二百四十七話 突如現れた氷の壁
ナンニスルーラをやっつけた。
ニンジンスキーをやっつけた。
ブラックベールがやってきた。
『さあ、ブラックベールがセカンドポエルに追い付きました! 更にその後方では徐々にではありますがケリタマガールも追ってきています。プライドが許さないのか諦めきれません! 一方ホニュービンは完全に諦めました! 馬並みの脚でレースの残りを消化します』
ふむ。
ケリタマガールともぶつかる可能性があるのか。
まあ、今はブラックベールだ。
チラリとブラックベールの騎士へと視線を向けると淡白な口調で。
「名は?」
と短くそれだけ聞いてきた。
「出飼翼だ」
「そうか」
「そうだ」
俺が応えて見せるもブラックベールの騎士は名乗らない。
「……」
「……」
あっ、名乗るの俺だけなんだ……。
いやまあ、名乗れるなら覆面なんてしていないだろうと言う話ではあるが。
まあ、いい。
多少引っ掛かるものを感じつつも意識を【風見鶏】に傾けブラックベールの挙動を伺う。
スッと槍を上段に構えた。
とても長い槍だ。
槍ってのは長さに比例して確実に威力の増す武器だ。
もっとも、握りの位置で変わりもするがそれは屁理屈と言うものだ。
「ヤッ! ィーヤッ!」
声は淀みが無く、なかなか綺麗なもんなんだが、掛け声が残念。
ブォン、ブォン。
ガス、ガス……。
ふむ。
痛い。
ユンのお母さんは突きによる点の攻撃が多かったが、ブラックベールの騎士は薙いだり叩いたりの線の攻撃が多い。
そして突きよりも薙いだ方が衝撃は大きい。
翼で受けただけでは勢いを殺せずユンの背中から落ちそうになる。
「おわっとと……」
「まーの事は気にせず、騎士さま避けて!」
「そうな」
結局槍を受けてもユンの体に負担が掛かるので受ける意味はない。
遠慮無く避けさせてもらうことにする。
それから、十回ほど槍を交わした頃。
それまで息をつく暇もないほど攻め立てて来たブラックベールの手が止まった。
「……」
そして、ゆっくりと俺たちから遠ざかっていく。
ん? どうしたんだ?
諦めた?
これぐらいで諦めるモノなのか?
ブラックベールの騎士の挙動に不気味な感じを受けていると、槍先を天に向けて槍を握り、くるくると円を描きだした。
「ユン。ありゃいったいどういう意味があるんだ?」
「まーは知らないよ?」
「じゃあ、レースとは関係ないのか。しかし、何だかどこかに合図を送っているようにも見えるな」
その時だ。
『来るのです……』
ラビがお耳をピンと立てて凛々しいお顔で呟いた。
いやまあ、ラビの表情はここからでは見えないので想像の話だ。
「来るって……。いったい何が来るって言うんだ?」
「あっ、騎士さま、あそこなんか光ったよ!」
「ん。観客席の方か。あれは……。なんだ?」
光ったのが一つ二つくらいなら、ボタンやベルトの金属部分が日の光を反射させているのかも、なんて考えるのかも知れない。
しかし、両手では数えきれない数の光の点が観客席の一角に現れたのだ。
えっ?
この感じ……。
まさか、魔法か?
身構えた。
しかし、魔法とおぼしき光は俺の方へは向かって来なかった。
光はゴール前に着地しその姿を氷塊に変えたのだ。
氷塊はモリモリ大きくなって、終いにはコースを完全に塞いでしまう。
こうなるとちょっとした氷山みたいだ。
『なんと言うことでしょう! 突如観客席から放たれた光が氷になり壁となってしまいました!』
「おいおい。マンガル競馬ってのはヤバイな。あれをどうにかしろってか? ロッククライミングの用意なんてしていないぞ。アイスピックすら無いわ」
「違うよ! いつもはあんなのないもん!」
「そうかい。今回限りのスペシャルサービスかい」
いや、冗談を言っている場合じゃあない。
後、十数秒であれにぶつかるのだ。
決断しなくては。
「こんな事になってしまったからにはレースは中止か?」
「ううん。中止とかないよ」
「続行なんかい。じゃあ。結局あれをどうにかしなくちゃならないわけだ」
もちろん全馬棄権すれば中止になるが、その場合は後日もう一度レースを行うなんて事はせず、みんなまとめて引退らしい。
「厳しいな。レースのおかわりないのか」
「うん。これが戦争ならやり直しが効かないからなんだって」
「そう言えば、傭兵のデモンストレーションも兼ねているんだったか」
まあ、なんだっていいや。
にしても他の馬はどうやってあれを乗り越えるつもりなんだ?
と、後ろを振り返り見てみるも誰もついては来ない。
あらまあ、諦めの良いこと。
「騎士さま。どうにかするってさっき言ってたけどあてはあるの?」
「そりゃあ、俺がどうにかするって言ったら飛ぶしなかないだろう」
「えっ? 騎士さま飛ぶの? 飛べるの?」
もちろん俺だけだったら地上から飛び立つのは、それこそツバーシャにでも蹴り上げてもらわないと不可能だ。
しかし、ユンは時速100キロぐらいは出ていると思うし、一緒になら空だって飛べるはずだ。
「まあ、失敗してもゴシャって音を立ててちょっと痛い思いをするだけさ。主にユンが」
「えー……」
「こればっかりは代わってあげられないからな。でもユンは勝ちたいだろう?」
ならやるしかない。
ユンは少しだけ考えるそぶりを見せたが。
「うん! まーは勝ちたい!」
覚悟を決めてくれたようだ。




