七十九話 まずは片栗粉からはじめよう
新生国家ツバサを離れてひと月。
城なしに暮らすようになってから九ヶ月と少しが過ぎた。
キエーッ! コッ、ケ、アー!
日に日に力強くなっていくニワトリの鳴き声で目が覚めた。
朝のニワトリの声は良く効くなあ。
目覚まし時計なんて無くても起きられる訳だわ。
まあ、俺は起きちゃダメなんだけど。
「ご主人さま起きるのです!」
そう。
俺を起こすのはラビでなければならないから。
ラビも起きたばっかり何だろうな。
ちょっと喉がかすれてる、
そんなラビの声も悪くない。
さあ、俺の朝は演技から始まる。
「んあー。後三年寝かせて……」
「そんなに寝たら木が生えてくるのです!」
「どんな木になるんかな。ぐぅ……」
どうせなるなら、実のなる木がいいな。
桃とか。
あっ、桃食べたい。
「むむむむ。起きないとイタズラしちゃうのです」
望むところだ!
どーんと来い。
子供といったらやはりイタズラだろう。
「ほっぺた引っ張って遊んじゃうのです!」
えー。
謙虚すぎる。
ラビは良い子だから、とんでもないイタズラは難しいかぁ。
「ラビ。遠慮しなくていいんだよ? ヤマメを口に突っ込んだり、タコを頭に乗せたっていいんだ」
「生臭くなるのです!?」
生臭いだろうな。
それでもラビなら許せるんだけどなあ
「うりゃっ、おーかーえーしーだーぞー」
「ふええええ!?」
やっぱり、ラビのほっぺたはプニプニもちもちで食べたくなる。
餅食べたい。
「よし決めた。お餅を作ろう」
「おモチって何なのです?」
「ラビのほっぺたみたいにプニプニもちもちの食べ物だよ」
「はー。ラビのほっぺたみたいなのです?」
うむ。
自分のほっぺた引っ張って確かめる姿がかわいいな。
さて、何から始めようかな。
やっぱり片栗粉からかね。
お餅をついた後に片栗粉ないとくっついちゃうもんね。
と言うわけで飯を食ったら片栗粉作りに取り掛かった。
ツバサ国に大半の食料を置いてきてしまったので、お餅作りは丁度良いタイミングだ。
しばらく陸が続くと思ったんだけど……。
何かを思い出したかの様に、城なしは逆行して再び海に戻っちゃったし。
「主さまは今度は何をするつもりなのじゃ?」
「お餅を作ろうと思ってね。まずは片栗粉から作る。あっ、シノには明日までに杵と臼を作ってもらいたい」
「なっ。主さまは、わぁを何だと思っとるのじゃ?」
「ん? 忍者?」
「忍者は杵や臼を作る人じゃないのじゃ」
でも、作れちゃうんでしょう?
シノはぶつぶつ良いながらも作りはじめてくれた。
「あっ、そうだ。穂から米の実の部分だけ落とす道具もお願い。クシ見たいな奴。これが一番優先度高いかな」
「むぁー……」
「そんな、眉尻下げて嫌そうな顔をしないでおくれ。シノもお餅は食べたいだろう?」
俺の不器用さじゃ、道具は無理だ。
許しておくれ。
「で、カタクリコって何なのかしら……?」
おっ、興味あるのか。
これはツバーシャも片栗粉作りに加わってくれそうだ。
「片栗粉はさつま芋を使って作るよ。このお芋から白い粉を作るんだ」
片栗粉の作り方は、生前理科の実験でならった。
その時はジャガイモ使ったけど、さつま芋でも出来るだろう多分。
片栗粉はデンプンだ。
ヨウ素とかデンプンとか、意味分からんと思っていたし、まさか役に立つ日が来るとは思いもよらなんだ。
まあ、小学校のころだから、記憶が怪しいがなんとかなるだろう。
「さあ、さつま芋を洗っておくれ。そしたら皮を剥くよ」
「こんなにいっぱいさつま芋を使うのです?」
「さつま芋一本からほんの少ししかとれないからね」
「食料がギリギリなのに勿体なくないかしら……」
まあね。
結構勿体ないんだが、プラスにはなると思う。
それに、片栗粉があれば料理のレパートリーがかなり広がる。
そうなると油が欲しくなるなあ。
動物性油なら何とか作れそうな気がしないてもない。
「ご主人さま?」
「ああ、ごめん。考え事をしてた。皮が向けたら次はお芋をすりおろすんだ」
「この石を使ってすり下ろすのね……」
下ろし金なんぞ無いので軽石で代用する。
もちろん、俺の体を洗うのに使った奴じゃあない。
「でろでろになったのです!」
「じゃあ、そのでろでろを布で包んで、この水を張った壺に突っ込んでね」
「突っ込むのです! えいっ!」
ドボンッ!
うん。
はみ出ちゃうからもっと優しくね。
「そしたら、やさしく揺すってあげてね。さつま芋のデンプンを水に溶かしてあげるんだ」
「やさーしく、やさーしくなのです」
「片栗粉って随分面倒なのね……」
確かに。
何を思って最初に片栗粉作った奴はこんな面倒な事をしてまで、片栗粉作ろうと思ったんだろう。
作ったって、なんに使えば良いかなんて分からなそうだし──。
まあ、それはさておき。
後は何度か水を交換して、余分なモノを取り除いて乾燥させれば完成だ。
でも時間がかなり掛かるので、待つ間に別の事をしよう。
「よーし。次は別のものを作るぞー」
「今度は何をするのかしら……?」
「きな粉を作るんだ」
「あっ、おうちの下から取ってくるのです!」
そりゃ、キノコだ。
キノコを粉にしてもきな粉にはならんがな。
シイタケの粉かあ。
臭いと味が強烈なお餅になりそうだなあ。
どうでもいいわ。
さて、磯辺焼きもお汁粉も無理だけど、きな粉餅なら作れちゃう。
城なしには丁度アレがあるからね。




