二百五十九話 馬と騎士を集めたい
城なしに競馬場ができた。
もっとお絵描きをした。
しかし、なにも起こらなかった。
翌日。
俺はバータルの安宿で目を覚ました。
なんでそんなところにいるのかと言えば、なんのことはない、城なしがマンガルから離れないようにするためだ。
俺がいなければ城なしは動かないからな。
故に街で宿を取ったのだ。
ラビが着いて来たがってだだをこねたが、宿も当然ゲルなので個室なんてのはなく、安全面に不安があるのでお留守番してもらった。
そんなわけだから今朝は一人だ。
「さて、それじゃあ行くとするかな」
競馬場はできたし、その運営もめどがたった。
だが、そこで走る馬がいない。
だから今日は馬をどうにかするのだ。
まあ、どうにかするとは言っても俺が何かするわけじゃあない。
人頼みだったりする。
つまり、これから人に会いに行くのだ。
そして、誰に会いに行くのかといえば──。
ゲルってのは全部が全部同じような色形をしているので見分けがつかないモノだ。
しかし、マンガル人に言わせれば、それぞれ個性があり、こだわりがあるらしい。
そのため、誰がどのゲルに住んでいて、そのゲルにはどんな役割があるのかなんてのも街の人ならわかる。
でも、俺にはわからない。
だもんで、迷子になり街をぐるぐると歩き回る羽目になった。
幸い、街の中心へと至る道は広くまっすぐなので、見当外れの深みにまではまることはないのだが、道が広ければ人通りが増すので息苦しい。
街に出るとなれば、当然布袋を被り翼も布を被せて荷物に偽装する。
そして、今日は雲ひとつないお空。
こうなると暑くてしかたがない。
「はあ、はあ……。ここはまるで砂漠のようだ。ああ、このままではゲルの砂漠に飲まれて干からびてしまう」
「砂漠? マンガルの? マンガルの砂漠はもっと南かな?」
「あるのか砂漠……!」
まあ行きたいとは思わんが。
「ところで突然声を掛けてきた君は何者なんだ?」
「え? ウソ? 昨日の今日でもう忘れた? ウチはニンジンスキーの馬だよ?」
「ああっ、私服姿だから分からなかったわ」
レース時の短パンタンクトップの様な姿とは違い、ニンジンスキーの馬は赤の伝統衣装に身を包んでいる。
さらには付け三編みまでしているものだから、ほとんど別人だ。
わかるわけがない。
あ、馬子にも衣装って今こそ使うべき言葉の気がする。
「でも、ここで会えたのは良かったわ」
「良かった? ウチに気があるの? じゃあ結婚する?」
「気が早いなおい。でも、俺は子持ちだぞ?」
「子持ち? その若さで!?」
しかも母親である。
「まあ、そんな事より道を教えてくれないか? ニンジンスキーの騎士の方とトーサンダンサーのお店で待ち合わせをしているんだが、迷子になってしまったんだよ」
「え? トーサンダンサーのお店? それならすぐ後ろのこのゲルだけど?」
「このゲルかよ……」
昨日と違って看板出てないから分からなかったわ。
「まだ営業時間前だから? 看板ゲルのなかにある?」
「あー。営業時間前だったか。なら、外で待つわ」
「別に平気だよ? ほらほら入りなよ?」
ニンジンスキーの馬は、ぐいぐい手を引き強引にゲルのなかに俺をいれようとする。
「えっ? あっ、ちょっと……」
良いんだろうか。
良くなくても、馬ってのは手足の力がかなりあるので逆らえないのだが。
まあ、お父さんに怒られたらその時はその時だ。
相変わらず薄暗い店内。
まず目が向かう先は中央にあるポールだが、今はそこに絡みつく人影はない。
「そこに座って? あっ、店のなかではその格好やめたらどう? 誰もいないよ?」
「ああ、そうだな。そうさせてもらうよ……。ふう……」
