二百九十一話 お塩は田んぼでとれるのです!
ラビが狂竜をゴチンした。
壺キャッスルが崩壊した。
ドロヴィーがトラウマにさいなまれた。
ふと城なしの下層をひとり歩く。
「うーん。それだと文化の壁があって厳しいよ」
「うーん。確かにそうね。なかなか受け入れてもらえないかしら」
すると壺ハウスの横であーでもないこーでもないと議論をしている見世物小屋のレニオとジュリを見つけた。
「難しい顔をしてどうしたんだレニオ。姉ちゃんが何かやらかしたのか?」
「まあ、いっちゃんたらひどいのね。私まだやらかしてないのに」
冗談のつもりで言ったしジュリもそれが分かっているのでわざとらしくぷりぷりとふてくされた振りをしてみせる。
でもやらかす予定はあるのか。
「オーナーがやらかすのは折り込み済みだよ」
「あっ、レニオまでそんなこと言って!」
「で、何を悩んでいるんだ?」
「私は無視なの!?」
「うーん、悩みってほどの事じゃないんだけど──」
なんでも、ずっと城なしが空にいるか人のいないところに降りるばかりだったために収入がない。
食うに困るわけではないけれど不安は募る。
そこで空の上でも出来る内職の様な物ができないだろうか。
「──って考えていたんだよ」
なるほど。
要は売り物をストックできればいいと。
「それなら干し芋を作ったらどうだ?」
美味しいし材料ならいくらでもとれるし。
良いことずくめだ。
「君がボクにいくらでどれだけのほし芋を売ったのか忘れたの?」
「えっ? そんなことあったけか?」
「えっ、本当に忘れちゃったの? まあいいや。ともかく食品はかさばるわりに単価は安いし、文化の違いで場合によっては口に合わないかも知れない。だから別のが良いかな」
「ふむ……」
と言うことは装飾品や衣類なんかもあまりよろしくは無い感じか。
どこでも価値が変わらず安定した収入が得られそうなものが良いのかな。
あるんだろうかそんなもの。
安定……、変わらない……、文化に左右されない需要……。
あっ!
「塩何てどうだ? 海水煮るだけで作れるぞ?」
「えっ? 塩を海水から作るの?」
「ん? 海がしょっぱいのは塩が含まれてるからだぞ? 知らないか?」
「いや、それは知ってるけどさ。採算合うの?」
「採算? あー……」
塩を作るには薪が大量に必ようになる。
大きな壺一杯に海水を入れて煮たたせても底にわずかな塩が出来る程度。
売れるだけの量の塩を作るのにどれだけの薪を使うのか。
それこそ塩にして売るより薪で売った方が稼げるレベルだろう。
いったい誰が好き好んでそんな無駄な作業をするんだ。
ん?
ならなんで塩作りなんてのが存在するんだ?
必要に迫られて?
そうだとすると塩は超高級品になりそうだが日本の塩にそんな価値があっただろうか?
いや……。
そう言えばこの燃費の悪さを何とかする方法があったような?
塩、塩……。
あっ、塩畑。
塩畑?
いやいや違う違う畑じゃなくて田んぼだ。
塩田んぼ……。
「ああそうだ塩田だ!」
あれなら燃費の問題を乗り越えられる。
「えっ? エンデン?」
「そう、塩の田んぼを作るんだ」
「ちょっと良く分からないんだけど……」
「ふむ。そりゃわからんよな。塩田と言うのは──」
詳しいことは知らんがやりかたと原理はわかる。
砂の上に海水まいて太陽の光で蒸発させて海水の濃度を上げていく。
そうすることで一度に茹で揚がる塩の量を増やすんだ。
濃度を10倍にすれば得られる塩も10倍になる。
「──ってなもんなんだがわかったか?」
「うん。なるほど。確かにそれなら燃料を十二分に節約できるね」
「ああ。ただそれでも薪がなければ話にならないけどな」
もっとも雨さえ降らなければ海水まいたまま砂浜を放置しても問題ない。
だから薪がなくても煮詰める前段階までは進めることが出来る。
幸運にも城なしに雨が振ることはない。
「悪くないね。それはいい案だよ」
「それじゃあまあ取りあえず塩田を作ってみるとするか」
「えっ? 今作るの?」
あんまり予定を立てるとか好きじゃないのでやるなら今だ。
城なしの上層には海があるし砂浜もあるけれど、上層にはあまり人を上げたくない。
それに地上の海と違って小さいので、ここで塩づくりをすると少しずつ少しずつ海水の濃度が上がって生態系には支障が出てしまう。
だもんで塩田は下層に作る。
作り方は簡単。
まず塩田にしたい部分の土をどかす。
そこをジェスチャーで城なしにお願いしてちょうど浅いプールのような感じに石で塗り固めてもらう。
で、そこへ砂を薄く広げればはい完成。
もちろん塩田の横に一番大きな壺を埋めて海水を中に入れるのも忘れない。
この壺から海水をすくって塩田にまくのだ。
「君は労働を嫌うわりに仕事が早いよね」
「そうか? 厄介な部分をどうにかしたのは城なしだぞ?」
「ふつう思い付きをたった一日で形にするなんて出来ないからね? それにここまでやればもう誰にでも出来るし収入まで約束されているじゃないか」
「んー、でも多分塩にするために煮込むとろでつまずくと思うし」
量が増えるから火加減がかなり難しくなる。
「この段階で想定される問題まで提起出来るのも凄いことだからね?」
「んな大袈裟な」
「んふー。いっちゃんたら謙遜しちゃって。ともかくお塩を作ってみましょ」
「いや、一朝一夕で出来るようなもんじゃないんだが」
今日水を撒いて今日塩にできるわけじゃあない。
まあ撒くけど。
「あっ、塩田に入る前に靴を脱いで足を洗ってくれよ?」
トイレにも靴のまま入るのに靴を履いたままなんてとんでもない。
足も洗わないと足の臭いがする塩になりそうでなんか嫌だ。
100度、いや高濃度の塩分で沸点が上がり100度以上の熱湯で茹であげるのだからもれなく菌は絶滅する。
それでもやっぱり可能な限り清潔を心がけて作りたい。
「ちゃんと洗ったわよいっちゃん」
「爪の間まで洗ったよ」
「よし、それじゃあやってみるか」
海水を汲み上げて。
バシャ……。
撒く。
海水を汲み上げて。
バシャ……。
撒く。
「まあ、地味なのね」
「華やかに躍りながら水を撒いたっていいぞ?」
もっとも、いかに疲れないように海水撒くかが重要だと思うのたが多分疲れる前に飽きるだろう。
「いっちゃん飽きたー」
「早っ、まだ一往復しかしてないじゃないか」
「オーナー、これから人にやらせようと言うのにそれはないよ」
まったくだ。
せめて最初くらい水をちゃんと撒いて欲しい。
「もー、冗談よ? レニオったらそんなこわい顔をしないで。ちゃんとやるわ」
なんてやりとりをしながらもひととおり海水を撒き続けた。
「終わったー! さあ、いっちゃん。お塩つくりはまた今度にして今日はもうやめにしましょう?」
「もとよりそのつもりだが」
一日海水撒き続けてはいおしまいにはならん。
いったい何日くらい海水を撒き続ければいいのかはわからんがやればやるほどいい気はする。
ひと月くらいか?
でも日本にそんな長い間雨が降らない地域なんてあっただろうか?
鳥取砂丘?
まあいいや。
取りあえず一月は水を撒き続けてみるとするか。




