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your earth  作者: 白亜迩舞
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7・0「fly me to the moon」

 アカとボクが戦ってから三日がたった。月の欠け具合からして、ご主人様の言った日まで後四日といった感じだった。

 サキとボクは京都の外れにある旅館に泊まっていた。のどかな景色、美しい日本家屋を見ながら日々をすごす。三食は毎回おいしい懐石料理。温泉まで沸いていて、とても贅沢な毎日だった。

 このお金のかかる日々を継続させているのは、アカを通してボクらに届く税金。申し訳ないなぁ、と思いつつもボクにはここを動けない理由があった。


 ポーン、と呼び出しのベルが鳴った。


「あら? まだお昼には早いですわ。どなたかお出でになられたのでしょうか?」


 それまで写真集に眼を通しながら暇をつぶしていたサキが、いそいそと立ち上がり玄関に向かう。揚羽蝶の柄が入った墨色の着物を身にした彼の後ろ姿は、ちょっと優雅でかっこいい。

 戸の開く音がした。ボクは布団の中にいて、ここを出ない限り玄関を見ることはできない。


「まぁ、アカじゃありませんの。どうしてここへ?」

「ご挨拶ね。私はあのあと忽然と姿を消したあんた達を、ずっと探していたのよ。それがこんな一日二十万もする高級旅館で悠々自適に休暇中? 少しは金の分だけ働こうって気は無いの?」


 アカはのっけから怒っているようだった。

 ずしずしと床を踏みならし、黒いスーツ姿のアカが部屋に入ってくる。間もなくして彼女は、寝室で横になっているボクを見つけた。


「あんた何しているの? 風邪?」

「ボクは……せ、生理痛だよ」


 アカは苛立ちと呆れがほどよく混じりあった表情を見せた。

「生理痛って、それだけで寝込んでいるわけ? あんたどれだけ甘ったれてるのよ?」

 厳しい口調で一言。彼女の剣幕に、ボクは布団の中で首をすくめることしかできない。

 けど、ボクには心強い味方もいた。

「そう怒らないでくださいまし、アカ。チヨは初めてなのですわ」

 サキがアカの背後に音もなく現れた。

 アカは彼の登場にぎょっとした顔を見せる。しかしすぐに仏頂面を作り直し、彼の言葉にとりあえずの肯きで応えた。

「そう、ならわかったわ。あんたは好きなだけ寝てなさい。――それよりもサキ。あんたは生理でも何でもなく、ただ暇しているんでしょ? 少しは先視を使って〈漆黒〉の作戦の組み立てに協力しなさい」

 それがアカの目的だったようだ。

 一方サキは、「いやですわ」といつも調子で一言。


「チヨが寝込んでいる以上、わたくしはチヨのそばを離れたくありません。なぜなら、私はチヨの所有者なのですもの。いかなる時もこの子のそばにいて、その変化を観察していたいのですわ」

「ボクのご主人様はツミだってば……」


 相変わらず、サキは変なことをいう。

 と、またそこでチャイムが鳴った。

 サキが応対に出る。


「あら、今度はキズオト――いえ、千風ちゃんですの」

「うん、久しぶりだね、サキ。お邪魔しちゃうよ」


 パタパタと軽い足音を伴い、玄関からセミロングの黒髪の女子高校生が姿を見せた。

「うん、チヨとアカもいるね。こんにちは、二人とも。全員集合だね」

 溌溂と挨拶する千風。

 アカが答える。

「――あんた、もしかしてこの場所のこと………」

「最初からわかってたよ。でもこっちの準備もあったし、アカに合わせてここに来ることにしていたんだ」

 にこにこと満足顔の千風。

 アカはただ深いため息だけついた。苦労してボクらを探したのに、千風はあっさり同じことをしたからだろうか。

 千風がくるりとこちらを向く。


「チヨ、具合はどう? 初めてだとちょっと大変だと思うけど」

「うん、まぁ大丈夫だよ。もう少しで終わると思うし」


 かちゃん、と音を立てサキがコップにお茶を入れて運んできた。アカと千風に座布団を示し、三人はボクの布団を囲んで座る。

「ふふ……ようやく役者が揃ったということですわね。こうして落ち着いて見ますと、皆さんずいぶんと様変わりされましたわね」

 皆さん、というのはボクも入っているのだろうか?

