3・1「想いと立場」
そして、チヨとサキは再び巡り会った。
相変わらず、サキはいたずらっぽい雰囲気を漂わせていた。声が低くなり、服も巫女服じゃなくなったけど、サキはそのままだった。
「私と離れている間、寂しがってくれました? 切なくて、自分で慰めたりしました?」
一人でいるときはサキと優見のことを半々、そしてご主人様のことをちょっと考えていた気がする。サキのことだけを考えていたわけでもないけど、それを言うのは何気に酷いと思う。
何とも言えず曖昧に笑っていると、サキは背を伸ばしてボクの唇を奪った。首の後ろに手を伸ばして引き寄せ、ぐいぐいと濃厚なキスをした。
――ネガイはいなくなってしまったんだろうか?
きっとそうなんだろう。何となくだけど、ボクの直感が教える。死んでしまったわけではないと思うけど、もうサキのそばで言葉を交わしたりしない。
淋しいのかな、と思って意識せずにサキを抱きしめた。すると、彼は唇を離してボクの胸に顔を埋めた。
サキは独りになって淋しさを感じた。
サキは声が低くなって、新しい自分に戸惑っている。
サキは余裕そうに振る舞うのをやめ、少しだけ素直になった。
そんな気がして、ボクは彼のことを愛おしく感じた、ちょっとだけ。
ひとしきり再会の喜びを分かち合ったあとは、とりあえず廃墟となったファミリーレストランに行って休むことにした。
真っ暗な中、ボックス席に向かい合って座る。サキが明かりを点けた。
ファミリーレストランに食べられる物は残されていなかった。けど、無菌処理のミネラルウォーターとインスタントコーヒーはあったので、それを飲みながらお互いの旅の話とかをした。――もちろんコーヒーを飲んだのはサキだけだ。
「私が怒ったのなんて、もう三十年位前の気がしますわ。それくらい可愛らしいお嬢さんでしたのよ、アルちゃんは。……食べちゃいたいくらいでした」
サキがそれを言うと、何故か冗談に聞こえない。
彼の話を聞き終わってから、ボクが話した。
「優見さん、ですか……。敵ですわね、その人。チヨは身も心も私の物のはずなんですのよ」
「ボ、ボクはツミの飼い猫だよ」
ボクは真剣に言ったが、サキはさも面白い冗談のように笑い飛ばした。
「またまた……あぁ、でもあなたの黒い髪。確かに、私達の家に来たばかりの頃のツミさんを思い出させますわね」
サキがボクのそう長くない髪に手を伸ばす。そして立ち上がったかと思うと、こちらの席まで来てボクを押し倒した。
ボクの胸に頭を押しつけるサキ。
「や、やだ。ボク、こんな場所は……」
心臓がバクバクいってうるさい。サキも、きっとこの音を聴いている。
「ふふ、あなたはかわいいですね、相変わらず。――少し疲れたので、このままお休みさせてくださいまし」
そう言って、サキは目を閉じて本当に眠り込もうとした。
――やっぱり、淋しかったのかな?
さっき話をしていたとき、ネガイさんが銃になってしまう下りでもサキは声を乱すことなく、何でもないように話していた。でも、二人は何十年も一緒にいたんだ。やっぱり、いなくなって淋しくないわけがない。
「サキ、この体勢はさ、ボクも辛いから膝枕してあげるよ」
優しく彼の耳に囁く。サキは起き上がって、ボクの太ももの上に頭を載せる。そして一言 「すみません」 と言って、彼は瞼を下ろした。
微かな寝息。誰かということへの安息感。ボクも目を閉じて、サキと呼吸を合わせながら眠りの中に降りていった。
*
目が覚めると、窓硝子の外が赫かった。夕焼けかな、と思ったけど、その赫はゆらゆらとせわしなく揺れていた。
――火!?
