三十八話 引きこもりワイバーン
ツバーシャとの再戦を果たした。
何とか争うのをやめることが出来た。
でも、ツバーシャが引きこもった。
とにもかくにも朝食がまだだった俺たちはそれを摂り、ツバーシャにも持っていく事にした。
穴に引きこもるもんだから、ごはん渡しにくい。
垂直に空いたこの穴こそ正しき縦穴式住居だ。
いや、ご先祖さまに怒られるわ。
それはそれとして、すぐ食べてくれるか分からないから、ごはんはバナナにした。
あっ、でも食べ方分かるかな?
いや、バカにしすぎか。
食べてくるかなあ。
「ほら、ツバーシャ。朝ごはんだよ」
「もうやだもうやだもうやだもうやだ……」
うーん。
これは重症だ。
どうにかしてあげたい。
しかし、元ニートな俺が引きこもりをどうにかする立場に回るとは、因果なものだなあ。
どちらかと言うと快適な引きこもり生活の提案の方が得意なんだが。
「ずっとこの調子なのです」
「今はそっとして置いてあげよう。バナナも入り口に置いて置こうか」
「このままの方が良いのではないかのう。主さまに害をなし、ここを荒らして、あまつさえ、墜落の危機に追い込んだ。にも関わらずそんな相手の心配をする方が可笑しいのじゃ」
シノはご立腹だ。
言わんとすることも尤もだ。
それでも俺はツバーシャとも仲良くしたいし、ラビやシノとも仲良くなってほしい。
戦意は確実になくなっているから、もう悪さはしないと思う。
シノが理解して受け入れてくれるかは難しいところかな。
なあに、すぐに仲良くとか無理を言う訳じゃないから大丈夫だろう。
じっくり行こう。
三人が仲良くするところを想像すると堪らなくなる。
最高じゃあないか。
でも、たまにケンカしたりしてね。
ふふっ……。
「ご主人さまも何処かにいっちゃってるのです」
「ああすまんラビ。幸せのイメージを組み立てていたんだ」
「はー。幸せですか?」
口に出すとくすぐったいな。
かつて幸せを探す旅に出たことなんかもあったっけなあ。
結局答えは見つからず、ある日なんのけなしにぼーっとしてたら一つ答えを見つけたりしたけども。
よし、まあ一段落したかな。
朝っぱらから優しくない運動をしたので体を綺麗にしたいところだ。
えーと。
骨が折れているときは温めると不味いんだったか?
冷やすと不味いんだっけ?
異世界ってのはこの辺が不便だなあ。
確実に記憶してないと知識が役に立たん。
拭くだけにしておこう。
「川で体を拭きたいから少し一人にしてくれないか」
「それならラビが体を綺麗にしてあげるのです!」
「えっ、いや、恥ずかしいからいいよ」
あまりにも汚れてしまったからなあ。
まじまじと見られたくないな。
翼ザリッてやられたからハゲてるし。
「さあ、ご主人ぱんつを脱ぐのです!」
「って、聞いてないし」
「ラビはお世話したいのじゃろう。わぁは服を洗濯するとしよう。さあ、ぱんつを脱ぐのじゃ」
ええっ。
君たち恥ずかしがる俺で遊んでませんかね?
まあいいか。
ん?
恥ずかしいか──。
なら隠せば気持ちも楽になるかな。
「ご主人さままた何か考えているのです?」
「ああ、うん。ツバーシャの事をね」
「むぅ」
おっと。
ふくれてしまった。
俺の為に何かしてくれようと言うのに他の子の事考えてるとか酷いわな。
「すまん。悪かった」
「ふんっ」
「あ、それっぽくフンフン習得してるし。ほらあ、そんなにふくれてしまうとつついちゃうぞ」
「ぶふぅ。ご主人さま! つついてる。つついてるのです!」
「いやあ、可愛かったからつい」
「ラビは誤魔化されないのです!」
「平和じゃのう」
それでも、逃がしてはくれないようで、結局体を綺麗にしてもらうことになったわけだが。
「煤がぜんぜん落ちないのです!」
「いっぱい燃やされたからなあ」
「見てくれは酷いことになっているのに全然火傷はしていないのじゃな」
あれ?
言われてみればその通りだ。
赤くなったり、水ぶくれしたり何てのもなければヒリヒリしたり痛かったりしたりもしないな。
「空を飛べると熱にも強いんじゃあないか?」
「やっぱりご主人さまは凄いのです」
「そ、そうかのう? ちっとも納得いかないのじゃが。いや、しかし、主さまじゃからな……」
髪の毛ぐらいはチリチリになりそうなのにそれもないな。
かつて、俺が子供だった頃、焚き火の上を飛ぶ頭の悪すぎる遊びをしたことがある。
火の上ってやつは、かなり上の方まで熱があるもんで一瞬でチリチリになったわ。
チリチリになる瞬間の音は今でも明確に思い出せる。
ズボン焦げるし。
お陰で学校に行くのが憂鬱になったりもしたな。
「ご主人さまごめんなさい。あんまり綺麗にならないのです」
「別にいいさ。その内元に戻るだろう。努力してくれただけで十分だ」
さて、気持ちよくなったし、忘れない内にツバーシャの為に一仕事してあげよう。
「シノ。作りたいものがあるから針を貸してくれないか? 糸も譲ってくれると嬉しい」
「針? 糸? 裁縫でもするのかのう? じゃがあいにく持ち合わせていないのじゃ」
「いや、あるじゃないか。ほら、釣りをしていただろう?」
釣り針も釣糸も針と糸には変わらないだろう。
ちょっと、使いにくそうだがやってやれないことはないはずだ。
「確かにそれならあるが、相変わらず主さまは面白い発想をするのう。ほい、針も糸も好きにして構わないのじゃ」
「ありがとうシノ」
まあ、問題は裁縫得意じゃないってところにあるんだが、しっかりぬえていればいいだろう。
布を二つに折って縫うだけだし──。
「痛てっ……。むむむ。痛ててっ……」
「ご主人さまの指にどんどん穴が空いていくのです」
「いや、そんな簡単に俺の指に穴が空くわけないんだがな……」
何で出来てるのこの釣り針。
どんだけ凄まじい獲物を想定してるんだか。
しかし、お魚さんの気持ちがよくわかるな!
「よしできた」
「袋? 綿でも詰めて枕にするのかのう?」
「おお。綿があればそれもいいな。でもこれはツバーシャに被ってもらうんだ。ほら、この穴から外が見えるようになっているだろう?」
顔さえ隠せばお外に出られるだろう。
俺もマスクすればお外に出られたしな。
「ツバーシャがそれを被るとは思えないのじゃが……」
「被る。絶対に被る!」
「凄い自信じゃのう」
そりゃ、俺も引きこもりをしていたからな。
だが、今はその時じゃあない。
もう少し落ち着いてから試してみようね。