「あんたもね。この中で、唯一男じゃない」

 アカが冷静に言う。

 サキはにこりと笑みを濃くした。

「えぇ、そのとおりですわ。わたくし、チヨの生理が始まったとき、とっさに何をしたらいいか分からなくなっていましたもの」

 でも実際は、サキはちゃんとボクを助けてくれた。サキはいまだによくわからない部分があるけど、それでもボクにとっては心強い存在だ。


「そういえばアカ、あなた生理はありますの?」

「え?」


 突拍子もないサキの質問に、ボクは思わず変な声を出してしまった。

 ――もちろん、あるに決まってるよね。

 そう思ってアカの横顔を見ると、ちょうど彼女もこちらを向いて目と目が合ってしまった。

 アカがボクの名を呼んだ。

「あんたはどう思う? ――もしかして、知っているのかしら?」

 まるでなぞなぞを始めたみたいだ。

「ううん、知らないよ。でも……アカも女の子だよね、ないわけ……」


「ブブー!」


 突然の 「ほべしっ」 千風の声。――間髪入れずアカが千風に突っ込みを入れた。

「びっくりするじゃない。――ま、そのとおりだけどね。私は太陽の霊力を使っているせいか、“月”に縛られる月経はないの」

 サキが言葉を継ぐ。

「日神〈天照大神〉は治める神であっても、産み出す神としての能力は薄いのです。古事記では、一応“宇気比(神を産むこと)”をしていますけどね。しかしそれも建速須佐之男命 (スサノオ)に負けています。――チヨ、私が言いたいことがわかりますか?」

 ボクは分からなかった。

 するとサキは相好を崩し、にたりと笑った。なんか嫌な感じ。

「察していただけなくて残念ですわ。つまり、私達でたくさん子供を作っていきましょうということです。できれば今すぐ――ぐっ?」


 アカがエアチョークでサキの言葉を元から止めた。


「ちょうどいいから、このまま連れて行くわ。じゃ、また近いうちに会いましょう」

 腕をサキの首にかけたまま、彼を引きずってアカは去っていった。

 あとに、ボクと千風だけが残された。

「ね、外で話ししない? 今日はいい天気だし。――動けるんでしょ?」

 ボクは肯いた。

「うん、寝てるのが好きだから寝てるだけだよ。猫だから」

「猫だから、か。本当にそのとおりみたいだね。――じゃ、行こっか」



 *


 宿から少し離れ、見晴らしのいい川沿いの茶屋に来た。そんな場所にきてふと気がつくのは、季節がいつのまにか夏から秋へと移ろうとしていたこと。木々はちらほらと紅くなり、景色は少しずつ秋の色になっていた。

 涼しい風を浴びながら、千風とボクの二人は白玉あんみつを食べる。煙水晶のような白玉は、少し尖っているボクの歯にまとわりつくので食べづらいけど、あんみつ自体は甘ったるくておいしい。


「ねぇ、チヨ。変なこと聞いてもいいかな」


 わざわざの前置き。遠慮の少なそうな千風には珍しいと思った。

「チヨはサキのことどう思ってるの?」

 ――この問いはまだ真打じゃない。

 けど、難しい質問だ。ボクは少し考えてから言う。


「サキは、ボクにとって大切な人だよ。好きなところはいっぱいあって、嫌いなところもちょっとあるけど、ボクにとってかけがえのない人。サキがいなければ、ボクは不安でいっぱいになる。サキがそばにいてくれれば、ボクにとってそれ以上心強いことはない。ボクは、サキのことを――」

 愛してる。

 とは言えなくて、まだ。

「大好きだよ」


「じゃあさ……サキと子供、つくりたい?」


 普通の少女らしい恥じらいの見せ方だった。千風にもこんな面があったのかと、ボクはちょっと驚く。――演技かもしれないけど。

 上目遣いの千風に、ボクは少しためらってから

「…………うん、そうだね」

 ――言ってから恥ずかしくなった。

 やっぱり、と千風は顔に書いていた。呆れたような、でも悪い感じのない笑顔に。

 千風は答えを予測していたからこそ、こんな質問をしたのかと、ボクは思った。


 ボクは子供をつくりたい。


 それはボクが大地と絆をもつものだから。種を受け取り産み出す、大地と同じ本能をボクは持っている。本能だけに従えば子供の父親は誰でもいいのだろうけど、ボクは本能以外に感情も持っている。そのボクの感情とはもちろん――

「サキ以外にはいないと思う。ボクと子供をつくる相手は。……今のところは、他のだれも考えられないよ」

 向かい合う千風は、とても優しい、慈愛に満ちた微笑みでボクを見ていた。


「なんか幸せそう。――でも、男の人はほかにも沢山いるよ。よく考えたほうがいいと思うよ」

「…………え、と……」


 答えに詰まってしまった。

「あはは、そんなまともに反応しちゃだめだよ。好きなんでしょ、サキのことが? だったら、それだけでいいじゃない」

 ボクは気恥ずかしくて頭をかいてみた。

 ちょっと、千風は表情を引き締める。


「だけど、まずは終わらせないとね。私達と、月との間の物語を」

「――そうだね。ボクの子供が生きる世界は、うつつまぼろしとかのしがらみを越えた新しい世界だといいな」


 と、千風が笑いをなくした表情でボクを見ていた。

「何があっても、サキとチヨだけは守ってみせるよ。――命に代えても」

「な、何言ってるんだよ。……まるで千風が死んじゃうみたいじゃないか」

 突然の千風の言葉に、ボクは動揺して早口になってしまう。

「死んじゃうかもよ? だって、これは戦争なんだもの。チヨだってもうそれくらいわかってるよね?」

 ――わかってる?

