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your earth  作者: 白亜迩舞
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3・2「激突のはじまり」

 火が走る。火が踊る。火が叫ぶ。

 実体のないそれから放たれる光は、夜を退け月の色を奪う。

 渇いた風が荒れ狂い、眼や肌を痛くする。

「いっけー、重力―!」

 光を呑み込んで黒くなる、小さな重力の球がボクの手に生まれる。これの持つ力は小さいけど、当たれば痛い。

 重力球をアカの足下を狙って放つ。アカがそれをかわす。その瞬間を計って、重力球を破裂させた。

 変化した重力に引っ張られて、跳躍したアカの動きが乱れた。

 そこにボクは走り寄って拳を叩き込む。

「――く!」

 直線的なボクの攻撃を、体勢を立て直したアカが身をよじってかわす。まずボクの軌道を空けるように身体を四分の一だけ回転、ボクが過ぎたあとはこちらから見て向こう側に一歩下がる。鮮やかなフットワーク。なにがしかの体術を習っているのかもしれない。


火雷撃カライゲキ!」


 高温のあまりプラズマ化した炎の一撃。白い光の塊は、普通の土砂ならすぐに熔かすほどの熱を持つ。


「『盾となれ雲の母』――ボクを護って!」


 地面から雲母だけを取り出して盾とする。

 黒い雲母の盾もプラズマを完全に押さえられる訳じゃない。でも、穴だらけになりながらも何とか受け止めた。

「砕けて!」

 赤熱していた盾が砕ける。熱い欠片は、すべてアカに向かって飛ぶように操作する。

 アカがひるむ。その彼女に一瞬で肉薄し、拳を繰り出す。

 彼女が腕を交差させてボクの拳を受け止めると、その骨からミシッと嫌な音がした。

「――っ!」

 さらにボクはガードの下から拳を打ち上げる。拳はアカの鳩尾を一撃し、アカは後ろに吹き飛ばされ、そして嘔吐した。

「やってくれるわね……。こんなに手こずらされたのは久しぶりだわ」

 そういうアカの瞳には、揺るぎない闘気のみがあった。口を拭い背筋を伸ばす彼女は、完全に一人の戦士と化していた。

 アカの全身が炎に包まれた。何かと思った次には、アカはボクの頭より高い位置に浮かんでいた。


「いくわよ……朱連流星シュレンリュウセイ!」


 空中から火球の連続射撃。

 始めの二発は盾で防ぐ。でも炎の温度が高く盾が持たないので、走って逃げることにした。

 ボクは普通の人より高い運動能力を持っている。加えて重力制御で身体を押して動けば、文字通り目にも留まらぬ速さで動ける。

 距離を取ってから、背後に重力を持ってきて急ターン。一気にアカの真下まで引き返し、オーバーヘッドキックを放った。


緋雲壁ヒウンヘキ――近寄るな!」


 咄嗟に発生された炎の風で、吹き飛ばされた。

 二回転して、着地。アカは傲然とボクを見下ろしている。


「なかなか速いじゃない。でも、速さはあんただけの物じゃないのよ。行くわよ――焔翼飛翔エンヨクヒショウ!」


 ボウ、と大きな音を立ててアカの全身が火炎に包まれ、撃ち出されたかのようにこっちに向かって飛んできた。

 ――速い!