耳を澄ませばパチパチと爆ぜる音が聞こえる。店の片隅には、もう既に火が入ってきている。
「サ、サキ起きて! 火事だよ火事!」
膝の上の頭を掴んで揺さぶると、うー、と眠そうな声を出してサキが起きた。
「んー、火事ですわね……。まぁ、じっとしてればいいんじゃありませんの? きっと、揉め事が起きてるのでしょうから」
「な、なに言ってるんだよ、サキ。もうこの店が燃えはじめてるんだよ。――早くここから出ないと」
不承不承起き上がったサキの手を引いて、ボクは出入り口に向かう。途中に火の手はあったけど、出入り口自体に火はなかった。
出たところの駐車場では、運転手を失って放置された車が何台も燃え上がっていた。いつ爆発したりするかわからないので、ボクはそこから離れて交差点に行こうとした。
けど、サキがボクの手を引いて立ち止まった。
「サキ? どうかしたの?」
し、とサキは鋭く言いボクの口を塞いだ。
「ここでじっとしていましょう。厄介なことになりますわよ」
ボクは理解できない。
と、そこに第三者からの問いがあった。
「そこに誰ぞおるのかや?」
「いいえ、誰もおりませんわ」
――て、サキ、自分から何してるんだよ。
「……おとなしく出でよ。話くらいは聞いてやろう」
聞いたことのある声だった。ちょっと前、ボクが天戸の宅にいた頃に見た夢の中で……。
言われたとおり、店の影から出る。両側四車線の大通りの真ん中で僕らを待っていたのは、やっぱり見覚えのある人だった。長い三つ編みの黒髪に、翡翠色の瞳。背はボクと同じくらい高くて、濃い色の肌の上に重たそうな黒いドレスを着ている。そう、この人は――
「糸鶴……」
名を呼ばれた彼女が、驚いて目を見開いた。
「何故名乗りもしていない妾の名を……。お主ら、何者?」
ボクは、と名乗ろうとしたとき、斜め上から炎が飛んできた。
サキが素早い動きで腰から散弾銃を抜き、空に向かって撃つ。大きな光の球は炎の球とぶつかり、相殺して消えた。
「何しているの、糸鶴。口を動かしている暇があったら手を動かしなさい」
炎を纏って空から降りてくる赫い髪の女の人。彼女は、地面に降り立つと金の双眸でボクを見て、サキを見た。
「お久しぶりですわね、アカ。私にとっては五年ぶりですが、あなたはどうですの?」
機先を制すように、先んじて話しかけたサキ。
アカは眉を顰めて答える。
「四年ぶり、ね。変わってないみたいね、あんたは」
「えぇ……。アカは変わりましたわね。大人らしく、綺麗になられましたわ」
サキはついこの間まで夢にいたから歳をとっていない。でも、アカは現に来て四年経つから、その分歳をとっている。
サキの言うとおり、今のアカは綺麗で凛々しい雰囲気を持っていた。赫い髪は豊かな波をうって腰まで伸び、パリッとした黒いスーツを着ている。切れ長の眼に長い睫毛、瞳の色は金。鼻は高く、でも大きすぎない。唇には口紅を塗り、薄化粧の頬は薔薇色だ。
そう、しげしげと彼女を見ていると、強く睨み付けられた。
「誰? その女。人間じゃないわね」
むき出しの敵意。けど、ボクはひるまず答える。
「ボクはチヨ。ツミの飼い猫だよ」
「ツミの――?」
反射的、といった動作でアカが右手を振り上げそこに火を呼んだ。
サキが挑発的に言う。
「そう、チヨはツミさんの飼い猫。あなたさえも愛さなかったツミさんが、生涯たった一つ愛した存在。――私との約束を忘れても、彼女の前には姿を現すほどですからね」
サキの言うのは、実はご主人様はサキが現に来たら一度会いに行くと言ったのに、その約束が果たされていないということだ。ボクには会いに来てくれた、けどサキには会っていない。
それを聞いたアカの雰囲気が変わった。さっきまでの雰囲気は、言うなれば純粋な破壊衝動だとしたら、今はそれにどす黒くて粘っこいものが混じった感じ。嫉妬じゃない、そんなものは比較したら生温く感じられる、渦巻く憤怒。
彼女はボクに問う。
「それで? あんたは何の為にここにいるわけ? あんたも、あいつの馬鹿みたいな理想郷を創りたいと思っているわけ?」
「ううん、ボクは、ご主人様を止めたいんだ。ご主人様は悪いことをしようとしている。そんな必要もないのに。だから、ボクが止めさせる」
ハン、とアカは鼻で嗤った。馬鹿にしきった眼でボクを見た。
「じゃあ、あんたはツミを殺すのかい? 違うんでしょ?」
「うん、もちろん違うよ。殺したり、殺されたり、そんなんじゃ何も解決しないから」
アカはサキの方を見た。
「サキ、あんたもそうなんでしょ。――まったく、いい連れ合いじゃないの」
だけど、サキはゆるゆるとかぶりを振って言う。
「いいえ、アカ。私はツミさんをこの手にできなかったら、あの人を殺すつもりですわ」
その言葉に、アカは一瞬虚を突かれた表情になった。サキはそれに満足そうにほくそ笑み、散弾銃を鳴らして構えた。
「まぁ、それはともかく。……私達とあなた達は敵同士と言うことですわ。かつての友であろうとも、一切容赦しませんわ」
「――上等」
業、とボクらの前に炎のカーテンが引かれた。迫り来る火勢は、そのままアカの敵意と激情だった。
「一つ言っておくわ」 火の向こうからアカは言う。
「今の私の名は‘紅烏’よ。氷室・紅烏、それが私の名前。ついでに、そこのパートナーは紫部・糸鶴。――私達は〈月の子〉を狩る〈漆黒の守護者〉。夜の星々を覆い尽くす、漆黒」
炎が猛る。ボクは大地の助力を請いつつ、アカの声を聞いた。
「さぁ――その罪ごと焼き尽くしてあげる」
戦いが始まった。
今回はちょっと短いです。
まぁ、このあとはバシバシ戦ってもらおうかと思います。残り四話が予定ですが、五話になるかもしれません。
〈漆黒の守護者〉……これでよかったのかなぁ。こういう組織の名前を考えるのは難しいです。




