二百八十一話 世界は傾斜角30度ぐらい傾いてる
謎のネギを見付けた。
キャベツの芯をバラバラにした。
芽生えた。
その時俺はラビと城なしの下層の端っこから眼下の空のようすをうかがっていた。
どす黒い闇が一面に広っていて時おり血管の様に白い筋が走る。
朝なのにこんなぶ厚い雲が掛かってたんじゃ地上はきっと真っ暗だ。
ゴロゴロっ、ゴゴーン……。
「すごい音がするのです……」
「すー……」
城なしの下は真っ黒な雲が敷き詰められていて、雷が登る。
雷は城なし向かって走るので落ちるではなく登るのだ。
まあ、いったいなんの話かと言えば城なしの下は大嵐という事だ。
「これじゃ地上に降りられないのです」
「すー」
「そうな。雷に撃たれて死にかけるのはもうゴメンだ」
あんなん死にかねない。
だから今日も地上に降りるのは諦めよう。
ラビの手を引き、マイホームへと帰ろうとしたその時だ。
グン……!
突如城なしが急降下を始めた。
「わわわっ、お空が登っていくのです! 城なしが落ちているのです!?」
「すー!?」
「わからん。しっかり掴まるんだ!」
慣性の法則に支配され、動くこともままならなくなった俺たちはじっと衝撃に備えた。
ズゴーン……。
城なしは地面に落ちた。
幸いとんでもない速さでの落下ではあったが、接地の際人命に影響がでない程度に加減したようで被害はなかった。
が、それとは別にとんでもない事態に俺たちは巻き込まれる事になる。
なんだかんだ城なしが地面に着いたので地上に降りるという望みは叶った。
しかしながら大雨で視界が不良。
探索は控えて雨がやむのを三日待つことになった。
朝。
今朝はようやく雨があがった。
それでもなんでか空は暗く夜が明けてもまるでこれから日が暮れようとしているみたいだ。
まあ、探索はできるだろう。
とりあえず朝メシだ。
「またお魚なのです」
「すー」
「今日は運が良ければお肉が食べられるさ。だからこのハマチを我慢して食べておくれ」
「これはサバなのじゃ」
「ああサバか」
あいかわらず俺に魚の見分けなどつかない。
「ふふっ、お肉楽しみなのです……。 あっ!」
鯖の塩焼きをつついていたラビが箸を落とす。
これは不味い。
普段なら拾って替わりを出せば良い話だが今は不味い。
俺は何とか受け止めようと手を伸ばす。
が、努力空しくこぼれてしまう。
ヒュンヒュンヒュン。
箸は回転しながら落下、一度囲炉裏の縁に当たって更に加速して跳ねる。
そして、囲炉裏を飛び越えるとラビの前に座るツバーシャの頬を掠めて、ツバーシャが背を預ける壁に突き刺さった。
「わわっ! ツバーシャちゃんごめんなさいなのです!」
「別に良いわ。頭に突き刺さるぐらいの惨事でなければ謝らなくても良いんじゃないかしら……」
「いや、それじゃあ謝っても手遅れだろ。ラビはもうちょっと気を付けよう。今の状態だと死人が出かねない」
そう、今の状態だと箸を落としただけで死人が出かねない。
なぜなら、世界は傾斜角30度ぐらいで傾いているからだ。
「生きづらいのです……」
「そうな」
「くすっ、私には曲がった世界がお似合いね……」
なんでかツバーシャだけ心も傾いた。
それはさておき世界が傾いているとはいったいどういう事なのか。
なに難しい話じゃあない。
傾いている理由は先日の城なし急降下にある。
朝食を終えると早速地上を探索することにした。
ついでに下層から世界が傾く原因を眺めに行く。
「城なしも良い趣味しているな。これがお気に入りとはちと渋いぞ」
「ボロボロのコケコケなのです」
「すー!」
俺たちの眼前にあるのは苔むした廃城だ。
苔だけでなくお花も咲いている。
どうやら城なしはこの廃城を見付けて歓び勇んで急降下したらしい。
で、世界が傾いているのは城なしが食い入るようにそして、触れそうな距離で廃城を見詰めているからだ。
いくらなんでも近すぎやしないかね。
「一応中を調べておこうか」
「このお城を調べるのです?」
「無いとは思うけれど中に誰か住んでいないとも限らないし」
ある日突然空からなんだか良くわからないものが自分の家の横に落ちてきて威圧感を与えるようにそれが傾いていたらビックリしてしまうだろう。
さて出発しようか。
というところで珍しい客がやって来る。
「俺っちも連れていってくれ!」
などと言うのはセルフ動物園にいた悪魔ことカウモォーイだ。
野獣の魔女であるミアが再教育を施し勝手に出歩くなんて許されていないはず。
なんでこいつがここに。
「連れていけって言われてもな。お前なにかやらかしそうだし」
逃げられたらまた悪さするかも知れないし逃げられなくてもまた悪さする気がする。
「そう言うと思ってほらっ! ちゃんと犬畜生よろしくリードを付けてきたぜ!」
「お前……。プライドとかそう言うのどこに置いてきちゃったんだよ」
「今の俺っちじゃどうあがいてもプライドなんて維持できねえ。なら、捨てちまって飯にありついた方が良いじゃねえか」
知らんがな。
「なあ頼むよ。お前こう言うの好きなんだるぅお? そう言う趣味があるんだるぅお?」
ラビの首輪と鎖を指さして悪魔がそんなことを言う。
「俺の趣味じゃないわ」
「ほぅじゃあそっちの幼いウサギっ子の趣味か? 将来が心配すぎるな!」
「なんだかすごくバカにされている気がするのです……」
ラビが口を尖らせる。
まあ、確かにずっとラビがおバカなままだったらどうしようという不安はある。
「しかし、なんだって俺たちに着いてきたいんだ?」
「だってよう、廃城だぜ廃城? お前ら人間がびびっちまう予感がビンビンじゃねえか」
「ああ、そう言う事か」
そう言えば人の恐怖や絶望といった感情を糧にするとか言っていたっけか。
「しかしなあ……」
「土下座でもなんでもする! 靴を舐めたって良い!」
「おまっ、ラビの前でなんてこと言うの? って、おいやめろ土下座して靴を舐めようとするな」
そもそも舐めるといってもお前人形だから舌なんてないだろう。
毎度こんなことをされて連れていけと駄々をこねられても困るから折れたくはないのだが。
まあ、こいつが喜びそうな状況なんてそう何度もあるもんじゃあないか。
「一緒に来ても構わないから顔をあげろ」
「いいのか?」
「ああ、ただ妙な真似はするんじゃないぞ? 変なこことをしたら──」
「ヒャッハー! メシだメシだ! メシが喰えるぞ!」
カウモォーイは歓喜してバレリーナの様につま先立ちでクルクル回る。
──いや、人の話は最後まで聞いておくれよ。
「あっ、そうだ。突然お前が居なくなったらミアが心配するから一声掛けてこいよ?」
「それには及ばねえ。ちゃんと泣きついて許可は取ってきた」
「そりゃ準備の良いことで」
女の子相手に泣きつく悪魔なんぞ聞いたことはないが俺は突っ込まないぞ。
「ほいじゃ出発しますかね」
「じゃあ、ほらリード」
「いやお前これは絵面が……。まあ、今さらか」
フラフラされたり脱走されても困るのでリードを受けとった。
そんなわけで、カウモォーイを連れておあつらえ向きに城なしが作った階段を降りて地上へ降りた。