 ボクはそんな“殺し合い”とかを否定し続けてきた。いろいろ言われたけどボクはここまで来たし、千風だってボクのことを認めてくれていたはずじゃ…………

 頭がぐるぐるしてきて、困ったままそらしていた視線を千風に戻す。

 すると千風がうつむいたまま小刻みに肩を震わせていた。彼女は――笑っている!

「千風……っ」

「気づいた? 冗談だよ。ほんの少し、シリアスにしてみようかなぁって思っただけ」


 冗談……


「ボク、冗談は苦手だよ。――千風も人が悪いよ」

「チヨがお人好しなだけだよ。ま、それが良いと思うけどね」

 そう言って千風は腰を上げる。去ろうとする彼女を、軽やかな風がふわりと取り巻いた。


「じゃ、今度は新月の夜だね。そして、それからもまたこうして会えるように頑張ろうね」

「うん、誰も死なないよ。死なせない。新しい世界にみんなでいたいから。――そのために、ボクは全ての力を使うよ」


 千風の背を見送りながら、ボクは思う。

 すべての想いを知るために、ボクは旅に出た。そして今、ボクは想いを賭けて戦おうとしている。

 世界はいま何を想っているのだろうか? いまだに、というかこれからもないだろうけど、ボクは世界の想いを知り尽くすことはできない。ボクが大地を介して感じている想いも、ほんのわずかなものだ。

 でも、ボクは願う。世界が安らかなものになりますようにと。皆が、そうなってほしいと想ってくれますようにと。



 *


 その夜、サキと手をつないで寝る。畳の上に二つ布団を敷き、間をちょっとだけ作って。

 寝室の闇の中、つないだ手は見えないけど確かにつながっている感触はある。そう、ボクは安心と一緒に思う。


「あなたは恐れないのですね。変わりゆく自分を」


 ふいにサキが言った。

「そうだね。――まったく恐くないわけはないけど、ボクはボクのままだと思ってるから。いま変ってるのは身体で、心の器だけ。だから、心が、想いが変わらなければ、ボクはボクであり続けられると思うんだ」

 サキの答えはない。

 ボクからサキへ問いかける。

「サキは、ボクのこと好き?」


 一分間の沈黙。


「はい――わたくしはあなたのことを愛しく思います」


 ぎこちない言葉だと思った。でも……こんなサキ、今の彼の気配はいつもと違っていた。

 けど今は言葉をつなげる。

「なら、良いよね。ボクらは互いに想い合ってる。想い合ってるから、支え合える。――ボクがサキのことを頼りに思ってるように、サキもボクを頼ってくれればうれしいよ」

 吐息が一つ零れた。闇の静けさに、ふうっと消えた。


「あなたはお強いのですわね」

「ボクは強くないよ。でも、“みんな”がいてくれるから。大地、サキ、アカや千風たちが。それはサキも同じはずだよ」


 ぎゅっと手が握られた。

「私はかつてツミさんの悲しみを慰めようとしました。でも弱かった私は彼の悲しみを少しも背負ってあげることができず彼の胸の中に冷たい怒りを作らせてしまったのです」

 小さな声で、区切れなくサキは言った。まるで懺悔するように。

 サキが悔いを口にするなんて、今まであり得ないことだったと思う。でも口にはしなかったけど、これまでもずっとサキはこんな悔いとか戸惑いとかを押し隠してきたんだ。小悪魔のようにお気楽に振舞う、その影で。


「大丈夫だよ。悲しみと過ちの連鎖は止められる。―― 一緒に行こう、サキ。二人なら、何も怖がることはないから」


 手が引かれる。まるで、ボクの手にすがるように。

「えぇ。――離れないでください」

 会話はここまでだった。



 この夜、ボクらは身体を重ね合わせることはなかったけど、はじめて心を重ねることができた気がした。――はじめて、サキの素顔というものをボクは見ることができたと思う。

 サキもやっぱり弱い心を持っていて、それを隠していた。でも、だからこそボクは確信した。

 この人となら、どんな大地の上でも、どこまでも歩いて行けると。互いの弱さを曝け出すことができた今だからこそ。


帰ってきました、京都から。いろいろ疲れて、おまけに目の前にやることが山積していて調子が狂ってます。


今回は間幕でした。

解説、というか注釈を一つ。

建速須佐之男命はタケハヤスサノオノミコトと読みますが、“スサノオ”というほうが知られていると思います。“スサノオ”は日本書紀の言い方です。この物語のネタはとりあえず古事記だけに絞っているのです。


しばらく投稿は遅めにやると思います。しかし最終幕なので、どうかお付き合いください。

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