃剣を実体のない状態で送り込む。
「ん、いいね。あたし影薄いみたいだから、これで活躍させてもらうよ」
ササヤキとナゲキに目をやる。同じ顔の二人は、微妙に違うけど同じように目を細め、ボクとアカに一つの方向を示した。
「あちらに進みなさい。ツミのところまで行かせてあげるわね」
「でも何もないとは思わないことね。――もちろん、何があるかは教えないけど」
絶対何かある。でも、恐れる必要はない。――今さら。
ボクが歩き出したと同時、アカも隣に並んでいた。
ちらり、と互いに目くばせする。でも、もうごちゃごちゃ言うこともない。
ボクの後ろにサキ、ボクの前にご主人様がいる。
城の場所をどこにしようかな、と少し悩みました。あと〈漆黒〉が集まる場所も。
だいたい六話くらいで書こうかと思ってます。最後なので、限定解除でいきたいとおもってますが。
PCが新しくなったのにもだいぶ慣れました。誤字脱字があったら教えてください。




