二百八十九話 お陽さまの光を浴びてハイになってしまったドロヴィー
ストックが尽きたのでまたしばらくお休みします。
読んでくれてありがとうございました。
ドロヴィーの本体が暴走した。
狂竜が立ち上がった。
眠りについた。
あれから幾日が過ぎた。
その間は食料や薪の補給をしたりこんにゃくの作り方を教わったりした。
あと変わったところといえば城なしの傾きが収まり箸が壁に突き刺さる心配はなくなった事ぐらいか。
おそらく廃城見物も満足したんだと思う。
であれば城なしはそろそろ飛び立つ。
ドロヴィーにお別れの挨拶をしなくてはいけない。
「気が重いな……」
「ご主人さま元気がないのです?」
「すー?」
おっと、一人と一匹を心配させてはいけないな。
「何でもないよ。今日はドロヴィーのところに行こう」
勝手知ったる我が家も良いところ玉座のある部屋まで行くとドロヴィーとドロヴィーの本体がそこにいた。
「ほーれ良いこだなー。暴れるんじゃあないぞー。そーら高い高ーい」
「ヴぁーあ!」
わあ。
ドロヴィーがドロヴィー本体をあやしている。
ざんねんながら赤子をあやすお母さんには全く見えない。
二人とも同じ見た目だし。
「ん? ツバサか。こんにゃくも渡したし作り方も教えた。もうここには用はないんじゃないか?」
「ああ。だからお別れに来たんだ」
「むっ、そうか……。寂しくなるな」
そっけないな。
さてこんな時なんて言葉をかけたら良いものなんだか。
いままで突然城なしが飛び立つことが多かったしいざ改めて挨拶するとなると困ってしまう。
「ご主人さま。ドロヴィーちゃん置いていってしまうのです?」
「すー?」
ああそうか。
別にお別れしなくたっていいじゃないか。
「なあドロヴィー。俺たちと一緒に来ないか?」
そう、一緒に来ればいい。
「えっ?」
「もちろんドロヴィーだけじゃなくて骨たちも一緒に連れてきて構わない」
「それは──」
ドロヴィーは一瞬ためらうような表情を見せた。
だがすぐに首を振る。
「──いや。妾にはボロでも城がある。だからここを離れるわけにはいかないぞ」
「城か。まあそれなら仕方がないか……」
城さえも頑張って城なしを説得すれば持っていけそうな気がする。
けれどそういう話ではないのだと思う。
だから俺はそれ以上ドロヴィーに一緒に来るようには言えなかった。
かわりに出た言葉は。
「じゃあまたな……」
なんて捻りのないもので。
その応えも。
「ああ……」
と短くそっけないものだった。
だが、ともすれはば見逃しそうなほんの一瞬。
ドロヴィーがくしゃっと顔を歪めたのを見てしまった。
なんて顔をするんだ。
そこまで別れが辛くなるほど一緒にいたわけでもないだろう。
ああいや……。
そう言えばドロヴィーの両親は灰になって散ってしまったんだっけか。
それがきっかけで少しの間でも一緒にいた誰かがいなくなるのがトラウマになっているのかもしれない。
さて、それならどうしたもんか。
と、思ったところで脇に控えていたカウモォーイがしゃしゃり出てきた。
「ほらさっさと行け。ドロヴィーさまを困らせるんじゃねぇーよ?」
こいつは……。
どうにかしてやろうかと思わないこともなかったがドロヴィーがカウモォーイを止めなかったので引き下がることにした。
「ご主人さま……」
「すー……」
「仕方がないさ。ほらっ、城なしに帰ろう」
ゴゴゴゴゴ……。
城なしが揺れる。
どうやら出発するようだ。
最後に見せたドロヴィーの寂しそうな顔が忘れられない。
城ごと一緒に来ないか?
そう言ってあげれば良かったかなあ。
ゴゴ……。
ん? 止まった?
ビン! ブブブブブン!
いや、動いている?
なんだこの動きは。
城なしが今だかつてないおかしな揺れ方をする。
ビン! ブブブブブン!
ああ……。
ああ、なるほど。
どうやら、地面に突き刺した部分がなかなか抜けなくて苦戦しているらしい。
ズゴッ! ズズズズズ!
それでも、浮上しようと上下運動を繰り返す。
だが力を入れすぎたようで──。
ズ、ズズズズズズーン……!
ガラガラガッシャーン!
──なんとドロヴィーのお城が揺れに耐えきれず崩れ落ちてしまった。
「げっ! 城なしがやらかしおった!」
ビン、ブブブブン……。
城なしがまたへんな揺れ方をした。
人間で言うと「あっ」とやっちまったいった表情でピンとつま先立ちするように固まっている。
さしもの城なしも今回ばかりは頭が真っ白になってしまったようだ。
って……。
おっといかん呆けている場合じゃあない。
吸血鬼だから命に別状はないと思うけど、ドロヴィーを瓦礫の下から助けてあげないと。
「ご主人さま大変なのです!」
「すー!」
「ああ、早くドロヴィーを助けてあげないと」
「それはそうなのです。でも大変なのはアレなのです!」
「すー!」
「アレ? 城が崩れた事より大変な事なんて……。あったわ……」
ラビの指し示す先。
それは青い空だった。
そう、今まで真っ黒な雲に覆われていたのに穴が開いてる。
穴は広がってどんどんどんどん晴れていく。
「このままじゃ……。ドロヴィーが灰になってしまう!」
大急ぎでついほんの少し前までお城だったところへ向かうと直ぐにドロヴィーは見つかった。
「ドロヴィー!」
ドロヴィーは呆然とたたずみ、太陽を見上げるばかりだ。
その横では同じふうにしてドロヴィーの本体も太陽を見上げていた。
「早く日影を作らないと……!」
大急ぎで布を取りだしドロヴィーたちに掛けた。
灰になる気配はない。
どうやら、大丈夫だったようだ。
「クフッ」
「ヴァハッ」
いや大丈夫じゃない──。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
「ヴアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
──狂ったように笑ってやがる。
しまいには二人で腕を組んでスキップしながらその場で回り始めるしまつだ。
ちょっと、いや、ちょっとどころではなくドロヴィーは大変な事になってしまった。
「ュラユリヤレルラレレレロ!」
「ヴアアアアアアアアアアア!」
もはや、何を言っているのか全く理解できない。
なんで、こんな事に……。
日の光に当たったら灰になるんじゃなかったのか?
これじゃあただハイになっただけで……。
ん? ハイになっただけ?
灰、ハイ、灰、ハイ……。
あっ!
「そっち!? 灰じゃなくて気分的なほうのハイなのかよ!」
なんか、変な発音の気はしたわなあ。
てことは、どこかへ行ったまま帰ってこないだけでドロヴィーの両親も存命なわけか?
悲しみがひとつ消えた。
「しかしそうすると、ハイになってどこに行かれてしまったんだ。ドロヴィーのご家族はどこにいる!?」
「ご、ご主人さま! ドロヴィーちゃんのパパとママの心配している場合じゃないのです!」
「すー!」
「いやあ、もうなんだが目の前の現実を受け入れたくなくてな……」
ほんとどうしようこの状況──。
十六章城なしまとめ
変化なし