 とりあえず避ける。ボクの傍を飛び去る彼女が、熱い空気を残していった。

 けれど、ボクを通り越したアカは慣性を無視した動きで反転して、またこちらに飛んできた。

 衝突! まるで溶岩に飲まれたような感覚。

 ボクは叫びながら吹っ飛ばされた。


「お返しよ!」


 倒れ込んだボクの上から、すかさずアカが拳を振り下ろす。拳には炎が纏っていた。

「――反重力!」

 咄嗟にボクは叫ぶ。引き寄せの反対の力が、アカの身体を空に向かって押し出す。

「突き上げて、大地の角!」

 無我夢中で喚いた。そんなボクにも大地は力を貸してくれて、隆起した岩の塊がアカの身体を打った。

 けど、浮かされているアカに下からの攻撃は威力が低い。僅かに押されただけのアカは、炎の推力で重力を無視して体勢を立て直した。


爆砕弾バクサイダン!」


 いそいで地面を蹴って反動で動き出し、彼女に向けた背中を守る盾を呼ぶ。

 盾となった壁の向こうで爆発があった。

「……重力、ちょっと強めに」

 重力を戻して、立ってアカと向かい合う。少し強めにしたのは身体の強いボクが有利になる為だけど、アカは火炎の推力で浮かび上がっているからあんまり意味はなかった。

「楽しませてくれるじゃない。じたばたしたって、焼かれるときは一瞬よ」

 ボクとアカはにらみ合う。彼女からひしひしと殺気を感じる。

「ボクは……負けられない」

 そう言うと、彼女の双眸がぎらりと光を放った。

「それは私も同じよ!」

 彼女の闘気に呼応し、また炎が燃えさかった。



**


 一方、サキは糸鶴と交戦していた。

 糸鶴はチヨ達のように強力な術を持たない。その代わり、彼女は細い鋼の糸を使って戦う技術を習得していた。

 縛り、締め、切る。

 長さ七メートルの程の糸を、一時に七本操る糸鶴。その戦闘技術は変幻自在、近距離から中距離まで己の全方位を攻撃範囲とし、糸に触れたものはすべて切り刻まれた。

 彼女はもちろんすべての糸の軌道を把握している。その上で、今サキとの戦いで思った。

 ――完璧じゃな。

 自分の技がではない。サキが糸を避け動き続ける軌道がである。糸鶴が捕捉している己の死角と言うべき‘糸のない位置’。そこをサキは逐一なぞって動いているのだ。


「これならどうじゃ? Silver Wave!」


 糸鶴の鋼線が数を増した。束となった糸がほぐれ、面状に広がる、うねりながらなびく様はまさしく銀の波。鋼の波はコンクリートを飛沫と変えながらサキに迫る。

 美しい技ですわ、とサキは一言。そうして気負いのない動作で銃身下のフォアグリップをスライドさせてコッキング。すると散弾銃全体に書かれた祝詞の文字色が、白から赤に変わった。


「ではこちらからも――brandish laser!」


 闇の覗く銃口から幾百のレーザーが束になって放たれる。しかし指向性の強いレーザーは視認することができないため、傍目からはうすぼんやりした光が射撃されたようにしか見えない。

 その薄い光は、銃口から直線に五十ミリメートルほど進んだ後、地面に対し扇状に拡散した。すると、光の当たった部分は深々と切り裂かれ、そこにあった銀の波も一直線に断ち切られて動かなくなった。

 断頭台の刃のようじゃ、と操りを失い動かなくなった糸の束を見て糸鶴は思った。


「なかなかどうして、お主には敵いそうにないのう」


 両手を下ろして諦めたように糸鶴が言うと、サキはにこりと微笑した。

「あら、そんなふうに言ってしまっていいんですの?」

「妾は己の劣るところは素直に認める主義じゃ。――向こうの赫い娘と違ってな」

 そう言って、齢二十九の糸鶴は、肉体的には六歳ほどの違いしかないアカを見る。

 アカとチヨの戦いは緩やかに加熱し続けていた。チヨは大地の神秘霊力エナジーを直接炸裂させ、アカも負けじと火炎の爆発をつくっていた。じっと立っていれば、その衝撃は離れていても伝わってくる。

「どうしますか? このまま休んで二人の戦いを観戦しますの?」

 サキは余裕のある口振りで問う。

「いいや……あいにくじゃが、戦うのが今の仕事でな、怠けるわけにはいかないんじゃ。お主にはもう少し付き合ってもらうぞ」

 糸鶴が手を上げる。新たな鋼線がその指から垂れていた。

「私……本気を出しましょうか」

 珍しく恥じ入るようにサキが言う。糸鶴はそれに苦笑で答える。

「いや……どうじゃろう。殺されそうじゃからな。――妾はまだ死ぬわけにはいかない。このまま生きて、少しでも多く〈月の子(プラネスフィア)〉どもを駆逐したいからな」

「あら、そうですの……」

 二人は遠慮がちに笑みを共にする。二人の間には、なにがしか通じ合える物があるようだ。


「では、再開しますか」


 音を鳴らして、サキは銃を構え直す。

 と、その瞬間、彼は目の前の対峙者とは無縁の危険を感じ取るや、刹那にして引き金を絞った。

 銃口から飛び出す大きな光の球。光球は二人のちょうど真ん中で四散する。

「ずいぶんせっかちじゃの!」

 糸鶴は鋼の糸をなびかせ光の散弾を弾く。だが、彼女のその行動はサキの意図を全く取り違えたものだった。――彼女は気付くべきだった。光の散弾はサキの方へも飛び、そして天へと放たれたことに。

