二百六十九話 腹中のラビ「ううっ……。ラビを食べたらダメなのです!」
大好きな動物について語り合った。
バキュームされて墜落した。
ウサギとエリマキトカゲがしゃべった。
ムクリとからだを起こし辺りを見回せば衣服が散乱している。
いや、なんで服が散らかってるんだろう。
ラビの服、それに俺のもあるし……。
どうやら今の俺は服を着ていないようだ。
「ラビたちだけじゃなくて、ご主人さまもすごいことになっているのです」
「ああ、すまん。なんでか俺は今全裸なんだわ」
「違うのです。もっとちゃんと良く見て欲しいのです」
良く見るったって、自分の裸体なんぞ良く見たところでどうにかなるものでもないだろう。
まあ、言われるがままに俺は自分の体を良く見て見た。
まず腕がない。
えらいこっちゃ。
墜落した時にもげたんだろうか。
こりゃあたしかにすごいことになっとる。
次に胸と腹。
なんかフカフカした毛に包まれて温かそう。
あー、うん。
何が起きているのか大体わかってきたわ。
最後に足。
不安なほどに細くてまるでミイラだ。
いやいやいや!
「鳥じゃないか。俺は鳥になってしまったのか?」
「そうなのです!」
「すー!」
なんて事だ。
メスだったらどうしよう。
ニワトリみたいに毎日たまごを産まなきゃならんのだろうか。
と言うか俺はなんの鳥なんだろう。
ラビと狂竜に聞いてみた。
「ご主人さまのお顔を見ているとイライラするのです!」
「すー!」
「見ているだけでイラつく顔!?」
ヒント1、顔を見てるとイライラする。
「ご主人さまのくちばしはやわらかいのです!」
「すー!」
「柔らかい? くちばしがやわらかい?」
ヒント2、くちばしがやわらかい。
「そして、良くのびるのです!」
「すー!」
「のびる!? くちばしが良くのびる!?」
ヒント3、くちばしが良くのびる。
ふむ、全くわからん。
いったい俺はなんという名の鳥なんだ。
近くにあった水溜まりに自分の姿を映す。
ああなるほど。
なんのこたないペリカンだ。
しっかし、こりゃあたしかに人を小バカにしたような面をしていますわ。
まず目がね、ギョロっとしている。
加えて口元は含み笑いしている感じ。
そんな顔を見ると我ながらなんかムカつく。
ラビがイライラすると言ったのも無理のないことだ。
そして、そのラビはといえば未だに俺のくちばしを引っ張って遊んでいたりする。
「なんだかこうやってご主人さまのくちばしを伸ばしているとクセになりそうなのです!」
「すー!」
「そうかー?」
そら喜んでもらえて良かったわ。
しかし、別に嫌じゃあないんだがくすぐったい。
「むふふ。中には入れそうなのです!」
「すぅー!」
「えっ? 口のなかに入る!? あっ、まっ、まっふぇっ!」
チャカチャカと俺のからだをよじ登ると二匹はくちばしに入ってしまった。
「なんか楽しいのです!」
「すー!」
こりゃあ良いアスレチックとくちばしの中で二匹が暴れる。
こらこら、あんまりくちばしの中で暴れるとうっかり呑み込んで……。
ゴックン!
あっ!
「オエエエ……!」
俺はなんとかして飲み込んでしまった二人を吐き戻した。
「ううっ……。ラビを食べたらダメなのです!」
「すまんかったすまんかった」
「生温かくて酸っぱかったのです……」
ああ、ラビは胃液で濡れて毛がペッタンこだ。
「すー! すー!」
「そうな、狂竜もすまんかった」
俺はラビと狂竜にひたすら平謝りすると、ウエストポーチから水を出して二匹を洗った。
とりあえず現状を整理しておこう。
俺たちは島に吸い寄せられて墜落したあげく動物になってしまった。
うん、意味がわからない。
こんな状況をどうすりゃ良いのか検討もつかない。
これは困った。
「あっ、ご主人さまあそこになんか書いてあるのです!」
「すー!」
「えっ、書いてある?」
書いてあるとはそれなんぞ?
