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your earth  作者: 白亜迩舞
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6・4「紅帝」

 屋上へ続く階段を上る。

 堅いコンクリートの階段に音はなく、荒いボク自身の息の音だけが響く。

 ――大丈夫かなぁ。

 糸鶴の前では半分強がったみたいな感じになっちゃったけど、ボクはかなりボロボロだ。

 血が足りないし、傷もシクシクどころではなくズキズキと痛む。少ない大地の加護を集めて、今歩いている最中にも治療しているけど、とうてい治しきれない。……とりあえず血だけは止めていけるかな、という状態。

 こんな状態じゃアカには勝てない。

 でも何であろうと、ボクはボクのありったけでアカとぶつかればいい。


 ――どうしてボクはアカと戦うのだろう?


 勝負とは優劣をつけること。優劣はものごとに優先順位をつけるための物で、その‘ものごと’というのがボクらの場合は、ツミと戦う順番みたいなものと直結している。

 サキは (詳しい理由はわからないけど) ボクの後についてくることにしてくれた。千風はこの世界が守れればそれでいいから、ツミと戦うことに拘っていない。

 そうなれば、ボクとアカ、どっちがツミと戦うかだ。

 ボク自身はアカと一緒にご主人様と戦っても良いと思う。そもそもボクの力は防御や援護に傾いているから、本来は一対一で真っ向勝負するには向いていない。反対に、アカの力は攻撃一辺倒な感じだから、ボクと協力してくれればすごく戦いやすいはず。

 だけど、アカはボクと一緒に戦うことを快く思わない。それどころか拒絶さえする。その理由は明白で、独占欲の強いアカが一番大切に想う人、恋人であるツミを、戦いの相手だとしても独占したい気持ちがあるからだ。

 でもボクもご主人様と戦って想いを交わしたい。だからボクがご主人様と戦うためには、アカに勝って彼女よりボクの立場が上であることを示さなくちゃいけないんだ。

 ――あぁ、勝たなくちゃ。

 アカは感情面ではボクを認めてくれている。だけど、それだけで自分が一番焦がれた瞬間を譲ってくれるほどアカは甘くない。

 そう、勝たなくては意味がない。全力でぶつかればいいとか、そんな甘い事じゃアカは今以上にボクを認めてくれない。


 ――となれば、ここは一つ反則してみるか。


 首にかけてある八尺瓊勾玉やさかにのまがたまを握り、そこに組み込んである千風の封印を解除する。同時に、一つの想いも送信する。


 そうこうする内に、階段の終わりに来た。

 屋上へ続くドアを開く手に、不安と怖れが一片もなかったのは良かった。



 *


 ドアを開けると、一陣の風がボクを迎えた。

 黒い空、蒼い満月。殺伐と吹く夜風の中、アカは真朱の狩衣をはためかせてボクを待っていた。

「待ちわびたわ、チヨ。感謝なさい」

 開口一番、アカはそう言った。

 ――なんだか、女王様態度に磨きがかかったような……。

 アカと十メートルの距離をおいて、ボクは彼女と向かい合う。


「うん……ありがとう。待っててくれたこと、それとボクと戦ってくれることに」

「はぁ? あんた、なんか勘違いしてない?」


 舌打ちが聞こえてきそうな、苛立った言い方だった。

「私はあんたがどれだけの力を持っているか知りたくて戦うことにした。あんたのお人好しの筋金がどれほどの物か、私は見てみたいだけ。――力とは正義。あんたの力がその甘っちょろい正義を貫くのに不相応な力だったら、私はあんたを殺す」


「――うん、わかってる。ボクはアカを倒して、自分の力を証明するよ」


 それがボクの信念を貫くために必要だから。

 対してアカは、何だか呆れたように頭を掻いた。

「……やっぱりあんたとは波長が合いそうにないわ。ま、とりあえず始めましょう」


 アカが炎を呼ぶ。

 赫い炎。右手の人差し指と中指を揃え剣印を結ぶと、炎はその先端に点りバーナーのようにまっすぐ燃え始めた。

「赫き炎の中に、来なさい私の剣」

 召喚の詞。

 まっすぐな赫い炎の中に、剣が姿を顕す。

 抜き身の剣は静かにアカの手におさまる。サーベルのような、細身で両刃の金色の剣だ。


「神剣〈高御産巣日たかみむすび〉。ツミ(あいつ)の持つ神剣〈天乃常立あめのとこたち〉に対をなすうつつの剣で、〈SEME〉が保管していたのをついこの間もらったの。実戦で使うのは初めてだから手加減はできない。――する気もないけどね」