「ふーん? 思ってたより顔は悪くないね?」
そりゃどうも。
女神さま作の顔なので褒められてもうれしくはない。
ゲルの隅に置かれた椅子に腰掛け足を休める。
ついでに首をコキコキと鳴らしてから、向かいの席に脱いだ布袋と翼に被せていた布をたたんで置いたところで。
トンッ。
と、目の前に木のカップが差し出された。
「冷たい飲み物をどうぞ? 何か食べるものもいる?」
「いや、飲み物だけでいい。と言うか、良いのかこれ?」
勝手知ったる我が家と言わんばかりに、君は人のお店で何をしているのかね。
「ウチのおごりだから心配しないで? お金はちゃんとおいとくから平気?」
「いや、おごられる理由が……」
「理由が必要? まだウチらが馬でいられる様に動いてくれているからそれに感謝してじゃダメ?」
あー……。
後ろめたい後ろめたい。
結果そう言うことにもなるのかもしれないが、全てはユンが俺と一緒に走り続けられる様にと計らったことなので素直に気持ちを受け取れない。
「まさか、感謝されるなんて」
「ちょっと、ちょっと? そんなに薄情に見える?」
「いや、そう言う話じゃあないんだがな」
何となく、ごまかすようにカップを傾ける。
ん? この味は──。
舌に絡み付くような独特の風味。
喉を通せば後に熱が走り肺が焼ける。
──ゴフッ!
「酒じゃないかこれっ!」
「うん? お酒は苦手?」
「いや、まだ朝だし、しかもこの酒あれだろ? 火が付くやつだろう?」
朝っぱらから飲んでいい物じゃあない。
「でも、ルーシアじゃ水がわりに飲むらしい?」
「ルーシアは北国だし、あっちの人たちは飲まないと寒さで死ぬからとか、そんな理由があるんだろうよ」
俺はこれを飲むわけにはいかない。
しかし、捨てるのも気が引けるのでウエストポーチから空の壺を取りだし、そこに酒を移してまた壺をしまった。
何かの役に立つ事もあるだろう。
「それにしても早く来すぎたな」
「ポールで踊る?」
「いや、あんないかがわしい踊りはさせられない」
「え? 踊るのはウチじゃなくてお兄さんだよ?」
「俺かよ!」
誰が得をするんだそれは。
「冗談だよ? あの子に会いたいなら呼んでくる?」
「呼んでくるって農場からか? 悪いからいいわ」
「それは違うかも? 上で寝てるよ?」
どうやら負け馬の会は、二階の住居部分で夜通し行われていたらしい。
だが、それならそうと、早く言ってほしかったところだ。
「呼んでくるからちょっと待ってて?」
「ああ、頼む」
ニンジンスキーの馬はカウンターの裏にある縄ばしごを昇り二階へ向かう。
ドッ、トットット……。
天井板は薄いので物音がよく響く。
バダバタ、ドスン……。
落ち着きがないな。
そんな音に耳を傾け、何をしているのだろうと考えて暇潰し。
しばらくすると、これまた、マンガルの伝統衣装に袖を通したニンジンスキーの騎士が降りてきた。
「おっ、早かったな。頼まれたとおり、未勝利で引退する事になった馬や騎士に声を掛けておいたぞ」
「それは助かる。で、反応はどうだ?」
「さっぱりだな! あー、うん、そう。ぐらいの反応しかなかった」
さっぱりか……。
まあ、それも仕方がない事だろう。
どこの馬の骨とも分からない俺じゃあ信用が足りない。
「しかし、それは困ったな。悠長に信用を積み重ねている時間なんてないんだが……」
「あっ、それなんだけどさ。聞いた話じゃレース場もできたそうじゃないか。なら見せた方が手っ取り早い。 見学会なんてのを開いてみたらどうだ? ウチの農場でも、たまにやってるぞ」
「見学会? ふむ……。見学会か……」
このままじゃレースを開けないし、やるだけやってみるのも良いか。




