3・4「大地の強さ」
「――!」
天の焔と地の焔。呼応し合い、ひたすら荒れ狂う金色の影。
「アカは……いったいどうなってるの?」
聞けば大地は答えを送ってくる。けどあまりの量の情報が一度に寄越されてくるから、ボクの頭では捌ききれなかった。
四方を炎に囲まれた土の上、辛うじて張った結界の中で呆然としていると傍にサキが来た。彼も光の盾で身を護っている。
「知りたいですか?」
こころなし硬い表情のサキ。
ボクは彼を促した。
「つまり、アカの力は小さな火に限らない――彼女の火は太陽に由来するものだったということです。普段は意識的にかそれとも無意識的にか、自分の力を固く封じているので彼女の太陽の霊力が発動することはありません。けれど、生命に危機など緊急事態に陥り意識が乱れると、彼女の解放された霊力は暴走をはじめるようなのです」
生命の危機というか、さっきのは……
「アカはほとんど死にかけていた。でも今は元気そう。――彼女は死なないの?」
サキの瞳に険しい光が宿る。
「死なない、と言うよりかは、死にづらいと言った方がよいでしょう。火は根本を断たない限り火自体を切っても揺らめくだけです。そのように、火の属性とは暴力的な破壊生と復元性。そして、その上位としての太陽の属性は――」
「――死と再生。昇っては沈む太陽の巡りと同じ」
アカの咆吼が途絶えた。
降り注ぐ、太陽の光と共に、たった一人の女性の憎悪が熱い。一人の人間がこれほどの力を持ちうるものだろうかと、ボクは半ば感心しつつ思った。
真っ白な炎天の中心に、彼女は大きな金の双翼を羽ばたかせ留まっていた。高さは五十メートルほどだろうか。見上げると首が痛い。そのまえに眩しくて眼が痛い。
太陽を背にして、彼女は憤怒を込めて下界を見ている。
「まずい……アカはここいら全部を火の海にする気だよ」
そう、あの高みから見渡せるすべての範囲が彼女の攻撃対象だ。額面通り、今のアカに見境はない。
「力に溺れた者はすべからくああなるものですわ。……逃げますわよ、チヨ」
「えぇ!? だめ――絶対だめ!」
ここいらは、ついさっきまでご主人様の支配していた夜の境界、その端のほうだった。ちょっと行ったところには、何も知らされていない人達が暮らしている。
「彼女を放って置いたら、きっと何も知らない人達の街を襲ってしまう。
それにあの炎に焼かれたら大地そのものが大変なことになる……夢が帰ってきているせいで現の大地の力は弱っているから、最悪何百年も草一本育たない場所になっちゃう。ボクは、大地に力を借りるものとして、そんなこと許すわけにはいかない」
ボクはサキと向かい合った。
「サキ、ボクはここに残るから、サキは逃げて。……正直、できるかどうか自信ないから」
「――わかりました。終わりましたら迎えに来ますわ。ですから、死なないでくださいまし」
ふいとサキは踵を返し、ボクに顔を見せずに行ってしまった。恐いのだろうか? ボクの恐いけど、それ以上に、アカをなんとかしなければと言う想いがボクを踏みとどまらせていた。
天に昇ったアカの方を見る。
太陽の霊力を、暴走状態とはいえ行使する彼女は力の大きさだけならツミに匹敵する。対して、ボクはまだまだ大地の力を使いこなせない。力の差、互いのいる場が天と地に分かれていること、術者としての位の差。そういったものがボクの力を彼女から遮る。
ボクはアカを倒すことはできない。
ボクにできることは一つ、彼女の力と想いを受け止めること。
足を肩幅に開く。すでに熱によって砂となってきた地表は、足を滑らせるとザリと音を立てる。
大地の力が変化している。
地殻の内奥に蠢くマグマが、アカの力に呼応して騒いでいる。攻撃的な大地の力。でも、ボクの必要とする力はそんなものじゃない。
「『大地、其は揺るぎなきもの』」
昂ぶり続ける大地を抑える一言。
「『大地、其は盤上なるもの』」
攻撃に備え防御力を高める。
「『広き大地、力強き腕はすべてを受け止める』」
