二百六十一話 マンガル競馬会特別監修エルデネト
バスガイドした。
それなりにできた。
倒れた。
幸いすぐに気を取り直した。
しかし、まだ視界がボンヤリしていたので壺に座って休憩する事にする。
すると、身体測定の人は俺のとなりにそっと座った。
「あ、身体測定の人って呼び方はやめてくださいね。私はエルデネトです。エルデと呼んでください」
「あ……? ああ……」
「大丈夫ですか? 気分がすぐれないなら医者を呼びましょうか? 昨日のレースで体調を崩したことにすれば、競馬会の専属医師にタダで見てもらえますよ」
レース内容が内容なのでレース中の怪我に関しては金を取られないそうな。
しかし、精神的なものなので見てもらってもどうにもならないだろう。
慎んでお断りした。
「そんなことより何でエルデがここに? エルだも走るのか?」
「いやあ、それがワケありでして……。聞いてくれます? 聞きたいですよね? 聞きましょう!」
「そんなにがっつかれると聞きたくなくなるわ」
あと、顔が近い。
「あのですね、悪いことって言うのはいつまでも続けてて良いことじゃあないんですよ。どこかでやめないと必ずボロが出ます」
「えっ?」
「そして、いざ悪事をやめるとなったら、可能な限り遠くの国へと移ります。チュンカやルーシアは近すぎて何かの拍子に素性がバレて必ずマンガルへ送り返されてしまいますからね」
「あっ、そう……」
この人はいったい何を語っているんだろう。
「つまり何が言いたいかって言うと、そろそろ豚箱に放り込まれそうなんで高飛びさせてください!」
「よしっ! わかった! 帰ってくれ」
「そんな!」
そんなじゃないわ。
何かやらかしそうだしめんどう見きれない。
だから、キッパリ断った。
しかし、そこへいつの間にやら側にやってきていたジュリが待ったを掛ける。
「イッちゃん! この人を城なしにおいてあげて!」
「えっ? エルデを城なしにおけって? 本気で言っているのか? 正気とは思えないぞ」
「でもねイッちゃん。この人とっても優秀な人材らしいのよ?」
えーっ……。
優秀な人材とやらが、本当に優秀な人材だったなんて話は聞いたことがないんだが。
それに優秀だろうが何だろうが悪事を働き高跳びしようとか言う時点でアウトだろう。
「あのねイッちゃん。マンガル競馬も広い意味ではたしかに見世物小屋の類いであるには違いないのだけれど、一から競馬場を作って運営するとなると大変なことなの」
「まあ、そりゃあそうだろう」
「それに既に成功した形あるモノがあるのだからそれに習った方がいい。そう思ってマンガル競馬会に掛け合って監修のための人を用意してもらったの」
ああ、そうだったのか。
俺の知らないところでジュリも動いてくれていたんだなあ。
そう思うと胸が熱くなる。
「イッちゃんがすごいやる気になっていたみたいだから、私も頑張ったのよ」
エヘンとジュリは胸を厚くする。
しかしそれでも……。
「エルデに監修を任せるのは不安だ。高跳びがどうのなんて言ってたんだぞ?」
「まあっ! 本音と建前を語存じない?」
「本音しか語ってなかっただろう!」
これじゃあ先が思いやられる。
「そんなに心配しなくても、エルデさんはもう悪さをしないわよイッちゃん」
「そうかー?」
「そうですそうです。私は心を入れ換える予定なんです。ジュリさんの言う通りもう悪さはしません」
うーん、信じがたい。
「それに問題があればどこかに捨ててきちゃえばいいのよ? 難しく考える必要なんてないわ」
「そうですそうで……。ええっ? 捨てる!?」
「なるほど。それもそうか。適当な土地に捨てれば、結果、望み通り高飛びになるしそんでいいな」
それに目に余るようなことをしでかすのであれば城なしが石の牢屋でエルデを閉じ込めるだろう。
難しく考える必要はなかった。
なのでエルデに監修を任せることに。
いや、任せるだなんて偉そうな態度ではダメか。
ぴっ、と背筋を伸ばす。
「エルデ、競馬場を成功させるために知恵を貸してくれ。いや、貸してください」
そして、腰を45度に折っての最敬礼。
ん? 反応がない?
不思議に思いながら腰を戻すときょとんとしたエルデの顔があった。
なんだ? そんなに意外だったのか?
やがて、理解が追い付いたのかゆっくりと口のはしを吊り上げる。
「ふーん? はーん? へー、そうですか、そこまでされちゃあお願いされないわけにはいかないですよー。いやー、良い心がけですねー?」
「いやいやいや、本音と建前を語存じない?」
「んなっ! さっきの仕返しですか!?」
そう言えば、男性を屈伏させる趣味があったんだっけなと思い出しての切り返し。
あんまり調子付かせないほうが良さそうだ。
ちなみに、ジュリは競馬場のトップにエルデをおくことも考えているそうだ。
理由は私たちに力を集中すべきではないとのこと。
競馬場は馬人に任せた方が良いというのには賛成できるが大丈夫なのかそれ。
まあ、それはおいおい考えよう。
「最後に運転用の初期資金が必要になるわけだが……」
一応、収益が安定するまでは少額の賞金で納得してもらえるよう頼んではあるが、城なしで暮らすにあたって先立つものも必要だろう。
「はい、神さま、こちらに用意できています」
「えっ? なんで?」
突如現れるお姫さま。
ざらざらざら……。
唐突に目の前に積み上げられる大量の金銀馬蹄銀。
「なんだこの金は? 今度はいったい何をしたんだ!?」
お姫さまが用意したお金とか怖い。