ラビと狂竜が指差す先を見てみれば朽ちかけた看板。
看板の上部には『園内マップ』と書かれている。
そしてその下にこの島の地図らしきモノが書き込まれていた。
が、こちらは薄くなって島の輪郭ぐらいしか読み取れない。
看板の状態から察するに、立てられてから相当な時間が経過しているようだ。
「何か分かったのです?」
「うーん、この島は何かの園らしいが、何の園なのかまではわからない。もしかするとお金持ちの別荘かなんかだったのかもしれない」
「じゃあ、お家の人がいるのです?」
それはどうだろう。
「かつては、ここに人がいましたといった雰囲気はあるがこうも看板がぼろぼろじゃあなあ」
もう人はいないんじゃかと思う。
しっかし、この看板は良くも植物に埋もれず立っていられるもんだ。
ん……?
感心しながら看板を観察していると、根本に刃物で上の部分を切り取られた跡が付いた草を見付けた。
ふむ、手入れされているのか。
「てことは人がいるな」
「あっ、やっぱりいるのです?」
「ああ、そうみたいだ」
もう少し情報が欲しい。
そう考えた俺はラビたちと一緒に空を飛んでみることにした。
くちばしで衣服を拾い集め、ウエストポーチにしまうと腰を上げる。
「ほいじゃまあ、空から島を観察してみるとしますか」
「じゃあ、乗り込むのです!」
「すー!」
ラビと狂竜は胃に落ちて酸っぱい思いをしたにも関わらず、俺のくちばしのなかが気に入ったようでそこに収まった。
まあ、ウサギとエリマキトカゲじゃあ他の動物に見つかったら直ぐに食べられてしまいそうだ。
この方が安全だろう。
「ご主人さまも鳥だから食べられてしまうのです!」
「すー?」
「いやいや、ペリカンはライオンやクマだって食べられるんだぞ? まあ、幼い個体に限るけど」
アホ面していても割りと弱肉強食の世界では上位にいる。
ペリカンは地味にスゴいヤツなのだ。
だから、ウサギぐらいなら簡単に補食してしまう。
そう、ウサギぐらいなら。
あっ……。
なんだかお腹がすいた。
ちょうどよく口のなかにウサギがいるじゃないか。
食べちゃう? ゴックンしちゃおうか?
……。
…………。
いやいやいや……!
ブンブンと頭を振って誘惑を絶ちきる。
「ご、ご主人さま。急に頭を振ったら目が回るのです……」
「すー……」
「ああ、すまん、つい魔が差したもんでな」
本能的な欲求はペリカンのモノになっているようだ。
早く元の姿に戻らないと本能に負けてラビたちを食べてしまうかもしれない。
とっとと行動に出るか。
俺は羽ばたき空へ舞った。
そして俺は感動する。
おおっ、軽い!
翼をひと度扇げばぐんと浮上し加速するのだ。
たったこれだけで……!
いつもならこんなのはあり得ない。
今はまるで自分の体じゃないみたいに感じる。
いやまあ、今はペリカンになってはいるけれど。
それにしたって軽いし壮快だ。
「ご主人さまなんだか楽しそうなのです!」
「すー!」
「わかるか? ああ、楽しいともさ。鳥になって飛んでみるのも良いものだ。どうせなら他の鳥も試せればいいのに」
ツバメとハチドリあたりにはなってみたいね。
って、おっと。
遊んでいる場合じゃあなかったんだ。
島をよく観察しないと。
海岸に座礁する船が見える。
もっともほとんど朽ちていて原型をとどめていない。
島にあった人の痕跡はあの船に乗っていた人たちの物たろうか。
まあ、見てても面白いモノじゃないな。
次は陸の方を見てみようかな。
と、興味を失い内陸に目を向けたその時だ。
「お゛っ?」
ぐんっと後ろから掴まれたような感じがした。
かと思えば。
「お゛お゛ お゛お゛? 」
俺はゴムを伸ばすかのように引っ張られ。
「あー!」
そのまま後ろへ吹っ飛んだ。
グルングルン、ザザザザザザザザ……!
そして、再び地に落ちる。
「イテテ、あんまり高く遠くへ行こうとすると引き戻されるのか。それにしたってもちっと優しく戻して欲しいわ……。って、あれ? ラビと狂竜どこいった?」
口のなかにいる感触はない。
まさか落としたか?
(ご主人さまのお腹のなかなのです!)
(すー!)
いかん、吹っ飛んだ反動でまた飲み込んでしまったようだ。