そしてこれが本命の言葉。
けれど、昂ぶりを止めようとしない大地はボクの望む状態にはなってくれようとしない。
なら、ここからは術を使う。
「『我と絆結びし大地。我が声に耳を傾け、我が命に従え……!』」
――術とは、自身の制御下に置いた存在の力を行使すること。言うなれば、術のパワーソースは自分より下位の存在と見なされる。
でも、ボクと大地の関係はそうじゃなかった。ボクが命令しなくたって、大地は想い一つで応えてくれた。
けど今ボクは大地を術の対象とした。そのことに大地は驚き、微かに震えはじめていた。
「――お願い、力を貸して。代わりに、ボクの命を取ってもいいから」
戸惑い、同情、理解に貪欲。様々な大地の思いがあって、しかしそれらすべてがボクに向けられて一つになる。そうして、ボクの準備は整いはじめる。
ボクはアカに呼びかける。
「アカ! ボクはアカを受け止めてみせるよ。でも……でも、できるならアカとは戦いたくない。力をぶつけ合っても想いは伝わらないから。ボク達は戦う前に、話し合うとかできることがあると思うんだ」
ボクの言葉は地面の震動に増幅されてアカに届けられる。アカは反応した。うるさそうに、地上を見下ろした。
〈〈〈〈滅びろ〉〉〉〉
音ではない言葉。言葉は火の矢となり、地面に降って爆発した。
「――っ!」
半径200メートルに及ぶ大規模な爆発。爆心はボクではなかったけど、範囲内には入っていた。衝撃はとっさのバリアで防ぐ。けど、その一秒後には息つく間もなく次の爆発があった。
〈〈〈〈滅びろ〉〉〉〉
〈〈〈〈滅びろ〉〉〉〉
〈〈〈〈滅びろ〉〉〉〉
爆発の連打。それは時に全然遠い場所でも起きる事があるけど、多くはボクをのみこんでいる。
地面が揺さぶられ、削られていく。巻き上げられた土砂は爆発に翻弄され、終には地面に変えることなく融けて蒸発してしまうものもある。荒れ狂う嵐のような爆裂の中、バリアを張って必死に耐える。
だけど、アカの力はまだまだこんなものじゃない。彼女の本気を引き出すべく、ボクは大地の怯えをなだめつつアカに再度呼びかける。
「ねぇ……アカは何がしたいの? ただ復讐したいの、ツミに? ――復讐に何の意味があるの? 暴力だけじゃツミにたどり着けない。激情だけじゃ、大切な人に想いは伝わらないんだよ、アカ!」
「うるさい! あんたなんかに、何がわかるのよ!!」
それは理解を拒む言葉。
アカは狂っている、そうボクは思う。そして同時に、彼女はただの泣いている少女なんだとも。
彼女は恋した人に捨てられ、泣くだけの少女。それから彼女にとって五年経ったけど、時間の経過は身体を成熟させただけで心には届かなかった。宇宙とか、世界の在り方とか、そんな大きなものが彼女の心から慰めの時間を奪ったんだ。
「――その炎こそ始原の焔。万物生滅の権、すべてその焔にあり。焔の力、我にあり!」
何より、あの燃える力こそアカを苦しめている。彼女の視界を遮り、激情を駆り立て続ける炎。
「『大地よ、其は砕かれぬ忍耐と慈愛もて己が上のものを支えるもの。ならば大地、絶対不屈の力、我が命の気と引き替えに与え給え!』」
――受け止めるよ。
ただ、かわいそうだから。誰も慰めることのないアカを、ボクが抱き留めてあげる。
「四界消滅緋王塵!!」
――――…………………………………。
*
あとになっても、あれは何だったのかと思う。
アカの攻撃に包まれた瞬間、ボクは抗うことなく白い流れに呑み込まれた。
それは炎ではなかった。炎にしては熱すぎた。
それは熱ではなかった。熱にしては眩しすぎた。
それは光でもなかった。光にしては苛烈すぎた。
それは力。純然たる神秘霊力。清流のように澄んでいて、風のように軽やかな暴力。
何もかも白い世界。そこに、何もなかった。光のような熱のような炎のようなものの中、ボクだけが在った。
何もない。立っていた大地さえない。
――アカはどうなったのかな?
