二百四十九話 金と銀の蹄鉄
ユンと空を舞った。
しかし高さが足りなかった。
ゴールと同時に意識を失った。
そして、次に目覚めたとき。
最初に飛び込んできたのはラビ顔だった。
パッチリお目々と目があう。
「起きたのです?」
「すー?」
「ああ、起きた起きた。ここはどこだ?」
ボンヤリまなこで辺りを見渡したところ、どうやら俺は今、ゲルのなかにいるらしい。
いくつか並んだベッドの一つに寝かされている。
「ケーバカイのイムシツとか言うところなのです」
「ふむ。あんなレースなら競馬会に医務室ぐらいはあるか……」
まあ、外傷は皆無なのだが。
しかし、ゴール直後に倒れてしまったか。
「表彰とかあっただろうに。騎士のいない表彰式じゃあ残念な感じになったことだろう。ユンには悪いことをしてしまったな」
「ご主人さまはヒョウショウシキに出てたのです」
「えっ? その前に意識飛んだと思うが……」
記憶に無いだけだろうか。
「縄でグルグルとユンちゃんにくくりつけられて出てたのです」
「あっ、そう。気を失ったまま出たのな」
半端に意識があったりするよりはいいか。
「ところでユンはどこに?」
「ユンちゃんは」
「あの子ならアタイに勝利報告をしに飛び出していったそうだ」
と、会話に割って入ってきたのはユンのお母さん。
「アタイにって……。ああ、すれ違ったのか」
「アンタの家の方に向かったらしい。ここまで来てレースを見ないわけがないんだから、会場にいることぐらいわかるだろうに。まったく、あの子ときたら……」
「そりゃあ、ユンらしいな」
今ごろ気がついて引き返しているところだろうか。
「しかしまあ、あの子が居ないのは都合が良い。ほらこれ。アンタの取り分だよ」
そう言ってユンのお母さんは革袋を寄越してきた。
ずしりと重い。
中を覗いてみると金銀に光輝く小さな金属がたくさん詰まっていた。
それらはみな、馬の蹄に付けるU字の蹄鉄みたいな形をしている。
はて?
「これはなんだ? マンガル土産のアクセサリーか?」
「バカを言ってるんじゃないよ。どうみても金だろう。賞金の分け前だ」
「あっ、これお金なんだ」
チュンカの馬蹄銀と呼ばれる馬の蹄に似た銀塊──バスタブみたいな形で俺は蹄に似ているとは思えなかった──に、馬ならマンガルだろうと言って対抗して造られた貨幣らしい。
このU字の貨幣をマンガルでは馬蹄銀と呼ぶ。
ややこしいのな。
ややこしいのでチュンカではチュンカの貨幣を元宝銀と呼ぶ。
なお、チュンカには蹄に似せて造ったつもりはないそうな。
マンガルの一人相撲である。
まあ、それはさておきお金ですかい……。
よし。
「いらんからこの袋を引き取っておくれ。ニンジンとかのが良いわ」
「なんだいそりゃ。今どき馬でもニンジンの方が良いだなんて言わんね。一度出したもんを引っ込める気はないよ。その金を使って自分で買いな」
「いや、どうみても馬車いっぱいのニンジン買っても余りあるぐらいの金額に見えるんだけど」
こんなにたくさん使いきれないだろう。
あっ、そうだ。
「このお金はユンに──」
「その金をユンに渡そうなんて言うんじゃないだろうね? あの子に金を持たせても、ろくなことにならないからやめとくれ」
「──それもそうか」
パドック入りしていたときにも話に出たが、マンガル競馬では例え一度も入賞しなくとも、売れた馬券の一部が出走馬に還元される。
ユンの人気はそれなりにあるので実入りもそこそこある。
しかし、その多くはユンのお母さんが管理し、ユンにはこづかい程度を渡しているそうだ。
「いくら収入があるか知ってしまえば、もっと寄越せと言いかねないしね」
「だからさっきユンが居なくて都合が良いって言ったのか」
「ああ、そう言うことだよ。ただ勘違いすんるじゃあないよ。あの子のお金はあの子が嫁に行くときに倍にして持たせてやるつもりだからね」
なるほど、お年玉がたまに行方不明になるどこぞのオカン貯金とは違うようだ。
「いらないならぱーっと景気良く使って街に還してきな」
ぱーっと使える額じゃないから困っているんだけどな。
まあ、いいや。
街に出てから使い道を考えるとするか。
「よし、ラビ。街を見て回って見よう。何か欲しいものがあったら言うと良い。今なら何でも買ってあげれるぞ」
「本当なのです?」
「ああ、本当だ」
「すー! すー!」
「ああ、狂竜にも買ってあげるぞ」
そうと決まれば話は早い。
俺たちはユンのお母さんと別れると、早速マンガルの首都バータルへと繰り出すことにした。




