二百七十話 絶叫のラビ「ひっ! 首が真後ろにねじれたのです!?」
ペリカンになった。
ラビと狂竜を食べた。
二度も食べた。
うーん。
落下したときに、からだが地面に擦れてしまったのでどうにも翼が熱い。
「ご、ご主人さま。怪我をしているのです!」
「えっ? 別に何ともないぞ……? って、翼が折れてる!?」
いやいやいや、俺の体があれぐらいで傷が付くわけないんだが。
まさか、スキルが使えないとか?
「見える……!」
俺は試しに【風見鶏】を使ってみた。
しかし、何も起こらない。
「何か見えたのです?」
「すー?」
「いや、なんでもない……」
何も起こらないとなんだか恥ずかしい。
声に出すんじゃあなかった。
しかし、スキルが使えないのか。
まあ、動物になってもスキルが使えると逆に危ない場合もありそうだ。
俺のスキルだと【有翼飛行】あたりが悪さしそうである。
もしスキルが有効だったら、鳥の体に筋肉が付きすぎて重量やからだの固さが変わり飛べなくなっていたかもしれない。
そうならないようにたぶん、安全装置のようなものが働いたんだ。
まあいいや、そんなことよりこの怪我どうしよう。
とても痛い。
「ラビが治すのです!」
「んー、魔法も使えなさそうだぞ? 試してみたが魔力の操作ができない」
「ラビはやればできる気がするのです!」
そうな、ラビはやればできる子だ。
ならば任せよう。
「ターメリック、ターメリック。ウコンウコン!」
ラビのカレー言語に合わせて香りが漂う。
オー、スパイシィ……。
どうやらカレー言語魔法は使えるようだ。
「ありがとう。でも、ラビが治せても、もう飛ぶのは控えた方が良さそうだ」
首が細いのでうっかり折れてしまいそうで怖い。
「なら歩くのです!」
「すー!」
「そうな。歩くしかないわな」
そう言って俺のくちばしに乗り込むラビと狂竜。
歩くの俺だけかい。
まあ良いや。
じゃあ、行こうかね。
と、足を一歩踏み出したところでラビのまとう空気が変わる。
「来るのです……」
「むっ? 何が来る? どんなのだ?」
「大きく力強いパオーンなのです!」
大きく力強いパオーンね。
ゾウかな?
「パオオーン!」
ゾウだわ。
しかも魔物のゾウ。
ただでさえデカイのに魔物ときたもんだから、よもや小さなお山クラスの大きさだ。
そんなゾウの魔物は荒れ狂いながら俺たちの頭上を通過していく。
「おー怖っ。やっぱり元がでかい動物の魔物はヤバいわあ」
「来るのです……」
おや? まだなにか来るそうだ。
ウサギになってもラビの来るのです警報は健在。
きっと、くちばしのなかで凛々しいウサギのお顔をしていることだろう。
ちょっと見たかった。
それにしても、俺の【風見鶏】は使えなくなっているのにラビはずるい。
カレー言語魔法だけでなく、来るのです警報まで使えるなんて。
まあ、アホな事を考えてないで何者かの襲来に備えるとしよう。
俺は脚を折って身を屈めた。
ガサガサガサ、バッ……!
茂みをかき分け長い木の槍をもった着ぐるみが飛び出す。
そしてゾウの魔物の行った道を駆けて行った。
「いや、なんで着ぐるみなんだよ」
「着ぐるみってなんなのです?」
「人が着られるぬいぐるみの事だよ。今俺たちの前を駆け抜けていった奴らが着ていたやつだ」
彼らは擬人化せぬまま着ぐるみにしたニワトリ、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジといったラインナップ。
全部家畜じゃないか。
そんな着ぐるみたちはマンモスでも狩るように魔物を追いたてる。
しかし、不思議と魔物は着ぐるみを襲わない。
うっとうしそうに体を揺すったり、吠えて威嚇したりするが危害を与えるような事はなかった。
こりゃあ、いったい何が起きているんだ。
「ご主人さま。またなんか書いてあるのです」
俺のくちばしをラビがかぱっと開いて小さな手指で看板を指す。
「どれどれ、なになに? 魔物ふれあいコーナーって書いてあるな」
さっきのゾウの魔物とふれあえってか。
いやいやいや、魔物とふれあっちゃったら死ぬだろう殺す気か。
あの巨体がかすっただけでもチリになるわ。
「でもあの魔物は着ぐるみを襲わないのです」
「すー」
「そこが謎なんだよなあ」
魔物とは人類共通の敵である。
人類を見付けたら必ず襲ってくるし、それは着ぐるみを着たところでどうにかなるようなものではない。
ん?
「そういや魔物が襲うのは人類だけだったっけか」
「じゃあ、動物になってしまったラビたちは襲われないのです?」
「そうなるな」
なるほど、それを体験しようってコーナーなのか?
まあ、何でもいいや。
それよりもあの着ぐるみたちに声を掛けてみよう。
「おーいちょっといいか? そこの着ぐるみ話がある!」
ギュルン……!
俺の声に反応して着ぐるみは一斉にこちらを向く。
「ひっ! 首が真後ろにねじれたのです!?」
「落ち着くんだラビ。着ぐるみだからねじれたところで何ら問題はない」
「そうなのです?」
いや、どうだろう。
言っておいてなんだが、たとえ着ぐるみであっても頭の部分だけが真後ろを向くのはあり得ない気がする。
頭の頂点で着ぐるみの頭を回転させたとか?
いいや、怖くなりそうだから考えるのを止めよう。
「やあ、今日は遠いところからセルフ動物園へ来てくれてありがとう! 分からないことがあったらボクたちに何でも聞いてね?」
ここは動物園だったのか。
しかし、セルフって……。
「だって、動物は君たちさー」
ああそうか、動物は来園した俺らってわけかい!
そりゃセルフだわ。
まあいいそれよりもだ。
「出口はどこにあるんだ? 引っ張られて島から出られない。と言うかセルフ動物園ってことは、俺たちをこんな姿にしたのはお前たちだよな? もとに戻してくれ!」
「で、で、で、出口? デデデッド、デグチは……」
うわっ、なんか様子がおかしい。
俺の声に答えようとしたのはブタの着ぐるみ。
彼はまるで壊れたレコーダーみたいになってしまった。
「デデデッド、デグチさんなのです? なんかカッコいいのです!」
「すー?」
「いや、誰だいデデデッド、デグチさんて」
まあいいや、デデデッド、デグチさんでも。
そのデデデッド、デグチさんはまるで人間とは思えない声を出してカタカタと揺れている。
「出口は、ピーガガガガ……」
キーン!
更には突然、マイクがハウリングした様な音を発したではないか。
「うおっ!?」
「お、お耳が痛いのです!?」
「すー!?」
くっ、魔法か何かによる攻撃なのか?
じっと、身構える。
しかし、次のデデデッド、デグチさんの言葉は。
「やあ、今日は遠いところからセルフ動物園へ来てくれてありがとう! 分からないことがあったらボクたちに何でも聞いてね?」
なんと最初の言葉だった。
「ボケているのです?」
「すー?」
「ああ、そうみたいだな」
まだ若そうなのに。
いや、そうじゃないわ。
これは恐らく……。




