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二百五十二話 モッコリしてるのです……!

 チーマの悪夢は去った。

 トーサンダンサーのお店にやって来た。

 負け馬の会が開かれようとしていた。



 これはさっさとこの場を去った方が良さそうだ。


 そう考え、いそいそと立ち去ろうとしたところでふと思い立つ。


「あっ、そうだ。ニンジンスキーは新しいニンジンを作ったとか言っていたよな?」


「な、なんだ? ニンジンがどうかしたのかよ」


「栽培したいから売ってもらえるなら買おうと思ってさ」


 ニンジンを手にいれるなら、ニンジンスキーに求めるのが最適だろう。


「ふ、ふーん。野菜とか興味あるのか?」


「ん? ああ、趣味の一つだな。今じゃ、大切な食いぶちになっちゃいるがな」


「そうか、そうかそうか野菜に興味があるのか!」


 なんだ?


 いったいどうした事か。


 それまでの仏頂面はどこへやら。


 機嫌良さげにバシバシと背中を叩いてくる。


「よし、野菜について語り合おうぜ。なかに入りなよ」


「いやいやいや、負け馬の会に俺は混じれないだろ」


「別に誰も気にしないだろうそんなの」


 一番気にしていたお前がそれを言うんかい。


 何がどうしてそこまで態度を変えてきたのかと思えば、なんのことはない。


 野菜の話題で盛り上がれる人がいなくて飢えていたのだとか。


「別に語り合うのは今でなくても良いだろう」


「今が良いんだけど……。まあ、仕方ないな。じゃあ、うちの農場に寄ってみてくれよ。苗とか種とかもたくさん売ってるからさ」


「ほー。そりゃあ楽しみだ」


 お世辞ではなく本当にね。


 苗や種と聞いてはトキメキを禁じ得ない。


 うむ、いっちょこれから行ってみますか。


 俺はニンジンスキーに詳しい場所や行き方を聞き出した。


 そして、聞き終えたところで、革袋に手を突っ込むと一握り掴んで差し出した。


「迷惑料代わりだ。これで好きに飲み食いしてくれ」


「おっ、良いね。そう言う殊勝な心がけは大歓迎だ」


 言ってニンジンスキーが両手を出し、そこへ馬蹄銀を落としたところで。


「チーマいただきっ!」


「あっ!」


 ナンニスルーラの馬が、ニンジンスキーの騎士の手から、馬蹄銀をひとつ掠めとると、いちもくさんにその場を去ってしまった。


「あーあ、お金を持ってかれてしまった」


「ん? あの子にはお金を使って欲しくはない感じ? あの子が嫌いだったりする?」


 ナンニスルーラの騎士は不思議そうに首を傾げる。


「違う違う。別になんに使っても構わないんだが、アイツ多分チーマを買えるだけ買うだろう? 銀1枚で100本だったし、とてもじゃないが食いきれないんじゃないかと思ってな」


「一度には無理だけど、あの子なら100本ぐらい腐る前には食べきれると思うから大丈夫」


「いやそれがな、アイツが持っていったの銀じゃなくて金なんだよ」


 銀でチーマ100本なら金では何本になるのか。


 事態を把握したナンニスルーラの騎士が青ざめる。


「あんのアホたれちん! 余ったらわたしまで食べなきゃいけなくなるでしょーがっ!」


 チーマをゴミなどと言ったこともあったようだが、廃棄するという選択肢は無いようだ。


 ナンニスルーラの騎士は慌てて馬の後を追う。


 果たして騎士の脚で馬の脚に追い付けるのだろうか。


 俺の知るところじゃあない。


「あっ、そうだ。最後にもう一つ話があるんだけどさ……」


 それはそれとして、俺はニンジンスキーにある話を持ちかけた。



 そんでもって5分後。


「ふーん。そう言うのもありかも知れないな」


「まだ、決まったわけじゃあないから、そう言う話があるって、程度に考えておいてくれ」


「期待しないで待っておくよ」


 よし、大方これで伝えたいことは伝えた。


 これ以上の長居は迷惑だろう。


「邪魔して悪かったな。じゃ、またな」


「ああ、今度は野菜談義に花を咲かせような」


「そうだな。まあ、野菜に花を咲かせたら不味くなるけどな」


「それはどうかな? 花が咲いて初めて実る野菜もあるだろう」


 と、冗談混じりに別れを告げてその場を立ち去る事にした。


 したのだが。


「じーっ……」 


 何やらラビが珍しく真剣な顔をしてゲルの中を覗いているではないか。


「どうしたラビ。何かあるのか?」


「モッコリしてるのです……!」


「すー……!」


「はっ? も……、何だって?」


 聞き間違いだろうか。


 ラビの口から飛び出してはいけない言葉が出てきた気がする。


 いったい何を見たというのか。


 覗いてみる。


「うっ、これは……」


 なんと中ではビキニぱんつ一丁のおっさんがゲルの中央に立てられたポールに絡み付いて踊っていた。


 思ってたダンスと違う。


 娘は伝統系の硬派な踊りだったのに父親は狂ってやがる。


 これは目にかなりきびしいモノがあるぞ。


 誰が得するダンスなんだこれは。


「モッコリしてるのです……!」


「すー……!」


「やめなさい。変なところを見るんじゃない。目が腐る!」


 俺は慌ててラビの手を引くと、早々にその場を後にした。

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