五十三話 白いもこもこひよこ
イギリシャ王国を発ってひと月半。
城なしに暮らすようになってから五ヶ月ぐらい経っただろうか。
今城なしでは、毎日が楽しみになる出来事がある。
それは──。
ひよひよひよ。
「ぽっさぽっさと、こ汚い感じに白いもこもこが生えたと思ったら頭の辺りが赤くなってきたな」
「ふふっ。みすぼらしくて可愛いわ……」
「まるっこくて旨そうじゃのう!」
「ご主人さまも、ツバーシャちゃんも酷いこと言い過ぎなのです!? あとおシノちゃんはヨダレをぬぐうのです!」
ひよこの変化が面白いのだ。
すずめの方がかわいかったな。
こっちはムクムクとでかくなってるし。
でも、次にどんな変化が起きるのか楽しみだ。
「ほーら。ひよこたち。こっちに来るのです。皆酷いこと言ってるのですよ」
ひよひよひよ。
ラビが声を掛けるとひよこはラビに集まるんだよなあ。
一番なついとる。
ぐぬぬ、ラビめ!
かわいいのを独占しおって。
「ラビよ。独り占めは良く無いのじゃ。ほうれ、こっちゃこーい」
ひよひよひよ。
シノが近付くと離れてく。
生物の本能的な何かでシノが補食者だってわかるのかな。
それとも、食べたい食べたい食べたいって顔に出てるからか?
「むむむ……」
「シノはダメね。私に任せなさい……。ルグググ……」
ひよひっ……。
パタッ。
「ツバーシャは、人のままでも飛竜の唸り声が出せるんだな」
「ふふっ。見なさい、全てを私に委ねているわ……」
ぽてりと倒れてひっくりがえって絶対服従。
もう好きにして状態。
怯えすらしない。
飛竜相手じゃ、もう抗うことすら叶わないもんな。
「ツ、ツバーシャちゃん。いじめちゃダメなのです!」
「ごめんなさいね。つい……。ふふっ……」
ストレスで禿げたりしないか心配だ。
ん?
何だ?
俺に近付いて来たぞ?
「よーしよーし、ナデてやろう」
ひよひよ!
ゲシッ。
「なっ? 蹴られた!」
「八つ当たりかのう」
「ストレスは溜め込まない方がいいものね……」
なんと!
でもかわいい。
お前たちに10円ハゲが出来る事を考えればどうってこたあないな。
ドーンと来い!
ゲシッゲシッゲシッ……。
ひとしきり満足いくまで癒されたところで、大分育った豆の壺畑に向かった。
「毛まみれのお豆なのです」
「毛豆とも言うしな」
「もう収穫するのかのう? 今が食べ頃に見えるのじゃ」
うーん。
どうしたものか。
今食べれば枝豆だ。
このままカリカリになるまで放って置けば大豆になるが……。
「無限に食べられるように増やしたい」
「なら、収穫せずに放っておくのかしら……?」
「いや、ひと壺だけ収穫して食べてみよう。残りは大豆にする」
最初は我慢よな。
昔の人も新しい作物を見付けて栽培した時もこうやって悩ましい思いをしたのかな。
そんな事を考えていると、大豆の近くにある米の壺田んぼが目に入った。
まだ青いけど米が実ってきた。
おおむね順調だな。
秋が楽しみだ。
いや、城なしの気候は全く変わらないから秋何て無いが──。
「ご主人さま? 早くお豆を食べたいのです」
「ん? ああ。塩ゆでにして食べようか」
「じゃあ、かまどの準備をしてくるのです!」
流石の俺も枝豆を茹でてそのまま出す以外の調理方法を知らない。
そんな訳だから、そうやって出したのだが──。
「美味しいのです! でも、コリッてしないのです……」
「ん? 枝豆はこんなもんだぞ?」
「主さま。恐らくラビは、大豆だと思っているのじゃ」
あー。
そう言うことね。
そう言えば壺畑に撒くときこっそり食べてたわ。
「大丈夫だよラビ。もっと成長するとコリコリしたお豆になるからね」
「そうなのです?」
「ラビが食べたのは、このお豆が成長しきった奴だからね」
あんまり分かって無さそうだな。
枝豆をじっと見詰めたまま何やら考え込んでる。
見つめてももう成長しないぞ?
「あまりお腹のたしにならなかったわね……」
「干し芋とクルミでも食べるか?」
「それも悪くないけど、空を飛びたいわ」
そうだなあ。
今日こそは地上が代わり映えする世界になってると良いんだけどな。
「じゃあ、行ってみますか!」
腹ごなしついでに地上を見てみよう。
イギリシャ王国出てからは海だった。
でも、直ぐに陸にたどり着いた。
なら、何故代わり映えしない世界なのかと言うと──。
「また砂の海なのです」
「ほんとになあ」
見渡す限り砂。
本当に砂しかない。
魔物の姿すら見当たらない。
日本には砂漠何て存在しなかったからなあ。
砂漠を見ると少し恐くなるわ。
地面を石で固めて尽くしても隙間から植物なんて生えてくるんだぜ?
何がどうすりゃ、こんなんなるんかと。
「今日も収穫なしか」
「お豆が採れたのです!」
「そうな。探索の話だったんだけどな」
ともあれ収穫なしならなしで構わない。
「ルガアアアア!」
ツバーシャと一緒に飛んで空のお散歩楽しむまでさ。
「ツバーシャちゃんイキイキしてるのです!」
「そうだな。ツバーシャに乗ったシノが振り落とされないか、かなり心配だけど」
砂漠には何もいないからな。
ツバーシャがどうどうとお外に出られる。
引きこもりが深夜ならお外に出られる心理と同じだ。
俺には分かる。
同類だからな!
「はー。ツバーシャちゃんぐるんぐるん回転したり、びゅんびゅん反転してるのです」
「あの巨体であの機動性。やはり納得がいかん!」
「ご主人さまのが心地が良いのです」
嬉しい事を言ってくる。
しかし、あれだけ激しく動いても振り落とされないシノも凄いな。
何だかんだで相性が良いのかなあ。
最初は仲悪かったのに。
良いことだな。
「あっ、ご主人さま! でっかい水溜まりがあるのです!」
「いや、砂漠に水溜まりなんて……。あったわ!」
これがオアシスって奴か。
水辺に木がもそもそっと映えてるけど、その回りはずーっと砂が続いてる。
例え水があっても木は滅びてしまいそうなもんなんだけどな。
自然って奴は不思議なもんだぜ。
「降りてみるのです?」
「ああ、そうしよう。シノは手信号に気がついてくれるかな?」
何てちょっと心配したのだが、そこはシノだ。
気がついて着地体勢にツバーシャを誘導してくれた。
さーて、それじゃあ俺も降りる準備をしますかね。