 猛る炎が〈高御産巣日たかみむすび〉を包む。

 アカが切っ先をゆっくりと天に向けると、赫い炎が天をついた。

「じゃあ……死になさい。その甘さごと焼き尽くしてあげる」

 剣が振り下ろされる。

 その瞬間、ボクは自分のお人好しを後悔した。

 ――世界が砕かれ始めた。



 *


 落ちる。

 灼熱の中、落ちる。

 高さにして百メートル、四十階分の高さをボクは落ちる。

 着地はいつも通り大地が手助けしてくれるから問題はない。それよりも……

 地面に降り立ったボクは、目の前に広がる景色に愕然とした。


「ビルが……、――サキ!」


 ビルは完膚無きまでに破壊されていた。高温の爆発のせいか、瓦礫は赤く半融けの状態で燻っていた。

 周囲のビルも身を削られている。電気は消え、すくむような静けさだけがある。


「ふん、こんなものかしら。もうちょっと威力があると思ったんだけど」


 けぶる破壊の向こうから、アカがすまし顔で現れた。

「アカ、なんて……なんて酷いことをするんだ! サキが……サキや鷲累や糸鶴、他のみんなが………!」

「あぁ、どうなったのかしらね? 簡単には死なないでしょうけど、瓦礫に生き埋めかもね。――探してみたら?」

 そのとおり、ボクは赤熱する瓦礫の中に飛び込む。

「――馬鹿馬鹿しい」

 大地が警告を発し、ボクが防御結界を張ったのと同時。

 アカが〈高御産巣日〉を一振り、水平に薙いだ。

 炎が駆け抜ける。

 次の瞬間には、赤々と煮えたぎるコンクリートとアスファルトしかなかった。

「これで……生きてる人間はいなくなったかしら?」

 忍び笑いを伴った言葉。

「アカぁー!」

 自分の中で何かが切れるのを感じた。


 ――殺してやる。


 この女は生かしておいてはだめだ。ボクの中で怒りが――これまで感じたことのない激しい感情が――そう囁いた。


「はは……あんたもちゃんと怒れるのね。――上等じゃない。来なさいよ。その煮えたぎる想いを、私にぶつけてみなさいよ!」


 ボクは雄叫びを上げ、拳を振り上げる。

 拳には、足下からはぎ取った解けたアスファルトとか土砂とか、合わせて二百キログラムを超える塊がついてくる。

 力が疼く。地上に立てたおかげで、大地の力がボクの中にどんどん満たされるのを感じる。傷ついた身体も、急速に癒され始める。

「――ぃけえ!」

「消えなさい!」

 塊を投げつけると、アカが高御産巣日を振るって迎撃する。

 かなりの量が土砂が、火が激突し飲み込んでいく。

「――!」

 なんと、火炎は大量の土砂を飲み込んでなお燃え続け、ボクに飛んできた。

 重力球を放って炎を足止めする。その間に、ボクはアカの側面に回り込む。

「そこ!」

 アカが乱暴な動作で剣を横に振る。

 灼熱の衝撃波が、ボクと、その後ろにあったビルを同時に打った。

 踏みとどまれずボクは転ぶ。

 そこに、さらなる追撃があった。


紅帝雷裁掌コウテイライサイショウ!」

「――! 大地よ、ボクを高く厚い壁で守って!」


 ボクの言うとおり、二十メートルくらいの壁が立ち上がって炎を受け止める。

 だけどその壁も長くは持たない。刻々と炎になめられて薄くなっていく。

 突破される前に、ボクは壁を登りはじめた。

 重力を制御し、垂直な壁を床に見立てて走る。

 崩れ始めた壁を蹴り到達した高さは地上十八メートル。アカの真上から、ボクは自由落下を始める。


「『六(陸)式封印術! 美しき四角錐よ、大地の威力示して騒ぐ力を鎮めよ!』」


 アカを中心にした正方形の頂点から、ボクに向けて石の柱が伸びる。

 石の柱が交差し、形作る辺だけの四角錐。これはボクのピラミッドだ。

「押しつぶせ!」

 ピラミッドの頂点に立ち、アカを見下ろしてボクは叫ぶ。

 通常の二十倍の重力がピラミッドの内部に発生し、アカを圧迫する。

「く――!」

 自分の体重を支えきれなくなったアカが膝をつく。

 炎を推力にして、もしくは〈太陽〉に含まれる天の属性を使って、空を飛ぶこともできる彼女だけどボクのかけた封印術の中ではそれもできない。――ボクがそうさせない。

 これほどの封印術を使ったのは初めてだった。この術にかかったら普通の人間は言わずもがな、力の弱い術者でも精神に過負荷が掛かって死んでしまうだろう。


 ボクはアカを殺そうとしていた。


「薙ぎ倒せ、大地の豪腕!」


 ピラミッドの床が隆起し、アカを打つ。それも何度も。

 立つことも叶わず、弄ばれるアカ。

 良い気味だと、ボクは思った。

 しばらくアカを打っていると、砂埃でピラミッドの中が見えなくなってきた。なので少し止めて中を観察すると、彼女は全身を赤くして倒れ伏していた。――高い回復力を持つアカだけど、力が封じられる結界内だとやっぱり回復が遅い。あとは心臓に杭でも突き立てれば殺せるだろう。


