二百七十三話 悪女のラビ「えっと、虫をむさぼるツバーシャちゃんはきっと素敵でお似合いなのです!」
ラビが玉の葉っぱを食べた。
狂竜が蠢く虫の群にダイブした。
俺は水を噴き出した。
お腹もいっぱいになったところで移動再開。
移動といっても、目指すべき目的地などないのでブラブラする。
一応は島の中心の方を目指してみようか?
む? むー……。
下半身が水でべしょべしょで気持ち悪い。
なので、たまにお尻を振って水を切りながら目的なき歩みを進める。
辺りは涼しげな林になっていてとても過ごしやすい。
手入れを怠ればあっという間にジャングルになりそうなものなのに。
そうはなっていないところを見るにあの悪魔、結構な几帳面なんだと思う。
真面目な悪魔ねえ。
しかし静かだ。
それもそのはず、この島に来てから動物に会っていない。
ゾウの魔物と餌の虫ぐらいだ。
そう言えば虫もいない。
いや、見付けようとしないから見付からないだけか?
ふむ。
確かめてみるか。
手近にあった大きめの石を幾つか足でひっくり返す。
しかし、やはりそこに虫の姿はない。
普通なら、ワラジムシやらムカデやら、ワラワラワラワラ出てくるものなんだが……。
うーん。
「ご主人さまは何をしているのです?」
「すー?」
「いや、動物どころか虫すら見かけないから気になってな」
耳をすますも鳥の鳴き声すらしない。
静かなもんだ。
「でもご主人さま。あそこにネコちゃんと変な虫ならいるのです」
「すー」
「ネコと変な虫……? あー、あれかー。あれは虫じゃあないぞ? あれはトカゲのしっぽだ」
ラビが俺のくちばしから身を乗り出し、指し示した先では、切り離されたトカゲのしっぽが暴れていた。
トカゲしっぽってのは不思議なもので、切り離されてもしばらくは動く。
時には10分以上動き続けるというのだから驚きだ。
ブルンブルンブルンブルン。
暴れる尻尾。
その尻尾をべしべしとネコパンチするネコ。
あーあ、ネコってのは残酷なもんだ。
食わないのになぶる。
まあ、尻尾だけならやさしさか。
「ご主人さま? なんだかなんとも言えないお顔をしているのです」
「すー?」
「なんでもない。先に進もう」
見ていて気持ちの良いものでもないしな。
なんて話をしているとネコがこちらを向いた。
「ん? 主さま?」
おや、ネコがしゃべった。
この感じ。
「シノなのか?」
「うむ、ただのネコになってしまったのじゃ」
なるほど、ネコはシノだったか。
しっぽが一本しかないから気づかなんだ。
「そうか、ところでツバーシャは一緒じゃないのか?」
サッ……。
目を反らすシノ。
ブルンブルンブルンブルン。
暴れる尻尾。
まさか……。
「まさかこれがツバーシャなのか!?」
ブルンブルンブルンブルン。
「ああ、ツバーシャ! ツバーシャ……。こんな姿になっちまって……」
「そっちが本体じゃないわよ……」
「おおっ、無事だったかツバーシャ」
ツバーシャが茂みから出てきて突っ込みを入れた。
珍しいこともあるもんだ。
落ち着いたところでツバーシャが愚痴る。
「墜落した後すぐにお互いを認識できたのに歩いていたら、いきなり後ろから襲いかかって来たものだから驚いたわ……」
「いやはや、めんぼくないのじゃ」
トカゲってのは、ネコがじゃれたがりそうなリズムで動くもんな。
俺がラビを食べてしまいたくなったように、シノもネコの本能が強く出てじゃれついたんだろう。
って、シノはもとからネコだから相変わらずなのか?
「しっぽがなくなるのは、思っていたより大きな喪失感があったからショックだったわ……」
「ドラゴンは尻尾を切り離したりまた生やしたりできないのか?」
「トカゲと一緒にしないで欲しいわね。切り離したりなんてできないわよ。切ってもまた生えてくるらしいけど……」
あっ、生えてはくるんだ。
まあでも尻尾をパージするなんてなかなかできない経験だしちょっとうらやましい。
「もう二度と経験したくないわ。結構痛かったし……」
「おっ? 尻尾にも痛覚あるのか」
「あったわ……」
へー。
切り離すようにできているのに痛いとは不思議なもんだ。
動物学者が喜びそうな発見だな。
「とうとう、こんな弱々しい姿になってしまってもう死んでも良いかなと思ったりしたのだけれど、あまりの痛さに逃げだしてしまったわ……」
「そうか、痛いのは嫌よな」
落ちてから今に至るまでそこそこ時間が経っているんだが、ずっと遊んでいたんだろうか。
「最初は我慢しておったのじゃが、とうとう辛抱たまらずガッとな」
ふむ。
まあ、事情はわかったがこれ以上ツバーシャにじゃれられても困る。
「あっ、そうだ。ごはんあるぞ? シノもツバーシャもお腹が空いているだろう」
腹いっぱいになればツバーシャを襲いたくなる気持ちも失せるだろう。
シノには以前から作りおきしてあった魚の料理だ。
茹でて身をほぐしたものをウエストポーチから出してやる。
ツバーシャには……。
狂竜と同じものを出してみる。
同じというのはもちろん。
うねうねうねうねうね。
虫である。
「ねえ、これが俗に言ういぢめと言うモノなのかしら……?」
「いや違うぞ。トカゲは虫を食べるんだ。なっ、狂竜?」
「すー!」
狂竜が虫を食べて見せるがツバーシャは食べようとしない。
まあ、そら食いたかないだろうって話ではある。
しかし、せめて気持ちだけは上を向いてほしいところだ。
「あっ、そうだ。ラビもなんかツバーシャに言ってあげてくれ」
「ふへ? ラビがなんか言うのです? えー、えっと、虫をむさぼるツバーシャちゃんはきっと素敵でお似合いなのです!」
「まてーい!」
雑にほめようとしすぎ。
と言うかそれはほめてない。
「そうね。虫をむさぼれば虫けらよりは上位になれるものね。きっと私が収まるべき場所がそこにはあるわ……」
「ツバーシャ! もっと上を目指そう。ツバーシャならきっとヒエラルキーの向こう側にだって行けるはずだから!」
「慰めは要らないわ。身の程は弁えているもの……」
ドラゴンの身の程とはいったい。