ちゃんと彼女を受け止めてあげられただろうか。
どうでもよくなってきた。何しろ、ここには何もないのだから。
これが滅び。一切の消滅。ボクも、すべてと一緒に消えていきたくなった。
「――それがあなたの願いですか? チヨ」
聞き親しんだ声、今は聞けないはずのネガイの声がボクに呼びかけた。
そして、答える前にさらに呼びかけがあった。
「あなたは、自分が誰のものか忘れているようですわね」
「……ボクはご主人様のものだよ」
その中性的な声は、ボクの所有を要求する。
ボクはそれが嫌だけど、そんな偽りのない彼が好きだった。
「――サキ」
*
白い世界のあとは、包み込むような薄闇があった。
身体の下には地面があり、ボクは大地に横たわりながら膝枕をされていた。
「サキの力って、光だけじゃなかったんだ」
問いかけると、彼の手がボクの細い髪を撫でた。
「ネガイから受け継いだ、本当のものです。あの散弾銃は、ほんの見かけ倒しですわ」
一息。
「でも、本当は恐かったんですの。ネガイのくれた力は底知れないもの。私に扱いきれるか、心配だったのです」
でも、と逆説の詞。彼の気配が笑う。
「あなたは自分の力を恐れない。いつも目を反らさず、対話を続けている。だから、私も見習おうと思ったのです。――そして、大地は闇と共に在るものです。なので、私もそのようにあろうと決めました」
サキはボクの手を取った。小さくて、やわらかい手。
身体を起こして向かい合うと、薄闇の中彼の双眸の天色がよく見えた。
「ありがとう、サキ。――でも、いいんだよ。大地はその内に闇を持つけど、その表はあたたかい光に温められている。だから、サキは闇と光どっちでも、サキの思う形でボクと共に在って」
サキが照れたように顔を伏せた。珍しいことだ。
その瞬間、闇が消える。
ボクは二つの光を見た。一つはボクらを包む、優しい春の日差しのような光。もう一つは、その向こうにあるすべてを焼き尽くす焦熱の光。
大地はすでに大きなダメージを受けていた。けれど、今はサキの影から流れ出す闇に覆われて保護されていた。そして大地は自らの再生を後回しにして、ボクに力を送り続けてくれていた。
「ごめんね、みんな。これが済んだら、好きなだけボクの命の力を取っていいから」
しかし、大地は要らないと答えた。これからも力を合わせていこうと。
「……うん! ボク頑張るよ。一緒に、頑張ろう」
大地が奮起する。目に見えないエネルギーの流れが渾々と湧きだし、足の裏を伝わってボクに流れ込んでくる。
「チヨ、アカの力を受け止めるのは不可能です。そして、無意味です」
黒い服の彼が言った。ボクはその真意を尋ねた。
「彼女は自分を見失っている。今の彼女にしてさし上げるべきことは、それこそ自分と向き合わせて自らが何をしているのか自覚させること。そして、正気に戻れと殴りつけること。――はっきり言って、あなたのしようとしていることは単なる甘やかしであり偽善ですわよ、チヨ」
「偽善……」
サキはほほえむ。少し寂しそうに。
「あなたの人の好さ、優しいところは素晴らしいことです。私だって、できればアカを抱きしめて慰めてあげたい。それをしようとしたあなたの心意気、勇気は褒められて然るべきです。――ですが、今それをすることは不可能なのです、チヨ。私達の力では彼女の力を抑えることができない。悔しいですが、現在の私達では彼女を抱きしめてあげられないのです。だから残ることは一つ。……理解してくださいますか?」
非情なものの考え方だと思った。でも、サキの言うことに反駁する事はできない。ボクの力は弱すぎる。
「……うん、わかった。でも、あまり酷いことは嫌だよ」
「えぇ、同感ですわ。――アカは私の友人なのですから」
彼と笑みを交わすことができた。大丈夫、なんとかできる。そう思えた。
「『鏡となれ大地よ。地上にある全ての事象を映す、曇りなき鏡に』」
「Light is energy. I reflect energy, as I am a person who can operate light」
(光は力なり。我、光操る者として、力を跳ね返す)
大地が鏡面化しそこにサキの力が加わり、あらゆるエナジーを跳ね返す盾となる。
二人の力を一つにして、アカの力を跳ね返す術を発動させる。それは、重いものを押し返す感覚に似ていた。
「いっっけ――!!」
地から天へ、反射された力は光の塔をなし全てを貫き通す。
空が震えた。
サキの心情がいまいちはっきり描けていない気がします。私自身、彼の気持ちを理解しているのかしていないのかはっきりしません。
戦闘はどうだったでしょう。アクションが少ないので、もっと壮麗で派手なイメージを喚起できる表現にしたいものです。
次回は二・三日後に提出します。




