二百八十話 無限分裂キャベツ
ラビの首輪が病気になった。
錆びてた。
磨いた。
「ご主人さま。今日もお野菜にお水をあげに行くのです!」
「すー!」
「ああ、そうしよう」
ラビにせかされ今日も今日とて畑へ向かう。
特に問題などは起きず以前植えた野菜は順調に育っている。
「ニンジンの葉っぱはふっさふさになったけどまだ花は咲かないのです」
「すー」
「うん。もう一回り大きくならないと咲かないかな」
そうしてラビと畑を回るうちにネギ畑のところでおかしなことに気付いた。
「おや?」
ほとんどのネギはぴんっとまっすぐに伸びているのだが、一部、いや、畝一列分のネギだけ上の方が垂れておじぎしてしまっている。
はて、病気だろうか。
「なんでここのネギだけ元気がないのです?」
「すー?」
「わからん。病気かもしれない。ちょっと詳しく見てみよう」
あまり、植物の病気には詳しくはない。
だから、病気かなと思ったら廃棄処分して、土も再び焼いてしまうつもりだ。
しかし、よく見てみても、病気の気配はない。
「おや……?」
「何かわかったのです?」
「いや、どう見ても健康にしか見えないから、なおさらわからなくてな」
あっ、もしかして別の種類のネギなんじゃ無いだろうか?
先っちょを切ってみて香りチェック。
ニラ臭い。
しかし、切り口が輪になっているのでニラではない。
まあ、半円状の切り口なので輪と言えるのかは怪しいが。
そして、引っこ抜いてみれば、あらぷっくり球根がある。
「ふむ……」
「ご主人さまはなんだか、わかったような顔をしているのです」
「わかった気がするが間違えると危ないから断言は避けたいな。もう少し様子をみよう」
間違えると食中毒を起こして……。
「起こしてどうなるのです?」
「最悪死ぬ」
「ひっ?」
「すー!?」
まあ、死ぬけどそんな植物の花がそこら辺の民家の庭に植わっている国にかつて俺はいた。
観賞用と称すればそんな劇薬をご家庭で育てられるのは、なかなかにぶっ飛んでいると思う。
「だから、とりあえずこのネギっぽいナニかは放っておこう」
まあ、99%毒草ではないと思うが念には念を。
しかし、何かを忘れている気がする。
「ラビはニンジンが楽しみなのです。でも、ラビはあの玉の葉っぱも忘れられないのです」
「あっ、それだ」
「ふぇ? どれなのです?」
「すー?」
すっかり忘れていたがキャベツがあったんだ。
俺はウエストポーチからそれを取り出した。
「ご主人さま? 何なのですその生ゴミ」
「生ゴミ……。いやまあ間違っちゃないが、これはキャベツの芯だよ」
「そんなものどうするのです?」
これを使ってすることと言えば一つだ。
「キャベツの芯からキャベツを作る!」
「キャベツも再生野菜なのです? でもラビは知っているのです! ニンジンみたいに葉っぱは再生しても根っこは再生しないから意味がないのです!」
「すー!」
自信満々に言い切りよる。
だが、色々おかしい。
「なあ、ラビ? ラビはキャベツのどの部分を食べたんだい?」
「葉っぱなのです!」
「そうだそうだ。ラビはキャベツの葉っぱを食べたんだよな? でも、葉っぱだけ再生するだけじゃあ意味がないって言うのかい?」
「そうなのです……! あれ?」
ラビは混乱している。
再生野菜と言う言葉に騙された印象が強くて何かがあべこべに、こじれてしまったようだ。
「まあいいや、ともかくキャベツはニンジンと違って根っこも再生する」
「ラ、ラビはもう騙されないのです!」
騙したつもりはないんだけどなあ。
「本当にキャベツは全部再生するぞ」
「じゃあ、キャベツは無限キャベツなのです?」
「そうだ。だがキャベツは無限に食べられるだけじゃあない。分裂も可能。つまりはキャベツは無限を超えた無限分裂キャベツなんだ!」
「無限、分裂、キャベツなのです!」
驚愕のラビ。
しかし、無理もない事だ。
キャベツはそれほどすごいのだ。
「まあ、それでもキャベツは大嫌いなんたけどな」
「何故なのです!? キャベツは美味しいのです!」
「食べるのが嫌いなんじゃあないよ。育てるのが嫌いなんだ」
キャベツに限った話じゃあ無いんだが、葉っぱを食べる野菜ってのはたいてい虫も大好きなもので、害虫対策をほどこさなければまず間違いなく穴だらけになる。
糸引いた青むしのぶら下がるキャベツを見ると食欲が失せ、同時にチョウチョを絶滅させてくれようかと言うほどの殺意が沸き上がってくるモノだ。
「ほいじゃ始めますかね」
壺にまな板をのせてその上にキャベツの芯を置きナイフを構える。
「先ずは頭を落とす」
ダンッ。
「ひっ?」
悲鳴をあげるラビ。
「次に縦に割る」
ダンッ。
「ひぃ!」
二度悲鳴をあげるラビ。
「そして最後は縦に割った物を更に二つに切る」
「もっ、もうそれ以上はだめなのです!」
最後は俺の足にしがみつき必死に訴える。
でもやめない。
ダンッ、ダンッ。
「あああ、玉の葉っぱの芯がバラバラなのです……」
「そんな悲しい顔をしないでくれよ。キャベツの芯は5分割したぐらいなら問題なく再生するんだ」
「絶対にウソなのです! こんなの絶対にキャベツは死んでしまったのです!」
どうどう。
どうやら、ラビには刺激が強すぎたようだ。
生ごみなどと言っていたラビはどこへやら。
「三日だ。三日あればキャベツがちゃんと生きてるってわかるから」
「むー……」
そして、三日後。
「ご主人さま! 三日経ったのです! さあ、キャベツが生きていると言う証拠をラビに見せてほしいのです!」
「すー!」
「ああ、ちゃんと証拠なら見せられるぞ? ほらっ」
俺はラビの鼻っ面にキャベツの芯の断片を一つ突きだした。
「むっ? むむむ。ラビにはなんにも変わったようには見えないのです」
「すぅー」
「いやいや、よーっく見てごらん?」
それは本当に小さな変化だ。
芯の表面に緑色のぽっちがわずかに顔を覗かせている。
「本当なのです! キャベツは生きていたのです!」
「すー!」
「そうだろうそうだろう」
キャベツの芯にはこうやってジャガイモの芽みたいにたくさん芽が出てくる。
ただジャガイモとは違い、この芽は直接葉っぱになるので茎になったりはしない。
「土に植えるのです?」
「すー?」
「植えるのはもう少し成長してからの方が良いかな」
苗の植え付けと言うのは苗にとっては負担の大きいものだ。
なら少しでも苗に体力をつけさせたい。
「玉の葉っぱ楽しみなのです!」
「すー!」
「そうな」
ラビの期待に応えられるように頑張ろう。