 天へと放たれた散弾は、その射線で何かを迎撃していた。

「氷……!?」

 現状に気付いたときにはもう遅い。降り注いだ非情な氷の刃が、糸鶴の腹部を背中から貫いた。

 儚い声を発し、糸鶴が崩れ落ちる。彼女が身体を曲げると、腹部の氷は脆く折られた。


「糸鶴さん!」


 サキが糸鶴に駆け寄り抱き上げる。内臓を切断されている彼女の体内を額の眼で透視し、慎重に治癒の術をかけ始める。

「お主……もしかして妾を………」

「喋らないでくださいまし」

 糸鶴が気付いたとおり、サキは彼女を守ろうとした。糸鶴は詫びようとしたが、それはぴしゃりと遮られた。


「ずいぶん酷いことをなさるのですね、ササヤキさん、ナゲキさん」


 姿なき者への呼びかけ。否、俄に降り始めた冷たい雨と共に、二人の和服姿の女性が姿を現した。

「お久しぶりね、アカ、サキ。そしてはじめまして、チヨ」



 **


紅帝炎舞コウテイエンブ!」


 炎の閃きが駆け抜けると、アカの周囲が一瞬で灼熱と変わる。ボクはそれを岩の陰に隠れてやり過ごす。

 それにしてもアカはすごい。もうこれだけ周りの建物がドロドロになるほどの炎と熱を生み続けているのに、力尽きるどころかいやまして燃え盛ってる感じだ。ボクはそろそろ疲れてきたのに。

 これが彼女のツミへの想いなんだろうか。そう思って彼女を覗き見ていると、アカの頭上で何かが融けて蒸発したのが目に入った。

「――っ!」

 直感的にバックステップして立ち位置を変えると、一瞬前まで立っていた場所に鋭い氷が落ちてきて突き刺さった。

 そして、聞きなれない声。その声はアカとサキに再会を告げ、ボクに初見を教えた。

「まさか……生きていた――いえ、生き返ったの!?」

 驚愕するアカの視線の向こう、いつしか降っていた雨にいち早く冷やされた瓦礫の中に立つ、まったく同じ顔の二人の女の人。

 二人は同じ蒼い留袖を着ていて、髪も同じく短くて滄かった。背はボクくらい高くて、胸はおとなしくて全身がすらっとしている。瞳は藍。ちょっと長い綺麗な顔に、浮かべている表情だけがちょっと違う。一人は憫笑。もう一人は物憂い。

 対照とも言うべき雰囲気を纏うことに気付いたとき、ボクの頭の中でサキの物語りがよみがえり、二つの名を呟いたのはアカと同時だった。

「「ササヤキ・ナゲキ」」

 にっと一人が笑い、一人は無表情に頷く。そして前者がまず名乗りを上げた。


「そう、私がナゲキよ。そしてこっちがササヤキ。私達はツミの手で蘇った、全宇宙で最も月神に近い存在。今は月の子として、私がアクエリアス、ササヤキがピスシスの二つ名も与えられている。つまりね――」


 ナゲキは頷いてササヤキを促す。俯きかげんのササヤキは顔を上げ、ボクらを一瞥したあと毅然とした口調で言う。


「私達はここにいるすべての人の敵としてここに来たわ。ツミの邪魔をする者として、あなた達すべてを排除します」


 ナゲキが芝居がかった仕草で両腕を上げる。その袖には、大きな口を開けて叫ぶ龍の絵が描かれていた。


「さぁ、古き世界の立つ者達よ、蒼き月の間近にいられる私に嫉妬しなさい」


戦いを二つに分けたのがちょっと面倒でした。別にアカとチヨの戦いだけでも良かったのですが、糸鶴をなるべく活躍させてやりたかったのでこうなりました。


サキの散弾銃の形式はスライドアクション銃と言うらしいです。別に実弾撃っているわけではないのでコッキング(装填・排莢)は必要ないのですが……気分ですね。


キズオトが出てきませんね……。予定では第五幕まで待たないといけないのですが。間幕でも挟みますかな。


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