「――やってくれるじゃない」


 むくりとアカが立ち上がる。強い重力下で、加えて全身骨折しているだろうにそれと感じさせずに。

「――!」

 ピラミッドが一撃で砕かれた。

 ピラミッドに代わり、直径20メートルくらいの炎の柱がアカを包む。

 ボクは退いてそれを見るしかない。


紅帝鳳凰斬コウテイホウオウザン!」


 巨大な炎の波が、地面を裂きながら猛進してくる。

 速すぎて避けられない。ボクは地に足をこすりつけ、向かい受ける。

「『固き金剛の盾。砕かれぬ力、我が前に示せ!』」

 硬いダイヤモンド、燃えない石綿、そんなものを融合させ鎮めの力を付加した盾を作る。

 盾は第一撃を難なく受け止める。

「なかなか良い防壁ね。いつまで保つかしら?」

 ボクの視界を覆う盾の向こうで、アカが興奮して剣を振るう。

 第二撃。これも問題ない。

 第三撃、第四撃。盾を残して攻撃に出ようとしたら、周囲が炎の海で身動きできないことに気付く。

 第五撃。盾がひび割れ始める。逃げたいけど、逃げられない。ボクの動揺は盾を脆くする。

 第六撃。ひびから火が噴き出した。

 第七撃―――来ない?


 アカはしびれを切らしたのか、いつのまにか盾の間近に来ていた。


「散りなさい!」

 神の名と力を持つ剣が、直接盾に打ち込まれた。

 その効果は爆発を凌駕した力の奔流。

 一瞬にして目の前が白くなり、ボクは無抵抗に天高く打ち上げられた。

 着地は激突。何だかもう、右も左もわからなくなった。


「魔女は火炙り、猫も火炙り、――あんたも火炙りにしてあげる」


 全身が灼熱に包まれたのを感じた。

 そこに苦しさはなかった。前にアカの炎に呑まれた時と同じ、ただ崩れゆく滅びに身を委ねたくなるような甘みのある誘惑だけを、ボクは感じた。

 ――だめだ、まだ死ねない!

 アカを殺したい。心に燃える憎悪が、ボクの身を包みアカの炎から守る。

「へぇ……楽しませてくれるじゃない」

 この状態はそんなには保たない。

 でも、それでいい。もうすぐ、ボクの呼んだ強い力が来る。



「凍る風、あたしの翼となれ! グリペン!」



 速く、冷たい風が炎をかき消しながら空を駆け抜ける。

 白い氷雪で蒼い月下に綺麗な軌跡を描き飛行する何か、それは――

「まさか……キズオト!?」

 着陸する。

 雪花が、可憐に撒き散らされる。

 ボクに顔を向けて立つのは、確かに千風だった。空色の瞳には毅然とした光があり、口元には落ち着いた微笑がある。

 身にしているのは彼女の学校の制服だった。黒いブレザーで、襟元の緑のラインが夜闇に鮮やかだ。


「来たよ、チヨ。この世界を守る、チヨの力となるために」


 ちらとアカを見て、千風はボクの方に歩み寄ってくる。

「ありがとう、来てくれて。でも……サキが……!」

 千風は手の届く近さでぴたりと立ち止まる。アカと同じくらいの背丈の彼女は、普通の人より背の高いボクをじっと見上げる。


「――チヨは、アカをどうしたいの?」

「ボクはアカを殺したい。サキの仇を――!?」


 ぴしゃりという音が響く。

 頬に軽い痛みを覚えた。

 自分が平手打ちされたということに、ボクはしばらくしてから気付いた。


「まさか、チヨまでが月の魔力に呑まれるなんてね」


 冷静な声で千風は言った。

 ――ボクが、ご主人様の魔力に惑わされている?

 見上げた漆黒に、月が冷たく淡く輝いていた。


--解説--

高御産巣日神たかみむすびのかみは天照大神よりも高位の神。天之常立神と同じ別天津神です。古事記には天照大神と一緒に号令を下す部分があるので今回の起用となりました。

この物語において、武器は力を纏め増幅させる効果があります。アカにも何かないかなぁ、と割と急いで考えました。


グリペンはスウェーデンの戦闘機。スウェーデン→北の国→凍る風、の連想です。


今回チヨが意外と頑張りました。当初の予定ではもっとこてんぱんにやられるはずでした。憎悪という感情がなせる技でしょうか。

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